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ガラスの靴76「掃除」

ガラスの靴

     76・掃除


 婚活は金になるから、我々もその業界でビジネスをはじめよう。
 そんな考えを持つ人間が続々と出てくるのが当然なくらい、婚活流行りである。このカップルも婚活パーティで知り合って結婚したのだそうだから、これはいける、と踏んだのだろう。

 田中弘雄、秀子の三十代カップル。ともに地味でだっさいタイプで、妻のアンヌの職業柄、音楽業界人の知り合いが多い僕の世界には、やや珍しい人種だ。

 ごく普通の会社員であるふたりは、婚活会社を起業しようと画策中。サクラというのか、それだったら僕でなくてもバーチャルな人格を作ればいいんじゃない? とでもいうのか、として僕を雇いたいと言うので、僕としても興味はあった。

 アンヌのバンドメンバー、吉丸さんの事実婚の妻、ただし男、僕のパパ友である美知敏、通称ミチは昔、婚活会社でサクラのバイトをしていたのだそうだ。そのころにミチが田中夫婦と知り合い、彼もまたふたりの仕事に誘われている。

 起業は企画段階だから、僕としてもそれほど真剣に考えてはいない。あの話、どうなったのかな、まとまらないのかな、程度に考えていたころ、ミチに誘われて田中家に遊びにいくことになった。

「まだ決まってはいないのよ。私たちも仕事がけっこう忙しくて、次の仕事のことを考えてる時間がないの。だけど、ミチくんと笙くんを見てるとそれだけでも目の保養になるし、ふたりとも主夫でしょ? おいしいものを作ってくれるんじゃないかと期待して呼んだのもあるのよ」
「あ、ああ、作りましょうか」
「作ってもいいけどね」

 食材はあるというので、ミチとふたりでキッチン入って、なにを作ろうかと相談していた。

「僕も暇だったからいいんだけど、僕は弘雄さんや秀子さんを見てても全然楽しくないよ」
「僕も楽しくはないけど、バイトの話もちょっとは聞けるんじゃないのかな」
「どうだろ。あんなの、言ってるだけなんじゃない?」

 実の息子である僕の胡弓、継子であるミチの来闇は、僕の母が僕のマンションに来て預かってくれている。
 昔の主婦は現代のママたちみたいぴりぴりしていなくて、時には友達同士で子どもの預かりっこをしたのだそうだ。さらに昔、僕の祖母世代だと赤ん坊が寝ている間に買い物に出かけたという。ほったらかしにされた赤ん坊が起きて泣き出すと、勝手に近所のおばさんが家に入り込んであやしてくれたそうなのだから、びっくりだ。

 そんな世代の主婦だから、母は気軽にライアンだって預かってくれる。ベテラン主婦に預けると安心だとミチがお世辞を言ってくれ、大好きな幼児たちと触れ合えるのだから、母はご機嫌だった。

 そうやって遊びに出かけてきたのに、よそのうちでまで主夫の仕事かよ。ミチが文句を言いたがるのももっともだが、僕はこうしてよそのうちのキッチンで、ミチと料理を作るのは楽しくなくもない。ミチは僕ほど主夫として熟練していないので、料理のコツを教えてあげていた。

「ただいまぁ、笙くんとミチくんが来てるんだね」
「お帰り。そうよ。今日だったら弘雄くんも早く帰るって言ってたから、来てもらったの」
「なんか作ってくれてるの? お、掃除したんだ」
「気がつくだけいいほうだね」

 声だけが聞こえて顔は見えないせいか、秀子さんの口調がイヤミっぽいのも感じ取れた。

「お客が来るから?」
「そういうわけではなくて、あなたがちっともしないから」
「するって言ってるじゃないか」
「しないじゃないのよ。日曜日には必ずするって約束したくせに、仕事に行っちゃったじゃないの」
「まだそれほど汚れてもいなかっただろ」
「汚れてました」
「たいしたことないから、土曜日までほっといても平気かなって」
「平気じゃないわよ」

 この家には子どもはいないのもあって、こういう夫婦喧嘩はありがちかもしれない。我が家には三歳児がいるので、あまりにも埃っぽかったりすると子どもによくないかと僕は一生懸命掃除している。二、三日さぼることはあるが、その程度だとアンヌは気にしない。

 さほどに几帳面ではない僕と、かなり大雑把なアンヌだから、我が家は多少の家事の手抜きは問題にならない。両方が几帳面だったら、両方できちんとするだろう。

 問題なのは田中さんちのように、そのくらいどうってことない、と思うほうと、どうってことある、と思うほうに分かれる夫婦だ。ふたりの約束によると、掃除は弘雄さんの役割らしいのに、なんだかんだと逃げて彼はさぼってばかりいる。それで秀子さんが怒っているらしい。

「だけど、掃除したんだろ。よしよし、えらいえらい」
「弘雄くんにそうやってえらそうに言われる筋合いはないのよ。生活費は半々出してるんだからね」
「わかってるよ。起業したらもっと楽させてあげるからね」
「それだって口ばっかり」

 やはり起業は口ばかりらしい。隣の部屋の会話が気になるので、ミチと僕は黙って料理を作っていた。

「起業したって私は楽になんかならないでしょ。弘雄くんがそんななんだから、私ばっかり苦労するんじゃないの?」
「そんなことないって。ああ、やっぱ部屋が片付いてると気持ちいいね。掃除、ご苦労さま」
「掃除なんかしてないわよ」
「……え? まさか、掃除まで笙くんとミチくんにさせたの?」
「ちがいます。ハウスクリーニングサービスに頼んだの」
「……そか」

 なぜか弘雄くんはがっかりしたような声を出し、着替えてくるよ、と言って別室に行ったようだった。
 
「笙くん、味つけ、どう?」
「ああ、うん……えーと、ちょっと甘みが足りないかな」
「みりんを足そうか」

 甘みは先につけておかないと、あとだと効きにくいんだよ、なんて主夫の会話をしつつ、根菜煮を作る。子どものころに母が作ってくれたこの料理は嫌いだったけど、身体にはいいんだ。主夫になり父になると、こういうのもおいしく感じるようになってきた。

「……なんだかね」
「ああ、お帰りなさい、弘雄さん」
 
 振り向くと、普段着に着替えた弘雄さんが立っていた。

「どうしたの? お疲れ?」
「あの台詞は女を下げるよね」
「女を下げる?」
「掃除をしたのは掃除の会社だって、秀子さんの台詞だよ」

 がっかりしたようだったのは、お金を使って掃除をしてもらったから? ミチが尋ねた。

「贅沢だって?」
「いや、まあ、秀子さんだって働いてるんだから、贅沢だとは言わないけどね……」
「だったらなんだよ?」
「家事代行ってのは主婦としてはいかがなものかと……秀子さんだって働いてるとはいえ、主婦なのもまちがいないだろ。僕と結婚した以上は秀子さんは主婦なわけで……たかが掃除に人を頼むとは、いやはやなんとも……いいんだけどね」

 横目でちらっと僕を見てから、ミチが言った。

「だったらどうしたいの?」
「僕がするって言ってるんだから、待っててくれればいいのに」
「しなかったんでしょ」
「忙しいんだよ」
「秀子さんだって仕事も忙しいんじゃないの?」
「そりゃそうだけど……」

 もごもご呟いている弘雄さんに、僕も言った。

「女を下げるって、そうすると、夫に家事を分担させるなんてのも、主婦としては女を下げる行為なんだよね」
「正直言えばそうだね。家事なんて仕事の合間にちゃっちゃっとすませて、僕が帰ったらおいしい料理ができている。男のひとに掃除をさせるなんて、主婦の名折れだわ、と爽やかに笑ってみせる。理想を言えばそれだなぁ。おっと、奥さんには内緒だよ」

 隣の部屋には秀子さんはいないのか、しんとした気配だけが伝わってきていた。

「そうじゃなかったら結婚した値打もないな、ってのが男の本音なんだよ、きみたちだって男なんだからわかるだろ。……ん? あ?」

 はっとした顔をしたのは、今ごろ気がついたのか。笙も僕も世間一般のステロタイプな「男」ではない。男同士の内緒話ができる相手ではないと知らなかった?

「僕ら、主夫だから」
「専業だから、奥さんには家事はさせないけどね」
「女性の主婦の気持ちもすごくよくわかるんだよね」
「まして働く主婦だろ、秀子さんは」
「旦那の本音を聞いたら、鼻白むっていうの?」
「それだけですむかな」
「離婚とか?」

 そ、そ、それは……あの、その、あの、とうろたえている弘雄さんの、青ざめた顔を見ていると楽しい。僕ら主夫にも日ごろのストレスはおおいにあるのだから、弘雄さんを苛めて発散させてもらおう。

つづく

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