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191「にんじゃりばんばん」

しりとり小説

191「にんじゃりばんばん」

「こう書いて「やや」と読むんですよね?」
「そうなんです。ちょっと恥ずかしいんですけど……」
「恥ずかしくなんかないですよ。いいお名前です。素敵です」
「ありがとうございます」

 今どきのオンリーワンネームじゃあるまいし、稍々だなんて、なにを思ってこんな名前をつけたのか。普通に読めない名前は迷惑だと稍々は思っていたのだが、達川に褒められて、生まれてはじめて親に感謝した。

 名前のせいではないが、三十六歳まで独身ですごしてきた。二十代のころには結婚願望はなかったので、恋人ができても気軽につきあっていただけだ。二十九歳で当時の彼氏と別れ、三十代に突入すると、恋愛とはとんと縁がなくなった。そうなると追い立てられるような気分になって、婚活をはじめた。

「贅沢言ってないで、このへんで手を打てば?」
「いやだよ、こんな男」

 三十五歳までは、時々つきあってみたり、断ってみたり断られたりで、恋愛とは無縁になってもお見合いの縁はとぎれなかったので焦らずにいられた。
 ところが、三十六歳になるとぱたっと紹介もなくなってしまった。私、結婚できないんだろうか、と暗くなっていたところに、達川洋二からお見合い申し込みがあった。

 ふたつ年上。中肉中背で、年齢相応におじさんになりつつある外見だが、感じはいい。名前の通りに次男で、兄は結婚していて彼の親と近居、兄には子どももふたりいて、兄嫁と両親はほどほどにうまくやっている。
 テレビでCMを見たことがある程度のメーカーのサラリーマン。三十八歳課長代理、年収も悪くない。

 デートを重ねるうちには互いのプライベートも見えてくる。洋二はひとり暮らしだから、彼のマンションに招かれた際にプロポーズもされた。

「……嬉しいです」
「そしたら結婚してくれるんですね。僕も嬉しいです」

 初夜と呼んでもいい一夜をすごして、可もなく不可もなくだとも知れた。もとより、稍々にはそれほどの経験もないのだから、こんなものだったらいいんじゃない? としか感じなかった。

 が、疑問が起きる。

 なんの不備もない、どちらかといえば条件はいいほうの男性がどうして三十八歳まで未婚でいたのだろう。それを言うならあんたもでしょ、と稍々も言われそうであるが、稍々の場合はのんびりしすぎていたからだ。洋二もそうなのだろうか。気にする必要はないのかもしれないが、ひっかかるのであった。

「実は母親に問題ありとか?」
「プロポーズを受けてから会ったよ。兄さん一家にも会った。子どもたちにはまだ会ってないけど、写真は見せてもらった。両親も兄も兄嫁も、小学校一年と三年の男の子たちも、ごくごく普通のひとだったよ」
「だったらなんだろね」

 やっと姉ちゃんも結婚するんだ、俺も肩の荷が降りたよ、と八つ年下の弟が言うので、相談してみた。

「姉ちゃんは洋二さんでいいんだろ。深く考えることもないじゃん」
「そうだねぇ。なにもなかったらいいんだけど」
「大丈夫だよ。そしたら俺も彼女にプロポーズしようかな」
「彼女、いるの?」
「姉ちゃんに遠慮してたから、先に結婚しちゃ悪いかなって思ってたんだよ」
「そんなのいいのに……」

 弟は後日、彼女にプロポーズして受けてもらったらしい。両親は娘と息子の結婚話で大騒動になり、稍々のささやかな悩みや疑心などは遠くに吹っ飛ばされてしまった。

 結婚式は来春、と決めて、十一月になるとふたりで暮らしはじめた。弟と彼女も結婚式は来秋にして、年が明けたら同居すると言う。入籍を先にして同居だけする。新婚旅行はふたりの休みが取れたら、という形は、昨今のカップルとしては一般的だ。稍々も仕事は続けていたので、忙しく慌ただしく日々がすぎていく。

 やっぱり洋二さんって、別になにも変なところはないよね。
 同居して暮らしをともにしないと、わからないこともある。稍々は疑り深いほうらしくて、まだ疑惑のまなこをやめていなかったのだが、特になにもない。

 ごく当たり前のサラリーマンで、借金があるわけでもない。ひとり暮らしをしていたので家事もできなくはなく、掃除や皿洗いなどは進んでやる。手伝ってるんじゃなくて協力してるんだ、と言って恩に着せようともしない。当たり夫だったと稍々も満足していた。

 当たり夫にハズレ妻だなどと言われたくないので、稍々も得意ではない家事に励んだ。中小企業の事務職なので仕事も多忙でもなく、主婦業との両立はむずかしくはなかった。

「……でもなぁ、それってさ……おーい、稍々」
「はあい?」

 仕事が終わって帰宅して稍々が作った夕食をとり、洋二が片づけてくつろいでいると電話が鳴った。洋二に、彼の兄からだった。洋二に呼ばれて稍々が立っていってみると、洋二は受話器を手でふさいで言った。

「今度の土曜日、僕は仕事なんだけど、稍々は休みだっけ?」
「休みだよ」
「兄貴と義姉さんが、友達が骨折して入院したからお見舞いに行きたいって言うんだけど……」

 言いにくそうにしている洋二への、彼の兄の頼みごとは察しがついた。

「子どもたちを預かってほしいって? そんなに長時間でないんだったらいいよ」
「いいの? ありがとう」

 当日、息子たちを洋二と稍々のマンションに連れてきて、洋二の兄夫婦は友人のお見舞いに出かけていった。結婚式のときなど、二三度は彼らと稍々も会ってはいるが、たいした話もしたことはない。上が大哉、ダイヤ、下が比呂斗、ヒロト。今どきらしい名前の子どもたちだ。

「えとえと……お姉ちゃん……」
「ママはおばちゃんって呼んだらいけないって言ってたけど、おばちゃんだよね?」
「おばちゃんでもいいけど、稍々ちゃんって呼んで」

 最初は遠慮がちだった子どもたちも、稍々が張り切って作ったプリンを出してやるころにはなじんできて、稍々ちゃんと呼ぶようになった。

「これもね、ママは言ったらいけないって言ってたんだけどね……」
「ヒロ、言ったら駄目だよ」
「なになに? 稍々ちゃん、聞きたいな。ママにはヒロくんが言ったとは絶対に言わないからさ」
「ほんとう?」

 指切りしてみせると、大哉も話してくれた。

「おじちゃん、言ってたんだよ。稍々ちゃんって名前が気に入ったって」
「それは私も聞いたけどね」
「なんでだか知ってる?」
「可愛いからって。ダイくんやヒロくんも稍々ちゃんって可愛いと思う?」
「シューティングスクールの夜耶ちゃんだったら可愛いけどね」
「シューティングスクールのヤヤちゃん?」
「稍々ちゃん、知らないの?」

 最近大人気のキュートな女の子グループ、アイドルのシューティングスクールだったら知っているが、個人名までは稍々は知らなかった。

「おじちゃんはすっげぇアイドルおたくなんだよ」
「あれだから結婚できないんだって、パパもママもいつも言ってた」
「僕らをシューティングスクールのイベントに連れてってくれるんだけど、おじちゃんが行きたくて行ってるんだよね」
「僕らもシューティングスクールは好きだけど、他のアイドルはどうでもいいんだよね」
「おじちゃんは他にも好きなアイドルがいるんだよね」
「ヤヤちゃんがいちばん好きらしいよ。アイドルのヤヤちゃんを見てると目が飢えた獣みたいになってるもん」

 飢えた獣って……小学生の台詞か、と稍々は引き気味になった。

「あんなときのおじちゃん、キモいよね」
「うんうん、キモイんだ。だから僕はもう、おじちゃんとイベントに行きたくないんだよね」
「ひとりで行ったらいいんだよね。えーと、あのへんに……」

 結婚式をすませて落ち着いてから新居を探そうということで、もとから洋二が住んでいたマンションを仮住まいにしている。大哉が押し入れの天袋を見上げた。

「前に見せてもらったことあるよ」
「アイドルグッズがいーっぱい詰まってるんだよね」

 小学生たちは顔を見合わせ、くっくと笑った。
 そうだったのか、やはり秘密があった。とはいえ、アイドルおたくぐらいはどうってこともない。もっともっと後ろ暗い秘密だったら耐えられないが、ヤヤというアイドルと同じ名前の稍々を洋二が気に入ってくれたからこそ、稍々も結婚できたのだから。

「ありがとう。助かったよ」
「いいのよ。私も楽しかったから」

 夕方には義兄夫婦がお土産持参でやってきて、子どもたちを引き取っていった。夜には洋二が帰宅して、ふたりで食卓を囲む。稍々は天袋を指さした。

「ねぇ、あそこにはなにが入ってるの?」
「え? いや、別に、子どものころのガラクタとかだよ。きみに見せるほどでもなくて……あれれ? もしかしたらあいつら……なにか聞いた?」
「アイドルのファンだなんて、別に秘密にしなくてもいいのに」

 ぎくっとしたり、赤くなったりしたあげく、洋二は鼻の横を指でかきながら言った。

「言いにくいし、稍々に嫌われたら大変だから言わなかったんだけど、知られたんだったらしようがないよね。じゃあさ、クリスマスのイベントに行っていい?」
「クリスマスイヴ?」
「イヴはふたりでごちそう食べようよ。イベントはクリスマスの日だよ」
「シューティングスクールの?」

 嬉しそうにうなずく洋二に、いいよ、とうなずき返しつつ、尋ねた。

「どこでやるの?」
「ハワイ」
「ハワイ? はわい温泉?」

 鳥取県のはわい温泉というのは稍々も聞いたことがある。遠いなぁ、と思いつつも、いいけどね、と首肯した。

「温泉なんてあったかな? ま、いいや。正月休みは元日には僕の実家に行くとして、二日から関西に行ってくるよ。きみはきみの実家に行けばいいから」
「二日からっていうのもイベント?」
「そうなんだ。貴重な正月休みなんだから、きみも自由にすればいいよ」

 田舎にある夫の実家に年末から帰省し、おせち作りや大掃除を手伝わされる。正月には親戚の接待係にされる。長男の嫁はいまだにそんな目に遭うことだってあると聞く。それと較べればお互い自由にしようと言ってくれる夫はありがたいのかもしれないが。

「理解のある奥さんで嬉しいよ」
「そうね……」
「ボーナス、使っちゃうけどね。きみもきみのボーナスは好きにしていいよ」
「……ええ」

 もしかしてこのひと、ただのアイドル好きじゃなくて追っかけ? アイドルのファンというだけでは結婚できなくはないだろうが、あの天袋に握手券つきのCDが、同じものが数百枚入っているとか? 写真集も、観賞用、保存用、なんとか用、と何冊もあったりして?

 うわぁ、見たくない。見たくないっ。
 その夜、洋二が寝言を言っていた。

「ヤヤ……」

 このヤヤは妻の稍々なのか、アイドルの夜耶なのか、本人に問い質してもわからないかもしれない。わからないんだったらまだしも、明確に夜耶だったりしたら……?

次は「ばん」です。


 

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