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211「図に乗るな」

しりとり小説

211「図に乗るな」

 弁当持参の女子社員が、昼休みになると休憩室に集まる。自社ビルなので休憩スペースも広く、ゆったりした間を取ってデスクを配置してある部屋だ。気の合う者同士、何人かでランチタイム。新人教育教材などを小さな会社に売り込みにいく営業ウーマンたちなので、昼休みは安らぎのひとときだ。

「むかつくんだよね、あいつ」
「なになに? 喧嘩したの?」
「そうなのよ。聞いてくれる?」

 あちこちで彼氏や夫の悪口に花が咲く。悪口のふりをしたのろけなどもあるのだが、男のうわさ話がもっとも盛り上がる。町谷新子のいるテーブルは若手……三十代までの比較的若手がそろっているのだが、主婦たちのテーブルと話の内容に大差はなかった。

「トイレの掃除は週に一度、必ず俺がやるって約束したくせにさ」
「やらないの?」
「やらないの。俺はうちのトイレなんてほとんど使わないんだから、掃除しなくても汚れないよって。私もそんなには使わないけど、一週間以上も掃除しないなんていやじゃん? だから結局、私がしちゃうんだよね」
「わかるわかる。うちも彼が洗濯ものを取り入れるって約束になってるんだけど、天気がいいんだから外に干しっぱなしでも大丈夫だよってほっとくんだよね」
「そうそう。買い物を頼んだって、あ、忘れた!! 忘れたんだからしようがないだろ、って逆切れだよ」

 営業ウーマンなのだから、仕事は外回りだ。午前中の勤務がすむと一旦帰社して報告するというきまりになっているのだが、必ず昼に帰れるわけでもない。今日は新子のテーブルには五人、独身女性ばかりが集まっていた。

「空いてます?」
「あ、どうぞ」

 七、八人はすわれるテーブルなので、空席がある。そこへすわったのは照屋。四十歳くらいだろうか。名前からすると沖縄のひとか。沖縄らしいくっきりした目鼻立ちの美人で、前職は保険の外交員だったらしい。転職して新子たちの会社に来たばかりだから、新子はまだ照屋とはあまり話をしたこともなかった。

 テーブルで弁当を広げ、いただきます、と手を合わせて、照屋は食事をはじめる。新子たちは彼女は気にせずに、食べながら会話を続けていた。

「土日は食事の支度をするって言ったくせに、それだって嘘ばっかりだし」
「やっぱ一緒に暮らすとアラが見えてくるんじゃない? 同棲なんかしないほうが、いいとこだけ見ていられていいかもよ」
「でもさ、同棲解消ってイコールさよならじゃない?」
「そうだよね。同棲解消はさよならか結婚だな」
「私はあいつとは結婚はしたくないや」
「そうなの?」

 と、照屋が顔を上げた。

「結婚しているんじゃなくて、男性と暮らしてらっしゃるの? えーと、澤垣さん?」
「え、ええ、うん、そうだよ」

 名を呼ばれた澤垣はびっくり顔になり、照屋は同じテーブルの同僚たちを眺め回した。

「彼が、掃除が、って言ってた人たちは、結婚なさってるのよね?」
「いえ、今、ここにいる人たちは全員独身ですよ。彼女と彼女は彼氏と同棲中。彼女と彼女は半同棲ってところ」
「あなたは、町谷さん?」
「私は同棲はしていません。実家暮らしですから」
「すると、他の人たちは実家じゃなくて?」
「実家は私だけかな。自立してなくてすみません」

 五人のうちのふたりはひとり暮らし、ふたりは同棲中、新子だけが実家暮らしで恋人はいない。恋人はいない、と言うのも癪なのでそこまでは言わずにおいた。

「まあまあ、そうなのね。へぇえ……」

 校則が細かくてうるさい女子校出身の新子には、照屋が高校時代の生徒指導の女教師に見えてきた。

「ご両親には許しをもらってるの?」
「うちの両親はひとり暮らしよりも安心だって……」
「私は言ってないし」
「半同棲なんて、いちいち言わないし……」
「照屋さんにもいちいち言う必要なくない?」

 冷笑的に澤垣が応じ、照屋はため息をついた。

「この会社の女性ってねぇ……独身女性はこれだけ?」
「他にもいますよ」
「あの彼女とか、あのひととか……」

 他のテーブルにいる若い女性、若くはない女性などをぽつぽつと指さす。今日は休憩室にいるのは二十人ほどで、既婚、未婚は半々くらいだった。

「みんなに彼氏がいるのかどうかは知らないけど、同棲してる子は他にもいるんじゃない?」
「いるよ。彼氏の実家で同棲してるって子もいる」
「そんなのいるの?」
「知らない? 彼氏が彼女の実家に入りびたりって話も聞いたよ」
「まあまあまあ……」

 なんと嘆かわしい、といったふうに、照屋は何度もため息をついていた。

 そうやって嘆くくせに、照屋はそれからは新子たちの会話に参加してくるようになった。水を向ければ照屋は前職の話もする。たまには照屋の仕事の話を聞くこともあったが、たいていは独身女性たちの男の話で、照屋は最初のうちは黙って聞いているだけだった。

「彼とは別れることにしたのよ」
「えーっ?! どうして? 結婚するって言ってたじゃん」
「聞かないでよ……ううん、聞いてほしい」

 はじめて照屋が会話に加わってきた日にはいなかった、別の女性が話した。

 彼女は同棲はしていなかったのだが、ラヴラヴの彼氏がいる。彼女の場合は他の女性とちがって彼の悪口はほとんど言わない。のろけが大半なので新子たちとしては聞いていて疲れるほどだったのに。が、そういえば、最近は彼女は彼の話をあまりしなくなっていた。

「この間のデートで、彼に言われたの。なんだか急にすーっと冷めちゃってさ……長くつきあいすぎたよな、別れようか、なんて言うから、私、逆上しちゃったの」

 頭が沸騰しそうになって、どうしてどうして、なんでなんで、と彼女は彼を攻め立てた。彼は逆にクールになり、おまえのそういうところが嫌いになったんだよ、と言い放ったのだそうだ。

「言えば言うほど彼は冷めていくみたいで、仕方ないから距離を置こうと思ったのね。彼だって私のことは好きなんだから、しばらく会わなかったら寂しくなるに決まってるって楽観してた……ってか、楽観してるふりをしてた。だけど、彼は会いたいとも言ってくれないの。思い余ってメールしたら……」

 別れるって言っただろ、しつこいな、との返事が届き、それきりブロックされてしまったのだと言う。彼女はうつむいて鼻をすすり、そのとき、照屋が発言した。

「あなたが浮気相手だったのね」
「照屋さん、そんな言い方はないでしょ」
「傷ついている女性にそんなふうに決めつけるってひどいんじゃありません?」

 当人をそっちのけにしてもめそうになっていると、当人が顔を上げた。

「照屋さん、鋭いね。彼、二股していたの。浮気相手はその女のはずだけど、近いわ。そっちの女が妊娠しちゃって、そっちと結婚するんだって」
「むこうが浮気相手だとは、そっちの女も思ってるわよ。これだから女ってのは……ううん、諸悪の根源は男よ」

 事実、彼女は別の女に乗り換えられて捨てられたのだから、新子たちもそれ以上はなにも言えなくなってしまった。

「あんなことを聞いたあとで言いにくいんだけど、私、彼と結婚するって決めたよ」
「あれ? 澤垣さんは彼とは別れるって言ってなかった?」
「それがね……」

 数日後、澤垣がはにかんだように言った、できちゃったんだ、と。
 あらら、おめでとう。それはよかったね。仕事はどうするの? 口々に祝福の言葉や質問を投げかける同僚たちの声が一段落すると、照屋が言った。

「けじめがないね。同棲もいやだけど、でき婚ってのもだらしないわね。そんなにまでして結婚したい? 俺は結婚なんかしたくなかったのに、できちまったから仕方なく、って一生言われるんじゃないの?」
「失礼ね。私はそんなことをたくらんだんじゃありません。私は彼とは別れようかと思ってたのに、できちゃったって彼に報告したら喜んでくれて、絶対に結婚しよう!! って張り切ってるのは彼のほうなんだよ」
「同じよ」

 言い捨てて、照屋は席を立ってしまった。

「ここのテーブルはこのごろ、おめでたい話で盛り上がってるのよね」

 ある日には、新子たちのテーブルに既婚者が加わってきた。

「私たちは主婦の会話ばっかりで、子どもがどうした姑がどうした、保育園がどうたらPTAがこうたら、受験がどうたらばっかり。それに、こんな話を主婦たちにすると妬まれるからね」
「なんの話?」

 興味津々で身を乗り出す新子たちに、私、恋をしたの、と既婚者はピンクに染まった声で告げた。

「彼が何者なのかは話せないけど、年下のイケメンよ。彼のほうからアタックしてきたのは当然で、私は結婚してるからって逃げようとしたのに逃がしてくれないの。私もまだまだ捨てたものじゃないんだなって。ここのテーブルだったらみんな彼氏がいるんだから、嫉妬したりはしないよね、ね、町谷さん?」

 名指しされて、新子はつい正直に言ってしまった。

「私は彼氏はいないんですよ。妬みますよ」
「まぁ、そうなの? 恋はしなくちゃ駄目よ。恋してこそ女なんだからね」

 そこへまたまた、照屋が口を出した。

「あなたは子どもさんがいるの?」
「いますけど……?」
「お母さんが母親じゃなくて女。そんな子どもは気の毒ね」
「……あなたに言われる筋合いはないよ。なによ、ひがんじゃってさ」

 ぷんぷん怒った既婚者も席を立ち、続いて照屋も立っていってしまう。どうやら照屋は言いたいことを言うと、反撃をかわして去っていくらしい。新子たちは言い合った。

「結婚しないって言っても、結婚するって言っても」
「結婚してる女だとしても」
「恋愛って聞くと照屋さんは怒るよね」
「諸悪の根源は男だって言ってたから、男嫌いかな?」
「照屋さんって独身?」

 さあ……とそろって首をかしげる。照屋は自分のことというと、仕事の話しかしないのだった。
 独身若手グループの中ではもっとも気が強く、できちゃった結婚をだらしないと言われた澤垣は言った。よーし、私が訊き出してやる、と。

「あのね、あなたたちってほんと、恋の話ばっかりよね。自分たちのことじゃなかったら、芸能人の誰かと誰かが結婚したの別れたのって。そんなにその話が好き? だから女は視野が狭いって言われるのよ。そんなだから男にいいように遊ばれたりするのよ。もうちょっと世界を広くしなくちゃ」

 そんな具合に、澤垣の質問ははぐらかされてしまった。

「その点、町谷さんだけはえらいよね」
「は? 私が?」
「あなたには彼氏はいないんでしょ。えらいわ」

 どういう意味で言ってるの? 悩んでいる新子に、照屋は明確な答えはくれなかった。
 二股彼氏に捨てられた彼女が新しい恋人を見つけたと嬉々として報告してくれたのは、新入社員が入ってくる季節。新子たちの部署に配属されてきたのは、高校を卒業したばかりの初々しい十八歳女子だった。

「だからね、杷野さんはあのひとたちみたいになったら駄目だよ」
「……はい」
「男は諸悪の根源なのに、まったく、男がいないと生きていけないんだろか。性懲りもなく……」

 研修が終わって営業活動に出るようになった十八歳、杷野の指導係となったのは照屋だ。近頃は照屋は杷野とばかり行動していて、昼休みにも新子たちのテーブルにはやってこない。あのひとたちみたいって、私たちみたいな? ふたりの会話を小耳にはさんだ新子は、杷野に尋ねてみた。

「ああ、そんなこと、言ってましたね。照屋さんって男嫌いっていうよりも、恋愛嫌いみたいですよ。四十歳はすぎてるらしいけど、美人ですよね? もてるでしょ? って訊いたら怖い顔して……」

 もてるかどうかなんてどうでもいいの、男なんかとは関わらないほうがいい、恋なんかしないに限る、照屋は杷野にそう言ったのだそうだ。

「もてすぎていやな思いでもしたんですか」
「もてるというか、言い寄られたことはあるけど、ぴしゃっと断ったわ」
「恋愛経験ないんですか」
「ありません。だからね、杷野さんも恋になんかうつつをぬかさずに、仕事に邁進しなさいね」

 はいと素直に答えたと、杷野は舌を出した。

「ああいうおばさんは適当にあしらっておけばいいんですよね。町谷さんを見習うようにって言われたけど、見習いたくなんかなーい。三十前で彼氏もいないなんて惨めだもん」
「あの、町谷って私なんですけど……」
「知ってますよ」

 けろっと言い返されて、新子は絶句した。
 そうね、世の中にはこんな女もあんな女もいる。若くて可愛くて口のききようも知らない杷野と較べれば、いっぷう変わってはいても照屋のほうがいいかもしれない。恋愛至上主義みたいな世の中にも同僚たちにも違和感がなくはなかった新子としては、近い将来は照屋のようになるのがいいように思えてきた。


次は「な」です。


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