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2020/7 復刻・花物語「くちなし」

「花物語」

 

七月・くちなし

 

 

 生まれた月にちなんで、親がつけた名前は流火。
 
「七月の古名に、流れる火で「りゅうひ」っていうのがあるんだって。りゅうひ、では求肥みたいだし、女の子の名前らしくないってことで、るびと読ませることにしたらしいんだよね」
「流れる火って花火かな」
「火はアンタレスだそうよ」
「さそり座の?」

 

 変わった名前だね、と誰かに言われるたびに、私はそんな説明をしてきた。うちの両親には教養はないのだから、なにかの本を見ていて、七月には「流火」という名前もあると知り、おっ、かっこいい、となってつけたのだろう。

 

「僕はきみの名前に真っ先に惹かれたんだ。流れる火、暗闇に流れる一筋の火、なんて情熱的な名前なんだろうって感激したんだよ。火のような美女を想像したんだ」
「私はそれほどの美女じゃないでしょ」
「いや、僕にとっては美女だよ」

 

 なんて、情熱的に口説いてくれる男とめぐり会ったのだから、この名前も無駄ではなかった。彼が入社し配属されたのは人事部で、まず第一の目標を、この営業所の全社員の名前を覚えるというところに置いたのだそうだ。

 

 さほどに大人数ではないから可能だったわけで、彼は社員名簿を見て名前を暗記しようとした。その中には当然、私の名前もあったのだった。

 

 彼、貴明よりも二年早く入社した私の名前に惹かれ、営業部にいる私の顔を見たいと願い、仕事にかこつけて私の部署にやってきた。私は営業であるので社内にはいないことも多く、貴明が流火の顔を見られるまでには日数を要した。

 

 貴明の願いがかない、彼にとっては美女、すなわち、好みのタイプだった私に恋をした。名前の次はルックスに惚れたとは、軽薄でなくもないのだが。
 ところが、当時、私には恋人がいた。貴明に告白されて断り、彼とは職場の先輩、後輩関係のままで親しくしていたのだが、私が恋人と別れると、貴明が再度アプローチしてきた。

 

「そんなに私が好き? 私、けっこう男友達は多いよ。妬いたりしない?」
「妬くかもしれないけど、束縛はしないよ。ちなみに、どうしてそんなに男友達が多いの?」
「子どものときには少年野球チームにいて、そのころの仲間と草野球チームをやったりしてるから」
「流火さんって野球が上手なんだ、尊敬しちゃうな」

 

 惚れた女ならばなんだってよく見える。そんな状態だった貴明と交際することになって、二年ほどたってプロポーズされた。

 

「結婚はいやじゃないけど、結婚式に友達をたくさーん呼んでいい?」
「いいけど、男友達も?」
「男は駄目なの?」
「いいけどね……」

 

「貴明も女友達を呼べばいいじゃない」
「僕には流火以外には親しい女性はいないよ」
「つまんない人生を送ってるなぁ」

 

 いじいじしていなくもない様子の貴明の肩を叩いて、とにかく、互いの招待客の人数は合わせようと話し合った。
 最近、もっとも親しくしているのは、私が暮らすマンションのご近所さんたちで結成した、草野球チーム「神山ブロッサム」の面々だ。中学生からおじいさんまでがいるチームの全員を結婚式に招待したかったのだが、そうすると他の友達が呼べなくなるので、チーム監督のゴローさんに相談を持ちかけた。

 

「独身女性だって結婚式には来るだろ」
「私の女友達は呼びますよ」
「だったら、独身男を呼んでやれば?」
「そのほうがいいかな」

 

 こいつとそいつとあいつ、リストを作っていると、ゴローさんがふと言った。

 

「そうそう、ベルンを呼んでやってくれないかな」
「ベルン?」
「あいつ、日本人の結婚式に興味があるんだそうだよ。誰か結婚式しないかなぁ、僕も出席したいなぁ、なんて言ってた」

 

 ベルンとはドイツ人留学生で、日本文化を学ぶために大学に通っている。ご町内のアパートで暮らしていて、野球も日本文化のひとつだと言って「神山ブロッサム」に参加している。日本語はやや怪しいが、気のいい青年なので、私も彼に好感を持っていた。

 

「流火さん、結婚式に招待くれられてアリガト。ボク、サプライズの贈り物をあなたに与えます」
「与えます、じゃなくて、プレゼントするからね、でいいんだよ」

 

 とにかく友達がたくさんいるので、私は親戚を省いて主要な友人を招待することにした。結婚式当日、貴明は親類が多いのでゲストの人数の釣合もほどよく、ただし、平均年齢は私側のほうがかなり低いようだった。

 

「ベルンのサプライズプレゼントってなんだろ。ゴローさん、聞いた?」
 野球チームのメンバーの独身男子の中に、唯一まじった中年既婚男子、ゴローさんに尋ねると、彼は首をかしげた。

 

「俺はなんとなくは聞いてるけど、サプライズだって言うんだったら内緒だよ」
「そっか。ドイツ独特のお祝いとかがあるのかな」

 

 披露宴がはじまり、職場の上司の祝辞などもあって、やがて友人たちのパフォーマンスになった。貴明の友人グループがギターを弾いたり、私の女友達が三人でぶりぶりのダンスをしてくれたり、楽しくプログラムが進んでいって、さて、ベルンの番だ。

 

「流火さん、貴明さん、ご結婚おめでとうございます。流火さんの誕生日は七月。七月の花といえばこれですね」

 

 芳香をふりまく白い花のブーケを、ベルンが新婦席の私に捧げてくれた。花か、これのどこがサプライズなんだろう。ベルンは続いて、長い紙を広げてみせた。

 

「ボク、日本文化のお勉強をしています。書道というものも好きです。ボクが書いたくちなしの花言葉です」

 

 「私はとても幸せ」「優雅」「洗練」「清潔」「喜びを運ぶ」、五枚の長半紙に、ちょこっとゆがんだ文字が躍っている。ちょこっとゆがんではいても、私の筆文字よりも流暢だ。客席から拍手が起き、ベルンは優雅に一礼した。

 

「ボク、日本の歌を覚えました。聴いてね」

 

 くちなし? ひょっとして? やばい? 

 

「い~まではゆびわもま~わるほど~
 やせてやつれたおまえのうわさ」

 

 古い歌だが、おじさんやおじいさんとも仲良くしている私は知っている。この歌の続きを。

 別れた女を思い出してうじうじしている男の歌。結婚式では不吉だ。目をやると、ゴローさんがあちゃっという顔をしている。ベルンは音程も発音も怪しいので、気づいていない者もいるようだが、私たちの親世代はぴんと来るのでは?

 

 今さら止めるわけにもいかず、内心で困惑していると、ベルンの音程がどんどんずれていく。歌詞もかなりおかしくなっていく。この分では大丈夫かな? ベルン、気持ちは嬉しいよ、ありがとう。
 こうなればあとは、運を天に任せよう。

 

END

 

 

 

 

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