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ガラスの靴77「離婚」

ガラスの靴

77・離婚

1・アンヌ

新製品キャンペーンのためのイベントで、あたしたち「桃源郷」は、CMソングを担当している会社のブース近くにいた。

 毎年この時期になると、各製菓会社がこぞって新製品のチョコレートを販売する。チョコレートといえばスゥイートなのが当然だが、パンチの効いたビターな大人のチョコとかいって、この会社では真っ黒なチョコレートを売り出した。我々の音楽もパンチが効いているということで、桃源郷にCMソングの依頼があったのである。

 ほぼ一斉にスタートするニューチョコレート商戦に先立ってのイベントだ。あたしたちも演奏すると決まっているので、ロッカーファッションで適当に待ち時間を過ごしていた。

「新垣アンヌさんでいらっしゃいますよね」
「そうだよ」
「はじめまして。わたくし、こういう者です」
「沖永?」

 中年の、わりあいに綺麗な女だ。彼女がくれた名刺には、あたしたちとは無関係の製菓会社の名前と、企画部第二課長、沖永夕子の名前があった。

「あたしの知り合いにも、沖永っているよ」
「そうなのですか。わりに珍しい名前ですけどね」
「そだね。けっこうかっこいい名前だよね」
「そうですよね」

 CMソングはまだテレビでは流れていないが、同じ業界の人間なのだから、沖永夕子にも聴く機会はあったのだろう。あたしの知り合いの沖永正とは別に関係もなさそうだったのでその話題は出さなかった。

「私は昔はロック少女だったんですよ。外国のロックバンドのコンサートにはよく行きました」
「最近は行かないの?」
「ロックコンサートって立ちっぱなしでしょ。ついていけません」
「おばさんの証拠だぜ」
「おばさんですもの」

 四十代だろうか。背が高くて堂々とした体格をしている。左手の薬指にはプラチナのリング。既婚者なのだろう。子どももいるのかもしれないが、彼女は音楽の話ばかりをしていた。
 もちろんあたしだってロックは好きだから、会話は盛り上がった。

「だけど、私が若くて元気だったころのロックバンドのコンサートには、もう一度行ってみたいんですよ。アンヌさんはX・レイズってごぞんじですか」
「知ってるよ。大好き」
「そうなんですか。これはまだ極秘なんですけど……」

 来日がほぼ決定的だと、夕子は声を低めた。

「うちの会社が関わるんで、チケットはどうにか……アンヌさんも行きたいですか」
「行きたいな」
「日時は未定なんですけど、アンヌさんのスケジュールは?」
「そんなもん、どうにだってするよ」
「ご一緒していただけます?」
「喜んで」

 そうやって根回ししておいて、彼女の会社の仕事もさせるつもりなのかもしれない。別会社のチョコレートのCMソングがテレビに流れるのだから、似たような仕事はできないが、そこは彼女だって承知だろう。桃源郷のイメージを損なわない仕事だったら受けてもいい。

 X・レイズはデビュー四十年になるというのだから、現役真っ只中の黄金時代はあたしだってリアルタイムでは知らない。何度も解散したり再結成したりしているものの、オリジナルメンバーがひとりも欠けずにそのままなのは稀有な例だろう。

 七十歳近くになるじいさんバンドが、四十周年を記念してまたまた再結成し、ニューアルバムを出し、世界ツアーもやるという。X・レイズの生演奏は二年ほど前に仕事でロンドンに行ったときに聴いているから、まったく衰えていないのも知っていた。

 来日は二十年ぶりくらいだろうから、プラチナチケットになると予想される。それを夕子が手に入れてくれるというのならば、万難を排して駆けつける。仕事だってやってやろうじゃないか。


2・笙

 新しいデジタルウォークマンがほしくて、息子の胡弓を母に預けて電気屋さんにやってきた。ここはアンヌたち桃源郷が所属するCDレーベルの本社ビル近くだ。誰かに会うかもしれないと想像していたら、あまり会いたくないおじさんが店に入ってきた。

「やぁ、笙くん、主夫が出歩いてていいのかね」
「いいんだよ」

 主夫と大きな声で言わないで、と止めてほしいのかもしれないが、僕は周りのひとに奇異な目で見られても平気だ。案の定、近くにいた老人が、シュフ? この男が? という目を僕に向けていたが、無視した。

「沖永さんはなにしにきたの?」
「僕はひとり暮らしだから、食洗器を買おうかと思ってね」
「持ってないの?」
「贅沢な気がして買ってなかったんだよ。笙くんちにはあるの?」
「あるよ」
「専業主夫のくせに、手抜きしてるとバチが当たるぞ」

 ほっといて、と舌を出して、僕は僕の見たいものを眺める。
 沖永正、桃源郷のCDやDVDを出している会社の事務職員だ。なんの仕事をしているのかを僕は詳しくは知らないが、事務系なので音楽業界人種というのでもない。五十代のでっぷりしたおじさんだ。

「そういえば、アンヌが沖永さんっていう女性に会ったんだって」
「へぇ。親戚かな」
「名刺があるよ」

 おおざっぱなアンヌは、よその方からもらった名刺を放りっぱなしにする。専業主夫の僕としては、その名刺をきちんと整理整頓するのも仕事だ。ちゃんとホルダーに入れておかないとあとでアンヌに叱られるのだが、今回は忘れて財布に入れたままだった。

「このひと……知ってる? むこうは知らないようだったってか、そんな話はしなかったらしいけどね」
「沖永……夕子……YS製菓? おいおい、この女、僕の元妻だよ」
「ええ、ほんと?」

 なぜか急ににやにやしはじめた沖永さんに、お茶に誘われた。ランチどきはすぎているが、沖永さんは管理職らしいから、少々さぼっていても誰にも怒られないのだろう。僕も彼の話を聞きたくて、ウォークマンは後回しにしてカフェに移動した。

「沖永さん、知らなかったの?」
「前の妻からは養育費をふんだくられてるから知ってるけど、その前の妻は知らないな。夕子との間には子どもはいなかったからね」

 バツイチかと思っていたら、このオヤジはバツニだったらしい。こんなのでももてるのか、一度も結婚したこともない男は腹が立つかもしれない。

「結婚するときには、僕の姓になるのはいやだってごねたくせに、旧姓に戻してないんだ」
「結婚してるみたいだってアンヌは言ってたよ。沖永さんっていう別人と結婚したとか?」
「そんな偶然はないだろ。あいつ、僕に未練があるんだなぁ。意外に可愛いね。どうやってアンヌさんと知り合ったって?」

 イベント会場でむこうから話しかけてきたというエピソードを口にすると、沖永さんはますますにやついた。

「そっか。アンヌさんが僕と関わりがあると知ってのことだな。もうちょっと待ってみよう。むこうから接触してくるかもしれない」
「……嬉しいの?」
「嬉しくはないよ。過去すぎて迷惑だけど、僕に未練があって結婚していたときの苗字を変えてないだなんて、けなげってか不憫ってか……情にほだされるじゃないか」

 離婚しても女性は必ずしも旧姓に戻さなくてもいいというのは聞いたことがあったが、そうされた男は嬉しいものなのか。沖永さんは明らかにやにさがって、夕子と結婚していたころには……と、そのころの話をだらだらと続けていた。


3・アンヌ

 半分は忘れてしまっていた沖永夕子から電話があったのは、X・レイズの来日が中止になったとの報告だった。

「そっか。残念」
「すみません」
「あんたのせいじゃないだろ。あ、そうそう、この前は聞かなかったんだけど、沖永正って知ってる?」
「……TKO企画の? あ、ああ、桃源郷ってあの会社からCDを出してるんですよね」

 これはたった今、思い当ったのだろう。そうかそうか、と呟いているのは、沖永正を知っているからに相違ないようだった。

「今となったらなつかしい名前ですね」
「あんたってその沖永の苗字は、あいつと結婚してたころのまんま?」
「そうなんですよ。私が今の会社に入ったのは、沖永と結婚してからなんです。最初から私は沖永夕子でしたから、旧姓に戻すのも面倒で……」
「ああ、そういうことね」

 あのおっさんに会った笙が夕子について話し、おっさんが自分にばかり都合のいい解釈をしていたとは、言う必要もないだろう。

「結婚してるんじゃないの?」
「私ですか? ああ、この指輪? うぬぼれてるって言われるかもしれないけど、虫よけですよ。アンヌさんって沖永をごぞんじなんでしょ。あんな男と結婚して離婚してせいせいしたんですから、二度と結婚なんかしません」
「わかるけどね」

 強がっているようにもないが、沖永に真相を話してやったら、彼はどんな反応を示すのだろう。僕に未練があるから再婚もしないのか、かわいそうに、だとか言いかねない奴だ。
 こうして男と女の思惑は食い違う。離婚なんて面倒だからあたしはしたくないけど、絶対にしないと言うと笙が図に乗るから、いい加減しないと捨てるぞ、って台詞は切り札として取っておくつもりだ。

つづく

 

 


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