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209「秘密の打ち明け話」

しりとり小説

209「秘密の打ち明け話」

 アシスタントスタッフとは、要するになんでも屋、雑用係だ。正社員はお茶くみや掃除やコピー、文書清書などはやりたがらないので、晴陽たち派遣社員がすることになっている。総務部のアシスタントスタッフは晴陽と、もうひとり、六十代の女性だったのだが、その女性が退職し、派遣会社から別の女性がやってきた。

「よろしくお願いします」
「こちらこそ。晴陽さんっておっしゃるんですよね」
「ええ、そうですが」
「晴陽さんってお兄さん、いません? 陽光さんってお兄さん。旧姓は田島さんじゃありません?」
「そうですけど」
「わぁ、やっぱりあの晴陽さんだ。嬉しい」
「嬉しいって、なにが?」

 明るいのがいちばん、という主義だそうで、両親は息子には陽光、娘には晴陽という名前をつけた。ヨウコウ、ハルヒと読み方はそのままなのでいいといえばいいのだが、彼女はどうしてヨウコウ、ハルヒの兄妹を知っているのか。晴陽には見覚えのない女性だ。

「私は加絵っていうんですよ。覚えてません? 陽光くんは私のことはカエ、カエって呼んでたから、晴陽ちゃんは旧姓は知らないかな」
「兄と知り合いなんですか?」
「そうなんです、あとでね」

 初出勤の挨拶をした加絵は部署へと行ってしまい、あとで、と言われたのだから、昼休みに晴陽から声をかけた。

「お昼はお弁当? どこで食べたらいいんだろ」
「社員の人たちは社員食堂や空いてる会議室で食べてますけど、派遣が入るといやな顔をされるんで、今日は天気がいいから公園で食べましょうか」
「あの公園ね。オッケー」

 ぼってりした身体つきの愛嬌のある女性だ。高い声でよく喋るので、仕事中にも加絵の声は時々聞こえていた。兄の友達か……ならば年上なのかと、晴陽は丁寧に喋り、加絵はタメ口で、今日は暑いよね、そろそろ冷房が入りますかね、などと話をしながら公園まで歩いていった。

 わりあいに大きな自社ビルを持つ製造業の、晴陽たちが働いているのは事務部門。大きな会社の正社員となるとプライドが高く、派遣社員は見下される傾向にある。そんな者ばかりではないが、晴陽としても身近に同じ立場のアシスタントスタッフがいるほうがいい。前任者は年上すぎたので、同年輩の加絵は歓迎したかった。

「高校のときに、私、陽光くんに告白したんだ」
「兄とつきあっていたんですか?」
「ちょっとだけね。陽光くんは一年生で、私は三年生だった。私が先に卒業したから、それで自然消滅。陽光くんはいい大学に行ったんだろうね」
「いいって言うか、普通ですけど」
 
 とすると、三つ年上の兄のふたつ年上。加絵は晴陽よりも五つ年上の三十六歳だ。

「晴陽ちゃんも大卒?」
「ええ、まあ」
「でも、大学出て派遣のアシスタントスタッフだったら、高卒の私と一緒だね。もったいないよね。結婚してるんでしょ?」
「してます」
「だよね。田島じゃなくなってるもんね。初婚? 子どもは?」

 さりげなく無礼なことも言いつつ、質問する加絵に、晴陽は適当に応えていた。

「私も結婚してるの。一年前に出産して、保育園に入れたから働きに出たんだよ。専業主婦なんてつまんないからいいんだけど、子育てと家事と仕事ってしんどいわ。晴陽ちゃんは子どもがいなくて楽でいいよね。残業なんかあったら替わってくれるでしょ?」
「残業はあまりないから……」
「そうなの? 子どももいないのにとことん楽してるんだね」

 夫の転勤でやむなく前職をやめ、妊娠を待ちつつ働いている。家事だって夫以上にしている。正社員には簡単にはなれない時代だから、派遣社員に甘んじている。自己責任と言われれば否定できないし、子持ちの働く主婦よりは楽だろうから、反論する気にはなれなかった。

 ちくちくと失礼な台詞を吐く加絵とは親しくなりたくもなかったのだが、総務部のアシスタントスタッフはふたりきり。歳も近くて立場も同じで、その上に兄のモトカノともなると、晴陽も邪険にはできにくいのだった。

「うちの旦那、子どもにつめたいんだよね」
「そうなんですか」
「子どもができてから、加絵は僕をないがしろにする。もっと僕にかまってって感じ」
「言っちゃ悪いけど旦那さんが子どもみたい」
「でしょう? 言ってやってよ」

 その調子で、加絵は晴陽に夫の悪口を言うのがストレス解消法らしい。合間には、陽光くんと結婚していたらなぁ、と遠い目をしていた。

 兄は大学を卒業して新聞記者になり、一度結婚はしたものの、離婚して今は独り身だ。正直に言うと、え、そんなら私も離婚して陽光くんと再婚しようかな、と言い出しそうな女に思えたので、晴陽は兄が結婚したことだけを加絵に話した。案の定、新聞記者、かっこいい!! と加絵は目を輝かした。

「特派員としてタイに赴任してるんですよ」
「単身赴任?」
「いえ、家族帯同です」
「なあんだ、だったら遊びに行って誘惑するってのは駄目か」
「加絵さん、それはないでしょ」
「冗談だよ」

 タイだと物価も安くて、メイドさんが雇えるんだよね、楽でいいなぁ、と羨ましがっているのは、よほど子持ち兼業主婦の日々に疲れているのか。反論すれば、あんたは楽でいいよねっ、と言われるのが目に見えているので、晴陽はいつだって曖昧に微笑んでいた。

「息子が入院しちゃってさ、旦那はつめたいからますますてんてこまいしてるんだよ。明日は休むから、晴陽ちゃん、お願いね。みんなによろしく言っておいて」
「わかりました。お大事に」

 みんなによろしく、と伝言されたにしても、欠勤の連絡はしているのだろうと晴陽は思い込んでいた。ところが。

「そういうことはあなたからの連絡だけでは困るな。彼女がちゃんと電話してくれなくちゃ」
「え? してないんですか」
「電話はありませんよ」

 そんな日が一週間続き、派遣会社からも頼まれた。

「晴陽さんは彼女と仲いいんでしょ? このままじゃクビになりますよって、伝えてきて下さい」
「ええ? うう、でも、一度は息子さんのお見舞いにも行きたいから……」
「そうですよね。友達ですものね」

 友達のつもりはないが、浮世の義理ならある気がして、晴陽は加絵にメールをした。一歳をすぎたばかりの加絵の息子が入院している、不憫な幼児を元気づけてやりたいのもあった。

「晴陽ちゃん、ありがとう。よく来てくれたね」
「入院って、病気なんですか?」
「ちがう。事故。ってかね、旦那がちゃんと見てなかったから階段から落ちたの。頭は打ってなくてよかったよ」
「そうなんですか」

 頭をよぎったのは、虐待じゃないの? だったのだが、そうは言えない。一歳の子だと身内が泊まりこまなくてはならないきまりだそうで、これでは加絵も出社できないだろう。きちんと会社に連絡するように、それだけは晴陽としても強く頼んでおいた。

「旦那さんは?」
「お見舞いにも来ないよ」
「ひどいなぁ。自分の不注意で階段から落ちたんでしょ」
「私が悪いって旦那は言ってる。どっちでもいいんだけど、旦那がつめたいのはほんとだよね。あれ? そう言ってたら来たみたいよ」
「旦那さん?」

 怪我をしたり骨折したりしている子どもたちが入院している大部屋に、若い男が入ってきた。二十代ではないのだろうか。ひょろっと背の高い彼は晴陽を見て軽く会釈し、加絵には言った。

「一度くらい来いって言うから来たよ。じゃ」
「ちょっと待って下さい、もう帰るんですか」
「帰りますよ。あなたには関係ないでしょ」

 ほっときなよ、と加絵が止めるのにはかまわず、晴陽は加絵の夫を追いかけた。病院内で大きな声を出してはいけないので、彼について外に出た。

「なんなんですか、その態度は。あなたの息子さんでしょっ」
「ちがいますよ」
「は?」
「俺の子じゃない。だまされたんだ」
「え? ええ? すると、加絵さんって再婚?」

 そんな話は聞いていないが、再婚で連れ子だとしても、だまされたとはおかしいではないか。彼は病院の庭のベンチに腰を下ろし、晴陽も隣に腰かけた。

「再婚にしたって、わかってて結婚したんでしょ」
「再婚じゃないよ。加絵さんも俺も初婚」
「なのにあなたの子じゃないって……」
「DNA鑑定はしたよ。俺の子じゃなかった。だけど、俺は加絵さんが……加絵さんが好きなんだよ。好きだから別れられない。そんなら潔く俺の子だと思えばいいのに、それもできない」

 泣きながら、彼が話した。

「DNA鑑定なんかしなかったらよかったんだ。そしたら……疑いながらも俺の子だって信じられたのに。なんであっても加絵さんの子なんだから、俺も可愛がろうとしたよ。でも、駄目なんだ。この間も別れようとか言ってもめて、目を離した隙に坊主が階段から落ちた。俺にも罪の意識はなくもないんだけど、俺の子じゃないのはまちがいないんだから。俺は加絵さんが好きなだけで、ガキまでは好きじゃないんだよ、嫌いなんだよ。それでも見舞いにきただろ。なぁ、あのガキの親父って誰だ? あんたが晴陽さん? あんたの兄貴があのガキの親か?」

 ガキ、坊主、名前も呼びたくないのか。しかし、そういう事情ならば彼の気持ちもわからなくもない。

「うちの兄は三年ほどタイに行ってます。日本には帰ってきていませんから」
「加絵さんがタイに行ったってことは……」

 絶対にないとは言い切れないが、加絵の言動を考えるとないはずだった。

「ありません」
「だったら、あのガキの親父は誰?」
「知りませんよ」
「……俺は苦しいんだよぉ」

 両手で顔を覆って本気で泣き出してしまった彼を見やって、晴陽も悩んでしまう。子どももだろうが、この男は加絵というひとりの女に丸ごとだまされている。それでも幸せだったらいいけれど、いや、そんな女がそんなにも好きだなんて、それはそれで幸せなのかもしれなかった。

次は「し」です。


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