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195「ミート・ジャストミート」

しりとり小説

195「ミート・ジャストミート」

 練習を終えて宿舎に帰っていく選手たちを、メディアの記者たちが取り囲む。スター選手は大きな輪に囲まれているが、誰ひとりとして近寄らない選手もいる。大田有美はそのうちのひとり、宝野選手に近づいていった。

「お疲れさまです」
「あ、ああ。えーっと……?」
「日刊国際野球の太田と申します」
「日刊国際野球?」
「ごぞんじないでしょうね」

 来日して暮らしている外国人は大勢いる。プロ野球の隆盛な国はさほどたくさんではないが、南米アメリカ、ヨーロッパ、アジア、オーストラリアなどにもプロチームはあり、人気もある。短期、長期に関わらず日本に滞在している外国人プロ野球ファンのための新聞が「日刊国際野球」だ。

 英語、韓国語、中国語、日本語、の四つの版があるにすぎないので「国際」ははったり気味でもある。創刊してからの日も浅く、部数もきわめて乏しく、有名なスポーツ新聞の記者にだって知られていないのだから、宝野が知らないのは当然といえた。

「去年の春に入社して、外に出て取材をするのは初仕事です。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく」
「キャンプ初日はいかがでしたか」

 社は人手不足でもある。日本プロ野球十二球団の全キャンプ地に記者を派遣するほどの社員はいない。よって、各エリアで担当者を決めてかけもちで取材している。有美は新人なので、今年はこのチームだけの担当にしてもらって、しっかり取材しろと命令されていた。

 事前に調べたところでは、このチームは一軍、二軍の区別をせずに、全選手がここで二月のキャンプを張っている。手始めに宝野に声をかけたのは、有美と似た境遇なのかもしれないと思ったからだ。

「バス、あれですか」
「そう。育成はスタッフたちと同じバス」
「そうなんですね」

 かつてはプロ野球には有美はさほど興味はなかった。嫌いではないが、通りいっぺんの知識しかない。スポーツ自体が特別に好きというのでもなく、大学に入学したのも大方の学生と同じく、卒業するまでにやりたいことを見つければいい、との気持ちでだった。

 卒業するまでにやりたいことが見つからなかったら、一般企業の一般職として働いて、早めに結婚できたらそれもいい。派遣でもいいし、契約社員とかって手もあるし。

 のんびり考えていたのだが、両親の母親、つまり、有美の父方と母方の祖母があいついで病気になって入院してしまった。父と母は相談し、故郷に帰ると決めた。両親は関東の田園地帯の出身で、幼なじみなので郷里が同じだ。有美はひとりで東京に残ってがんばって大学に通いなさい、ということになって、ひとり暮らしになった。

 ひとり暮らしになるとのんびり具合に拍車がかかり、学校に行かなくなった。大学二年の年には母方の祖母が、三年生になれなかった年には父方の祖母が亡くなり、有美もそれなりに忙しくなった。

「はあ? 有美はまだ大学二年生なの?」
「本当は四年生だろ。ちょっと目を離していたら二年も留年したのか」
「なにをしてるんだか。そんなんだったら大学なんかやめて、有美もこっちで私たちと一緒に暮らしなさい」

 父も母も翻訳家なので、田舎でも仕事はできる。五十代の両親は故郷で暮らすと決め、都会では真面目にやらないなら有美も来なさいと言う。有美としては田舎暮らしは避けたくて、このままひとり暮らしを続けたかった。

 かといって、二年も留年した大学に残りたくもない。大学中退で仕事が見つかるだろうか? 専門学校に入学し直そうか、なにかの資格でも取るか、と考えていたら、先輩が「日刊国際野球」を教えてくれた。大学中退? 学歴なんかどうでもいいんだよ、うちには高校中退もいるよ、ということで、面接に行ったら採用してもらえた。

 かくして有美は、大学を卒業する予定だった年に、中退でスポーツ新聞の記者になった。

 一年弱の間はプロ野球というものについて学んだ。「日刊国際野球」は世界各国のプロ野球を扱っているとはいえ、有美の担当は日本だ。外国のプロ野球に関しては、ものすごくマニアックな知識や取材技能を持つ先輩たちがいるので、有美の出る幕は当分、なさそうだった。

 ひとつのチームをまかせてもらって、初の春のキャンプ取材。有美は育成選手に目をつけていた。

 育成ドラフト枠というものがあって、通常のドラフトとはややちがった意味で指名されるのが育成選手だ。テスト入団やドラフト外、外国人選手なども含まれる場合がある。育成選手たちは二軍選手とも別にして鍛えているチームもあるが、有美の担当チームでは一軍も二軍も育成選手も全員が、同じキャンプに参加していた。

 宝野直純、高校三年生の年にプロ野球選手志望の届け出をし、ドラフトで指名されるのを待っていた。が、声はかからず、実業団に入社する。二十歳で育成ドラフトとして指名され、去年のドラフト八位で入団した。

 野球選手にすれば小柄なほうで、長身の有美よりも背の低い外野手だ。私と似てるなんて言ったら彼は怒るかもしれないけど、回り道したところは似ていない?
 マイナーなスポーツ新聞社だけあって、マイナーな選手に注目するのも許されるはず。スター選手は放っておいてもいいし、第一、おいそれとは近づけない。今回は育成選手に注目しよう。

 そのつもりで見ていると、育成選手は何人かいる。体力や年齢に合せて、チームが作った練習メニューを、それぞれがこなしている。ベテラン選手や大スター選手は、各自の裁量にまかされている部分もある。こうしてみろよ、とコーチに言われた若手のスターピッチャーが、僕にはそれは向きません、と堂々と断っていたりもした。

 年俸次第ですべてが変わるようなところもある世界だ。一軍と二軍、育成、各選手たちの待遇が露骨なまでに差別的なのは、そうしてこそハングリー精神が生まれるからだと、有美の先輩記者が言っていた。なにくそ、俺だってスターになって一億の年俸をゲットするんだ!! その気持ちが大切なんだと。

 泥臭い根性論のようなものもある世界だ。時にはげんなりもし、時には面白いと感じ、有美もだんだんプロ野球が好きになってきていた。

「宝野、彼女?」
「そんなはずないでしょう。スポーツ新聞の記者ですよ」
「へぇぇ。こんな若い女の記者がいるんだね」

 取材をしていると、知らない男性にからかわれたりもする。トレーナーですよ、だとか、バッティングピッチャーです、などと宝野が教えてくれた。

 本日のメニューが終了したあとでも、残って練習している若手がいる。宿舎の近くを走っていたり、庭で素振りをしていたりする選手もいる。ドラフト一位ルーキーは休日にはファンサービスのために当地の観光スポットで取材を受けていたが、宝野は休日返上で練習していた。

「俺なんかにつきまとうって、有美さんは酔狂だな」
「つきまとうとは、ものすごく失礼な言い方だね」
「つきまとってるんだろうが」
「いやなの?」
「いやだったら追い払ってるよ」

 いつしか友達同士みたいな口をきくようにもなった。

「でもさ、そんなに俺につきまとっていたら、他の取材ができなくない?」
「有名な選手は同業他社が扱ってるんだから、適当でいいんだよ」
「有名な選手が適当で、俺がメイン? あんたんとこの新聞、売れないだろ」
「売れないね」

 育成選手を追って、みたいなタイトルの記事は、宝野直純が主役になった。
 一般的な記事も書かなくてはならない。有美は新米なので下手な記事を書き、ファックスで編集部に送ると、デスクから、ボツ、書き直し!! との命令が届くこともある。慌ただしくも充実したキャンプ取材になった。

「わ!! 宝野くん、育成から支配下登録されたんだ」
「宝野って、有美が取材した選手だろ」
「そうです。ほら」

 シーズンに入って宝野が二軍の試合に出たときには、我がことのように職場で自慢した。それから数日後には。

「宝野くん、ついに一軍の試合ですよ」
「そうみたいだな。有美が応援した甲斐があったじゃないか」
「取材してきます」
「ああ、行け」

 二月のキャンプから半年、久しぶりで宝野に会った。宝野は有美を憶えていて、ぶっきらぼうに歓迎してくれた。

「有美さんの記事、スクラップしてあるよ。あの記事は俺のハートをジャストミートしたんだ」
「そう言ってもらえると嬉しいな」
「給料上がったらおごるからね」
「うん、楽しみにしてる」

 あの宝野選手が一軍の試合でヒットを打った、という記事を書けますように、とも有美は願っていた。

「ああ……宝野につきまとってた記者さん」
「つきまとってたって……山根さんまで人聞きの悪い。私はそんなに目立ってました?」
「ってか、俺はね……」

 試合スタート前に宝野に取材し、がんばってね、と激励してから社に戻ろうとしていると、キャンプの際に見かけたベテラン選手に声をかけられた。

「キャンプのときってファンの人も、選手にサインをもらったりできるだろ。マスコミの人も選手に取材しやすい場合もある。機嫌の悪い奴もいるかもしれないけど、名前の通った選手はたいてい、マスコミに囲まれてるよな」
「そうでしたね」

 ベテランピッチャーの山根はユニフォームではなく、ワイシャツと紺のパンツという私服でいる。四十歳だというのだから、相当なキャリアの持ち主だ。どうしてそんな服装でここにいるの? 疑問もあったので、質問のチャンスを窺いつつ球場の外に出ていった。

「俺に質問する記者はひとりもいない。ファンの人も、誰だっけ? こんな奴いたっけ? スタッフじゃないの? って態度だったりする。時々ぱらぱらっと、昔の俺を知ってるファンがいて、三回ほどはサインを頼まれたけどね」

 キャリアが長くても山根は決してスターではない。敗戦処理や大勝している試合の中継ぎが主な仕事だ。

「俺だってルーキーの年だとか、ちょっとは活躍したときには取材もされたな、なんてね、スター選手が囲まれてるのを見るとひがみっぽくなるんだよ。育成選手はほとんど取材もされないのに、宝野にはいつもあなたがつきまとっていたから、見てしまっていたんだね」
「見られていたとは知りませんでした」
「俺も育成になったよ。降格。そろそろ引退かな」
「あ……」

 なんと応じればいいのか、咄嗟には言葉が見つからないでいる有美を残して、山根は立ち去った。

 そうだ、育成選手にはもう一種類いるのだ。
 支配下登録選手から育成に降格した者。宝野のように若ければ、輝くはずの明日を目標に励めばいいのだが、宝野の二倍の年齢の山根だと、近い将来を悲観したくもなるかもしれない。引退勧告、自由契約ならまだしも、あの年齢の選手を育成に降格させるとは、球団も残酷だ。奮起を促すためにしたって。

 若い育成選手、特に宝野直純を取り上げた有美の記事を、山根は読んでくれたのだろうか。
 宝野のハートにはジャストミートだったというあの記事は、山根にはどんな想いをもたらしたのだろうか。

次は「と」です。


 

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