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2018年11月

ガラスの靴31「野外」


「ガラスの靴」

  31・野外

 隠花植物の群れのように、業界人の集まるパーティは暗いところで開催される。今日のように外でバーベキューは珍しい。知った顔はいないだろうかと見回していたら、知可子さんを見つけた。

 妻のアンヌの知り合いの、フィンランド人と日本人のハーフだという、ゲルダさん主催のパーティだ。ゲルダさんは若いころには北欧の航空会社のキャビンアテンダントをしていて、現在はアーティストだそうだ。音楽系ではなく美術のほうでもないらしいが、僕には彼女がなんのアーティストなのかはわからない。

 一方、知可子さんはわかりやすい。僕は小説なんか読まないけど、小説家というものがこの世にたくさんいるのは知っている。知可子さんはケータイ小説家なのだそうで、普通の作家との差は煙草の煙と焼き肉の煙のちがいくらいなのだろうか。

「年下なんだね」
「ええ。十歳年下ですわ」
「あたし、年下って趣味じゃないな。で、あんたはスッチーだったって?」
「CAと言って下さいな」
「なんでもいいけどさ」

 質問しているのは知可子さんで、答えているのがパーティのホステス、ゲルダさんだ。知可子さんは僕に気づいているようだが、ちらっと僕を見ただけだった。

「日本ではスッチーってもてはやされるけど、外国ではそうでもないんだってね。ただの接客業だろ」
「そうですわね」
「背、高いな。高すぎじゃね?」
「私ですか。フィンランドの人間は背が高いから、遺伝ですわね」

「その年下の男とは結婚してるの?」
「いえ、結婚はこりごり」
「あんた、いくつ?」
「日本ではアラフィフっていうんですよね。そんな年頃です」
「……嘘ついてないか? 年を多くサバ読む女なんて……いやいや、お若いですねって言ってほしくてサバ読む奴もいるかも」
「若く見えます?」

 アラフィフというと四十代後半から五十二、三歳ってところか? 横で聞いている僕もちょっとだけ驚いた。僕は女性の年齢を言い当てるのが得意で、私、いくつに見える? とおばさんに訊かれて正直に答えては嫌われるのだが、その僕にもゲルダさんは三十代に見える。知可子さんはアラフォーのはずだが、ゲルダさんのほうが若く見えた。

「ヨーロッパ人って若いときは綺麗だけど、中年すぎると見る影もなくなるだろ。肌が汚いんだよね」
「私は母が日本人ですから、肌は母からの遺伝ですわね」
「ほんとに五十?」
「ええ。そのくらいです」

 ふーん、と知可子さんは不満そうに呟き、さらに質問した。

「あそこにもあそこにも芸能人がいるね。あのひとはテレビ局のプロデューサー。あっちは映画監督。アンヌのバンドのメンバーも、ミュージシャンやカメラマンやって、有名人がたくさんいる。それほど一般的じゃない有名人にしたって、あたしは知ってるよ」
「ええ。私の人脈です」

「あんたの男って何者?」
「彼の知り合いではなくて大半は私の知り合いですけど、彼は外資系の大企業の……まあ、詳しいことはいいじゃありませんか。私は彼の仕事に恋をしたわけでもないんですもの」
「そいつ、どこにいるの? 紹介してよ。盗らないからさ」

 おほほっと上品に笑ってから、ゲルダさんはずばっと言った。

「そんな心配はしていませんわ。知可子さんが私よりも魅力的だなんて、彼が考えるはずがありませんもの」
「あたし、あんたよりもかなり若いよ」
「それがどうかしまして? あら、でも、年下? そうは見えませんわね」

 これっておばさん同士の丁々発止のやりとりってやつなんだろうか。僕には関係ないのだが、アンヌにほったらかしにされているのもあって、息を呑んでふたりの会話を聞いていた。

「ところでさ、あんたも専業主夫の旦那ってほしい?」
「男性の専業主夫ですか? 私はシュフってものは認めませんわ。男だから女だからではなく」
「アンヌの夫ってか男妾ってか、知ってる?」
「噂には聞いています」
「どう思う?」
「……アンヌさんはいらしてるんですから、悪口は申しません」
「ってことは、言いたいんだね」

 つんっとした顔をするゲルダさんを見て、知可子さんは意地悪く笑う。ゲルダさんは僕がアンヌの夫の新垣笙だとは知らないから、知可子さんひとりの意地悪なのだろう。

「ねえ、知可子さん」
「なにか?」
「あなたとお話できて有意義でしたわ」
「そう?」
「会話をしている相手の言葉を否定して、わずかでも優越感を抱く。そういうことをすると見苦しいとよくわかりました。そんなことを教えて下さったあなたには感謝します。ありがとう」
「……」
「あなたが私の友達じゃなくてよかったわ」

 強烈、ってのはこれだろう。知可子さんは言葉に詰まって手近にあった缶ビールを取り、プシュッと空けてぐびぐびっと飲み干し、缶を握りつぶした。こわこわこわっ。

「……おまえもさ、女だったらちっとは気を利かせなくちゃ」
「……ごめんなさい。ちょっとだけ酔ってたみたい」
「酔うほど飲むなよ。女だろ」

 こっちのおばさんたちが黙ってしまったものだから、よその会話が聞こえてきた。長身のかっこいい男と、ほっそりした美人だ。どこかで見たことがあるふたりだ。

「おまえに引き換え、ワミちゃんはてきぱき働いてるぞ。あれでこそ女の子だよ。ワミちゃんが皿を下げたりしてるのも見てて、おまえは知らん顔だったんだろ」
「お客さんはそういうことってしないほうがいいかと思って……」
「そんな女を連れてくるんじゃなかったな。おまえは帰れ」
「そんなぁ……」

 泣き出しそうな顔をしている女は若く、男は中年に見える。不倫カップルかな、と僕が想像していると、ゲルダさんがそちらに寄っていった。

「横溝先生、いらっしゃいませ」
「ああ、ゲルダさん、お招きありがとう」
「こちらのお嬢さまは?」
「結婚したがってるからしてやってもいいかと思ってたんだけど、こんなに気の利かない女だとは思わなかったよ。考え直すべきだな」
「そんなぁ……」
 
 すっと寄ってきた知可子さんが、僕に囁いた。

「脚本家の横溝と、その彼女。彼女はモデルだよ。ふたりとも有名人で、ちょっとしたワイドショーネタにもなってたね。歳の差婚だろ。横溝はバツ三ってところだけど、セレブみたいなもんだからね。彼女からしたら玉の輿だもんな」
「モデルなのに?」
「モデルなんて若いうちしかできない仕事だもの」

 玉の輿、年の差婚、僕の周囲にもなくはない。それで男が強気で、若い女が下手に出ているのか。近頃はこういうカップルは珍しいかもしれない。

「そんなつまらないことで、婚約解消?」
「そうするかもしれないな」
「……そんなこと言わないで。きちんとしますから。心を入れ替えますから。ごめんなさい。今度からちゃんとします。ごめんなさい」
「泣くな。見苦しい」

 つめたく横溝は言い、モデルの彼女が彼の腕にすがろうとする。そんなにあんなおっさんと結婚したいのか?
 要は他の女は気をきかせて片づけを手伝ったりしているのに、彼女は動かずに食べたり飲んだりして酔っぱらってしまった。それが気に食わなくて横溝が怒っているのだろう。すると、ゲルダさんが言った。

「ゲストに働いてもらおうだなんて、当方は思っていませんことよ」
「しかし、働いている女性もいるんだ。そういうひとを見ていたら、気の利く女だったら私も手伝おうってなるでしょ。俺はぼーっとした女は嫌いなんですよ。それに、片づけを手伝ったりしている女性は大変で気の毒じゃないですか」
「そうお思いになるのなら、横溝さんが手伝えばよろしいのでは?」
「……なんで俺が……」
「男はなんにもしなくていいの? へーんなのぉ」

 歌うように言って、ゲルダさんはその場から離れてしまった。僕の横に立つ知可子さんは、けっと吐き捨てる。僕としては、横溝さんは不機嫌になってしまって、モデルの彼女ははらはらしているようだから、ゲルダさんの言葉は逆効果じゃなかったかと思わなくないのだが。

 だけど、アンヌだったらまちがいなく、ゲルダさんに賛成するだろうな。僕もそっちに賛成。

 勘違いおばさんというのはよくいるが、ゲルダさんの自慢は本物だ。だからってあそこまで他人を見下すのはどうかと思うが、かっこよくなくもない。ゲルダさんが歩いていく先には、長身の美青年がいる。スペイン人のフェラよりも綺麗な顔をして、あんなふうに崩れた雰囲気はない、正統派美青年だ。

 あの彼もハーフなのだろうか。やっぱハーフって綺麗だな。僕も負けそうだな。ってか、僕にはゲルダさんほどゴージャスな女性は似合わない。アンヌくらいがほどほどでいい、なんて言ったら、僕の奥さんは怒るだろうか。


つづく

 

 

フォレストシンガーズ・短歌俳句超ショートストーリィ2018/11

フォレストシンガーズ

超ショートストーリィ

 まさしく、我々が海のものとも山のものともつかない存在だったころ、この海で合宿をしていた。遠い遠い昔のような、ほんの数年前のような。

「シゲさん、ここで寒中水泳イベントやりたいですね。そのときにライヴをしませんか?」
「いいですね。俺も寒中水泳に参加させてもらいたいです」
「シゲさんだったらそう言ってくれると思ってましたよ」

 真夏の海辺ではたびたびイベントが開催されるが、秋になるとひっそりする。十一月の今は観光客もいず、風がつめたい。浜辺近くのホールでライヴがあるので、我々はリハーサル中だ。大学合唱部の合宿所の話をしたら、スタッフがその浜を見てみたいと言う。彼の運転で俺もここまでやってきた。

 彼はイベント会社の社員なので、思いついた企画の話などもしている。寒中水泳イベントはフォレストシンガーズかな、シゲさんの単独かな、などと、実現するかどうか不明のことを悩んでいた。

と、一陣の風……。

「うっ」
「うわ、木枯らしですね。ああ、思い出した」

 山口誓子の句です、僕が作ったんじゃありません、とことわってから、彼は口にした。

「海に出て 木枯らし帰る ところなし」

 帰るところがあってよかったですよね、お互いに、と彼はつけ加える。こんなシーンで自作ではないとはいえ句を口にするとは、乾さんみたいな奴だ。

END

 

どぐらまぐら夢

遅刻しそうだから? のような
まだ早すぎるから? のような
夢なので理由は曖昧なのですが。

三十代らしき私は、その日、S駅から仕事に行こうと、地下鉄に乗りました。

カーキのリュックに赤いサブバッグ
他にも荷物をいくつか持っていました。
エネルギーゼリーみたいのまでバッグに入っていました。

S駅周辺には学校がたくさんあり
私もなぜか学生だとみんなに思われていたらしく、
ちょっとリュックを下に置いたら
「鞄は紺にしろ」と貼り紙されていて。

学校が多いせいで、なんとS駅では、
改札では持ちものチェックをしているのですよ。

バッグやゼリーの質問をされて、最初は言い訳していたものの、
「あのぉ、私、実は社会人なんです」
と正直に言うと。

「なーんだ、おかしいと思った。十代には見えないもんね」
と苦笑され。

とりあえず一回帰宅して、家にいた家族にことの顛末を話しているうちに、
仕事が終わって帰ってきたような錯覚に陥り、
「はっ!! 私、出勤途中だったんだ」
と気づいたときには、まだ朝の八時前。

間に合うからこれから出勤するわ、
と再び家を出たのでした。

朝方にこんなストレスの溜まりそうな夢を見て、
実際に祝日出勤する前に疲れました。

夢の中ではたいてい、本当の年より若くなってるんですが、
学生のふりは通用しなかったわ。

ガラスの靴30「妄想」

「ガラスの靴」

     30・妄想

 スペイン人美青年でアンヌの旧友、もとモデル、現ヴォーカル教室の先生、フェレ。
 使えるものはなんだって使え、親でも旦那でも女房でも兄弟でも、友達でも子どもでも、というアンヌの主義にのっとっていえば、フェレはルックスを世渡りの武器にしている。
 
 ルックスは僕もかなりいいほうだ。あんな頼りなそうな、弱々しい、ちび、へにゃへにゃなどと言われることもあるが、おおかたの女性は僕を美少年だと言ってくれる。二十三歳で美少年だと言われて喜ぶな、と父には罵られるが、「美」がつくからこそアンヌだって僕を好きになって結婚してくれたわけだし、なんにもとりえがないよりはいいではないか。

 そんな僕が言えた義理でもないのだが、おのれの美貌に自信を持ちすぎているフェレは可愛くない。彼のヴォーカル教室に通おうかと見学に行ったものの、僕だって主夫なのだからそう暇なわけでもなくて、なんとなく遠ざかっていた。

「うん、今日は暇だし、ちょっと行ってみようかな……フェレ、もう一度見学にいっていい?」
「いいよ。笙くんに教えるくらいの時間だったら取れるんだから、ぜひうちの生徒になってくれたまえ」

 電話をすると、フェレも熱心に誘ってくれた。うがった見方をすれば、教室の生徒が減っているのでは? フェレの美貌に惹かれて習いにくるのは大半が女性らしいから、そこに美少年の僕までがいたら、美しい花に引き寄せられるミツバチのように、女性たちが集まってくると目論んでいるのでは?

 日本暮らしが長いので日本語は上手なフェレだが、なってくれたまえ、だなんて古い言い回しも使う。

 今日は息子の胡弓は、僕の両親に連れられて水族館に行っている。アンヌはアルバムのレコーディングだそうで、二、三日は帰ってこない。胡弓も夜にならないと帰らないだろうから、昼間の僕は自由の身だ。

 前に見学にいったときにお茶を飲んだ女性……名前はなんていったっけ? 僕の母くらいの年頃のおばさんで、フェレを可愛くない奴だと心から思った原因になった女性だった。おばさんには興味ないので会わないでいると忘れていたが、フェレの教室に行くと思い出した。

「思い出したよ、瀧子さんだね」
「あら……あなたはなんて名前だったかしら? なあに? 私に会いに来たの?」

 果たして、瀧子さんはいた。
 彼女はスリムだが、この年頃の女性は太っていればおばさん体型、痩せていれば貧相に見える。身長、体重はアンヌと変わらないだろうに、おばさんになると悲惨だなと僕は思っていた。

「フェレに会いにきたんだよ。前にフェレに歌を教えてって言って、それっきりになってたからね」
「笙くんはここの教室に通うの? 私に会いたいからなのかしら」
「僕の名前、覚えててくれてるじゃないですか」
「今、思い出したのよ。笙くんは忘れてなんかいなかったでしょ。そうよねぇ、まったくもう、男ってみんなこうなんだから」

 みんなこう、という意味がわからないが、わからなくてもいい。僕はおばさんには興味ないけれど、以前に彼女の自慢話を聞いたので、その続きには興味がなくもなかった。

「フェレは休憩に行ったわ。私も行こうとしていたところ」
「じゃあ僕とお茶します? 」
「ほら、やっぱりこうよね。ねえ笙くん?」
「はい」

「今、思い出したんだけど、前にもお茶を飲んだわよね。あのときには割り勘だったでしょ? 笙くんは男性として、女性にお金を出してもらうのはどう思う?」
「年上の女性だったらおごってくれるのが当然かな」
「……そう。ま、あなたは子どもだからしようがないわね」

 子どもじゃなくて子育て中の主夫なんですけど……と、前には言っただろうか。前のときには一方的に瀧子さんの話を聞かされてばかりだったような記憶もあった。

「私は煙草は嫌いなんだけど、フェレだったら受け入れられなくもないかもしれない。だけど、フェレが私を愛してくれてるんだったら、煙草なんかは私のためにやめてくれられるものよね」
「前のときにもここ、入ったね」
「よく覚えてるわね。笙くんったら……」

 むふふといった感じで笑われても意味がわからない。前と同じ喫茶店、全席禁煙と大きく書いてあるのもあって思い出したのだが、瀧子さんはなにがそんなに嬉しいのだろうか。
 今日も瀧子さんは自分の話ばかりするので、僕のほうの話ができない。もっとも、おばさんと話をしていてこっちの話題に持ってくなんて真似は無謀なので、僕としても諦めて聞き役に徹していた。

「フェレが私を愛しているのはまちがいないの。私も年貢のおさめどきだから、フェレがきちんと手順を踏んで、愛してます、おつきあいして下さい、結婚して下さい、一生あなたを幸せにします、って告白してくれたら、お嫁にいったっていいのよ。会社でも重宝されてて私が退職すると困るから、辞めるなんてことになったら必死で引き留めにかかると思うんだけど、フェレのためだったら退職してもいいわ。私は家事は得意ではないけど、そんなものはどうにだってなるわよね」

 そうそう、以前にも瀧子さんはこう言っていたのだ。フェレのほうは、瀧子さんは教室のお得意さん、金づるとして使えるんだから大切にして、思わせぶりもやってのけるという態度だった。

「うんうん、デパ地下のお総菜って瀧子さんが作るよりもおいしいはずだよ」
「……失礼な言い方ね」

 つんっとしてみせてから、瀧子さんは運ばれてきた紅茶を優雅にすすった。

「子どもも絶対に無理ってこともないかもしれないし」
「養子をもらうって手はあるよね」
「フェレと私に子どもができなかったら、そうしてもいいのかもしれないわ」

 ん? 聞き間違えた? 三十代にしか見られたことはないと瀧子さんは言っていたが、実年齢は五十代のはずだ。六十歳で出産という例がギネスにあったはずだから、絶対不可能ではないのだろう。僕には無関係だから、そういうことにしておこう。

「でもね、私、危機なの」
「更年期?」
「失礼ね。私はまだそんな年じゃないわ。そうじゃなくて、同窓会のお知らせが届いたの。私は産まれて育った高校を卒業して父の仕事の関係で、地方の短大に進学したのよね。卒業してからもしばらくはそっちの地方で働いてたの。国家公務員のような仕事をしていたのよ」

 国家公務員とはどういう仕事だか知らない。のような仕事、だとなおさらわからないので、へぇ、そう、としか返事できなかった。

「笙くんにはわからないむずかしい仕事よ。でね、わりあいに最近になって東京に戻ってきたの。高校の同級生たちも私みたいな優秀なクラスメイトの行方がつかめなくて、必死で探していてくれたようなのよ。ようやく住所をつきとめて連絡してきて、同窓会に出てねって懇願されたのよ」
「いいじゃない。行けば?」

 なぜそれが危機なんだろ? おばさんってのは回りくどくてわかりにくい話し方をするものだ。

「だってね、私はこんな女よ」
「はい?」
「見たらわかるでしょうけど、すらっとした美人で頭がよくて、仕事もできて話題も豊富で政治や語学なんかにも堪能で、センスがよくて才気煥発、才色兼備って私のためにある言葉じゃない?」
「……はい」
「そんな私も三十はとっくにすぎたのよ」

 五十だろ、との突っ込みはやめておいた。

「だから、同級生たちって老けてるのよね。結婚してる子がたいていなの。そんなところに行ったら妻子持ちの男に不倫のお誘いをされるでしょ」
「独身もいるかもしれないよ」
「この年で独身なんて、魅力がないからじゃないの。そんな男はお断り」

 あなたも独身でしょ? 矛盾しすぎてない? ねぇ、瀧子さん、認知症の検査をしてもらったら? と言いたいのを我慢していた。

「不倫のお誘いをされるってだけで、フェレに対しては不貞になるわよね。だから行けないの。ああ、もてる女ってつらいわ。いつになったら平穏な人生になるのかしら」
「……はあ」

 危機ってそれか。脱力しそうだ。

 その同窓会に僕が行って、瀧子さんについてのエピソードを話したら受けるのではないだろうか。
 とも思わなくもないが、僕には無関係なひとたちだ。おじさんやおばさんに受けてもそれほど嬉しくない。瀧子さんはまだ自己陶酔して話し続けている。僕の目には「全席禁煙」の張り紙の文字が入ってくる。僕は煙草は吸わないが、喫煙者の気持ちがわかる。煙草でも吸って手持無沙汰をまぎらわせたくなってきた。

つづく

 

ガラスの靴29「共感」

「ガラスの靴」


     29・共感


「赤毛のアン」という少女向けの物語があると聞いたことはあるが、僕には少女だった時期はないし、本を読む習慣もないので登場人物などは知らない。主人公はアン、彼女の母代りの女性がマリラという名前なのだそうだ。

「そこから取った名前なわけだ。文学的だね」
「でしょ?」
「だけど、マリラだったら摩理良くらいにしておけばいいのにね」

 摩丁香花と書いて「マリラ」? なんで? としか僕は思えない。笙は普通だが、僕の息子の胡弓だの、吉丸さんの長男の来闇だのにしても今どきキラキラルームかもしれないが、コキュウ、ライアン、ちゃんと読めるのだから摩丁香花よりはいいではないか。

「リラの花ってライラックともいうんだけど、日本語では紫丁香花なのよ」
「ムラサキハシドイ? そしたら、丁香花ってハシドイじゃん」
「そんな変な読み方はしないの。両親が一生懸命考えてつけてくれた名前なんだから、ケチをつけないで」

 一ヶ月に一度くらいは、妻のアンヌにパーティに連れてきてもらう。僕はパーティが好きだから、時々は我が家でもやる。今日はアンヌのバンド「桃源郷」のギタリストで、ドラムの吉丸さんと同じバツイチ、ただし子どもはいないマルヤさんちでのパーティだ。

 ヨシマル、マルヤというのは本名ではないが、なんだっていい。マリラだって漢字はどうでも呼びやすい名前だからいい。僕は頭の固い年寄りではないのだから、名前にケチをつけているつもりはなかった。

 将来は女子アナになりたいと言うマリラは、竜弥くんの大学の同級生だそうだ。西本竜弥、西本ほのかさんの同居人。彼がほのかさんのなんなのかは知らないが、同じ苗字なのだから……いや、遠い親戚だったら恋人同士にもなれるし、もしかしたら禁断の関係だったりして?

 吉丸さんの内縁の妻、ただし男である美知敏や僕は竜弥くんの正体に興味津々なのだが、彼はいつだってすっとぼけている。今日も誰に誘われたのか、ガールフレンドを連れてミュージシャンのパーティに出席していた。

「しかし、マリラってのは地味で頑固な中年独身女だよ」
「竜弥くん、読んだことあるの?」
「マリラは読んだことないのか。だから得意そうに名前の由来を語ってたんだ。そうだよ。僕は「赤毛のアン」は読んだ。マリラの両親がきみにそんな名前をつけたのだったら、外見を重視しない、中身のいい女になってほしいって願いがこもってるんじゃないかな」
「私は哲学書だったら読むけど、子どもの本なんかは読まないな。赤毛のアンって女の子女の子してるでしょ」
「そういうところはあるだろうね。少女が好きなものであふれてて、少女趣味ってのはあるよ」

 まったく内容を知らない僕は会話に入っていけなくて、ふーん、へぇぇ、と聞いているだけだ。

「竜弥くんは知ってるけど、私ってこう見えて中身は男なのよ。子どものころから少女じゃなくて少年だったの。だから、少女っぽいものなんか大嫌い。お人形遊びじゃなくてミニカーで遊んだり、男の子とサッカーしたり、男の子のアニメを見たりしてたんだ。こんなふうにおしゃれをすると女らしいって言われるけど、中身は男だから」
「ふーん」
「ふーーん」

 どっちでもいいので僕は気のない返事をし、竜弥くんは皮肉っぽい相槌を打った。

「だから、普通になりたいんだよね。中身は男なのに、見た目は美人で女っぽいでしょ? いやでたまんないの。繊細すぎて敏感すぎて、そういうところは女性的なのかもしれないのもいや。普通になりたいの」
「普通ってどういうの?」
「哲学書が好きで美術やクラシック音楽も好きで、成績が良くて神経も頭も鋭敏すぎる。そういう人間は生きにくいんだよ」
「マリラはお嬢さまなんだから、周りもそんなのばかりだろ」
「そう思われるのもいやなの。普通の女の子になりたい」

 ああ、はいはい、と言いながら、竜弥くんは僕を見た。今にも笑い出しそうな顔をしていた。

「まあね、そんな普通じゃない名前をつけられて、普通じゃない美人に育って、普通じゃない金持ちの親に好き勝手させてもらってるんだから、普通以上の高級な女になっちまうのは当たり前なんだよ。どうしてもいやだったら、平凡なサラリーマンと結婚して庶民の主婦になれば? マリラはアナウンサー志望だろ。それだって普通の女には絶対に無理なんだからね」
「そうだね。心から愛せる男ができたら、駆け落ちして普通の主婦になるのもいいかもしれない」

 とろんとした目をしてマリラさんが言い、竜弥くんはうしろを向いた。ごほごほ咳をしているのは、たぶん笑いをごまかすだめだ。

「竜弥くんと結婚したら?」
「竜弥くんは好みじゃないから」
「そんなに……」
 
 普通じゃなくなりたいんだったら、女性と駆け落ちしたらいいじゃない? とは言ってはいけないものだろうか。僕が迷っている間にも、マリラさんは嘆き続けていた。

「そうなのよねぇ、わかるわ」
「は?」

 そこに割り込んできたのは、僕は知らない女性だ。年のころなら四十代だろうか。マリラさんも竜弥くんも長身のほうだが、彼女は竜弥くんと同じくらいの身長で相当に痩せていた。こういうのを痩せさらばえているというのではなかったか。

「私も普通になりたいの。ほら、私ってモデル体型じゃない? そんな仕事に就きたくはなかったから、この身長とスリムな身体は活かせなかったんだけど、いまだにスカウトされるのよ。もううんざり。性格的にも変わってるって言われるの。世間一般の考え方とはちがった考え方しかしないから、まだ独身なのよね。普通になって結婚したいと思うんだけど、ほら、世間の男性って通俗的で保守的で、私みたいな女とは相いれないのよね。普通の女に産んでくれなかった親を憎みたいわ。あなたと私は同族なのね」
「……ちょっと失礼」

 そう断って、竜弥くんは走っていってしまった。どうも笑いをこらえるのが限界だったと見える。マリラさんはといえば、実に不快そうなしかめっ面をしている。

 女性が愚痴を言うのは解決したいからではなく、そうなのよね、わかるよ、と言ってもらいたいからだと聞いた。ならばこうして、マリラさんから見ても知らない相手であろうとも、そうそう、そうでしょ、そうなのよ、私も、と言い合えばいいのでは?

 なんだってマリラさんがこんないやぁな顔をするのか、僕にはさっぱり理解不能だった。


つづく


192「番狂わせ」

しりとり小説

192「番狂わせ」

 部下が開拓してきた新規ユーザー、上司としては当然、部下が改めて訪問するのだから同行しなければならない。薩摩は部下の田中とともに、NB精機を訪ねた。

 彼我の規模を比較すれば、アメリカとバチカン市国くらいの差がありそうだ。薩摩の勤務先は日本がコンピュータ社会となっていくに伴って同時に発展してきた、コンピュータソフト会社。NB精機は家内工業のような零細企業で、今までは給与計算も人間の手で行っていた。

 田中が売り込んだ給与計算ソフトを検討して、NB精機の社長がその気になった。契約の最終段階の話をしたいと言われて、薩摩もはじめてNB精機にやってきた。

「いらっしゃいませ、担当の会津です……えと、薩摩マネージャー? マネージャーというのは部長くらいですか」
「まあ、そのくらいのポジションですが……会津さん……会津さん?」
「薩摩さん……」

 珍しい姓なのだから、田中が事前に会津の名前を出していたらひっかかったかもしれない。が、最初のうちは田中は社長と交渉していて、担当者は表に出てきていなかった。今日、はじめて会津と会ったのは田中も薩摩も同じだった。

 先方にしてみても田中なら知っていても、彼女の上司の名前は知らなかっただろう。もしかして……ああ、やっぱり、ほぼ同時に相手が誰なのかに気づいたふたりは、戸惑って目をそらした。田中もわけがわからないなりに戸惑って、薩摩と会津の顔を見比べていた。

 二十年前に、薩摩は恩のある人に頼まれて見合いをした。二十代だった薩摩としてはまだ結婚するつもりもなく、義理を果たしたにすぎなかったのだが、相手の女性に気に入られ、見合いをした以上はよほどでもなければ結婚するものだ、と恩人にも言われ、そんなものかなぁ、と首をかしげつつも、別に嫌いな相手じゃないんだからいっか、と達観して結婚した。

 結婚してみれば相手の橘子は可もなく不可もなく、結婚なんてこんなものかな、誰と結婚しても同じようなものだろうな、程度には薩摩を満足させてくれた。

 ふたりの息子を産んで、橘子はかなり太った。薩摩に対しては冷淡なほうだったが、フルタイムで働きながらも家事や育児はきちんとやっていた。良妻とは呼べなかったかもしれないが、賢母ではあり、息子たちは母親を深く慕っていた。

 父親としての生活には薩摩はなんの不満もなかったし、橘子には恋愛感情は一度も抱いたことがないにせよ、夫婦としての情だったら湧いてきていた。家族愛ともいうべき愛情だったら持つようになっていて、橘子にしても同様だろうと信じていた。夫婦は四十代になり、橘子も薩摩もそこそこは出世し、息子たちもすくすくと育って高校生と中学生になっていた。

 中年男の日常としては、俺はかなりいいほうだよな、と自己満足していた薩摩の暮らしに大打撃を与えた事実は、妻の友人から知らされた。

「言いにくいんだけど、薩摩さんはなにも知らないみたいだから……橘子さん、いい気になってるみたいだから」
「なんのことですか?」

 ママ友とかいうらしい、息子たちが幼稚園のころから親しくしている女性だ。彼女、佐藤さんとは息子たちが小さいころに、二家族で遊園地に行ったこともあった。その佐藤さんに近所で会ったときに、公園のベンチで打ち明けられた。

「橘子さん、好きな男性がいるらしいんですよ」
「は? 橘子に? そんなことって……いや、いたとしても片想いでしょ。俳優とか歌手とかですか?」
「冗談ではないんです。橘子さんの会社の取引先の男性で、つきあってると聞きました」
「橘子が浮気してるってことですか? そんな馬鹿な……」

 四十代半ばを過ぎた太ったおばさん。仕事はそこそこ、家事もそこそこ、息子たちの母親としては夫の薩摩も尊敬しているが、女としては終わっているのではないか? 佐藤さん、なにか誤解してるんじゃないのか? それとも、ママ友ってのは案外、嫉妬なんかもあるらしいから。

 うちの長男が佐藤さんの息子よりもいい高校に合格したから、嫉妬して橘子を中傷しようとしてるんじゃないのか? このおばさん、メンタルを病んでいるのかも。

 最初は薩摩にはそうとしか思えなかったが、橘子は佐藤にかなり具体的に話をしたらしい。世の主婦は自分が夫以外の男とつきあっているのでもない限りは、不倫は許せない派がほとんどだ。特に夫が浮気した実績があったりすると、不倫を非常に憎む。フィクション作品や歌などでさえも、不倫を扱っていると大嫌いだと言う主婦もいる。

 もしかしたら佐藤の夫も不倫をしたことがあるのかもしれない。佐藤は橘子の不倫を聴いて義憤に駆られたという。夫になんかばれるわけないでしょ、あのひと、鈍感だし、私にはその意味での関心は持たないから、と橘子が笑っているのを見て、告げ口したくなったらしい。

 ひょっとしたらそれも嫉妬の裏返し。私はもう恋なんかできそうにもないのに、私と同じような年の太った主婦が不倫? うらやましすぎて憎らしい!! となったのかもしれない。

 佐藤の告げ口のせいで気になるようになり、橘子の携帯電話を盗み見たところ、まぎれもない不倫の証拠が次から次へと出てきた。しかし、橘子は素知らぬ顔をしている。息子たちもなにひとつ気づいていないらしい。薩摩のほうが悩みすぎて食欲をなくし、たまりかねて妻の母に相談を持ち掛けた。

「そういうのはきっちりと話し合うべきね。あなたは橘子と離婚したいんですか」
「離婚はしたくありません」
「……橘子も遊びのつもりだと思うわよ。ちゃんと話し合ってやめるように言いなさい。橘子にしたってあなたに知られたら、それ以上は遊んだりしないと思うの」
「わかりました」

 妻の母のアドバイスに従って橘子と話し合いをした。

「あなたが気づくなんてびっくりよ。意外に鋭いんだね。あ、もしかしたら、誰かがあなたに密告したの?」
「密告なんかされてないよ。きみのそぶりや言動でなんとなく気づいたんだ。橘子、遊びなんだったらもうやめないか?」
「そんな女とは離婚だって言わないの?」
「息子たちのためには、僕は離婚したくないんだよ。僕の妻はきみしかいないんだし……」
「ふーん」

 夫に露見したというのに、橘子は冷静だった。

「わかった。あなたがそのつもりだったら清算するわ」
「そうしてくれ」

 終わったよ、と妙にけろりとした橘子の報告を受けたあとで、彼女の母にくぎを刺された。

「子どもたちには絶対に話したらいけませんよ。子どもってものは父親の浮気以上に、母親の浮気には嫌悪感を抱くのよ。あなたも橘子を許した以上は、ぐちぐちと蒸し返したりしちゃ駄目。そんなことはなかった顔をして今まで通りにふるまうの。あなたは橘子に捨てられたくないんでしょ。妻の浮気っていうのは夫にはなんの落ち度もないってことは絶対にないんだから、あなたも反省していい夫になるように努力しなくちゃね」

 うちの母さんが生きていたら、こんなふうには言わなかっただろうな、とは思ったのだが、妻の母の忠告を心に刻んで、言いつけも忠実に守った。

 それから二年が経ち、橘子は真面目な母であり妻であり、働く女であったかつてに戻っているはずだ。少なくとも薩摩はそう信じている。密告者の佐藤は橘子とは疎遠になっているようだが、薩摩の長男が相当な名門大学に入学したせいなのか、橘子が彼女を詰問でもしたせいなのかは薩摩は知らない。

 たった一度の妻の過ちは、夫が寛大に許したのだから、それでもう終わったはずだった。

 なのに、なんでこんなところで会う? 橘子の遊びの相手は会津という名の年下の男で、彼は未婚だと聞き、すると、わりあいに金を持っている橘子のふところ目当てか? それだったらわかるかな、と薩摩は思ったのだが、伝え聞いたところによると、僕は橘子さんと結婚したいんです、別れたくないんです、と泣いたとか。

 涙ながらに恋人と別れた会津は、会社に居づらくなって転職したとも聞いた。橘子のほうは仕事とプライベートは関係ないのだそうで、短大卒業以来働いている会社で、勤続三十年が近づいてきている。

 なんだってこんなところにいるんだよ。しかも、俺のほうが立場が下なんじゃないか。会津はお得意様の社員にあたるのだから、下手に出る必要がある。俺のほうが上だったらそれとなくいびってやるのに……薩摩は会津をそんな目で見ていたのか、会津は挑戦的に薩摩を見返し、事情をまったく知らない部下の田中はひどく不思議そうに目を丸くしていた。

次は「せ」です。

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