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2018年12月

フォレストシンガーズ・短歌俳句超ショートストーリィ2018/12

フォレストシンガーズ

2018/12 超ショートストーリィ


とてもとても風が冷たいけれど、家庭からの解放感は少なからずある。夫も息子たちも大好きなのに、開放感があるなんて思う自分に罪悪感もあったりして。

「恭子さん、仕事は終わった?」
「あ、はい、終わりました。乾さんも?」
「俺も一応一段落したよ」

 お疲れさま、と互いに互いをねぎらって、乾さんに誘われるままに海辺のレストハウスに入った。

 今日はレストハウスからも見えている海辺のホールでのイベントがあった。子持ちアスリートの苦労話をしてほしいと頼まれ、苦労話ってほどでもない日常生活を語った。昔からお喋りは大好きだから、講演というほどでもないトークならば私自身も楽しかった。

 大好きなお喋りの仕事のひとつ、ラジオのDJをペアでして仲良くなった、フォレストシンガーズの本庄繁之と結婚して、今、向き合っているフォレストシンガーズの仲間である乾さんとも親しくしてもらっている。乾さんはソロでイベントで歌い、夫は今日はオフだから息子たちと留守番。

「恭子の講演は乾さんにしっかり聴いてもらって、あとでどんなだったか教えてもらうよ」
「えー、怖い」
「怖くないだろ」

 出がけに夫はそう言っていた。長男の広大はちょっぴり心細そうにバイバイ、ママと手を振り、壮介はパパに抱っこされて眠そうな顔で見送ってくれた。

「恭子さんの講演、よかったよ。働くお母さんたちにも、これから結婚する女性にもためになったんじゃないかな」
「ためになるなんて大げさですよ。ただの雑談ですから。乾さんのソロもとーってもよかったです」
「ありがとう」

 あの歌、新曲ですか? このイベントのために書いたんだ、なんて話をしてから、レストハウスから出る。店から出た途端にびゅーっと風が吹き、むこうから来た小さな男の子が手にもっていた鮮やかな色のみかんを吹き飛ばしそうになった。

「しもやけの 小さき手して みかんむく わが子しのばゆ 風の寒きに」

 乾さんが呟いたのは短歌?

「落合直文っていう、明治時代の歌人の歌だよ。小さな手、みかん、風の寒さ、それで思い出した。あれれ、恭子さん、どうしたの? 泣いて……」
「泣いてなんかいませんよ」

 短歌や俳句の得意な乾さんがそういうのを思い出すのは自然なのだろうけれど、私も母親だから、こんな歌を呟かれたら息子たちを思い出してしまう。だからべそをかいちゃったんだね。ここにいるのが夫のシゲちゃんだったら、広大と壮介に会いたいよ、って肩にもたれられるんだけど、乾さんにはそうはできないからよけいに涙が……。

KYOKO/30/END


ガラスの靴34「少女」

「ガラスの靴」

     34・少女


 年下のエリート、四十代独身の女性にとっては、そういう男は羨望の的なのだろうか。見事に理想の男性をゲットしたゑ美子さんは、晴れて結婚式を挙げて大城ゑ美子となり、輝くばかりの笑みをふりまいていた。

「ゑ美子さん、綺麗になったね」
「そだね。幸せそうでよかったじゃん」

 もとアクション俳優で、現芸能プロダクション社長の大城直也さんは、ほぼゑ美子さんの理想通りだったのだそうだが、学歴と職業に不満があったようで、妥協して結婚してあげると発言して周囲の顰蹙を買っていた。
 年齢差は約十歳ほどか。アンヌと僕の差は七歳だから、十歳くらいだったらまあいいんじゃないの、とアンヌと僕の想いは一致していた。

 結婚式は芸能人や業界人で百花繚乱だったそうだが、僕は招待されなかった。ものすごくゴージャスな式以上のゲストを招く結婚パーティのほうには僕も呼んでもらって、アンヌと一緒に出席しているわけだ。
 レコード会社社員だったゑ美子さんは、結婚退職して主婦になるらしい。子どもはできない年齢だろうが、夫婦が互いに合意していれば、はたからケチをつけるいわれはないわけで。

「若作りしちゃって、痛いよね」
「どこが綺麗なのよ」
「大城くんだって、意外と若い女にはもてなかったんだね」
「そうそう。あんなに年上の女を選ぶ男って、同年代以下には相手にされないのよ」
「そうかなぁ。大城さん、もててたよ」
「もてなかったに決まってるのっ!!」

 近くにいる女性三人グループが、主役カップルの噂をしている。大城さんはもてていたと言いかけた女性は、断固たる反対意見に合って黙った。

 どうして大城さんがゑ美子さんを選んだのかは、僕はこの耳で聞いた。
 若いころには芸能界でスターだった大城さんは、若くて美しい外面だけの女性にはうんざりだった。なのだから年上のゑ美子さんと結婚することにした。大城さんはもてていたのはまちがいないし、ゑ美子さんは別に中身がいいってわけでもないように思うが、大城さんの選択に異を唱えるつもりもない。

 長年、音楽業界で働いていたゑ美子さんは、ふくよかな体型もあって穏やかに見える。大城さんもそこにだまされたのかもしれないし、実はけっこう気のきつい年上のひとに翻弄されるのが好みの、エム気質なのかもしれないし。
ま、しかし、ゑ美子さんは三人グループのうちのふたりが罵るほどに、痛いおばさんではないと僕は思う。

「桃源郷のアンヌさんですか?」
「そうだよ」
「わぁ、嬉しい。お会いしたかったの」
「ファン?」
「そうなんだ。直也くんが今日だったらアンヌさんも来てくれるって言ってたから、楽しみにしてたんです」

 背の高いほうのアンヌと較べても、ヒールを履いた彼女のほうがさらに高い。シンプルな赤いミニドレス、すらーっと伸びた細い脚。細いヒールのサンダル。二十三歳の僕から見ても、若いなぁ、眩しいな、ってほどにきらきらしていた。

「直也くんのいとこなんです。アンヌさんは結婚式にはいらしてなかったでしょ」
「そこまで親しくもないし、ロッカーなんてのは場の雰囲気をこわすから、呼ばなかったんじゃないのかな」
「アンヌさんみたいにかっこいい美人が、雰囲気こわすわけないし」
「いいんだけどさ」

 高校生? ええ、十七歳です、と僕の奥さんと彼女は会話している。ムジカという名前なのだそうで、どんな字書くの? とアンヌが尋ねた。

「夢、路、香」
「ムジカってドイツ語でミュージックだよね」
「そうなの? わぁ、アンヌさんって教養あるんだ」
「おまえ、あたしを馬鹿にしてんのか」
「おまえだって……女のひとにおまえって呼ばれるのは素敵だな。アンヌさんってほんと、かっこいい」

 バイセクシャルってことはないはずだが、アンヌはいつだって女性の味方ではある。反面、好き嫌いは激しいので、嫌いな相手には態度がきつい。ムジカちゃんにはどんなふうなんだろ、と僕は黙って観察していた。

「あたしに惚れんなよ」
「惚れちゃいそう。ってか、あたしも大人になったらアンヌさんみたいになりたいな」
「外見的に? 体格は似てるかもしれないけど、タイプは全然ちがうよね」
「私もアンヌさんみたいなかっこいい女になれるかなぁ」
「あたしみたいではないだろうけど、別のタイプの美人になるんじゃない?」
「きゃあ、嬉しいな」

 きゃっきゃっと喜んでいるムジカちゃんは、美少女なだけにあちこちから注目されている。彼女は僕には挨拶もしてくれないが、アンヌの夫だとは知らないのだろうか。アンヌも僕を紹介してくれないのは、僕がムジカちゃんによろめいたりしたら妬けるから、だったりして。

「やぁ、ムジカちゃん。結婚式以来ですね」
「誰?」
「忘れられましたか。ゑ美子さんの同僚の沖永ですよ」
「……そんなひと、いたっけ」

 冷淡な対応をされて、沖永さんは苦笑している。正確に言えばゑ美子さんのもと同僚である沖永さんは、ゑ美子さんとは若いころからのつきあいだと聞いていた。

「結婚式では話をする機会もなかったけど、僕はゑ美子さんとは仲良しですから、直也くんのいとこさんとも仲良くさせてもらえたら嬉しいな、なんて」
「……おじさん、なんか変なにおい」
「加齢臭か?」

 すかさず横からアンヌが言い、沖永さんはむっとした顔になる。ムジカちゃんはつんつんしていて、そこにちょうどゑ美子さんが通りかかった。

「あら、沖永さん、久しぶりね」
「ああ、ゑ美子さん、このたびはおめでとうございます。ようやくきみとも話ができたね」
「ありがとう。ムジカちゃん、なんだか機嫌が悪い? 沖永さん、若い女の子に変なことを言ったりしたら駄目よ」
「僕は挨拶しただけだよ」
 
 それにしてもね、とため息をついて、沖永さんは言った。

「新婦が若くないから、友人たちも若くはない。新婦側のゲストは地味だったよね」
「そういうタイプをそろえたのよ」
「そうなの? その点、新郎側は華やかだったな。女優さんなんかも来てたでしょ。そういう錚々たる顔ぶれの中で、ムジカさんは見劣りしていなかったよ」
「そんな中でも新婦がいちばん目立っていたでしょ」
「……いや、まあ、花嫁が主役なのが結婚式では当然なんだろうけど、ゑ美子さんの場合はね……」
「エミコ・フィッシャマンに頼んで、私に最高に似合うウェディングドレスを作ってもらったのよ」

 同名のよしみで、デザイナーのエミコさんはゑ美子さんのために張り切ってくれたのだと言う。僕らは結婚式の写真を見てないしな、と思っていたら、ムジカちゃんがアンヌにスマホを見せた。僕も覗いてみて、アンヌと顔を見合わせた。

「いや、それにしたって、年も年だし……」
「円熟した大人の女性の魅力には、JKなんて勝てるわけないわよ」
「……う、そう思ってるのってゑ美子さんだけじゃない?」
「主人もそう言ってたわよ」
「……はぁ、そうですか」

 スマホの写真はゑ美子さんのウェディングドレス姿で、アンヌも見ていないとのことで、ムジカちゃんが見せてくれたのだろう。ただし、どう細工したのか、風船みたいな体型にデフォルメされ、真っ赤な頬と口紅のけたたましい化粧をほどこされていた。

「ああやってあたしを持ち上げてたのは、あんたのほうが可愛いよ、って言わせたかったんじゃないの?」
「え?」
「結婚式でもムジカって目立ってたんだろ。確信犯だね」
「確信犯?」
「だけど、このおばさんにはかなわないんじゃない?」
「……意味がもひとつ……」
「いいさ。おまえはそこがいいところなんだよ」

 本当に機嫌が悪くなってしまったムジカちゃんと、沖永さんとああ言えばこう言うの会話をしているムジカちゃんを見比べながら考える。アンヌが小声で言った内緒話の意味を。
 確信犯……結婚式で花嫁以上に目立とうとしたJK?

 普通、四十代の花嫁だと、美少女の女子高校生に張り合われるとくすんでしまうだろう。けれど、結婚式にはムジカちゃん以外にも美女はたくさんいて、ムジカちゃんもまぎれこんでしまったのかもしれない。
 それでも花嫁よりは綺麗だったはず、とムジカちゃんは思っていたのだろうが、このおばさんは自信満々で、ちっともへこんではいない。

 そういうことだったのかな? アンヌが言っているのは、どっちもどっちって意味だと解釈しておこう。

つづく


 

 

 

久々新作

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来日はしないのかなぁ。
生の歌声が聴きたいな。

このごろ活動していないんだろうか。
日本語の公式サイトもあるにはあるけど、更新もされてないし、どうしたのかな?

気にしていたThe Overtones。
某アマゾンさんでアルバムを買っていたので、ニューアルバムのお知らせを届けてくれました。

見てみたら、あれ? 四人になってる。
え? ティミー脱退したの?

調べてみようとしたら、公式サイトはなくなっている?
見られなくなっていました。

ファンの方がいくつかサイトを作っておられて、そちらで見たら、なんと、ティミーは亡くなった?

最初に彼らの存在を教えてくれた人によると、
英語のサイトにだったらティミーの死因は詳しく載っているそうです。
なにが正しいのか、日本にいるファンにはわかるわけもなく。

いずれにせよ、ティミーはもういないのですね。
彼の生の歌声を聴くのは永遠に叶わないのです。
寂しいなぁ。ショックだなぁ。

とはいえ、ニューアルバムは買いました。
ティミーの声もちょっとだけは入っています。
わりとしっとりした曲が多めなのは、ティミーを偲んでなのでしょうか。

冊子には「ティミーの想い出」というページもありました。
私は英語はさっぱりなので、いつかできる人に訳してもらうつもりです。

このシンブルな「THE OVERTONES」というアルバムタイトルは、四人になって新たにはじめます、
という意味だと私は解釈しました。

ニューアルバムもやっばり素敵です。
いつかはきっと四人で来日して生歌を聴かせて下さいね。

ガラスの靴33「復縁」

「ガラスの靴」

     33・復縁

 ジムなんてところに来るのは初体験だから緊張する。僕には得意なことというのは特にないけれど、苦手なものならいくつもあって、特に運動は嫌いだった。

「笙、腹が出てきたんじゃないのか?」
「そ、そうかな? 運動不足かなぁ。胡弓と一緒におやつを食べて、胡弓と一緒に昼寝して、カロリーも多すぎるのかもしれない。だけど、僕はもとが細いから、ちょっとぐらいおなかが出てきても大丈夫でしょ」
「大丈夫じゃねえんだよ。おまえは細くてすっきりした体格なのがとりえなんだ。おまえのとりえったらその若々しくて綺麗な身体と、ガキっぽくて可愛い顔だけじゃないか。太るのは厳禁。ブタになったら離婚だ」
「えええ……そんな……」

 じゃあさ、僕が年を取って醜くなったら捨てるの? 潤んだ瞳で見上げてみたら、アンヌは言った。

「年を取るのは止められないんだからしようがないけど、体型はコントロールできるだろ。トレーニングしろ。ジムに行け。金は出してやるから、ほのかや知可子が行ってるってジムに行け」
「ほのかさんと知可子さんって仲良くしてるの?」
「ふたりともシングルマザーだから、気が合うらしいよ」

 おばさん体型で三人の子持ち、小説家になりたくて離婚したという知可子さんと、最初から結婚する気はゼロで子どもを三人産んだ、しかも子どもたちの父親がみんなちがうという確信犯、ほのかさん。
 タイプはまったく異なるが、共通点はあるわけだ。知可子さんはこれ以上太らないため、ほのかさんはスリムなボディを維持するためにジムに通っていて、アンヌにも紹介してくれた。が、アンヌはそんな暇もないので、僕に行けと言うのだった。

 いやだなぁ、運動は嫌いだなぁ、ではあるのだが、これ以上たるんだボディになると離婚されてしまう。妻ではあっても主人である、稼ぎ手の奥さまの命令には従わなくちゃ。専業主夫はつらいね。

「胡弓はあたしが見てるから、行ってこい」
「アンヌも一緒に行こうよ」
「あたしはステージで死にそうなほど運動してるからいいんだ。文句を言わずに行け」
「……はい」

 仕方なくやってきたジムで、トレーナーがついてくれて基礎のトレーニングをやった。くたくたに疲れ果てた僕を見て、僕よりはやや年上に見えるお兄さんトレーナーが言った。

「プールにほのかさんやと知可子さんが来てらっしゃいましたよ。笙さんは泳げるんですよね」
「ちょっとはね」
「プールでクールダウンしてこられては?」

 更衣室やシャワールームは男女別だが、トレーニングルームは一緒だ。僕がトレーニングしていた部屋には、このひとに較べたら知可子さんだってスリムだよ、と思えるような、トドみたいな身体つきのおばさんやら、ボンレスハムみたいなおばさんやらもいた。

 トレーナーに勧められて、僕も水泳パンツに着替えてプールに行く。半そで半パンの競泳用ふう水着の知可子さんが知らない男性と話をしていて、ほのかさんは泳いでいるようだった。

「ああ、笙くん、紹介するよ。佳士くん」
「ケイシくん? こんにちは」
「こんにちは。新垣アンヌさんと結婚してるって、笙くんですよね」
「そうだよ」

 アンヌはロックバンドのヴォーカリストなので、僕は音楽業界でもけっこう有名だ。新垣アンヌの専業主夫の夫ということで、ファンの間でもわりに知られている。佳士くんはこのジムでほのかさんや知可子さんと親しくなったのだと言っていた。

「それでね、相談してたんですよ。僕の好きな女性はシングルマザーだから」
「佳士くんって独身?」
「ええ」

 三十代だろうか。彼も水泳パンツ姿なので素の体格がよくわかる。二十三歳の僕よりはだいぶ年上だろうに、引き締まっていてかっこいい。背も高くてきりっとした顔立ちで、うらやましい男前だ。

「笙くんにも話してやってよ」
「ええ」

 促されて、佳士くんが話してくれた。
 大学時代に佳士くんがつきあっていた女性は、優亜さんという。テニスサークル仲間の優亜さんは美人で快活で性格もよくてもてまくっていたのだが、佳士くんだって頭脳明晰でかっこいいのだから、告白にうなずいてくれて恋人同士になった。

 だが、佳士くんは大学を卒業しても就職はせず、大学院に進んだ。大学院……勉強の大嫌いな僕には大学を卒業してまで勉強するとは地獄の責苦以上だとしか思えないが、大学院に行くひとも世の中にはけっこういる。ほのかさんも外国の大学と大学院を卒業しているそうだ。

 優亜さんのほうは大学を卒業して一流企業に就職し、それでもふたりはつきあっていた。
 ところが、ま、よくある話で、学生のまんまの彼氏に頼りなさを感じた優亜さんは、別の男性に恋をしてそのひとと結婚してしまう。佳士くんはふられてしまったらしい。

「それから他の女の子とつきあってみたりもしたけど、優亜ちゃんほどのひとには出会えなかった。僕はほんとのほんとに優亜ちゃんが好きなんだ。好きだった、じゃないんだ。今でも好きなんだ」
「そうなんだ」

 こっちは優亜さんを知らないのだから、そうとしか反応できない。

「あれから十年。僕は優良物件らしくて、女を紹介するって言われたり、見合いを持ち込まれたりもするよ。三十五歳になろうとしてるんだから、いい加減身を固めろって上司にも言われる」
「佳士くんってなにしてるひと?」
「東証一部上場企業のサラリーマンだよ」

 トーショーイチブジョウジョウ、聞いたことはある言葉だが、僕の世界には関係ない。つまり、大きな会社で働いているということだろう。

「こういう会社で働いてると、女は独身でもいいみたいなんだけど、男は家庭を持ってることが求められるんだね。こういう企業ってむしろ体質が古いんだ。だけど、僕は優亜ちゃんくらいの上等な女性としか結婚なんかしたくない。そんな女、そうそういるものでもない。だから独身を貫いていたんだけど、先日、優亜ちゃんからメールが来たんだよ。離婚したんだって」
「へぇぇ」

 この十年、いろんなことがありました。佳士くんとは年賀状のやりとりだけしかしてなかったから、細かいことは知らないよね。敢えて幸せそうにふるまっていたんだもの。
 でも、結局は離婚してしまったんだから、幸せだった時期はほんのちょっとだけ。

 子どもは三人だってことは、年賀状に書いたよね。小学生が三人いるからかなり大変。もちろん私が三人とも引き取って、必死で育ててます。
 一生懸命やってはいるけど、時々は弱音を吐きたくなるの。
 あなたは独身なんでしょ? 彼女はいるの? いたとしたらその女性に悪いからできないけど、フリーなんだったら相談に乗ってくれますか。

 そんな文面のメールだったと話す佳士くんの声を、いつの間にかプールから上がってきていたほのかさんも聞いていた。ほのかさんは水色のシンプルな水着で、とってもプロポーションがいい。ほのかさんと知可子さんは年齢も変わらないはずだが、見た目は大違いだ。

「返信はしたんだよ。ごくあっさりと、彼女はいません。優亜ちゃんは子どもさんがいて夜も忙しいだろうけど、もしも時間があったら食事でもしましょう、ってね」
「すごいよね」
「うん、たいしたもんだ」

 なにがすごくてたいしたもんなのか知らないが、ほのかさんと知可子さんはうなずき合っていた。

「僕としては今すぐにでも優亜ちゃんに会いにいきたい。僕にできることだったらなんでもしてあげたい。優亜ちゃんの子どもたちにだったら会いたい。五人で遊園地なんかに行けたらいいなぁ。だけどね、離婚して間もない女性の心の隙につけ込むようなことはしてはいけないんじゃないかとも思うんだ。シングルマザーだとモトカレが接触してくるのなんて迷惑でしょ」
「佳士くんは迷惑だとは思ってないの?」

 質問したほのかさんを、佳士くんはきょとんと見返した。

「なんで僕が迷惑? 僕は優亜ちゃんに頼ってもらえて嬉しいよ」
「……だったらいいわよ。ご自由に」
「優亜って女がどんな感じになってるのか、佳士くんは知ってるの?」
「彼女が結婚してからは一度も会ってない。はじめての子どもが産まれたときに母子の写真で年賀状が送られてきたから、そのとき以来彼女の姿は見てないよ。あのときの優亜ちゃんは神々しいほど綺麗だったな。あれから十年近くたつんだから、さらに大人らしく母親らしくなって……どんなに素敵なお母さんなんだろ。会いたいけど……迷惑だろうなぁ」

 うっとりと想像しているらしい佳士くんに、知可子さんが言った。

「優亜ちゃんの実家って裕福なんじゃないの?」
「昔は相当な金持ちだったんだけど、お父さんが病気になってお金がかかったらしいんだね。闘病の甲斐なく亡くなられたから、お母さんは貧しくなってしまわれて、小さいマンションに引っ越されてひとり暮らしだって聞いたよ。優亜ちゃんはお母さんには頼れないんだろうな」
「優亜ちゃんって仕事は?」
「仕事はしてるみたいだけど、詳しくは知らないよ」

 離婚して三人の子を引き取った知可子さんは、優亜さんとは似た立場だ。ただし、知可子さんの両親は金持ちなので、実家に頼りまくって子育てをしたらしい。その件でアンヌの義妹の操子さんが怒っていた。

「知可子さんみたいに恵まれた女、なかなかいないからね」
「あんたみたいに強すぎる女も、なかなかいないよね」
「ありがとう、知可子さん」
「どういたしまして、ほのかさん」

 なぜだか女性ふたりは微笑んで頭を下げ合っている。知可子さんとほのかさんが上げた顔には皮肉な笑みがはりついていて、僕にはもうひとつ意味がわからなかった。

「僕はいても立ってもいられない気分なんだけど、優亜ちゃんに会いにいくには時期尚早なのかな。彼女は男どころじゃなくて、母として子どもたちを育てるのに無我夢中でしょ。僕も協力してあげたいんだけど、下心があると思われたくないしな」
「下心ね」
「……ふむ、いや、佳士くん、一度会ってみたら?」
「ってか、なんで離婚したのかは知ってるの?」
「そんなこと、訊けないよ。でも、亭主が悪いに決まってるんだ。優亜ちゃんは耐えに耐えて、耐えかねて子どもたちを連れて家を出てきたんだよ」

 作家になりたくて離婚した知可子さんの場合、知可子さんが悪いとも言えない。作家だなんてちゃらちゃらしたこと、許さん、と言ったらしき知可子さんの夫も、一方的に悪いわけでもない。離婚ってむずかしい問題だからなぁ、と僕は思う。佳士くんは立ち上がり、泳いでくるよ、とプールのほうに行ってしまった。

「笙くんはどう思うの?」
「どうって……優亜さんがものすごく太ってたりしたらどうするんだろうなって」
「それもあるよね。それもあるけど、すっげぇしたたかな女だよ。ほのかさんも真っ青ってか」
「私を引き合いに出さないでよ」
「うん、種類が違うか」

 したたかな女……僕にはその意味もわかりづらい。
 僕の周囲の女性たちはたいていが強いが、強いとしたたかは別ものか。強かと書いて「したたか」と読むそうだが、ニュアンスはちがっている。

 けれど、強くはない女性もいるもので、操子さんみたいな立場のひとも大勢いる。親にも頼れず三人もの子どもを育てていかなくてはならないのだから、モトカレに相談するくらいはいいのでは? 疑問を口にすると、ふたりのシングルマザーが異口同音に言った。

「相談ですむわけないし……」
「佳士くん、詰めが甘そうだよね」
「ねぇ……」
「……ねぇ」

 このひとたちにはなにもかもお見通しのようだが、僕にはやっぱりその意味が読めないのだった。

つづく


 

 

193「センチメンタルジャーニー」

しりとり小説

193「センチメンタルジャーニー」

 指名ナンバーワンだと聞いていただけあって、ポポンちゃんの待ち時間は二時間。別の子にする気にはなれなくて、弘明は待合室に入っていった。

 こんな店で他人と顔を合わせるのはごめんだと考える客は多いから、個室ブースだってあるが、そちらに入ると別料金がかかる。俊雄もその料金を節約するために、何人かが入れる待合室にいた。弘明と俊雄、ふたりは待合室でふたりっきり、二時間、することは特にないので、なんとなく愚痴になった。

「よくある話なんだろうけど、借金の連帯保証人になったんですよ。
 子どものころから仲良くしていたいとこでね、彼は親父さんと一緒に小さい鉄工所をやってた。その資金ぐりのための借金で、友達以上の仲なんだから判を押しましたよ。

 叔父といとこ、ふたりそろって夜逃げしやがって、そうなると俺に借金はふりかかってくる。なんだかんだとふくらんで一千万くらいになっていたな。

「……しようがないじゃない。私も叔父さんにはお世話になったんだから、ふたりで働いたらなんとか返せるよ。私も仕事を増やすからがんばろう」

 けなげにも妻はそう言ってくれました。
 うちの両親だって知らん顔はできないから、すべて節約のために両親と同居して、いい年の母までがパートに出て、みんなで働きましたよ。息子も小学生になっていて、新聞配達するなんて言いましたけど、それはさすがにね。

「おまえは勉強がんばれ。高校も大学も公立しか無理だから、大学では返さなくていい奨学金をもらえるほどの優等生になれ。おまえの仕事はそれだよ」
「うん、わかった」

 家族みんなでがんばったら、十年もかからずに返せるはずだ。
 父は定年間際でしたけど、残業を増やした。俺はダブルワークしましたよ。妻も正社員になれる仕事を見つけて、母も家事とパートと孫の世話と、みんなして思い切りがんばった。

「ねぇ、お父さん、お母さんは駄目だって言うんだけど、そんなら僕もバイトして買うよ」
「なにを?」
「修学旅行があるでしょ。スキーツアーなんだよね。行かせてはあげるけど、スキーの道具やウェアはレンタルにして、ってお母さんが言うんだ。スキー道具はそれでも我慢するけど、僕の友達はみんなかっこいいウェアを買ってもらうんだよ。流行のカケイモデルのウェア。僕もほしいなぁ」
「おまえ、男だろ。服なんかどうでもいいじゃないか」
「どうでもよくはないよ。バイトしていい?」
「だから、小学生にバイトなんかさせられないって」
「だったら買ってよ」

 小学校六年生、家庭の事情はわかっていて、買ってほしいものがあっても息子は我慢していたんですよ。修学旅行のスキーツアーで流行のウェアを着たい。カケイってのはそのころ人気のあったスキー選手で、彼の着ていた宇宙服みたいなウェアが大流行していたんです。

 駄目だと言ったものの、俺はそのウェアを見に行きましたよ。スポーツ用品店で見たそれは、俺のスーツなんかよりも高かった。息子がバイトして買えるようなしろものじゃなかった。

「そしたらさ、僕、修学旅行やめるよ。積立金は返してもらえるんでしょ」
「そんなにあのウェア、ほしいのか?」
「ううん、もういいんだ」

 かぶりを振る息子の目には涙がたまっていて、かわいそうでたまらなくなってきた。
 不景気でもあったからボーナスはろくに出なかったけど、それも借金返済の計算の中に入っていたんですよ。だけど、思い切って全額はたいてカケイモデルのスキーウェアを買ってやった。高かったなぁ。

「いらないって言ったのに……」
「お父さんがなんとかしたんだから、おまえは気にしなくていいんだよ」
「だって、お母さんなんか穴の開いたダウンを着てるんだよ。僕にこんなの買ってくれるんだったら、お母さんにコートを買ってあげてよ。返してきてよ」
「おまえがほしいって言ったんだろ」

 不憫な息子と喧嘩になり、それを皮切りに、うちの中がだんだん雲行きが怪しくなってきたんですね。
 夫の親との同居ってのは、いちばん気疲れするのは妻だ。そんなこと、当時の俺は知らなかったな。母が嫁に陰でねちねち意地悪をしていたなんて、誰も言わないんだから知るわけもない。内緒にするつもりだったらしいんですけど、息子がぶちまけました。

「お母さんは言ってたよ。おばあちゃんだって若くないのにパートして、家事もほとんどやってるんだからストレスが溜まるよね、お母さんにイヤミ言って解消できるんだったら、お母さんは耐えてみせるわよって」
「……おまえにそんなこと言ったのか。おばあちゃんの悪口を孫に吹き込むなんて、最低だな」
「悪いのはおばあちゃんだよ」
「ほら、お母さんがおまえにそうやって教えてる」

 嫁と姑の確執なんて想像してみたこともなかったから、寝耳に水で俺の発想はそうなりました。けれど、妻に文句を言ったら倍になって返ってくるだろうから黙っていよう、との分別はあったな。ところが、息子が母にも妻にも告げ口したんですよ。結局はスキーウェアを大切に抱えていって、お父さんに買ってもらったんだ、って話の流れでお母さんとおばあちゃんに話したらしい。

「嫁は弱い立場なんだから、私が飲み込めばそれですむのよ。それにしたって、ダウンって破れたらもうどうしようもないって知らないでしょ? ガムテープで修繕してるのよ。あなたがボーナスを使っちゃって、その分、もっともっと節約しなくちゃいけなくなった。あなたは自分だけいい格好して、気持ちいいよね」

「嫁だけが辛抱してる? 冗談じゃないよ。私がどれだけ辛抱してるか、誰も知らないんだ。いくら仕事してるって言ったって、掃除も洗濯もごはんの支度もほとんど私にやらせて、当然みたいな顔をしてるむこうのほうがひどいじゃないか。私だってたまには旅行したい。友達に誘われても食事にさえ行けないんだよ」

「定年になったらのんびりしようと思ってたのもパーだ。あと何年、こんなにあくせく働かなくちゃいけないんだろ。ちょっとでも早く借金を完済したかったのに、おまえが息子に……男の子なのにスキーウェアなんかなんだっていいだろうに。俺だって別居したいよ。母さんとも別居してひとりになりたいよ」

 どいつもこいつも勝手なことばかり言いやがって、ってなるでしょ? そう思いますよね。

「そう、大変ね」
「まったく、俺も夜逃げしたいよ」
「だけど、もともと悪いのは誰?」
「いとこと叔父さんだろうが」
「そうだけど、借金の保証人にだけは絶対になるなって、ご先祖さまの言い伝えはなかったの?」

 会社に出入りしている保険会社のおばさんに愚痴ったら、彼女がなぐさめてくれたんですよ。おばさんだと思ってたけど、俺とだったらそう年は変わらない。シングルマザーだそうで、息子をいい大学に入れるんだって、塾にも通わせてるから金がかかるって嘆きつつも、かなり腕が良くて稼いでるらしかった。

 金を持ってる女だから、ホテル代も出してくれるんですよ。俺のほうがちょっと年下なんだから、それでいいんだって言ってくれた。彼女は四十過ぎてて、お姉さんに甘えるつもりでいればいいって、思い切り甘えさせてくれたなぁ。

「最低よね、あなたのためにご家族がみんなして苦労してるのに、あなたは外で浮気してるって」
「家に帰っても気が休まらないんだから、金のかからない娯楽のひとつくらいあってもいいだろ」
「私は娯楽なんだ」
「……ごめん」

 いいのよ、いいの、と彼女は寛大でした。

「弘明さん、子どもができたみたい」
「……へ? あんたは四十すぎてんだろ。妊娠なんかしないはずじゃ……」
「そう思ってなめてたんだけど、まだ妊娠するんだね。きっとこれが最後の子どもだわ。産みたいわ」
「ちょ、ちょちょちょちょちょ……待ってくれ」

 人間の女ってこれだから困るんですよね。あんなに寛大で優しかった彼女が鬼みたいな形相になって我が家に乗り込んできて、妻は半狂乱になる。母は母で、妻も悪いと責める。父は、弘明はまだ若いから……そっか、いいな、なんて呟いて、母と妻に思い切り攻撃されてましたよ。

「もともとシングルママなんだから、ひとりで産むわ。認知はしてほしかったけど、あなたって借金があるのよね。それがこの子にふりかかってこないように、借金を返済し終えてから認知してもらおうかしら。養育費は払ってね」

 そういうことでとりあえずは落着したんですが、これでまた俺の借金が増えたようなもんだ。妻も別居したいと言ってましたけど、そうすると余分な金がかかるから、そのまんまに五人で暮らしてますよ。息子は中学生になって、俺は軽蔑されてるみたいだ。

 こんな暮らしなんだもの。ひとときの安らぎを求めてもいいでしょう」

「ラヴスポット・電気羊」の店内で出会った弘明は、俊雄を相手につらつらと自分について語っていた。彼と比較すれば俺のほうがましなのか。続いて俊雄も自分語りをはじめた。

「四方八方から攻め立てられたって感じだったなぁ。俺には結婚願望なんてかけらもなかったのに、三十歳のときに遊びでつきあっていた女にプロポーズされて。

「女性からプロポーズされるなんて、男冥利につきるってもんだよ。俺だって一度くらい、女性に告白されたりプロポーズされたりしてみたかった。羨ましいなぁ」
「結婚したいって言われたの? しなさい。お母さんは反対なんかしないから、さっさとしなさい。さっさと結婚して孫の顔を見せて」
「そっかぁ。俺の息子はもてるんだな。誰に似たんだろ。ああ、もちろん結婚しなさい」

「俊雄さんはうちの娘と交際なさっているのでしょう? 結納や結婚式についてお話しもしたいですし、ぜひ一度我が家にいらして下さいな」
「俊雄さん、娘を幸せにしてやって下さいね。よろしくお願いします」

「へぇぇ、強そうな女だね」
「俊雄は頼りない奴だから、似合いなんじゃない?」
「結婚すんの? うんうん、しろしろ」
「別れてあげてもいいし、時々だったら遊んであげてもいいよ。強請ったりはしないから安心しな」
「奥さんにチクったりなんしないってば。心配性だね。私は俊雄と結婚したいなんてこれっぽっちも思ったことないから、心配しなくていいんだよ」

「まだ迷ってる? それはマタニティブルーってやつだろ。結婚はいいもんだよ。早く決めなさい」
「彼女にプロポーズされて返事を保留にしてるって、誠実じゃないな。早く返事してあげなくちゃ」
「……結婚か。後悔しなかったらいいけどね」

 家族、女友達、会社の同僚や先輩、男友達、外野がなんだかんだと言ったうちでいちばん正解だったのは、後悔、だった。できちゃったわけでもないのに、なんだって早まったんだ。結婚なんかしなかったらよかった、って、花嫁衣装を着た彼女を見た瞬間に思ったよ。

できちゃってはいないよ。マタニティブルーって言った奴は、マリッジブルーの言い間違い。

 原点回帰とかいって、俺たちは先に結婚式をして、その日に入籍して新婚旅行に出かけ、新居に帰って同居をはじめたんだ。花嫁衣装の彼女は別に不細工ってわけでもなかったんだけど、綺麗だとも思わなかった。新婚旅行先で夫婦としてベッドに入ったときには、とっくにセックスにも飽きていた。

 年は同じで、彼女としては多少焦ってはいたんだろうけど、俺じゃなくても他にも男はいるだろうに。外見も中身もごく普通の女なんだから、俺なんかを必死でつかまえなくてもよかっただろうに。

 主婦としても彼女はそつなくこなし、仕事ももちろんしている。収入は俺と同じくらいかな。彼女の収入があって生活は楽になったし、家事は全部してくれるんだから文句はない。料理もまあまあだし、洗濯や掃除なんてどうだっていいんだし。メシにも俺は興味ないから、ちゃんと夕食があればそれでいいんだよ。

 不満はない奥さんなんだけど、まったく満足もできない。俺はなんだって結婚なんかしたんだろ。後悔しかないんだよ。あの日、妻が具合悪そうだったから、俺は言ったんだ。

「メシなんか作らなくてもいいんだよ。俺は弁当でも買ってくるから」
「私の体調がよくないって気づいてた?」
「気づいてたよ」
「……妊娠したみたいなの」
「俺の子?」

 あ、当たり前でしょっ、と妻は声を荒げたが、なんで当たり前なのかわからない。子どもが生まれたらもっと面倒になりそうだな、としか思えなかったけど、中絶しろってのは酷すぎるんだろうから、ため息ひとつついただけだった。

「メシはいいんだけど、毎日そんな顔されてるとこっちの気分がよくないんだけどね」
「ごめんなさい、つわりなの」
「それはあんたの事情でしょ。大人なんだから人にそういう顔を見せないように配慮して」
「……そうします」

 素直だからそこは助かる。喧嘩なんかしてエネルギーを浪費したくないもんな。

「俊雄さん、これ、重いからお願い」
「あんたに重いものは俺にも重いんだよ」
「……そうね」

「おなかがつかえてきてお風呂の掃除がつらいの」
「風呂掃除なんて適当でいいし、そこも工夫するのが主婦なんじゃない?」
「そうね」

「……おなかが……タクシーを……」
「ああ、タクシーね」

 タクシーは呼んでやったけど、妻はひとりで病院に行ったよ。産むのは彼女なんだから、俺がいたって無意味だろ。
 男の子が生まれたとは聞いたけど、見にいってない。俺の子かぁ。めんどくさいな。人間の女ってなんで妊娠なんかするんだろ。だからやっぱり結婚なんてするんじゃなかったよ。

 身体の欲望はあるんだよね、だからさ、人間じゃない女とのベッドインのほうがいい。ポポンちゃんを抱いても彼女は絶対に妊娠しないもんな。ここを知ってからは時々来るようになったんだ。清々しくていいね。アンドロイドの娼婦との性交渉ってやつは」

「人間って二十二世紀まで存続してるかなぁ」
「……弘明さん、突然なにを言い出すわけ?」
「いや、こんな店がこんなに流行って、そうすると人類は……いや、日本人だけかな。五十年もしないうちに滅びるんじゃないかってふと思ったんだよ」
「それもいいんじゃない?」
「いいの、かもな」

 先に呼ばれたのは俊雄で、弘明は考えた。
 日本人が滅びたとしても、人類は他にいくらでもいる。もしも人類すべてが日本人みたいになったとしても、俺が死んでしまったあとのことなどどうでもいい。

 どうでもいいと思ったらどうでもよくなって、弘明の頭の中は、ほのかにあたたかくほどよくつめたく、人間の女などよりずっと清潔で乾いたポポンちゃんの姿態でいっぱいに占められてしまった。

次は「ニー」です。

 

ガラスの靴32「西陽」

「ガラスの靴」

     32・西陽

 家族サービスをやっている新垣アンヌを見ると、過激なロッカーアンヌファンは幻滅するのだろうか。今日のあたしは胡弓の母として活動しているので、髪をポニーテールにしてサンバイザーなんかかぶって、Tシャツにジーンズの健全な服装だ。

 すっぴんに近いメイクにして、プラチナの髪が目立たないようにすれば、新垣アンヌだと気づかない人間のほうが大部分だろう。あたしたちのバンドは国民皆が知っているほどメジャーじゃないし、ロッカーにだってプライベートは必要だし。

 父方の祖父母にたびたび遊びに連れていってもらっている胡弓は、三歳のくせに一人前の口をきく。今日は富士山の近くに新しくできたテーマパークに行きたいというので、笙の運転で家族そろって一泊で遊びにきた。かったるいなぁ、二日の休みのあとはまた仕事なのに、と思うのは、世のお父さんたちも同じだろう。

 最近は母親だって働いている場合も多いから、母親が子どもと遊ぶのをかったるいと思ったりもするのだろうか。かったるいけど楽しくなくもないのは、子どもと遊ぶ親の尋常な感覚だろう。笙と胡弓はたいへんに楽しそうに、あれに乗ろうか、これを見ようかとはしゃいでいる。

「アンヌ?」
「へ?」

 おや。ファンに気づかれた? 胡弓と笙にソフトクリームを買ってやろうと近づいた売店の兄ちゃんが、あたしの顔を見て言った。

「アンヌ……久しぶりだな。元気そうじゃん」
「あ、シロー」

 本名はなんとか四郎、なんとかの部分は忘れてしまった。シローとしか呼んでいなかったモトカレだ。
 故郷にいた高校生まで時代を省いても、あたしにはモトカレって存在は山ほどいる。忘れてしまった奴もいる。シローについては覚えているのは、深いつきあいをしていたからか。こいつとは同棲してたっけ? こいつの子を妊娠したことあったっけ?

 そこまでディープなつきあいをしていた男も、ひとりやふたりではない。妊娠したのは胡弓が三回目だが、短い期間の同棲だったら何度もやっている。あたしが飽きてしまったり、おまえみたいな女とつきあってらんねえよ、ああ、同感だね、と罵り合ったりして何度も別れ、何度も別の男とつきあった。

「アンヌが桃源郷で活躍してるのは知ってるよ。プロになったのってはじめてだろ。おめでとう」
「ああ、ありがとう。あんたは仕事?」
「うん、このソフトクリームショップって、キティ製菓のアンテナショップみたいなものなんだよ。俺はキティ製菓の営業部で働いてるんだけど、ここへ応援に……」
「そっか。しっかり仕事しな」
「アンヌ、あとで話をしないか」

 小さなショップだから、今は店内にいるのはシローひとりだ。振り向いてみると、ベンチにすわった笙と胡弓が観覧車を指さしてなにやら話していた。

「あれがアンヌの子か。なぁ、話しようよ。アンヌは旦那には聞かれたくないだろ」
「旦那はなんだって知ってるから、そんなのは脅迫にはなんないよ」
「脅迫なんかしてないよ。だけど、子どもには聞かれたくないんじゃないの?」

 それが脅迫でなくてなんだというのだ。
 専門学校で出会って笙に告白される前に、あたしには中絶経験があると言った。アンヌさんの人生って波乱万丈でかっこいいね、と笙は憧れの目を向けた。なのだから、あたしがどれほど苛烈な過去を持っていようとも、笙は気にしない。アンヌはえらいね、大変だったんだね、そんなのを乗り越えたって尊敬するなぁ、と言うと信じている。

 が、息子はどうだろ。三歳ともなると多少は意味がわかるのか。今はわからなくても記憶に残って、大人になってから思い出すのか。

「……あんなちっちゃいのには聞かせたくないけど、あいつの母親はこんな女なんだ。その事実をきちんと受け止めて、咀嚼して消化して昇華して、糧にしてほしいもんだね」
「かっこいいこと言っちゃうんだな」
「母は強いんだぜ」
「おまえはもとから強いじゃないか」
「だけど、ちょっとぐらいだったら話を聞いてやるよ」

 三時には休憩が取れるという。今日は昼休みが取れなかったので、その時刻に一時間、自由になれる。交代要員が来てくれるのだと言うシローの頼みを承諾した。

「アンヌ、知り合い?」
「ああ、モトカレ。あいつの子を堕ろしたんだ」
「あ、あ、そうだったの?」

 その相手を目の当たりにしていささかショックではあったようだが、笙は一瞬、目を丸くしただけだ。シローにぶちまけられる前に、自ら言っておきたかった。

「話をしたいって言うから、あとで会ってくるよ」
「そ、そうなの? 大丈夫?」
「おまえがついてきたら足手まといだってわかってるだろ。人気のある場所で話すから大丈夫だよ」
「どういうひとだか聞いていい?」

 遠慮がちに笙が尋ね、胡弓はソフトクリームを食べている。

 話をしていると思い出してきた。十九か二十歳のころ、大学を中退する前の出来事だ。勉強なんかよりもロックが好きで、学校は適当にしてライヴハウスに通っていたあたしは、そのころにはじめてロックバンドにスカウトされた。そのバンドはギターとベースが女で、ギタリストが脱退するからあたしに加入してほしいと言われたのだ。

 「ファイアーホークス」だったか、シローはそのバンドのヴォーカリストだった。
 二十代半ばくらいまでのあたしには、バンドのメンバーに手は出さないとの主義はなかったから、その気になれば恋人同士にだってなった。シローとは短い間仲良くしていて、どっちかの部屋に入り浸ったり、人前でもいちゃついたりしていた。

「アンヌ、機嫌がよくなくないか?」
「機嫌ってか、体調がよくないんだよ」
「どうかしたか?」
「中絶したんだ」
「……シローの子か?」
「そうだよ。昨日手術したから、本調子じゃないんだよね」
 
 バンドのメンバーに話したら、シローにも伝わった。

「なんで俺じゃなくて他の男に先に喋るんだよ」
「あんたには関係ないもん」
「俺の子じゃないわけ? そうだよな。おまえなんて、誰とでも寝る女だろ。俺が誘ったらすぐに身体を許したもんな。知り合って間もない男と簡単に寝る女だもんな」
「許したとかじゃなくて、あたしはあんたを好きになったから寝たの。だけど、子どもはあたしが妊娠してあたしが堕ろした。あんたには関係ないってそういう意味だよ」
「軽い女だな」
「軽い男とは似合いだけどね」

 そのやりとりでシローとは別れ、バンドも脱退した。

「そっかぁ、そんなことがね……」
「あのころは、誰の子だって産むつもりなんかなかったよ。若いって傲慢なんだよね」
「胡弓は僕との子だから産んだの?」
「それもあるかな」

 それほど笙を愛していたから、というのではなく、笙だったら家事と育児に専念してあたしの子をそれなりには育ててくれそうだったからだ。結婚してから三年余り。笙にも胡弓にも家族としての愛はある。仁義もあるので笙に無断で他の男とは寝ないと決めていた。

「気をつけてね」
「ママ、どこに行くの?」
「ちょっとお仕事」

 あらかじめ予約してあったホテルに笙が胡弓を連れていき、昼寝をさせる。あたしはその時間にシローと会う。テーマパークの野外レストランでシローと約束しているのだから、話をするにも安全の面でも好都合だ。

「派手なおばさんが自分のガキと、弟と三人で遊びにきてるみたいだな」
「笙は見た目が幼いからね。それで、なんの用だよ」

 腹が減ったと言ってハンバーガーを食べながら、シローは言った。

「プロのヴォーカリストになるつもりだったのに、うまく行かないもんだよな」
「そういう奴のほうが多いだろ」
「アンヌはプロになったんだよな。ロッカーだとスキャンダルはどうってこともないのか」
「あたしの過去? んなもん、普通だよ」
「男はそうだろうけど、女だとタブーじゃないのか? そういうのをあまり聞かないのは、事務所がもみ消してんのか?」
「あるかもね。あたしの事務所もあんたが変なことを言ったら抹殺にかかるんじゃないかな」
「脅かすなよ」

 ちくちくと脅してるのはおまえだろ、と言ってやりたいのだが、真意がわからないので我慢していた。

「音楽なんてな……ロックなんて……あれほど好きだったのに、プロになりたかったのに……」
「ロックは続けてないのか」
「そんなもん、メシの種にはなんねえだろ。ロックなんてガキのお遊びだよ」
「そんなもん、なんだね」

 もしかしたら、シローはロックバンドをやっていて、あたしのコネで口をきいてほしい、仕事がほしい、プロになりたい、と言うのかと思っていた。あたしにはそんな力はないし、シローとは関わりたくないから断るつもりだったのだが、シローにはそんな気もなさそうだった。

「アンヌの旦那はおまえの過去を聞いてもへっちゃらなんだって? そうなんだろうな。でないとこんな女と結婚しないよな。俺だったら絶対にお断りだもんな」

 こっちもお断りだよ、とは言うのも馬鹿馬鹿しい。

「昔はそういう女、公衆便所って言ったんだって? あのころ、アンヌのことを男どもがなんて言ってたか知ってるか? 誰にでも簡単に身体を許すゆるい女。ちょっといい顔してやったらいつでも裸になっておっぴろげる女。そんな女とつきあってて、たくさんの男と共有してるって、シローも阿呆だって言われて、いい加減いやになってたから別れられてよかったんだよ」
「だったらそれでいいじゃん。なにが言いたいんだよ」

 卑屈な目をして、シローは本題を口にした。

「旦那はへっちゃらでも、週刊誌あたりだったら喜ぶかもな。桃源郷ってそこそこ人気あるだろ。男と遊びまくってたってだけじゃなくて、ヤバイ薬だって使ってただろうが。そういうのもばらしたら売り物になりそうだろ」
「そんな昔の話は時効だよ。口止めしたけりゃ金を出せって?」
「わかってるじゃないか」

 思いっ切り軽蔑した目でシローを見、あたしは立ち上がった。

「落ちたもんだな」
「……てめぇ、俺にそんな口をきいていいのかよ。俺はおまえの裸の写真だって……」
「好きにしろ」

 本当に写真だの手記だのが流出するかもしれない。将来、胡弓が見る恐れだってあるかもしれない。けれど、あたしがそんな過去を持っているのは事実だ。脅迫に屈したらキリがないのだから、あたしはロッカーなのだから、過去も含めてあたしなのだから、胡弓にもそんな母を……誇りに思えってのは酷かもしれないが、母の過去など笑い飛ばせるほどに強くなってほしい。

 おい、待てよ、とか言っているが、追いかけてくる気はなさそうなシローの顔を最後に一瞥する。彼の顔は夕陽に照らされて、ゾンビみたいに見えた。
 過去を後悔するとしたら、こんな男を好きになったこと。それだけだ。 


つづく

 

ボヘミアンラプソディ

よくもこれだけ似た役者を集めたものだと、まずはそこに感心しました。
身長まで考慮してますね。
ブライアンが一番高くて、その次はジョンかな? ロジャーとフレディはわりあい小柄だったような。

四人が並んだときのビジュアルも、遠い日のQUEENそのまんま。
ロジャーはちょっと顔が似てないけど、体型も容貌もあとの三人はそっくりです。

顔立ちだけならジョンがもっとも似てるかな。
ブライアンも雰囲気そっくり。
フレディは乗り移ってましたね。

もめごとが起きるとロジャーが真っ先に切れて、
ジョンとブライアンがまあまあとなだめ、
すこしだけ超越したようなところからフレディが眺めてる。

そんな感じもファンが想像していたのに近かったです。

女好きロジャーってのも、日本のファンの間では有名でした。
ふたりの女の子を両脇に抱えて寝てる姿には、ロジャーらしいわ、と笑ってしまいました。
ほんとのほんとにこうだったの?
本人、苦笑してたんじゃありませんか?

たしか初来日の際には、女性セブンだとかの雑誌までが取り上げていたはず。

実は私、クイーンはあまり好きではなかったのですが、
友人に熱狂的フレディファンがいたのもありまして、
昔はアルバムも買ってました。

だから、映画で使われている曲はもちろんみんな知ってました。
来日公演に行かなかったのを後悔しています。

ライヴエイドは日本時間では真夜中だったかなぁ。
録画して見ましたよ。

あのころの私はデュランデュランに関心が強かったり、スティングやデヴッド・ボウイのほうに視線が向いていたので、クイーンのステージは覚えていないのが残念です。
クイーン、見ただろうか。
DVDだったら残しておけたのに、今やビデオは再生できませんものね。

あそこまでビッグになったバンドには、それはそれはいろんなことがあったんだろうな。
荒れていく、すさんでいく、やつれていくフレディの姿などもあり、そして決定的なエイズ。

当時はゲイの病気だったエイズ。
不治の病だったエイズ。

フレディがゲイでエイズにかかっていたとは知ってたけど、女性の恋人もいたんですね。
彼女とは正式に結婚したの?
男性の恋人もいて、彼と彼女とは最後まで親しくしていたと、フレディのためにはとてもとてもよかったね。

何年か前にたしか、クイーンが再結成……調べてみたら、何度かしているようですね。
女性ヴォーカリストを加えると聞いて、それもいいかなと思っていたのを思い出しました。

LPレコードなら持っていたけど、売ってしまって。
今はウォークマンにクイーンの曲をカバーした、いくつかのバンドのアルバムが入っています。

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