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2019年9月

202「仕打ち」

しりとり小説

202「仕打ち」

 クールなつもりでいたけれど、生まれてはじめての恋に、兼子は我を忘れた。
 三十一歳にして初恋だなんて、そんなはずはないでしょう? と周囲の皆は笑う。子どものころには好きな男の子がいた記憶もあるし、大学生まではちょっとしたつきあいだったらしたが、あんなものは恋ではなかった。

 なのだから、初恋なのだ。初恋を成就させて結ばれたなんて、私はなんて幸せ者なのだろう。こっちから好きになって、追いかけて告白してプロポーズして、私のものにする、兼子にはそんな恋が性に合っていたらしい。

「会社、やめてきたよ」
「え? そうなの?」
「そう。俺はもう働くのに疲れたんだよ」
「そ、そうなんだね。まあ、しばらく休めばいいよね。次のあてはあるんでしょ」
「ないよ。働くのに疲れたって言っただろ」
「そしたら……どうするの?」

 寝耳に水とはこのことだ。兼子は外食産業で働いていて、一店舗をまかされている。正社員なので年収も悪いほうではないから、夫の収入がなくても暮らしてはいけるだろうが、ひとこと、相談くらいするものではないのだろうか。

 バツイチだけど子どもはいない、前の妻とは性格の不一致で離婚した、兼子は三次からそう聞いていた。三次は兼子よりもふたつ年下の二十九歳。若すぎた結婚だったんだろうな、と解釈して、兼子は三次にプロポーズした。今度こそ、私が幸せにしてあげるから、と。

「主夫になるよ」
「はぁ……」
「男女同権だろ。男にだってその権利はあるはずだよ」
「私は女性の主婦ってのも嫌いだけど、私がそんなものになるつもりはないけど、妊娠出産、子育て時期だけだったら主婦はかまわないと思うのよ。女性の主婦ね。だけど、男性は出産はしないんだから……」
「兼子、子どもがほしくなった? 産んでもいいよ。俺が育てるから。それだったらいいんだろ」

 今はそんな話はしていないんだけど……と言いかけた兼子に背を向けて、三次はソファに伸びてしまった。

 会社員としての日々に疲れてしまったのだろう。三次は薬品会社の営業マンで、医者やナースを相手にする営業活動の苦労についても、兼子にこぼしていた。そんな会社はやめてもかまわない。転職するのだったら兼子は反対などしない。けれど、子どももいないのに主夫って……三次が出産するわけでもないのに。

「しばらく休んでゆっくり考えて」

 そうとしか言えなくて、兼子は静観することにした。

「掃除、洗濯、料理が主婦の三大家事だよな。俺は掃除も洗濯も前からけっこうやってるけど、料理はあまりやったことがない。買い物に行かなくちゃなんないだろ。食費、ちょうだい」
「早速主夫をやるつもりなのね。がんばって」

 仕事をやめたからといってだらだらするのではなく、主夫業をこなすのだったらいいではないか。一週間分の食費のつもりで、兼子は夫になにがしかの紙幣を手渡した。

 共働きなのだから、三次は以前から多少の家事はやっていた。料理だけは苦手だと言うので、宅配サービスやスーパーの惣菜なども駆使して、主に兼子が食事担当だった。たいしておいしくもないものを食べていたのだが、三次も兼子も食にはさして関心がない。三次の料理も上手ではなかったが、食べられればそれでいいのだった。

「今日のシチュー、うまくできてるね」
「だろ? ネットで研究したんだよ。うんうん、おいしいよね」
「家に主夫がいてくれるって、悪くないかも」
「そうなの……?」
「あなたがそれでいいんだったら、再就職なんかしなくてもいいよ」
「あっ、ああ」

 意外そうな顔をする三次に、兼子はにっこりしてみせた。

「へぇぇ、あなたがね……」
「なにかご用でしょうか」
「そんな警戒しなくてもいいのよ。どうぞすわって」

 平和にすぎていく日々に身をゆだねていたら、さざ波が立った。美樹と名乗る女性からの突然のメール。彼女は三次の前妻で、三次つながりで仲良くしましょうよ。一度会わない? とのメールだったのだ。

 気の強い女でね、それ以外にもなんだかんだで合わなかったんだ。子どもはいなかったんだから、二度と顔を合わせることもないよ。だけど、俺、女にはこりごりした部分もあるから、結婚はしたくないかなぁ。
 そう言っていた三次を強引にその気にさせたのだから、勝者は私だ。美樹の顔を見てみたかったのもあって、兼子は彼女の誘いを了承した。

 会社帰りの喫茶店。三次が言っていた通り、すらっと背が高くてセンスのいい、メイクも上手なきつい顔立ちの女だ。見ようによっては美人かもしれない。年齢は三次からは聞いていなかったが、二十五、六といったところに見えた。

「三次って稼ぎのいい女が好きなんだよね」
「そうなんですか」
「私も三次と結婚する前は、モデルクラブでアルバイトしてたの。収入はよかったんだよ」

 売れないモデル、言われてみればいかにも、だ。

「三次は働く女が好きでしょ。彼の母親は専業主婦で、のんびりしすぎてて太ってる。そういう女に嫌悪感があるんだよね。そのくせ、私を見て言うのよ。そんなに痩せてて子どもが産めるの? モデルだなんていかがわしい仕事よね。ふしだらな生活をしていそう、だとかって」

 ひとしきり三次の母親の悪口を言ってから、美樹は話題をずらした。

「モデルとしては売れなくなってたから、転職したんだ。だけど、私には地味な仕事なんて合わないの。三次が働けって言うから働いてたよ。無職の女となんか結婚しない、とも言われたんだもんね。でも、とうとうある日、仕事をやめてきて言ったの。専業主婦になりたい、子ども作ろうよ、そしたら私、主婦になれるもの、って」

 どこかで兼子も似た台詞を聞いた。

「結果的にはそれが離婚の原因になったんだよね。美樹は美人でスタイルもよくて、独身のときにはモデルだった、俺はそこに惚れたんだ。モデルは若いときにしかできないんだから仕方ないのかもしれないけど、そしたら別の仕事を見つけてしっかり働けばいい。もとモデルなんだったらその人脈とかもあるだろ、ってがみがみ怒るの。おまえの専業主婦宣言はショックだったよ、って」

 そうは言っても、惚れた弱みで許してくれるだろうと美樹は思っていた。そのうちに妊娠してしまえば、大きな顔で専業主婦ができる。ところが、三次に離婚届を突き付けられた。

「契約違反だ。俺はおまえが好きだけど、理想からかけ離れた専業主婦は許せない。絶対にいやだ、って言うんだよ。そしたら子どもができるまではパートで……って妥協したんだけど、それもいやだって。バリバリキャリアウーマンか、派手な仕事をしてる女がいいらしいんだね」

 そこで、美樹はうふっと笑った。

「めんどくさくなって離婚したよ。でも、三次は私に惚れっぱなしだから、いろいろ報告してくるんだよ。ファミレスの店長だからキャリアなんかじゃないけど、けっこう稼ぐ女に結婚を迫られてるんだ。結婚なんかしたくない、あんな地味な女はごめんだ、って思ってたんだけど、いいこと思いついた、ってメールをよこしたの。それからその女と結婚して、いいことってなんだろ、って思ってたら、幼稚な復讐だなぁ。あのときのショックを逆の立場で女房に味わわせてやりたいって」

 声を立てて笑っている美樹の台詞の、意味がわからない。前半はわかるが、後半はどういう意味だ? 幼稚な復讐?

「なのに、奥さんは意外にもけろっとしてる。家に主夫がいるっていいもんだよね、まで言う。俺はいったいなんのために……って、三次、暗いらしいね。バッカじゃん?」
「あの……それ……」
「安心していいよ。私は三次と浮気もするつもりはないから。今はただの友達。兼子さんとの変わった夫婦の様子とか聞いて、私も再婚したときの参考にしようと思ってるだけ。勉強になるわぁ」
「……あの、復讐って?」
「わかんない? 鈍いんだ」

 あ、私、デートの約束があるんだ、と言って美樹が席を立ってから、兼子はつらつら考えた。
 ファミレスの店長、すなわち兼子と結婚したのは、美樹から与えられたショックを別の立場で今度の妻に与えて復讐するため? そんな動機で結婚する男がいるのか? どうして前妻への復讐を私に?

 復讐、復讐、ショック、逆の立場。

 何度も考えてやっと思い当った。専業主婦になりたい? 結婚した相手にそう言われて離婚したくなるほどのショックを受けたとは、それもかなり兼子には意外だったが、復讐のターゲットを自分が向けられていたとは、人の考えってのは多様すぎて気が遠くなりそうだ。

 じゃあ、三次はこれからどうするつもり?
 気が済んだんだったら離婚する? それとも、専業主夫って居心地がいいな、なんて思って、その座にすわり続ける? 兼子としては、主夫と暮らすのは悪くないと思う。本音でそう思えるようになったのは、案外三次が主夫として有能だからだ。

 彼の本音を知っても、彼への恋心は幻滅などは感じていない。惚れた男のためならば、多少の理不尽にも耐えてみせる。それが恋かしら? 女友達がいたってどうってこともないけどね……自分の発想外の事実を知らされて、兼子の思考能力がうまく働かなくなっているようだった。

次は「ち」です。

ガラスの靴58「衣装」

「ガラスの靴」

     58・衣装


 総合ウェディングプロデュース集団、「イシュタル」が出しているパンフレットを、近くの席で取り出した女がいた。

 通りすがりの喫茶店。ビジネス街の店は昼どきは混んでいるが、ここはメインストリートからははずれているからか、空いている。それでもオフィスビルはぽつぽつあるから、そのあたりで働いているサラリーマンなのだろう。あたしの近くの席にはどこかの会社の制服を着た女たちが三人、すわっていた。

「婚活、うまく行ったの?」
「結婚、決まったの?」

 ふたりの女が身を乗り出し、パンフレットをテーブルに載せた女がかぶりを振った。

「ちがうのよ。私に釣り合う上等な男なんていないの。こうなりゃじっくり腰を据えて、いい男を探すつもり。ここまで待ったんだから妥協なんかしたくないもんね」
「じゃあ、このパンフレットは?」
「ここ、見て」

 開いたページは、「おひとり様ウェディングプラン」。あたしたちのバンド「桃源郷」はイシュタルのCMソングを担当しているので、そのプランについても知っている。ひとりでウェディングってどうやるんだよ? だったのだが。

「へぇぇ、ウェディングドレスをきちんと着て写真を撮るんだね」
「わぁ、素敵!! 私もこんなの、着てみたいっ!!」
「でしょ?」

 満足げにうなずく女は、田丸さんと呼ばれている。あとのふたりはミナちゃんとアキちゃん。田丸がいちばん年上なのだろう。四十代に見えた。

「結婚はいくつになってもできるよね。子どもは無理って年齢に近づいてはいってるけど、私ほど若く見えて美人で魅力的な女だったら、いくつになっても男が放っておかないはず。だけど、ウェディングドレスってやっぱり若いほうが似合うじゃない? 私も今のうちに着ておかないと、似合わなくなるような気がするの」
「そしたら、田丸さん、本番のときにはなにを着るの?」
「本番は和装にする。大人の花嫁らしく決めるのよ」

 それ、いいよねぇ、田丸さんだったらこのドレスがいいんじゃない? こっちのほうがいいよ、と盛り上がっているミナとアキの口調には、そこかはとない揶揄が感じられる。田丸はこのプランにはまっているらしく、いいでしょいいでしょ、などと嬉しそうだった。

「あ、もうこんな時間だ。私はお先に」
「お疲れさまでーす」
「成功を祈ってます」
「どっちのよ?」
「両方」

 仕事で出かけるのか、田丸が先に席を立ち、残されたミナとアキは予想通りの会話をはじめた。

「あの境地にだけは到達したくないね」
「田丸さんって何歳だっけ?」
「三十五歳だって言ってるよ。会社でサバを読んでもばれるのに、三十五だけど二十五歳に見えるでしょ、って自分で言ってるの」
「見えないよ。ほんとは?」
「四十一かな」
「……だよねぇ、やっぱ」

 うんうんとうなずき合い、ミナとアキは声を低めた。

「ほんと、三十五までには決めたいね」
「ミナも婚活やってんの?」
「合コンだとかパーティとかには行ってるのよ。田丸さんみたいにはなりたくないから、今年中には決めて、来年には結婚式に持ち込みたくて……だけどねぇ……」
「私も、田丸さんみたいになったらおしまいだから、早く決めたいんだけどね……」
「だよねぇ」
「あんなこと言ってたけど、田丸さんじゃもう……」
「ウェディングドレスを着ると痛いんじゃない?」

 ねぇぇ、と言い合って、ふたりはくすくす笑った。

 何度も何度も結婚しては離婚し、またもや結婚する奴もいれば、こうして一度も結婚できない女もいる。このふたりは三十代前半か。田丸さんみたいになりたくない、だけど、いい男がいない、と嘆きっぱなしだった。

 ランチどきに聞いた若くはないOLたちの会話が耳に残っていたし、田丸という名の女も記憶に残ったから、彼女と会ったときには即座にわかった。痩せて背が高くて、デキル女ふうのスーツをまとった女が、「イシュタル」の本社にあらわれたのだ。

「田丸さんじゃん?」
「は? えーと、どちらさまでしたっけ」
「あたし、アンヌ」
「えっとえーっと……」

 あの日はあたしはひとりだけで、シャツにジーンズの平凡な服装でカレーを食べていた。田丸たち三人組は店内で目立っていたが、あたしはひっそりしていたので彼女の目にも留まらなかったのだろう。

「あんな話を聞かれてたんですか」
「それで、実行しにきたの?」
「詳しく聞きたくて……アンヌさんはどういうお仕事を?」
「ロックバンドをやってるから、音楽担当」
「ああ、そうなんですね」

 言葉は丁寧だが、田丸の目つきには侮蔑を感じる。まっとうなOLから見れば、あたしなんかはヤクザのようなものだろう。慣れているのでどうってこともないが。

「ここで会ったのもなにかの縁だね。飲みにいかない?」
「あの……」
「おごるからさ。あたしはずっと音楽業界で生きてるから、田丸さんみたいなカタギの友達は少ないんだよ。OLの話なんかも聞きたいな」
「OLって古いですよ」
「キャリアウーマン?」
「それも古いかな。ワーキングウーマンかビジネスウーマンでいいかもしれない」
 
 ワーキングだかビジネスだかの女に興味があったのも事実だが、ちょっと意地悪をしてやりたかったのも事実だ。ためらいながらもついてきた田丸とタクシーに乗った。

「別に急がないから、ウェディングの話は後日でもいいんですけどね」
「そうだよね。あとでも同じだよ」

 日が経つにつれてどんどん外見が劣化するお年頃ではあるが、一ヶ月単位くらいでは変化もないだろう。「おひとりさま」は省いて、タクシーの中ではウェディングプランの話をしていた。

「あらぁ、アンヌ、ここにおいでよ」
「お、ハンナ、来てたのか」

 タイ人の血が入っているのもあって、アンヌという名前をつけられたあたし。ハンナのほうは北欧の血が入っているらしく、かなりゴージャスな長身の美女だ。ハンナが呼んでくれたので、あたしは田丸を促して彼女のいたテーブルについた。

「ハンナ、ひとり?」
「ひとりだよ。今日はひとりで来たんだけど、ひとりだったらやっぱつまんないなって思ってたとこ」
「田丸さん、ちょうどいいよ。ハンナは経験者だからさ」
「経験者って、あのプランの?」
「そうそう」

 なんだ、こいつは? という目でお互いを見ているように思える、ハンナと田丸。田丸は一般人だし、ハンナは有名ではないので当然だろう。敢えて紹介はしなかった。

「別の会社なんだけど、ハンナ、ウェディングドレスを着たんだよね」
「ああ、何度か着たよ」
「ハンナは日本人離れしたプロポーションだから、ウェディングドレスは似合うだろな」
「あたしは細いから水着姿だともひとつサマにならないんだけど、ドレスを着ると優雅で品があるって言われるね」
「品があるねぇ」
「中身は品がないよ、悪かったね」

 わかってるじゃんと、とあたしが笑い、ハンナは鼻に皺を寄せて舌を出す。田丸は緊張しているのか、酒ではなくてミネラルウォーターを飲みつつ、困惑顔でいた。

「アンヌはウエディングドレスって着た?」
「あたしは結婚式、してないから」
「そうだっけ。仕事で着たりしないの?」
「あたしの衣装はそういう感じじゃないよ」
「そうだね」

 二十代のハンナ、三十のあたし。田丸はいちばん年上だとの自覚はあるのだろうが、若く見えるんだから、と思っているのだろうか。アンヌって独身じゃなかったの? との視線は感じた。

「ハンナはどうだったんだ?」
「ウェディングドレス? 我ながら綺麗だなぁ、って感じだったよ。コスプレみたいなもんかな」

 自信過剰だとは、ハンナが綺麗なのは本当なので言いにくい。

「ま、仕事だからね。あたしは何べんもウェディングドレスを着て飽きちゃったよ」
「本物の結婚式、したい?」
「アホらしいからしたくない」

 仕事? と呟いた田丸の眉が、ぎゅっと寄せられていく。こんなに美人のモデルだかタレントだかは、仕事でウェディングドレスを着飽きたと言っている。なのに私は……とでも考えているのか。
 意地悪がすぎたかな。ちょっとかわいそうかな。だから、これくらいにしておいてやるよ。

つづく


フォレストシンガーズ・短歌俳句超ショートストーリィ2019/9

フォレストシンガーズ

2019/9

 あれマツムシが鳴いている
 チンチロチンチロチンチロリン

 こんなシーンを描いていると、耳元にこの歌が聴こえてくる気がする。夏の終わり、秋のはじめ、人は虫の音で季節を知ったりもする。

 百年以上も昔だったら、自然は豊富だっただろう。
 京都伏見といえば田舎ではなかったはずだが、今ごろの季節には虫たちが大合唱をしていたはず。静かな夜に坂本龍馬が伏見の船宿で、恋仲のおりょうさんの膝枕で虫の音を聴き、おりょうさんがそっと口ずさむなんてどうかな?

「あれ、この歌、幕末にあった?」
「ないだろ。小学唱歌って明治時代に作られたんじゃないのか」
「そうだよね、残念」

 今夜はヒデさんが泊まりにきている。彼は歌には詳しいので、質問してみた。

「幕末のころ、こんなシチュエーションで口にする歌かぁ。都都逸とか?」
「都都逸ってどんなの?」
「三千世界の烏を殺し……は高杉晋作だよな。三津葉だったらどんな都都逸を知ってる?」
「んんと……知らない」

 いまだガラケーを使っているヒデさんは、誰かにメールを打っていた。ややあって、届いたのは乾さんからの返信。この季節の歌といえば……だそうだ。
 
「夜をかさねはたおる虫の急ぐかな草のたもとの露や冴ゆらむ」定家
 
 乾さんらしい返事だけど、坂本龍馬に定家の歌は似合わない。もっと俗っぽいのないかしら? あれは、これは? とヒデさんと言い合っているのは楽しいから、答えなんかなくてもいいんだけどね。

END

 

ガラスの靴57「嫉妬」

57「ガラスの靴」


     57・嫉妬

 宝塚歌劇の男役と女役スターが本格的に衣装を着け、新郎新婦のなれそめをドラマ仕立てにした寸劇をやる。僕は新郎の田村から真相を聞いているので、笑うのを我慢するのが大変だった。

 プロのジャズバンドがラヴソングを演奏する。政治家からの祝電がいーっぱい読み上げられる。経済界の大物だというが、僕は知らないおじいさんがスピーチをする。これまた大物らしいが、過去のひとらしいので僕は知らない演歌歌手や映画俳優もスピーチをする。

 録画による海外の俳優やミュージシャン、政治家や小説家や科学者からもお祝いメッセージが届いているらしく、そんな時間もけっこう長い。退屈もあったのだが、音楽も寸劇もマジックもプロがやっていたから、ショーでも見ているようで楽しくもあった。

「潔、ついに結婚が決まったらしいよ」
「誰と? 多恵ちゃんとじゃなくて?」

 電話をしてきたのは専門学校時代の同級生だった多恵ちゃんだ。多恵ちゃんとは卒業してからはまったく会うこともなかったのだが、彼女がつきあっている田村潔がアンヌの楽屋を訪ねてきてから、たまにお酒を飲んだりもしていた。

「ちがう。佐倉先生」
「医者の?」
「そうだよ」
「……多恵ちゃんは平気なの?」

 田村もまた僕とも多恵ちゃんとも専門学校は同じだ。アート系専門学校でアニメのほうを学んでいた僕は結婚して専業主夫になり、田村はフリーター、多恵ちゃんはアニメプロのアルバイト。二十三歳の専門学校卒人間としては、田村と多恵ちゃんはありふれた仕事についているのかもしれない。

 うちの奥さんも専門学校は同じ、ただし、アンヌはイラストのほうだが、田村も多恵ちゃんもアンヌとも一応は知り合いだ。そのせいで図々しくも田村がアンヌに会いにきた。アンヌは面倒くさがって僕に押しつけた。その流れで多恵ちゃんとも会ったので、多恵、田村、医者の佐倉先生との変な三角関係については知っていた。

 アルバイトとはいえ、多恵ちゃんは大きな仕事をまかされたりもして忙しい。アニメ映画に関わりたいとの野望も持っている。
 フリーターの田村はアニメとは無関係の仕事で、あれをやったりこれをやったりで腰が落ち着かない。多恵ちゃんと田村は、どっちも相手を都合のいい男、都合のいい女扱いでつきあっていた。

 そんな田村を口説いたのが、二十歳年上の女医さん、佐倉先生だった。その後のいきさつは知らないが、田村と佐倉先生が結婚するという。そこまでにはならないかと漠然と思っていたので、僕もびっくりで、多恵ちゃんはショックではないのかと尋ねたのだった。

「うーん、そうね、複雑な気分だけど、潔がいいんだったらいいじゃん」
「僕は多恵ちゃんがいいんだったらいいよ」
「それでね」

 なんというのか、大層な家柄出身の佐倉摂子さんは、両親や親せき筋に相当な人脈がある。対して潔は若くて顔がいいのがとりえのフリーターで、親も庶民だ。
 逆玉と呼ばれる結婚なので、結婚式も佐倉家側が凄まじい来客になる。潔だってちょっとは友達を呼びたかったのか、婚約者に命令されたのかは知らないが、専門学校時代の友達を招きたいと言うのだった。

「笙くん、アンヌさんと一緒に出席できない?」
「田村サイドの唯一の有名人だから?」
「そうなのかもしれない。潔は忙しいから、あたしから頼んでほしいって言われたんだ」
「あのさ……多恵ちゃんはこれから、田村とはどうするの?」
「友達づきあいは続けるよ」
「セフレのほうも?」
「ばーか」

 と言われはしたが、それもアリかもしれない。二十歳も年上の美人でもないおばさんと結婚した二十三歳男子は、セフレくらいは許してもらえるのかもしれないから、僕がとやかく言うのはやめよう。

「ってわけでね、アンヌ、出席してくれる?」
「いやだ」

 ひとことで断られたので、だったら僕も欠席しようかと思ったのだが、ものすごくゴージャスな結婚式だというし、アンヌも行ってもいいと言ってくれたので、出席することにした。

 聞きしにまさる豪華な式だった。僕たちは結婚式を挙げていないのもあり、僕が若いので友達もまだ未婚がほとんどなのもあり、第一、僕には友達も親戚も少ないのもあり、アンヌの関係の結婚式にはアンヌが行きたがらないのもあり、などなどで、僕は結婚式参列回数がほとんどない。

 なのだから、きっと一生に一度だろう。こんな凄まじく豪華な結婚式は。新郎の友人たちが集まったテーブルには若い男が十人、僕と多恵ちゃんを含めて十二人。若いのだけがとりえで他にはなんの特色もない。新郎そっくりの集団になっていた。

 あまり田村は好かれていなかったから、僕と同様、友達も少ない。幼なじみが別の席にいるらしいが、この十二人は、高校、専門学校時代の友人ばかりだ。僕が知っている男がふたり、大哉、春真がいたので、式のあとで多恵ちゃんと四人、同窓会兼二次会をすることにした。

 二次会といえば新郎新婦も加わるものだろうが、結婚式の続きの二次会は有名人だらけで派手に行われるらしい。会費も不要のそっちにはぞろぞろと人々が流れていったが、僕らはもうそんな人々に疲れてしまったので、新郎もヌキの気軽な飲み会だ。

「いやぁ、すごかったな」
「あの奥さんだもんな」
「お疲れ、乾杯しよ」
「田村潔の前途を祝して……」

 居酒屋のテーブルを四人で囲み、ジョッキを合わせる。ダイヤは車のディーラーで営業マンを、ハルマは英会話教室の営業マンをしているそうで、ふたりともにアニメとは無関係の仕事だ。

「多恵ちゃんはいいよな。俺もそんな仕事、したかったよ」
「笙もいいよなぁ。だけど、子どもがいるんだろ? 早く帰らなくていいのか?」
「うん。お母さんに預けてきたから」

 ひとしきり自分たちの仕事の愚痴をこぼしてから、ダイヤが言った。

「多恵ちゃんはどうなの? 映画の話、どうなった?」
「……進行中ではあるんだけど、出資しろって話になってるから……どうなんだろ」
「それって途中で立ち消えになったりしないのか?」
「なくもないかもね。そのくらいのお金だったらなんとかなりそうなんだけど……」
「やめたほうがいいよ」
「うん。ガセのような気がする」

 男ふたりはうなずき合い、交互に言った。

「どんな映画だか知らないけど、実績もなんにもない小娘に関わらせるなんて、あり得なくない?」
「いくら出せって言われてるのかも知らないけど、よくあるじゃん。歌手にしてやるからレッスン料いくら出せとかさ」
「小説の賞を取らせてやるから金を出せとか」
「そういうたぐいの話なんじゃないの?」
「多恵ちゃんってまだたいした仕事はしたことないんだろ」

 悔しいけど……と多恵ちゃんはうなずき、男ふたりはなおも言った。

「俺らもアニメの専門学校にいたんだから、ちょっとはそういう業界を知ってるよ」
「生き馬の目を抜くとか言うんだよな。多恵ちゃんみたいな小娘、だまくらかすのは簡単だろ」
「金だけじゃなくて、多恵ちゃんは女の子だからさ……」
「セクハラされてないか?」
「ダイヤ、失礼だろ」

 いやいや、失礼、とか言って、ダイヤもハルマもげらげら笑う。だいぶ酔ってきたようだ。

「そんでも多恵ちゃんは田村が好きだったんだろ。ふられたからって自棄を起こして、変なおっさんのおもちゃにされるなよ」
「よっぽどでもなかったら、アニメの世界で成功するなんて無理だもんな」
「多恵ちゃんは可愛いから、食い物にしようって牙をむいてる男もいそうだな」
「今までにどんな経験、してきたの?」

 すこしだけひきつった顔になって、多恵ちゃんは応じた。

「酔っぱらいのおかしな質問にはお答えできません」
「いやぁ、しかし、多恵ちゃんって遊んでそうだね」
「俺ともどう?」
「俺もフリーだよ」

 そこでまたげらげら笑う。僕が横目で見ると、多恵ちゃんの目は怒っているようだった。

「うちの同窓生って変わった奴が多かったのな」
「その代表は笙かと思ってたけど、田村は上手を行ったね」
「笙、なんでずっと黙ってるんだよ?」

 きみたちを観察しているほうが面白いから、とは言えなくて、僕はにっこりしてみせた。

「僕は世間知らずの主夫だから、きみたちの会話に入っていけないんだよ」
「そりゃまあ、特殊な女と結婚して主夫になったんだから、笙は特別だよな」
「ロックヴォーカリストなんだろ。新垣アンヌって見たことあるよ」
「正直、ふしだらそうな……いや、失礼」

 女の子を怒らせすぎるのもまずいと思ったのか、矛先が僕に向いた。

「主夫なんていうお気楽そうな立場はうらやましいけど、普通の男にはできないよな」
「ま、俺にもプライドはあるからね」
「俺にだってあるさ。アンヌさんって年上だよな。年上の女と結婚する男ってやっぱ……」
「そうそう。それ、あるよな」

 やっぱ、なんと言いたいのか。多恵ちゃんも黙ってしまって、サラダをつついていた。

「田村はもてるのかと思ってたけど、あんなのと結婚したってことは……」
「意外と同じ年頃の女にはもてなかったのかもな。多恵ちゃんしかいなかったのかな」
「逆玉ねぇ……」
「美人女優だとかいうんだったらまだしも、あのおばさんじゃあな……」
「田村の前途を祝して、なんて言ってたけど、将来真っ暗じゃね?」
「あんな家に取り込まれて、婿に行くわけだろ? いやだね、俺は絶対にいやだ」
「俺だっていやだよ」

 田村や笙の境遇と較べたら、俺たちはまっとうに働いてプライドを満足させているのだから、男としては俺たちのほうが上だ、と彼らは結論付けたようで、ふたりで乾杯していた。

「あれって……」
「ダイヤとハルマ?」
「うん」

 ダイヤとハルマと別れ、多恵ちゃんとふたりだけになった帰り道、多恵ちゃんが言った。

「本音もあるんだろうけど……あーあ、あたし、男に幻想を抱いてたかな」
「幻想?」
「男ってもっとさっぱりしてると思ってた。自分ができないからって、それをやってる相手に嫉妬してねちねちねちねち。ああいうのは女のやることだと思ってたの。まちがってたね」
「うん、そういうところは男も女も同じだよ」
「だよね」

 なにかを吹っ切ったように、多恵ちゃんは僕をまっすぐに見た。

「潔が結婚したってへっちゃらのつもりだったけど、ちょっとだけね……笙くんになぐさめてほしいな、なんて言おうかと思ってたんだけど……」
「え? あの……」
「言わないよ。アンヌさんと胡弓くんによろしく」
「あ、うん」

 おやすみ、と手を振って、多恵ちゃんは地下鉄の駅のほうへと歩いていく。なぐさめてほしいと言われていたら、僕はどうすればよかったんだろう。それを知りたい気持ちもすこしはあったから、すこしだけ残念でなくもなかった。

つづく


 

 

ドライフードメーカー

市販のものは時として激甘で、苦痛だったりもします。

オーガニックは高い。

癖になっているのもあり、干し芋やドライフルーツがないと寂しいし。

どうするのがベストかと考えていたら、ドライフードメーカーの存在を知りました。

うまくできなかったらどうしようかと、悩みつつも、とりあえず購入。

早速使っています。

果物そのものが高いので、見切り品を買ったりもして、ただいま、試行錯誤中。

温度や時間のかかり方がつかめてなくて、まだ上手にはできませんが、簡単ですし、果実の味が濃縮されて濃厚になっておいしいです。

失敗だったのはまくわうり。苦みが出てきてしまうのですね。

バナナは市販のものは油で揚げたものがほとんどですが、手作りするとドライバナナができて、けっこうおいしいです。

生バナナの味次第ってのもあるみたいかな。

他には梨が目新しくておいしかった。ネーブルオレンジも美味です。干し芋も簡単にできます。

ただ、価格的には……手作りもけっこう高い。果物が高いですものね。

そのうち飽きるかもしれないけど、秋になれば柿、冬になれば苺も出回ってくるし、いろいろと作ってみようと楽しみにしています。

 

アマゾンで購入。約6000円でした。

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