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2019年11月

204「もっと愛して」

しりとり小説

204「もっと愛して」

 ソファに並んですわって、琴子と宗平はテレビを観ていた。映画館に行きたかったのに見逃してしまった恋愛映画のDVDを借りてきて、琴子のマンションでふたりで観る、初のおうちデートだ。この映画がロードショーとして話題になっていたころには、琴子には前の彼がいた。

 前の彼のことを思い出すとむかっ腹が立つので、画面に集中しようとする。が、宗平も熱心に見てはいなかったようで、琴子の頭のてっぺんを指先で撫でた。

「ここ……」
「なにかついてる?」
「いや、やっぱり琴子さんは若くないんだなって思って……」
「そりゃあ、宗平くんよりは年上だけどね……それがどうしたの?」
「いやぁ、全然違うなって思って……」
「違うって誰と? 誰と較べてるの?」
「僕のこと、好きだって告白してくれた女の子と……」
「告白されたの?」

 DVDはどうでもよくなってしまって、口論になった。口論というよりも、琴子が宗平を責め、宗平は逃げ腰で防戦一方だったのだが。

 こうして並んですわっていると、宗平のほうが背が高くて座高も高いので、琴子のつむじを見下ろす姿勢になる。三十六歳の琴子は髪が薄くなる年齢ではないが、宗平に告白してきた彼の職場の後輩は二十代なのだそうだから、その女の子と較べればつむじは寂しいのかもしれない。

 この映画のDVDを借りたのは琴子なのだから、宗平にはさして興味もなかったのだろう。テレビ画面ではなく琴子のつむじを見て、つい正直に言ってしまった。琴子のほうはモトカレを思い出したのもあって、やや過剰反応してしまった。

「私はどうせ宗平くんよりも年上のおばさんよ。その子はいくつ? 二十六? そんなに若くはないけどね」
「琴子さんよりは十も年下だよ」
「宗平くんだって三十はすぎてるんだから、そんな若い子から見たらおじさんじゃないのよ」
「男の三十一はおじさんじゃないよ。琴子さん、さっきから支離滅裂じゃん。そんなに若くないって言ってみたり、そんな若い子だって言ってみたり」
「二十五すぎたら女はみんな同じよ」
「そんなはずないでしょ」
 
 そこから喧嘩になって、琴子は宗平を部屋からほっぽり出した。帰ってよっ!! とヒステリックに怒鳴られた宗平も怒ってしまい、帰ればいいんだろ、二度と来ないよっ!! と言い返して足音も荒く出ていった。

「うーっ、むかつくっ!!」

 モトカレと別れて一年半、新しい彼氏の宗平とはこれからゆっくりじっくり深くなっていきたかった。今夜、はじめて宗平を琴子のマンションに招き、できることならベッドに誘い込んで、とりこにしてしまいたかった。妊娠するなんて姑息な手段ではなく、琴子さんと結婚したい、と彼に心から思わせるように運びたかったのに。

 今どき、二十六歳の女は結婚に焦る必要なんかない。二十八くらいまでは遊びの恋もして男を見る目を養い、三十歳くらいで結婚すれば十分だ。なのに、宗平に告白してきた女は若いくせにがっついてみっともない。それとも、近頃どんどん男が結婚したがらなくなっているから、宗平程度でもなんとかしてつかまえたい二十六歳もいるのだろうか。

 考えてみれば琴子だって、二十代のころにはそのつもりだった。短大を卒業して信用金庫に勤め、転職して派遣社員として大会社にも派遣され、いい男はよりどりみどり、のはずだったのだが。

 二十代のころには三人ほどどつきあったが、結婚はどちらも言い出さなかった。三十を過ぎてからつきあったモトカレの佳士には、私は若くはないんだから結婚したいの、とはっきり言ったが、のらりくらりと逃げられ、ついに業を煮やして琴子のほうから別れを切り出した。

「琴子のためには別れたほうがいいんだね。つらいけどさよなら。琴子、幸せになってね」

 さよならを言い合ったときには、佳士はたしかに涙ぐんでいた。
 なのになのになのに、先日、共通の知り合いから聞いたのだ。そのせいで、モトカレを思い出すとむかっ腹が立つ状態になっていたのだった。

「佳士くん、結婚したみたいよ」
「結婚? あいつ、結婚願望なんかないって言ってたのに……」
「私も別の友達から聞いたの。琴子は佳士くんとはSNSでもつながってないんだっけ?」
「つながってないよ」
「見てみたら? 結婚式の写真をアップしてたよ」

 そんなもん、見たくもないっ!! と友人には言ったのだが、宗平と喧嘩をしたせいもあって見たくなってきた。佳士が結婚したと教えてくれた友人の友人、とたどっていくと、佳士のアルバムが見られる。全公開になっていたので、友達にはなっていない琴子にもたやすく見ることができた。

「つきあってから二年の記念日と、結婚記念日が同じです」

 キャプションにはそう綴られていて、満面の笑顔の新郎新婦の写真がアップされている。ツルちゃん、二十六歳、ケイちゃん、三十五歳とも書かれている。ツルという名前だか愛称だかの佳士の妻が、宗平に告白した女と同い年なのも気に障った。

「若いっていいねぇ。ちょっとだけ年上の女とつきあってたこともあるけど、やっぱり二十代は最高だわ」
「三十代が泣くと怖いけど、二十代の女だと可愛い。甘えられるとほにゃほにゃになっちゃうんだ」
「できちゃった婚じゃないよ。ベイビーちゃんはこれからがんばるからね」
「ツル、愛してるぜーっ!!」

 何枚かの結婚式写真には、臆面もなくのろけたキャプションが添えられている。そこに佳士の友人連中、琴子にも誰なのかわかる者も混ざっている者たちが、いいねぇ、素敵、ケイちゃんかっこいい、奥さん可愛らしすぎ、芸能人? モデル? ケイちゃんの果報者!! などなどのコメントを寄せていた。

 こんなもの、見るんじゃなかった。どこが可愛らしすぎなんだよ。こんな二の腕の太いモデルがいるもんか。袖のないウェディングドレスから覗くたくましめの腕を見て、毒づくのも虚しい。

「ん?」

 ふと、琴子は気づいた。結婚したのが三ヶ月ほど前で、その日が交際二年の記念日。琴子が佳士と別れたのは一年半ほど前なのだから、一年近くだぶっている時期があるではないか。

「この二股男……」

 ぎりぎりっと歯がみをして、琴子はツルという名の女のアカウントを探した。ケイちゃん、佳士のハンドルネームはそのままで、彼の友達の中にツルちゃんを容易に発見できた。

「はじめまして。ツルちゃん、結婚おめでとう。
 ツルちゃんがケイちゃんとつきあいはじめたころ、彼には別の彼女がいたって知ってる? 私は知ってるよ。だって、それって私なんだもの。

 ケイちゃんに聞いてみて。コトコって誰? って。彼、青くなると思うよ。
 二度あることは三度あるって言うじゃない? あんな浮気男と結婚したって、おめでとうじゃなくてご愁傷さまかもしれないね。
 またあいつがよそ見しないように、しっかり見張ってなさい。
 見張ってても無駄だろうけどね」

 知らない相手にでもメッセージは送れるのだから、勢いのままに書いた文章を衝動的に送信した。

「琴子……写真、見たんだね。見ろって言ったのは私だけど、やっちゃったね。
 ツルちゃんの日記も見た?」

 翌日、佳士が結婚したと教えてくれた友人からのメールをもらい、琴子はツルの日記ページにアクセスしてみた。

「ケイちゃんがもてるのは知ってたけど、やっぱいたんだね。
 そりゃあね、もてるんだから他の女にだって言い寄られるよね。

 そんなケイちゃんが選んだのは私。
 コトコちゃん、ご愁傷さまはあんたのほうに言ってあげる。
 ケイちゃんにふられてまだ独身? 

 キーキーしてると一生独身だお。
 キーキーしてないでがんばって、早くお嫁に行けるといいね」

 むろん琴子は、他の人間の目に触れないように個人的なメッセージでツルにメールを送った。なのに、あろうことかツルは、公開日記で琴子に返信していた。ケイちゃんからのコメントは。

「俺がアイしてるのはツルだけだぜ。
 だから結婚したんだもんな」

「うん、知ってるよ、ケイちゃん。
 もっともっと、ずっとずっと愛してね」

 ごちそうさまぁ、なんて素敵なカップルなんだろ、あてられちゃうわ、コトコなんかに負けるな、などというコメントが、今回もたくさんついていた。

次は「て」です。


 

 

ガラスの靴62「強奪」

「ガラスの靴」

     62・強奪


 会社勤めのかたわら、作曲をしていた三隈斗紀夫。そういうのは小説家の世界にも間々あるそうで、苦節何年、ようやくデビューしたとか言われる。斗紀夫もその口で、三十代半ばになってようやく作曲家として一本立ちした。

 仕事人間なのか、もてないから女に興味のないふりをしているのか、両方なのかもしれない斗紀夫には、迫っていた女がいた。女の甘言にたぶらかされて、間抜けなことに子どもができた。笙は斗紀夫とその女、眸がもめているのを聴いていたのだそうだ。

「結局、結婚しなかったんだよね?」
「斗紀夫は言ってたよ。絶対に結婚しないって。そこまで言われたら眸も諦めるしかなかったんじゃないのか」
「それがね……」

 シングルマザーになると心に決めたらしき眸に、あの西本ほのかが知恵を授けて、眸は別の男をだまくらかして結婚したらしいと笙は言う。
 ほのかという女はてめえは結婚なんかしたがらないくせに、よその女は結婚させるのか。変な奴だ。

「いいんじゃないのか? それで八方丸くおさまって、子どもも幸せだったらいいよ。どうせ他人ごとだしさ」
「そうだね」

 という話を笙から聞いていたのだが、斗紀夫はなにも言わない。あたしは眸と触れ合う機会もないし、斗紀夫に訊き出す気もないが、彼とは仕事でときたま関わりがあった。

「ちっとは落ち着いてきて、余裕もできたんじゃないのか?」
「まあね。彼女もできたんだよ」
「女に興味ないんじゃなかったのか」
「彼女に告白されたんだ。しようがないだろ」

 やはり強がりだったのか。それにしても、この男に迫る女やら告白する女やらがけっこういるのはなぜだ? 見た目は冴えないことはなはだしいが、作曲家という仕事が強みなのか。あたしにはそうとしか考えられなかった。

 斗紀夫は斗紀夫で彼女ができたんだってよ、と笙に話すと怒るのか。なんだかんだと質問されてうるさいかもな、と思ったので話さずにいる。
 桃源郷、あたしのロックバンドが所属するCDレーベルから依頼されて、斗紀夫も作曲の仕事をしている。会社のロビーで斗紀夫とコーヒーを飲んでいると、血相変えた女が近づいてきた。

「音花ちゃん……なんでこんなところに来るんだよ」
「音花って、おまえの彼女か?」
「いや、もう……」

 ごにょごにょ言っている斗紀夫の横に立ち、女は押し殺した声を出した。

「なんなの、あのメールは」
「なにって……あの通りだけど……」
「いきなりなによ。別れてほしいって、メールで言うこと? 理由も言わずに別れてくれって……まだほんの三ヶ月ぐらいしかつきあってないのに……」
「三ヶ月ぐらいなんだから深くもなくて、傷は小さいだろ」

 こういう業種の会社はお堅くはないが、ロビーで男女の別れ話をやっているのはいただけない。乗りかかった舟なので、あたしが横から口出しして外の喫茶店へ移動した。

 女の名前は音花。音の花と書いてオトカという名前に惹かれたと、斗紀夫は音花に言ったのだそうだ。音花は斗紀夫に仕事を依頼している別のレコード会社の喫茶室勤務アルバイト。音花っていい名前だね、と斗紀夫が言ったそうだから、最初は斗紀夫が音花を好きになったのか。

「桃源郷のアンヌさん、はい、お会いしたこともありますよね」
「そっか?」
「ええ。私の働いている喫茶室にいらしたことがありますよ」

 こっちは喫茶室のウェイトレスなんか気にしてはいないが、これでもあたしも芸能人のはしくれだから、一方的に知られている場合もある。たしかに、あたしも音花が働いている喫茶室でお茶を飲んだ記憶はあった。

「斗紀夫さんが話しかけてくれるようになって、作曲家だと聞いて尊敬して、私のほうから告白したんです。うん、僕も好きだよって、斗紀夫さんは言ってくれました」
「女に興味ないんじゃなかったのか」
「アンヌさん、しつこいよ」

 辟易顔になる斗紀夫をいじるのは、このくらいにしておいてやろう。あたしは音花の話の続きを聞いた。

「それで、つきあうようになったんです。アンヌさんから見て、私は魅力ないですか?」
「いや、けっこう可愛いじゃん?」
「そうでしょう? 今までにだって何度も何度も告白されてます。私は男性の外見にはとらわれないから、中身のいいひと、尊敬できるひととおつきあいをして結婚したいと思って、告白にうなずいたことはありません。斗紀夫さんは本当に中身がよくて尊敬できるひとだから好きになったんです」

 っていうのか、斗紀夫が作曲家だからこそ惚れたんじゃないのか? これで斗紀夫は稼ぎもかなりよくなっているし、才能もある。揺らぎなく安定した職業だとはいえないが、若い女は、作曲家ってかっこいい、とばかりにぽーっとなってしまいがちだ。

 そんなに中身中身と強調されると、斗紀夫は外見はよくないと言っているようなものだが、事実だからしようがない。斗紀夫はぶすっとしていて、音花は熱心に話していた。

「将来は結婚したい、とも私から言ったんです。結婚するにはまだ早い。お互いをもっと見極めなくちゃね、って斗紀夫さんが言って、なんだったら同棲しようか、順番からすれば同棲してから結婚だろ、とも言ったんですけど、私は同棲はしたくないから……」

 そういう主義の女もいるだろう。あたしなんかは若いころには気軽に男とつきあい、気軽に寝た。気軽に同棲もして気軽に妊娠中絶もしたが、そんなことはしたくない女もいる。男の言いなりにそうなるのだったら、しないほうがいいかもしれない。

 なーんて、あたしにだって確固としたポリシーがあったわけでもないのだが、なんたって新垣アンヌはロッカーだ。そこらへんの女とは女が違うのだから、あたしはかまわないのである。

「同棲なんて男性にだけ都合のいい恋愛の形ですよね。両親にだって反対されるに決まってるから、お断りしたんですよ。音花ちゃんがどうしてもいやだったら、って斗紀夫さんは引いてくれたから、やっぱり私の好きなひとは、思いやりがあるって思ってました。なのに、急にメールで別れようって。やっぱり同棲しなくちゃ駄目なの? 斗紀夫さんがどうしてもそうしたいんだったら、結婚前提でだったらしてもいいよ。婚約してからだったら同棲も考えてもいいよ」
「同棲は関係ないんだよ」

 さもうっとうしそうに斗紀夫は言い、音花は彼を非難に満ちたまなざしで睨み据える。あたしも尋ねた。

「別れたくなったんだったらしようがないけど、理由くらいは言えよな。卑怯だぜ」
「そうよそうよ」
「斗紀夫、わけを言え」
「そうよ、斗紀夫さん、聞かせて」

 いや、あの、だからさ、などともごもご呟いてから、斗紀夫は意を決したように言った。

「他に好きな女ができたんだよ」
「……そんなのって……」
「誰だ? あたしの知ってる女か」
「そうだよ。もとをただせばアンヌさんがいけないのかもしれない。フジミさんを僕に紹介したのはアンヌさんだからね」
「フジミ? あいつ、男にまでちょっかい出すのか」
「ちがうよ」

 うちのバンドのドラマーで、天下無敵の浮気者、吉丸。笙が類友だと言っていた通り、吉丸の友人のフジミって奴は、吉丸に負けず劣らずの浮気者だ。

 男ってのは基本、浮気者なのだが、うちの笙みたいにあたし一筋の可愛い奴だっている。笙の爪の垢を煎じて飲ませたいほどの浮気者、フジミ。吉丸はバイセクシャルなので男にだって手を出すから、女としか寝ないフジミはちっとはましかと思っていたのだが。

「フジミさんがつきあってる、優衣子さん……」
「ユイ? あの女かよ」
「どういうこと? そのユイさんって女性を好きになったの?」
「ああ、そうだよ」

 もはや開き直ったか、斗紀夫は音花にはっきり応じた。おまえは女に興味ないんじゃなかったのか? ともう一度言ってやりたかったのだが、面倒なのでやめておいた。

 女に興味のない奴は、優衣子によろめいたりしないだろう。笙も優衣子に会っているが、僕のタイプではないと明言していた。笙は女に興味ないわけではなくて、このアンヌさんにしか興味がない。人の夫はそうでなくっちゃ。

 なのにフジミって奴は、バツがいくつついているのか、離婚結婚、離婚結婚を繰り返し、現在の彼女ってのが誰なのかもあたしは知らなかったのだが、あの優衣子であるらしい。
 
 そもそも優衣子ってのは何者だったか。わりあい最近のフジミの妻の友人だったような? あたしはその程度しか知らないが、彼女の知人の女はこぞって同じことを言う。
 他人の男を欲しがる女、特に優衣子の友達の彼氏や夫を横からかっさらうのが趣味。男にはたまらないらしきフェロモンをふりまいているので、優衣子に狙われた男はまずまちがいなく落ちる。そうやって何人の女を泣かせたか。

 すると、優衣子によろめかなかった笙は変人なのかもしれないが、優衣子は笙には興味なかったのかもしれない。あたしは優衣子には負けないから、いっぺん勝負してみたい気もなくもないが。

「それにしても……音花は優衣子の友達じゃないだろ」
「優衣子さんって私は知りません。誰なんですか」
「あたしの知り合いのミュージシャンの彼女だったはずだよ。斗紀夫は優衣子に落とされたのか」
「落とされたなんて言わないでほしいな。恋をしたんだ」

 だせっ、と吐き捨ててやると、斗紀夫のぶすくれ顔がいっそうの仏頂面になった。

「音花は男の浮気を許せるタイプか」
「……え、そんな……」
「どうせ斗紀夫はいずれ、優衣子に捨てられる。捨てられて戻ってくるのを待っててやるつもりだったら、作曲家と結婚できるかもよ」
「そんなぁ……」

 泣きそうな顔をする音花に、あとはふたりで話し合いな、と言い置いて席を立った。
 しかししかし、それにしても……。
 優衣子って女もあたしには不可解だが、いくら作曲家だからってこの男が女に取り合われるような奴か……あたしにはそっちはさらに不可解だった。

つづく

フォレストシンガーズ・短歌俳句超ショートストーリィ2019/11

2019/11

 

短歌俳句・超ショートストーリィ

 

 

 泥棒猫って季語なのか? 季語のない俳句もあるにはあるらしいし、川柳ってやつもあるが、これはどう判断すればいいのか。

 

「恥入ってひらたくなるやどろぼ猫」

 

 本物の猫ならこうだから、これは人間の泥棒猫だな。

 

 お魚くわえたドラ猫追っかけて
 裸足で駆けてく……

 

 であって、猫は泥棒しても恥じ入ったりしないのだ。
 さしずめ、よその男の彼女に手を出した男とか、よその女の彼氏に手を出した男とか。

 

「はっきりカタをつけてよ
 どっちかしっかり選べよ

 

「バイバイバイバイ、やってられないわ
 あのひとの涙の深さに負けたわ」

 

「あんな女に未練はないが
 なぜか涙があふれてならぬ」

 

 とかね。
 ややこしいのはやっぱり人間だな。

 

 嗚呼、猫になりたい、と溜息が白く煙る、霜月の帰り道。
 三沢幸生、歳があければ三十路だ。嗚呼。

 

END

 

 

 

 

 

 

ガラスの靴61「婚活」

「ガラスの靴」

     61・婚活

 勤労経験のほとんどない僕とはちがって、ミチはアルバイトをたくさんしてきた。
 通称は吉丸美知敏、二十一歳。高卒だとか高校中退だとか、その時によって言うことがちがっているのだが、まともに高校には通っていなかったのは事実なのだろう。

 田舎から出てきて東京の高校に入学し、アニソン同好会に所属していたというのも、どこまでが本当なのか。なににしてもミチは現在ではアンヌのバンドのドラマーと事実婚をして、僕と同じ専業主夫として暮らしている。僕と同じとはいっても、ミチの夫は男、僕の妻は女、というかなり大きな差はあるが。

「笙くん、紹介するよ」
「あ、ああ、こんにちは。お客さん? 僕は出直してこようか」
「いいんだ。入って」

 暇なので息子の胡弓を連れて、ミチと吉丸さんの住まいに遊びにいった。ミチが継母のようになっている、吉丸さんの息子の来闇は二歳。胡弓とは遊び友達だ。
 が、先客がいた。三十代の夫婦らしく、ふたりは弘雄と秀子と名乗った。

「僕は独身のころに、婚活パーティのサクラのバイトをしたことがあるんだよ」
「へぇ、そんなバイトがあるんだ」
「僕ら、そこで知り合って結婚したんだ」

 中肉中背の平凡なルックスだが、髪の毛がかなり薄い弘雄くんと、背丈は弘雄くんとほぼ同じ、ただし体重は彼女のほうが多いであろう秀子さん、ふたりは教師カップルなのだそうだ。
 アルバイト経験が豊富なミチが、婚活パーティサクラという珍しいバイトをしていたときの話を、三人が交互に語ってくれた。

 婚活パーティの会場には、男と女が半数ずつほどいる。中心は女が三十代前半、男は三十代後半といったところで、中にはちらほら、二十代もいる。そんな中にひときわ若くてルックスのいい男がいて、彼は滅茶苦茶にもてていた。

 小柄だがほっそりしたその男が、男性の中では人気ナンバーワン。小柄で可愛らしくて若い女がいて、女性の中では彼女がダントツ人気だった。

「……あなたは彼のそばに行かないんですか」
「……あなたも、彼女のそばに行かないんですか?」

 けっ、あんなの、と同時に言ったのが、弘雄くんと秀子さんだった。
 パーティ会場の隅には料理を盛ったテーブルがあって、婚活はすでに諦めたらしき男女が食欲を満たすほうに専念している。弘雄、秀子はそっちの組だったのだが、どちらからともなく話をした。

「あんな男、若くて顔がいいだけで小さいし。私よりも背が低いじゃありませんか」
「あんな女をちやほやする男たちの気がしれませんよね。あんな金のかかりそうな若い女には、僕は興味がないんですよ」

 そこから話の糸口がほぐれて、弘雄、秀子は親しくなった。同業で年齢も同じ。住まいも近い。弘雄くんが趣味の釣りの話をすると、私もやってみたいな、と秀子さんが応じ、釣りデートをするようになったのだそうだ。

「その、女性人気ナンバーワンの若い男ってのが僕だったんだ。ってことは、僕は弘雄くんと秀子さんを結びつけた愛のキューピットってわけ。ふたりが結婚したころには、僕は別のバイトに替わってたんだよね。笙くんと一緒に行ったこともある飲み屋で働いてたら、そこにこのひとたちが入ってきて……」
「あーっ、あのときのっ!! ってなって、真相を知ったんですよ」
「婚活パーティなんて、そんなもんなんでしょうね」

 噂には聞いていた婚活というもの。僕の周りにはあまり婚活をしているひとがいないのは、既婚者と、そんなことをしなくてももてる男女が多いからか。それでも興味深く聞いていると、ところで、と秀子さんが身を乗り出した。

「私たちもサイドビジネスとして、ネット婚活のサイトを立ち上げようとしてるんです」
「有料のまともなところですよ」
「だいたいの準備はできたんで、笙さんにひとつ……」

 夫婦そろってじっと僕を見る。ミチも言った。

「僕もやるつもりなんだよ」
「……なにを?」
「これ見て」

 準備段階なのでスマホでは見られないという、そのサイトの骨子のようなものをパソコンで見せられた。

「山下美知敏、三十一歳、歯科医。
 175センチ、62キロ、細マッチョです。

 親の代からの医師で、僕は歯科の道を選びました。とはいえ、まだ新米ですので、年収は一千万程度です。両親が営む総合病院で歯科を担当しています。
 両親はまだ若く、収入もよく、資産も持っていますので、引退したあとは海外にある別荘に引っ越して悠々自適の暮らしをしたいと楽しみにしています。ですから、同居の必要はまったくありません。

 理想の女性は内面が可愛いひと。「可愛い」にもさまざまありますよね。背が高くても低くても、太っていても痩せていても、キャリアウーマンでも家事手伝いでもフリーターでも、二十代でも三十代でも、僕と波長が合ってお話していて楽しくて、可愛いな、と思えるひとを探しています」

 これはどこの美知敏だ? ミチの姓は山下ではないのだから別人か? 記事に添えられた、にっこり笑った真っ白な歯の写真は、二十一歳の美知敏に似てはいたが、三十一歳というだけにだいぶ大人らしくてかっこいい男だった。

「……」
「ほとんど嘘だけど、僕は秀子さんたちのサイトの看板みたいなもので、実際に女と会うわけじゃないんだからいいんだよ」
「山下美知敏さんと会ってみたいと連絡があったら、巧みに誘導して別の男性を紹介するんですよ」
「どこのサイトでもやってますよ」
「この記事の山下さんだと言って、ミチさんを会わせたら詐欺でしょうけど、これくらいはね」
「で……?」

 つまり、僕にもミチと同様の仕事をしろと?

「ターゲットのメインは女性ですから、女性会員には看板はいらないんです」
「秀子の写真とスペックを載せて、彼女も結婚が決まりました、って打ち出すのもいいかもな」
「それは一度しか使えないから、冴えない女を逆サクラにしてみるのもいいかもね」

 たった今、思いついたのか、夫婦はそんな話題を繰り広げていて、ミチが言った。

「ここに写真と名前を貸すだけでお金になるんだから、子持ちの主夫にはいいバイトでしょ」
「ほんとにそれだけでいいの?」
「いいんだよ。笙くんもやらない?」
「だけど、僕はアンヌの……」

 実際には結婚していないのだし、吉丸さんは桃源郷の脇役的立場だから世間にはさして顔を知られていない。なのだから、ミチがこのバイトをしても支障はないだろう。けれど、僕は桃源郷の顔、新垣アンヌの正式な夫だ。こんなバイトをして明るみに出たらまずいのではないだろうか。

「顔は修正するから大丈夫だよ。二十三歳だと婚活するには若すぎて信用してもらえないから、三十代前半にするんだ」
「それにしたって、イケメン歯科医三十一歳がなんで婚活しなくちゃいけないの? って疑問は持たれないのかな」
「疑問に思って質問してくる女には、秀子さんたちがうまくやるんだよ」
「そっかぁ」

 激しく心が動く。ミチは秀子さんや弘雄さんと、笙くんだったらどんなスペックにしようか、なんて相談を始めた。婚活市場に出ていく際の僕がどんな三十代男性に変身させられるのかは興味があるが、そうなった僕は僕じゃないのでは? だったらいいのかなぁ。
 迷いもまた激しいものだった。

つづく

 

 

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