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2020/8 復刻・花物語「向日葵」

「花物語」

八月・向日葵


 幼いころには特に気にもしていなかった。葉月くんち、お父さんはいないの? と遊び友達に訊かれれば、よそに住んでいるのだと答えていた。
 母が知人や近所の住人にどう説明していたのかは知らない。単身赴任などなどで家に父親がいない家庭はあったのだから、奇異なことでもないと受け止められていたのだろう。

 同居はしていなくても、父は頻繁に我が家にやってきた。羽振りのいい税理士だと知ったのは小学生になってからだが、収入もよく、気前もよく、プレゼントをくれたりレストランや遊園地に連れていってくれたりして、ひとり息子の葉月に愛情をふんだんに注いでくれた。

「そりゃあさ、金は持ってるよな、なんたって女房と二号がいたんだから」
「二号ってなに?」
「妾だよ」

 中学生になる春、父が葉月に打ち明けた。

「おまえのお母さんの智慧さんとはお父さんは正式に結婚していないんだけど、認知はしてるんだよ。認知ってわかるか? 葉月は私の息子です、という認知だ。お父さんには正式な妻がいるんだ。葉月ももう小さな子どもではないのだから、本当のことを話そうと思ってね」

 子どもじみた外見と内面を持つ、ふみ代という名の女。ふみ代は葉月の父の学よりも十二歳も年下で、ひとりで置いておくにはどうにもこころもとない頼りない女だったのだそうだ。
 そんな女を救済する意味で学はふみ代と結婚し、そのあとで智慧と出会った。

 ふみ代とは正反対の性格の智慧は、学が離婚して智慧と再婚することは望まなかった。妊娠しても結婚は望まず、私がひとりで育てていくと言ったのだそうだ。

「僕は感動したよ。僕の愛した智慧さんはなんてかっこいい女なんだろう、ってね。もちろん僕も協力した。ふみ代も心がけのいい女で、葉月が小さいころにはベビーシッターをしたんだよ。おまえは覚えてないかな。葉月が幼稚園のころに四人で遊園地に行ったら、智慧さんがジェットコースターに乗りたがった。葉月はそんなものに乗るには幼すぎたし、ふみ代は怖がりだから、智慧さんと僕が乗ったんだ。ふみ代はおまえとふたりで空を見上げて手を振っていたよ」

 言われてみれば思い出す。親戚のおばさんだと訊いていた小柄な女性、彼女を葉月は単におばちゃんと呼んでいたが、父や母はふみ代さんと呼んでいた。
 ジェットコースターに乗るなんて勇気があるわね。葉月くんのお母さんってほんとにかっこいい。うらやましいわ、と邪気もない笑顔をふみ代は葉月に向けていた。

「世間の常識ってのは窮屈なものでね、智慧さんも僕もふみ代も納得していても傍からとやかく言いたがるんだ。僕はふみ代をないがしろにもしていない。智慧さんも葉月も大切にしてきた。僕には奥さんはいるけど、形式上の妻というのか、智慧さんとも合意のもとで、ひとりでは生きられない女を救ったにすぎないんだよ。だから、おまえもおまえの親を誇りに思っていいんだよ」

 十二歳だった葉月にはわかりづらい理屈で、お父さんがそう言うんだったらそうなんだろうな、だけど、他人には言わないほうがいいのかな、程度に消化しておくしかなかった。

「俺が小学校に入ると、ふみ代さんってのは遠慮して俺に会いにこなくなってたらしいんだ。親父はてめえを正当化していたけど、後ろ暗い気分もあったんだろ」
「変わった関係だね」
「三角関係っていうんだよな。普通だったら本妻ってのが狂気のごとく怒るんだろうけど、ふみ代さんってわけわかんなくて、会いにいったよ」

 ふみ代と父の家庭であるマンションをつきとめて、葉月が会いに行ったのは中学三年生の夏休みだった。
 今、こうして恋人になった女に自分語りをしながら、葉月はあのときのことを思い出す。すべてを知ってから最初に、そして、最後に会ったふみ代を。あれは五年前だった。

「葉月くん? 大きくなったのね」
「聞きました」
「あ、ああ、そう? どうぞ、お入り下さい」

 なにを聞いたのかを、ふみ代は察したのだろう。玄関先で名乗った葉月を部屋に通してカルピスソーダを出してくれた。

「噂には聞いてたのよ。写真を見せてもらったり、背が高くなったって話を聞いたりはしていたの。こうして目の前で見ると、お父さんに似てハンサムだわ」
「ふみ代さんはそんなんでいいんですか?」
「そんなんでって……私は幸せよ」
「俺は……」

 なにをどう言えばいいのか、胸が詰まって涙が出てきそうになって、葉月は窓の外を見た。どこかのベランダにでも咲いているのか、丈の高い向日葵が窓から覗いていた。
 
「誰のために咲いたの
 それはあなたのためよ」

 あなただけの花になりたい……
 それが私の願い……
 
 細い声でそんな歌を歌い、ふみ代は言った。

「学さんは私の太陽だから。学さんがいるから、私はひまわりみたいに幸せなの。私は子どものできない体質で、学さんをお父さんにはしてあげられなかった。智慧さんのおかげで私もお母さんの真似事みたいなことをさせてもらえたんだし、学さんにも息子ができたんだから感謝してるわ」
「本音なんですか」

「ええ、もちろん。葉月くんはいやなの?」
「いやっていうのか……」
「あなたのお父さんもお母さんも立派なひとよ。悪く考えたりしたらばちが当たりますよ。まぁね……」

 子どもって保守的なものなのよね、と笑っていたふみ代は内心ではなにを考えていたのだろうか。正直な気持ちをすべて押し隠して笑っていたのならば、女って怖い。
 自分の気持ちを上手に言葉にはできなくて、葉月はただ、ふみ代を見つめた。見つめているとふみ代の気持ちのかけらが伝わってくるような気がして、ひたすらに怖かった。

END

 

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