ブログパーツリスト

counter

« ガラスの靴51「信頼」 | トップページ | ガラスの靴52「安売」 »

199「理想の結婚」

しりとり小説

 

199「理想の結婚」

 

 美容院の予約をし、ダイエットにも励み、思い切ってワンピースを新調する。この日のために新しい口紅を買ったこともあった。当日には本気メイクをして、年に一度のメインイベントに出発する。

 

 張り切りすぎて早く来過ぎたのか、会場には實子が一番乗りだった。
 それでもスタッフが中に入れてくれたので、實子はひとり、同窓生たちの到着を待つ。四十三歳、働き盛り、主婦盛り、子育て盛り、年に一度の同窓会に来てくれたとしても、時間通りに来る者のほうが少ないのだった。

 

「實子さん?」
「え? えと……」
「忘れられちゃった?」
「えーっと……あ、留子ちゃん!!」
「久しぶりねぇ。私は高校の同窓会ははじめてなのよ」
「そうなの? 私は最近は皆勤してるけど……そういえば留子ちゃんには会わなかったね」

 

 十五年前に高校を卒業した、M女子高校の仲間たちは、みんなばらばらになっている。短大や大学、専門学校に進学した者。就職した者。フリーターになった者。中には留学したり、卒業してすぐに結婚したと聞く女の子もいた。
 三十歳になった年に、誰かが言い出してクラス単位の同窓会がスタートした。實子の実家は高校時代と同じ住所なので、母が案内の葉書を實子に渡してくれた。

 

 それから十三年、實子は欠かさず出席している。たいていは常連ばかりだが、特に楽しみもないパート主婦としては、そのためにおしゃれをしたり洋服を買ったりするのが励みになる。女子校なので、夫もなんの心配もしないで送り出してくれる。夫の高校は共学だから、同窓会があると不倫の心配もしそうだが、幸いにも夫は自分の同窓会には関心もない様子だ。

 

 およそは似た境遇の者たちが常連になるようで、突出して恵まれた者も、不幸な者もいない。誰それが亡くなった、某は転勤で引っ越した、などという噂は聞こえるが、来ない者は忘れられ、去る者は日々に疎くなるのである。

 

「主人の仕事の関係で、ずっとパリで暮らしていたものだから」
「ああ、そうなんだ」
「今、里帰り中なのよ。……ねえ、まさか私たちだけ? 誰も来ないんだろか」
「遅れて来る人のほうが多いよ。待っていたら来るって」

 

 待っている間は留子としか話せない。早くもいやな気分になりつつあったが、好奇心も強かった。

 

「主人は貿易関係の仕事をしていて、私がパリに出張で行ったときに知り合ったのよ。私も輸入雑貨の仕事をしていたから、話が合ったのね。熱烈に恋されて、遠距離恋愛がはじまったの。彼はフランス人と日本人のハーフで、背が高くて顔もいいのよね。俳優にならないかってパリでも何度もスカウトされたらしいから、それはもうもてるのよ」
「そうだろうね」
「だから心配だったの。パリと東京の遠距離なんて続くはずもない。私だって日本で何人もの男性に言い寄られるし、彼は彼でパリの美人に誘惑されるし、半分は、じきに別れることになるんだろうなって思ってたのよ」

 

 誰か来ればいいのにな、留子の自慢話を半分、聞いてほしい、實子はそう思っていたのだが、同窓会開始時刻になっても誰ひとりとしてやってこなかった。

 

「それが続いたのは、縁があったんでしょうね。私が二十七になった年に、日本ではその年齢だと適齢期だよね、結婚しないと他の男に盗られちゃいそうだね、って彼が、プロポーズしてくれたの。私は仕事で活躍してたから惜しかったんだけど、退職してパリに行ったわ。結婚してから十五年、息子と娘もできて、主人の仕事も順調で、私はパリで友人の仕事を手伝って、これが絵に描いたようなジュンプウマンポってやつね」
「ジュンプウマンパンじゃないの?」
「え? なに? 日本語、だいぶ忘れたから……ジュンプウマンポ? ジュンプウマンパン? そんな言葉、パリでは使わないからどっちでもいいのよ」

 

 中華料理店が会場なので、大きな丸テーブルにふたりだけでついている。店のスタッフが気を使ったのか、オードブルと食前酒を運んできた。

 

「乾杯しよっか」
「そうね」
「……でもね、ひとつだけ心配があるの。フランス人ってグルメだから、食べるのが大好きなのよね。私は料理は大得意だから、和食の懐石だってフレンチのフルコースだって作れる。主人は私の料理が大好きで、大喜びで食べるの」
「ご主人が太った? うちの主人もおなかが……」
「そうじゃないのよ。うちの主人は全然太らないの。私よりも三つ年下だからまだ若いのもあるけど、結婚したときと変わらないかっこよさで、パリジェンヌたちがほっといてくれないのよね」

 

 あっそ、と呟いて、實子はクラゲの酢のものを口にした。

 

「主人は背も高いの。フランス人って意外に背は低いし、グルメが多いから肥満体もけっこういるのね。それがうちの主人ったら、仕事はできるし長身で細身で、日本人の血がうまいこと入って若々しいハンサムで、あいかわらずもてまくってるのよ。私ももてるから、子どもたちも心配してるわ。パパもママも他の恋人を作らないでね、だって」
「フランス人って恋愛には奔放なんでしょ」
「お互いにボーイフレンドやガールフレンドはいるわよ。私だってボーイフレンドと踊りにいったり、飲みに行ったりコンサートに行ったりはするわ。それって友達づきあいなんだから、恋愛ではないのよ。やっぱり日本人なのかな。そこらへんのけじめはきっちりしてるの」

 

 こうして隣同士の席で、自慢話から気をそらすためにも、彼女の容姿をちらちら観察していたら思い出してきた。留子は高校時代からやや肥満気味だったはず。なのだから太ったわけではないのだろうが、年相応におばさんっぽい。化粧は濃く、服装は派手だ。ファッションにはお金がかかっているようにも思えるが、實子には高級品の目利きなどできないので、自分の目に自信はなかった。

 

 シャネルのバッグはこれ見よがしなロゴがついているのでわかるが、本物? どうだろ。まがいものとの確率は五分五分かな、とも思っていた。
 意地悪な観察をしている旧友の気持ちに気づいているのかどうか、留子は自慢話を続けていた。

 

「血もあるんだろうけど、パリで育ったっていうのもあるのかしらね。娘はおしゃれが上手な芸術家気質で、モデルになれなんて勧誘には目もくれず、画家を目指してるわ。息子も私に似て綺麗な顔をしてるから、パリにもあるアイドル業界へのお誘いがあるのね。だけど、息子はまだ子どもよ。サッカーに夢中。ものすごく勉強ができるから、主人は息子を理系の学者にしたいみたいだけど、どうなることかしらね」
「うちの息子は天文学者になりたいって言ってるわ。東大に入るつもりで塾に通ってるから、先生にも太鼓判を押されてるの。よほどのことがない限りは合格まちがいなしだって」
「東大ねぇ。うちはアメリカに留学させるつもりよ。日本の大学は世界では田舎大学だもの」

 

 かっとして、實子は言った。

 

「うちの主人も背は高いけど、近頃の日本人男性はみんなかっこいいから、それほど目立たないみたいね。最近、主人はIT産業の社長になったの。私は心配だったんだけど、とてもうまく行ってるみたい」
「實子さんはお仕事は?」
「私は……ブティックをやってるのよ」
「じゃあ、そのワンピースはお店の商品? それ、売れてる?」
「売れてるわよ」

 

 ふーん、という目は、パリ暮らしの女から見たらセンス悪いね、とでも言いたいのか。実際には實子の夫はIT系企業の製造工場勤務で、實子は婦人用品店の販売パートだ。息子は三流高校生で、塾に行けと言っても逃げるばかり。けれど、留子への対抗心から口が止まらなくなった。

 

「オーナーが同窓会に着ていったら、ますます人気が出そうって言われて、マネキンのつもりで着てきたのよ。私は背が高くてスリムだから、うちの店で扱ってる服のモデルとしてうってつけだって言われるわ」
「日本人だものね」
「私にも心配はあるわよ。うちの主人は年収が二千万……じゃなくて、三千万を超えたから、母さんはもう仕事でがんばらなくていいよ、のんびり主婦やれば? なんて言われるの。いつ仕事をやめなくちゃいけないか気が気じゃないのよね。息子の東大受験のサポートもしてやらないといけないし、店の関係者には引き止められるしで、心が揺らいでるの」
「あなたのご主人、あなたを母さんって呼ぶの? 日本人ねぇ」

 

 人の話を聞いてるのかっ!! と腹が立って、實子は言いつのる。こんなに順調に来すぎると、反動が怖いわ、と實子が言い、私は幸運の女神に愛されてるんだから、反動なんか来やしない、と留子がしゃらっと言い返す。話に熱が入っていたものだから、いつの間にか他のテーブルにも人がついていて、聞き耳を立てられているのに気づいていなかった。

 

「そうだったらいいのにな……」

 

 え? 實子が我に返ると、小さな合唱が聴こえてきていた。

 

「そうだったらいいのにな
 そうだったらいいのにな」

 

 聞かれていたの? 本当のことを知っている同窓生たちに? 顔が赤くなるのを感じて、實子は横目で留子を見た。なぜか留子も頬を赤くしていて、両手でそこをしきりにこすっていた。

 

次は「こん」です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

« ガラスの靴51「信頼」 | トップページ | ガラスの靴52「安売」 »

しりとり小説」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« ガラスの靴51「信頼」 | トップページ | ガラスの靴52「安売」 »

2019年10月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
無料ブログはココログ