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193「センチメンタルジャーニー」

しりとり小説

193「センチメンタルジャーニー」

 指名ナンバーワンだと聞いていただけあって、ポポンちゃんの待ち時間は二時間。別の子にする気にはなれなくて、弘明は待合室に入っていった。

 こんな店で他人と顔を合わせるのはごめんだと考える客は多いから、個室ブースだってあるが、そちらに入ると別料金がかかる。俊雄もその料金を節約するために、何人かが入れる待合室にいた。弘明と俊雄、ふたりは待合室でふたりっきり、二時間、することは特にないので、なんとなく愚痴になった。

「よくある話なんだろうけど、借金の連帯保証人になったんですよ。
 子どものころから仲良くしていたいとこでね、彼は親父さんと一緒に小さい鉄工所をやってた。その資金ぐりのための借金で、友達以上の仲なんだから判を押しましたよ。

 叔父といとこ、ふたりそろって夜逃げしやがって、そうなると俺に借金はふりかかってくる。なんだかんだとふくらんで一千万くらいになっていたな。

「……しようがないじゃない。私も叔父さんにはお世話になったんだから、ふたりで働いたらなんとか返せるよ。私も仕事を増やすからがんばろう」

 けなげにも妻はそう言ってくれました。
 うちの両親だって知らん顔はできないから、すべて節約のために両親と同居して、いい年の母までがパートに出て、みんなで働きましたよ。息子も小学生になっていて、新聞配達するなんて言いましたけど、それはさすがにね。

「おまえは勉強がんばれ。高校も大学も公立しか無理だから、大学では返さなくていい奨学金をもらえるほどの優等生になれ。おまえの仕事はそれだよ」
「うん、わかった」

 家族みんなでがんばったら、十年もかからずに返せるはずだ。
 父は定年間際でしたけど、残業を増やした。俺はダブルワークしましたよ。妻も正社員になれる仕事を見つけて、母も家事とパートと孫の世話と、みんなして思い切りがんばった。

「ねぇ、お父さん、お母さんは駄目だって言うんだけど、そんなら僕もバイトして買うよ」
「なにを?」
「修学旅行があるでしょ。スキーツアーなんだよね。行かせてはあげるけど、スキーの道具やウェアはレンタルにして、ってお母さんが言うんだ。スキー道具はそれでも我慢するけど、僕の友達はみんなかっこいいウェアを買ってもらうんだよ。流行のカケイモデルのウェア。僕もほしいなぁ」
「おまえ、男だろ。服なんかどうでもいいじゃないか」
「どうでもよくはないよ。バイトしていい?」
「だから、小学生にバイトなんかさせられないって」
「だったら買ってよ」

 小学校六年生、家庭の事情はわかっていて、買ってほしいものがあっても息子は我慢していたんですよ。修学旅行のスキーツアーで流行のウェアを着たい。カケイってのはそのころ人気のあったスキー選手で、彼の着ていた宇宙服みたいなウェアが大流行していたんです。

 駄目だと言ったものの、俺はそのウェアを見に行きましたよ。スポーツ用品店で見たそれは、俺のスーツなんかよりも高かった。息子がバイトして買えるようなしろものじゃなかった。

「そしたらさ、僕、修学旅行やめるよ。積立金は返してもらえるんでしょ」
「そんなにあのウェア、ほしいのか?」
「ううん、もういいんだ」

 かぶりを振る息子の目には涙がたまっていて、かわいそうでたまらなくなってきた。
 不景気でもあったからボーナスはろくに出なかったけど、それも借金返済の計算の中に入っていたんですよ。だけど、思い切って全額はたいてカケイモデルのスキーウェアを買ってやった。高かったなぁ。

「いらないって言ったのに……」
「お父さんがなんとかしたんだから、おまえは気にしなくていいんだよ」
「だって、お母さんなんか穴の開いたダウンを着てるんだよ。僕にこんなの買ってくれるんだったら、お母さんにコートを買ってあげてよ。返してきてよ」
「おまえがほしいって言ったんだろ」

 不憫な息子と喧嘩になり、それを皮切りに、うちの中がだんだん雲行きが怪しくなってきたんですね。
 夫の親との同居ってのは、いちばん気疲れするのは妻だ。そんなこと、当時の俺は知らなかったな。母が嫁に陰でねちねち意地悪をしていたなんて、誰も言わないんだから知るわけもない。内緒にするつもりだったらしいんですけど、息子がぶちまけました。

「お母さんは言ってたよ。おばあちゃんだって若くないのにパートして、家事もほとんどやってるんだからストレスが溜まるよね、お母さんにイヤミ言って解消できるんだったら、お母さんは耐えてみせるわよって」
「……おまえにそんなこと言ったのか。おばあちゃんの悪口を孫に吹き込むなんて、最低だな」
「悪いのはおばあちゃんだよ」
「ほら、お母さんがおまえにそうやって教えてる」

 嫁と姑の確執なんて想像してみたこともなかったから、寝耳に水で俺の発想はそうなりました。けれど、妻に文句を言ったら倍になって返ってくるだろうから黙っていよう、との分別はあったな。ところが、息子が母にも妻にも告げ口したんですよ。結局はスキーウェアを大切に抱えていって、お父さんに買ってもらったんだ、って話の流れでお母さんとおばあちゃんに話したらしい。

「嫁は弱い立場なんだから、私が飲み込めばそれですむのよ。それにしたって、ダウンって破れたらもうどうしようもないって知らないでしょ? ガムテープで修繕してるのよ。あなたがボーナスを使っちゃって、その分、もっともっと節約しなくちゃいけなくなった。あなたは自分だけいい格好して、気持ちいいよね」

「嫁だけが辛抱してる? 冗談じゃないよ。私がどれだけ辛抱してるか、誰も知らないんだ。いくら仕事してるって言ったって、掃除も洗濯もごはんの支度もほとんど私にやらせて、当然みたいな顔をしてるむこうのほうがひどいじゃないか。私だってたまには旅行したい。友達に誘われても食事にさえ行けないんだよ」

「定年になったらのんびりしようと思ってたのもパーだ。あと何年、こんなにあくせく働かなくちゃいけないんだろ。ちょっとでも早く借金を完済したかったのに、おまえが息子に……男の子なのにスキーウェアなんかなんだっていいだろうに。俺だって別居したいよ。母さんとも別居してひとりになりたいよ」

 どいつもこいつも勝手なことばかり言いやがって、ってなるでしょ? そう思いますよね。

「そう、大変ね」
「まったく、俺も夜逃げしたいよ」
「だけど、もともと悪いのは誰?」
「いとこと叔父さんだろうが」
「そうだけど、借金の保証人にだけは絶対になるなって、ご先祖さまの言い伝えはなかったの?」

 会社に出入りしている保険会社のおばさんに愚痴ったら、彼女がなぐさめてくれたんですよ。おばさんだと思ってたけど、俺とだったらそう年は変わらない。シングルマザーだそうで、息子をいい大学に入れるんだって、塾にも通わせてるから金がかかるって嘆きつつも、かなり腕が良くて稼いでるらしかった。

 金を持ってる女だから、ホテル代も出してくれるんですよ。俺のほうがちょっと年下なんだから、それでいいんだって言ってくれた。彼女は四十過ぎてて、お姉さんに甘えるつもりでいればいいって、思い切り甘えさせてくれたなぁ。

「最低よね、あなたのためにご家族がみんなして苦労してるのに、あなたは外で浮気してるって」
「家に帰っても気が休まらないんだから、金のかからない娯楽のひとつくらいあってもいいだろ」
「私は娯楽なんだ」
「……ごめん」

 いいのよ、いいの、と彼女は寛大でした。

「弘明さん、子どもができたみたい」
「……へ? あんたは四十すぎてんだろ。妊娠なんかしないはずじゃ……」
「そう思ってなめてたんだけど、まだ妊娠するんだね。きっとこれが最後の子どもだわ。産みたいわ」
「ちょ、ちょちょちょちょちょ……待ってくれ」

 人間の女ってこれだから困るんですよね。あんなに寛大で優しかった彼女が鬼みたいな形相になって我が家に乗り込んできて、妻は半狂乱になる。母は母で、妻も悪いと責める。父は、弘明はまだ若いから……そっか、いいな、なんて呟いて、母と妻に思い切り攻撃されてましたよ。

「もともとシングルママなんだから、ひとりで産むわ。認知はしてほしかったけど、あなたって借金があるのよね。それがこの子にふりかかってこないように、借金を返済し終えてから認知してもらおうかしら。養育費は払ってね」

 そういうことでとりあえずは落着したんですが、これでまた俺の借金が増えたようなもんだ。妻も別居したいと言ってましたけど、そうすると余分な金がかかるから、そのまんまに五人で暮らしてますよ。息子は中学生になって、俺は軽蔑されてるみたいだ。

 こんな暮らしなんだもの。ひとときの安らぎを求めてもいいでしょう」

「ラヴスポット・電気羊」の店内で出会った弘明は、俊雄を相手につらつらと自分について語っていた。彼と比較すれば俺のほうがましなのか。続いて俊雄も自分語りをはじめた。

「四方八方から攻め立てられたって感じだったなぁ。俺には結婚願望なんてかけらもなかったのに、三十歳のときに遊びでつきあっていた女にプロポーズされて。

「女性からプロポーズされるなんて、男冥利につきるってもんだよ。俺だって一度くらい、女性に告白されたりプロポーズされたりしてみたかった。羨ましいなぁ」
「結婚したいって言われたの? しなさい。お母さんは反対なんかしないから、さっさとしなさい。さっさと結婚して孫の顔を見せて」
「そっかぁ。俺の息子はもてるんだな。誰に似たんだろ。ああ、もちろん結婚しなさい」

「俊雄さんはうちの娘と交際なさっているのでしょう? 結納や結婚式についてお話しもしたいですし、ぜひ一度我が家にいらして下さいな」
「俊雄さん、娘を幸せにしてやって下さいね。よろしくお願いします」

「へぇぇ、強そうな女だね」
「俊雄は頼りない奴だから、似合いなんじゃない?」
「結婚すんの? うんうん、しろしろ」
「別れてあげてもいいし、時々だったら遊んであげてもいいよ。強請ったりはしないから安心しな」
「奥さんにチクったりなんしないってば。心配性だね。私は俊雄と結婚したいなんてこれっぽっちも思ったことないから、心配しなくていいんだよ」

「まだ迷ってる? それはマタニティブルーってやつだろ。結婚はいいもんだよ。早く決めなさい」
「彼女にプロポーズされて返事を保留にしてるって、誠実じゃないな。早く返事してあげなくちゃ」
「……結婚か。後悔しなかったらいいけどね」

 家族、女友達、会社の同僚や先輩、男友達、外野がなんだかんだと言ったうちでいちばん正解だったのは、後悔、だった。できちゃったわけでもないのに、なんだって早まったんだ。結婚なんかしなかったらよかった、って、花嫁衣装を着た彼女を見た瞬間に思ったよ。

できちゃってはいないよ。マタニティブルーって言った奴は、マリッジブルーの言い間違い。

 原点回帰とかいって、俺たちは先に結婚式をして、その日に入籍して新婚旅行に出かけ、新居に帰って同居をはじめたんだ。花嫁衣装の彼女は別に不細工ってわけでもなかったんだけど、綺麗だとも思わなかった。新婚旅行先で夫婦としてベッドに入ったときには、とっくにセックスにも飽きていた。

 年は同じで、彼女としては多少焦ってはいたんだろうけど、俺じゃなくても他にも男はいるだろうに。外見も中身もごく普通の女なんだから、俺なんかを必死でつかまえなくてもよかっただろうに。

 主婦としても彼女はそつなくこなし、仕事ももちろんしている。収入は俺と同じくらいかな。彼女の収入があって生活は楽になったし、家事は全部してくれるんだから文句はない。料理もまあまあだし、洗濯や掃除なんてどうだっていいんだし。メシにも俺は興味ないから、ちゃんと夕食があればそれでいいんだよ。

 不満はない奥さんなんだけど、まったく満足もできない。俺はなんだって結婚なんかしたんだろ。後悔しかないんだよ。あの日、妻が具合悪そうだったから、俺は言ったんだ。

「メシなんか作らなくてもいいんだよ。俺は弁当でも買ってくるから」
「私の体調がよくないって気づいてた?」
「気づいてたよ」
「……妊娠したみたいなの」
「俺の子?」

 あ、当たり前でしょっ、と妻は声を荒げたが、なんで当たり前なのかわからない。子どもが生まれたらもっと面倒になりそうだな、としか思えなかったけど、中絶しろってのは酷すぎるんだろうから、ため息ひとつついただけだった。

「メシはいいんだけど、毎日そんな顔されてるとこっちの気分がよくないんだけどね」
「ごめんなさい、つわりなの」
「それはあんたの事情でしょ。大人なんだから人にそういう顔を見せないように配慮して」
「……そうします」

 素直だからそこは助かる。喧嘩なんかしてエネルギーを浪費したくないもんな。

「俊雄さん、これ、重いからお願い」
「あんたに重いものは俺にも重いんだよ」
「……そうね」

「おなかがつかえてきてお風呂の掃除がつらいの」
「風呂掃除なんて適当でいいし、そこも工夫するのが主婦なんじゃない?」
「そうね」

「……おなかが……タクシーを……」
「ああ、タクシーね」

 タクシーは呼んでやったけど、妻はひとりで病院に行ったよ。産むのは彼女なんだから、俺がいたって無意味だろ。
 男の子が生まれたとは聞いたけど、見にいってない。俺の子かぁ。めんどくさいな。人間の女ってなんで妊娠なんかするんだろ。だからやっぱり結婚なんてするんじゃなかったよ。

 身体の欲望はあるんだよね、だからさ、人間じゃない女とのベッドインのほうがいい。ポポンちゃんを抱いても彼女は絶対に妊娠しないもんな。ここを知ってからは時々来るようになったんだ。清々しくていいね。アンドロイドの娼婦との性交渉ってやつは」

「人間って二十二世紀まで存続してるかなぁ」
「……弘明さん、突然なにを言い出すわけ?」
「いや、こんな店がこんなに流行って、そうすると人類は……いや、日本人だけかな。五十年もしないうちに滅びるんじゃないかってふと思ったんだよ」
「それもいいんじゃない?」
「いいの、かもな」

 先に呼ばれたのは俊雄で、弘明は考えた。
 日本人が滅びたとしても、人類は他にいくらでもいる。もしも人類すべてが日本人みたいになったとしても、俺が死んでしまったあとのことなどどうでもいい。

 どうでもいいと思ったらどうでもよくなって、弘明の頭の中は、ほのかにあたたかくほどよくつめたく、人間の女などよりずっと清潔で乾いたポポンちゃんの姿態でいっぱいに占められてしまった。

次は「ニー」です。

 

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