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197「罪かしら」

しりとり小説

197「罪かしら」

 スケジュール表にデートの予定が入らなくなると、途端に暇になった。
 暇なのは性に合わないので、ネットで見かけた「鉄ちゃんの会」に入ってみた。鉄ちゃん、すなわち鉄道愛好家である。鉄子の会というのもあるようだが、女ばかりの集まりも性に合わないので、鉄ちゃんのほうにした。

 案の定、鉄ちゃんは男ばかりだ。少年から中年、老年までいる鉄道好き男性たちの中に、ちらほらと女性もいる。二十四歳の菜々星は男性たちのアイドルになることに成功した。

 アイドルになるのはそれはそれで楽しいのだが、もてはやされてばかりいても無意味である。青年層にターゲットを絞って候補を探していたら、彼のほうから告白してきた。

「菜々星さん、俺とつきあって下さい」
「つきあうっていったって、私、晴輝さんのことをよく知らないから、そんなに軽々しくオーケーはできないな。何度かデートしてからでいい?」
「もちろんだよ。俺は菜々星さんを軽く扱うつもりなんかないから」

 第一段階成功。陽川晴輝という名前はなにかを連想させるのだが、なんだったか。吉川精機という会社が近所にあるから、それだろうか。それなんだろうな、と首をかしげつつも菜々星はおのれを納得させ、デートのたびにそろそろと晴輝の私生活に探りを入れていった。

 身長はさして高くもないが、低くもない。顔も醜くはなく、太ってもいず、ルックスは合格。生理的にいやなタイプではなかったら、許容するつもりだ。二十四歳で男性とつきあうのは、これからは結婚も視野に入れる予定なのだから、外見にとらわれている場合ではない。

「大学を出て鉄道専門雑誌の編集部に就職したかったんだけどね」
「晴輝さんって専門家なんだ」
「いや。就活で失敗したから、メーカーの製造部門だよ。入社五年目だから製造部門なんだけど、いずれは営業部志望。とはいってもうちの会社は都内にしか営業所はないから、遠くへ転勤ってのはないよ」

 二十六歳。男性としては結婚を意識する年齢ではないかもしれないが、転勤族ではないと言いたいのだろう。ちょっと年上がいいな、との菜々星の理想にはあてはまっていた。

「父親は公務員、兄貴は俺とは別の会社の会社員。母親はいないんだ。早くに亡くなったんだよ」
「それは大変だったね」
「うん、でも、男三人でどうにか家事もやってるよ。親父はそれほど忙しい仕事でもないし、母が亡くなってから十年もたつんだから、家事も得意になってるんだ」

 姑がいない、ラッキーである。
 しかし、晴輝の境遇はそっくりそのままどこかで聞いた。誰だっただろう。母は俺が高校生のときに死んで、公務員の父が家事もやってて、俺と弟も手伝ったんだよ、と言っていた男は……。

「兄貴はついこの間、結婚したんだ。二十八なんだけど、三年くらい前になにかあったらしくてね。俺には話してくれなかったけど、女にふられて大ショックだったんじゃないかな。傷心をひきずっていたんだけど、やっと立ち直って結婚したんだよ。父も俺も一安心。兄貴がああだと暗いからね」
「よかったじゃん」

 ごく平凡な派遣社員である菜々星は、自分のほうの仕事の話もした。
 鉄道に関しては菜々星は詳しいわけでもないが、男はおおむね、自分の趣味の話は自分がするほうを好む。菜々星が晴輝の鉄道おたく話を聞いて笑ったり、晴輝くん、なんでもよく知ってるねぇ、と感心してみせたりしてやると、晴輝はしごく満足そうだった。

「菜々星ちゃん、うちの父親に会ってくれないかな」
「……それって……」
「どっちを先に言おうか迷ったんだけど、父親と……兄貴と兄嫁さんにも会ってもらって、菜々星ちゃんがいやな奴じゃないって判断してくれたら……結婚したい」
「……うん、いいよ」

 結婚して下さいっ!! ではなかったのはやや不満だったが、妥協しよう。出会いから一年、二十五歳になっていた菜々星は、このへんで手を打つつもりになっていた。

 婚活というものをしないと結婚できない男女が、世間にはあふれているらしい。男には結婚なんかしたくないと言う者が増えている。本心から結婚にメリットを感じないと言い放つ者やら、奥さんや子どもはほしいけど、俺なんかじゃ結婚できないし、彼女もできないし、と諦めている者やら。

 結婚なんてふんっ!! 私のキャリアの邪魔になる夫も子どももいらないのよ、のバリキャリと。
 したいけど、私も派遣だし、夫ひとりの収入じゃ子どもも持てないし、私なんかじゃ結婚できないかもね、の非正規社員女性と。

 女は両極端に分かれているらしいが、菜々星はそのどちらにもなりたくない。結婚したらひとまず専業主婦になり、早めに妊娠出産し、ふたりの子の母になる。下の子が幼稚園に通うようになったらパートできたらいいな。菜々星のライフプランはそんなふうに決まりつつあった。

 絶対に奥さんは正社員でなくてはいけない、専業主婦など認めない。パート? 甘えるな、の主義の男は菜々星がかつてつきあってきた中にもいた。エリートの中には、専業主婦でもいいけど家事は完璧にやってくれ、とほざく奴もいた。菜々星としてはどちらもごめんだから、晴輝が菜々星のプランに賛成してくれるのも好ましかった。

 菜々星の両親と妹に会ってもらうのは後回しにして、先に晴輝の家庭を訪ねる。父親と兄と、新婚の兄嫁が迎えてくれる。晴輝の兄の顔を見て、記憶のパズルがかちっとはまった。

 兄貴兄貴としか晴輝は呼ばないし、兄の名前は尋ねなかったのだが、意識下で、もしかしたら……と思っていたからかもしれない。何年たつのか、三年か? 二十三歳まではできるだけ数をこなすつもりだったので、あのころの菜々星はとっかえひっかえ男とつきあっていた。その中のひとりにすぎないのだから、彼のことは忘れてしまっていた。

 それでも心にひっかかってはいたのだから、陽川熱太などという名前を聞けば明確に思い出しただろうに。にこやかに出迎えてくれる父親と、太目の妻のうしろで固まっているかのごときアツタをちらっと見て、菜々星は微笑んで挨拶をした。

 同居しているのでもないから、晴輝は兄とはそんなに話もしないと言っていた。彼女ができたのか? そりゃよかったな、連れてくる? 俺も嫁と一緒に会いにいくよ、今日のことにしてもその程度の会話しかかわしていなくて、父も兄も、彼女はなんて名前? とも訊かなかったのだろう。

 母親がいれば根掘り葉掘り質問したがるのかもしれないが、父親や兄なんてそんなものかもしれない。アツタはあたふたしているようにも見えたが、菜々星はとうに立ち直っていた。

 出前の寿司と、兄嫁が調えてくれた澄まし汁やお茶とで、昼食をしたためつつ歓談する。晴輝の父も兄嫁も、菜々星には次男の婚約者として接していて、菜々星も異論はない。この次には両家の顔合わせ、というような話題にもなった。アツタは言葉少なく、ただうなずいてばかりいた。

「……菜々星さんって……」
「んん?」

 晴輝が菜々星の家にも挨拶に来、父も母も快く結婚を許してくれた。妹も、ま、あんなもんじゃないの、と生意気を言っていた。結納はどうする? 結婚式は? と具体的な話に進んでいたころ、アツタの妻が菜々星を訪ねてきた。菜々星が仕事をすませて退勤しようとしていたら、声をかけられたのである。

「すみません、お茶でも……」
「いいけど、なんなの?」

 じきに義理の兄嫁になる女性、アツタの妻。そうとしか意識はしていない。晴輝にしても義姉さんとしか口にしない。そもそもめったに兄嫁の話などしない。晴輝の父親とは幾度か会ったが、兄と兄嫁にはあれっきり顔を合わせてもいないから、彼女の名前は菜々星は知らなかった。

「菜々星さんがはじめてお義父さんと会われたときに、主人の様子がおかしかったんです」
「……めんどくさいな。そうですよ、前にちょっとだけ、アツタさんとつきあってたよ」
「ちょっとだけ?」
「そうだよ」

 義姉さんは兄貴よりも年上だ、三十すぎだな、と晴輝が言っていた。いくつなのかは知らないが、年上なので敬語を使うつもりが即座に崩れてしまった。

「ずっとぽーっとしていて、心ここにあらずみたいで、帰ってから問い詰めてみたんですよ」
「そんなのどうでもいいよ。聞きたくないから」

 どうでもいいと言っても、兄嫁は話を続けた。

「菜々星ちゃんだったんだ……俺のモトカノだよ。晴輝もいくらなんでも菜々星ちゃんと……そんなのないよ、たまんないよ、って、泣き出してしまいました」
「アツタくんが? なっさけねえ男!!」
「ぐずぐず泣いたり、あなたがどれだけいい女だったかって話したり、晴輝の馬鹿野郎って荒れたり、酔っ払って言ったりしていました。奪回するんだって」
「私を奪回?」
「おまえと結婚なんかするんじゃなかった、離婚しよう、俺はもう一度菜々星に……なんて言いかけて、無理だな、って肩を落として泣くんです」
「バッカじゃないの?」
「馬鹿ですよね」

 そんな話を聞くと、アツタに対する軽蔑の念しか起きない。

「あなたを忘れるとは言ってました」
「そうだね、忘れるしかないって言っておいて」
「はい、言っておきます」

 ぶちまけてちょっとはすっきりしたのか、彼女はふたりで入った菜々星の職場近くの喫茶店の席を立った。

 立っていった近い将来の兄嫁の背中を見送りつつ、菜々星は思う。あれって私にアツタを軽蔑させて、あんな男に未練はないわ、と思わせる手段? 作り話だとも考えられるけど。

 ううん、本当のことだよね。アツタってば、そんなに私を愛してたんだ。捨てられて痛手で、三年もひきずって、吹っ切るためにつまらない年上の女と結婚した。そこに弟の婚約者として登場した、かつて熱愛していた菜々星。そりゃあ心も乱れに乱れるさ。

 私ってそれほどのいい女。晴輝なんかと結婚するのはもったいないほどかな? アツタ、ごめんね、もはや手の届かなくなった女、それでいて、弟の妻として身近にいる女。そんな女を想い切れない愚かなわが身を責めて。それにしても私って罪な女……限りなくいい気分であった。

次は「ら」です。

 
 
 
 

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