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2018年9月

カープ・タイフー・ゴジラ

よかったね、ファンのみなさん。
でもでもでも……

そっちの地方にだって台風が直撃するかもしれないのに、呑気に浮かれている場合じゃないんじゃありません?
私としては阪神タイガースはBクラスでいいから、台風が来ないでほしいです。

……ああ、八つ当たり。

今年は台風が24個発生したわけですね。
そのうちの4つが近畿地方直撃って、前代未聞?
大阪に住む誰かが災厄を呼んでいるのだとどこかに書いてありましたが、誰、それ?
あの男性かなぁ。

どこかで研究はされているのかもしれませんが、そう簡単にできるものではないとは、ど素人にもわかります。
でも、作ってほしい、そんな装置を。

台風を消滅させるのは不可能でも、そやつがいるあたりの海水を冷却するなり、冷たい風を吹かせるなりして、弱体化するってのはできなくない気がするけどなぁ。自然をコントロールするなんて、神の領域なんだからしてはいけないのでしょうか?

先日、ハリウッド製「ゴジラ」を観ていました。
ゴジラの進路はあっちかこっちか、と侃々諤々しているシーンに、台風の進路を予測するのと似てるなぁと思いました。
一説によると、ゴジラの発想のもとは「台風」だったそうですものね。

ともあれ、広島カープさん、優勝おめでとう。
阪神タイガースは最下位でいいですから、台風が来ないことを祈ります。
来たとしても被害が最小限でありますよう、切に切に願います。

あまり災害の起きない地方に住んでいて、かつてはそういうのに鈍感でしたが、最近は神経質になってしまって、気の休まる暇がありませんわ。

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ガラスの靴24「愚痴」

「ガラスの靴」

     24・愚痴

 いつもの公園、いつもの顔ぶれ。親しくはないけれど、平日のこの時間にはよく見るお母さんたちが子どもを遊ばせている。お父さんもいるにはいるが、専業主夫は美知敏と僕だけかもしれない。

 三歳の胡弓は僕の実子だ。ほんとに笙の子かよ? と意地悪を言った奴もいるのは、妻のアンヌが自由奔放な恋多き女性だったからだが、僕は我が子だと信じている。
 パパ友のミチが連れている子どもは二歳の来闇。ライアンと読む。
 こちらはミチの事実婚の夫、吉丸さんの連れ子だ。ミチは男なので吉丸さんと結婚できないから、連れ子と呼ぶのは正確ではないかもしれないが、そうとしか言えない。

 自分が浮気性だからって、吉丸さんは前妻がライアンを産んだときにDNA鑑定をしたらしい。他の女性が産んだ次男のときにも鑑定をして、どちらも実の子だと判明したそうだ。

「笙はDNA鑑定してないのか?」
「する必要ないもん」
「……甘いな」

 吉丸さんも意地悪を言ったひとりだが、誰でも彼でもあんたみたく浮気性じゃないっての。
 僕の妻、アンヌはロックヴォーカリスト。アンヌのバンド仲間である吉丸さんはドラマー。そこそこ売れている「桃源郷」のメンバーの妻というか夫というかである僕とミチは、幸せな専業主夫をさせてもらっているのだった。

 当人たちは幸せなのだが、はたからとやかく言われる場合は間々ある。アンヌも吉丸さんもご近所では有名だし、専業主夫の配偶者もまあまあ有名なので、主婦たちには疎外される。なので今日も、ミチと僕はくっついて砂場のそばにすわって、ライアンと胡弓が遊んでいるのを見張っていた。

「……いやになっちゃうのよね」
「またなにかあったの?」
「うちの旦那がひと回り年上なのは、奈々ママも知ってるでしょ」
「知ってるよ。理沙ママがそうとわかってて結婚したのも知ってるけど?」
「そりゃね、わかってて結婚したんだけどさ」

 奈々ママ、理沙ママ、胡弓パパ、来闇パパ、子どもを中心とした仲だとそう呼ばれる場合もある。奈々ママと理沙ママはこの公園の常連で、しばしば大きな声でプライベートを開陳しているので、僕も彼女たちの事情はいくらか把握していた。

 二十代であろう理沙ママの夫は、四十歳くらいのサラリーマン。三十代であろう奈々ママの夫はたぶん年下だ。たしか娘たちの本名は奈々那と理沙穂、こんな名前は珍しくもない子どもの世界である。
 その娘たちも胡弓やライアンの近くで砂遊びをしていて、ママたちはお喋りをしていた。

「加齢臭っていうのよね。もうこのごろは、そばに寄られると避けたくなっちゃうの」
「うちの旦那は加齢臭なんかしないけどな」
「そうよねぇ。若いっていいよねぇ。奈々パパのほうが私に似合いの年頃なんだな」
「理沙ママは人の旦那を羨む前に、その二の腕をなんとかしたら?」
「二の腕? 奈々ママに言われたくないわよ」

 言いたい放題言い合っているふたりの会話は、佳境に入っていった。

「その上にうちの旦那はにんにくが好きで、汗っかきなんだよね。餃子を食べてお酒を飲んで帰ってきた日にはそばに寄らないでって言うんだけど、そんなときに限ってくっつきにくるの。酔っぱらいのにんにく親父は大嫌いよ」
「うちの旦那はお酒は飲んでもちょっとだけだから、そんなことはないな。くっつきにこられると可愛いよ」
「……旦那の親もお酒とにんにくが好きで、一昨日なんか旦那が夜に両親を連れてきたの。三人分のにんにくとお酒の匂いで、頭が痛くなっちゃった」
「へええ、大変だね。うちの旦那の親は私にアポイントも取らずにうちには来ないし、旦那も連れてはこないよ。そういうのって最初の教育が肝心なのよ」

 うちの親は胡弓に会いたくてたびたび遊びにくるが、アンヌが留守がちなのを知っているので、嫁のいないときに来る。自分がいないときならアンヌは寛容なもので、お母さんがいなり寿司を持ってきてくれたのか、食う食う、とか言って喜んでいる。

「匂いだけだったら我慢できるんだけど、ふたり目はまだか、もうちょっと飲みたいな、おつまみはないのか? なにか肴を作れとかって、もう、やんなっちゃう」
「うちはそういう干渉はしないな。理沙だってママやパパのほうが好きだから、そんなにはじじばばになつかない。預かってあげようかとは言われるんだけど、理沙がママのほうがいいって。ふたり目は? なんて訊かれたこともないよ」

 だって、理沙ママはもう年だから……と言いかけたように僕には思えたが、理沙ママは奈々ママの言葉を聞いていないのか、聞こえないふりなのか。ママ友って面白いな、と思っているのはミチも同じなのか、こっちは喋らずにあっちの会話に聞き耳を立て続けている。と、砂場で女の子が立ち上がった。

「理沙ちゃんって三輪車、乗れないんだ。奈々は三歳で乗れたよ」
「えーっとね……」

 立ち上がったほうが理沙だ。理沙が四歳、奈々が五歳だとはママたちの会話で知っている。奈々は勝ち誇ったように理沙を見下ろし、理沙は口をとがらせ、奈々ママが言った。

「奈々ちゃん、どうしたの?」
「理沙は三輪車に乗れないの、どうしたらいいの? って言うから……」
「そんな言い方したらダメよ。お姉ちゃんが教えてあげる、って言うの」

 あやうく吹き出すところだった。さすがあなたの娘、としか僕には感想の持ちようもなく、そんな娘にママのあんたが言う? と話しかけたくて、それを我慢するのが精いっぱいだった。

 それから数日。

 豪壮なマンションが林立する、僕のご近所さんたち。こういう住宅地の住人は収入がいい。ミチだって僕だって、主人が稼いでくれるからここに住める。ミチも僕も、配偶者を「主人」と呼ぶと語弊があるのだが、一般的「妻」ではないアンヌなのだから、それでもかまわないのではないだろうか。

「わかってるよ。あなたが働いてくれるから、僕はこうして主夫をやってられるんだ。わかっちゃいるけど、そういう言い方をされると悲しいよ」

 昭和の時代の関白亭主が、誰のおかげでメシが食えてるんだ?! と怒鳴るというのは聞いたことがあるが、アンヌの中身はそんな亭主に近い。僕も時々そう言われるので泣き真似をしたら、アンヌが抱きしめてくれた。

「機嫌が悪いと口から出ちまうんだよ。笙、機嫌直せ」
「直してあげるから、なにか買ってくれる?」
「……またそれかよ。ま、いいか。今日は胡弓もいないし、外でメシ食って酒飲んで、おまえのほしいものを買ってやるよ」
「わーい、やったぁ!!」

 今日はアンヌの休日。胡弓は昨日から僕の両親の家にお泊りにいっている。たまの休みに小さい子がいると落ち着かないでしょ? 預かろうか、と言ってくれたのは僕の母で、アンヌも寛大に許してくれた。
 だから、今夜はふたりっきりだ。手をつないで、すこし僕よりも背の高いアンヌの頬に頬を寄せて歩く。アンヌが僕の肩を抱いたり、僕がアンヌの腰を抱いたりもする。近所のひととすれちがうと変な視線を感じるが、僕らは夫婦なのだから、外でキスをしたって抱き合ったっていいじゃないか。

 高級住宅地の最寄駅前には、しゃれたレストランやブティックもある。食事をすませたら胡弓を迎えに行くつもりなので、近くで飲んで食べることにした。

 酒豪のアンヌは焼酎を飲む。ショウチュウだもんね、と言ってみては、アホか、と頭を小突かれたり、なにを買ってもらおうかなぁ、とうきうきしながら僕はチューハイを飲む。料理もおいしい居酒屋のカウンター席でアンヌといちゃついたりもしていたら、近くの席に見覚えのある男がすわった。

「いやいや、うちは女房にプロポーズされたんですよ」
「奥さん、ひと回り年下ですよね?」
「そうそう。女房が二十三、僕が三十五の年に知り合って、こっちは年上だから引け目を感じてたんですけど、むこうから猛烈にアプローチされて落とされたんですよ」
「ほぉぉ。それだけ魅力があったってことですね。羨ましいな」

 ひと回り年下の女房? 誰かと同じだな、と思ってしっかり顔を見ると、彼は理沙パパだ。連れの男は仕事関係なのか、一生懸命理沙パパにお世辞を言っていた。

「すると、奥さんはまだ二十代なんですよね」
「そうです。子どもも生まれたんだけど、いつまでも若くて綺麗ですよ」
「もちろん、若いんですもの」

「若くて綺麗なのも嬉しいけど、女房も僕にいつまでだって惚れてくれてて、ラヴラヴっていうんですかね。うちの両親を急に家に連れていっても愛想よく応対して、みじんもいやがってないのがわかるんですよ。いやだと思ってたら隠したってにじみ出るものでしょ。女房は僕のおふくろのことも本心から好いてくれてるんだなってのがわかる。そんなの当然なのかもしれないけど、嬉しいです」
「よくできた奥さんですな。子どもさん、女の子でした?」
「ええ。理沙穂っていいます。三歳の娘です」

 ただの理沙だったらありがちだが、理沙穂、三歳。決まりだ。

「可愛いでしょうね」
「そりゃあもう、若い女房も女房に似た娘も可愛くて、親とも円満、夫婦仲はラヴラヴ。これほどの幸せ者はいないだろうな」
「ごちそうさまです」

 本気で言ってんのか、おっさん? アンヌは理沙パパになど関心ないようだが、僕は横目で彼を見る。酔ってきていておでこがてらてら光っていて、上機嫌だ。どうやら本気らしい。
 見解の相違ってのは夫婦にもあるんだな。信じていれば幸せだよね、おっさん。

 まあね、アンヌには精神的に恋してる男がいて、僕は秘密のお小遣いがほしくて、この若さと美貌が売りになるんだったら考えてみようかな、って揺らめいたりもしているけど、僕らの根底は揺るがない。ラヴラヴってアンヌと僕みたいのを言うんだよ。

つづく

ガラスの靴23「純潔」

「ガラスの靴」

     23・純潔


 胡弓はもう寝たかな。夢の中でパパやママと遊んでるかな。
 そんなに預けてばかりいたら、胡弓はおばあちゃんの子どもになっちゃうよ、と母に脅迫まじりみたいに言われたが、そう言ってるくせに母は嬉しそうだった。胡弓だって嬉しいんだし、僕も助かるんだから、胡弓がおばあちゃんちに泊まるのは八方ハッピィってことで。

 今夜は吉丸さんちでホームパーティだ。吉丸さんは僕の妻のアンヌのバンド仲間で、「桃源郷」のドラマーである。吉丸さんの事実上の妻、ただし男、であるミチもパーティは好きだから、ケータリングも頼んだりして張り切っていた。僕もお手伝いしたので、今日は胡弓は朝からおばあちゃんち。半日会わないと僕もちょっぴり寂しくて、胡弓を想い出していたのだった。

 だけど、息子を恋しがっていてもしようがない。楽しまなくちゃ。

 広いマンションの一部屋は、自然に男性のたまり場みたいになっている。さすがにこの部屋には女性は入ってこないようで、ミチと竜弥、それに、新進作曲家だと紹介された葉月、それから、知らない男の子が四人で話し込んでいた。

 この家のあるじ、吉丸さんは節操ないのきわめつけで、男とでも女とでも浮気をする。一度は女性と結婚して長男が生まれ、ミチと浮気をして離婚し、ミチと事実婚の夫婦みたいになったくせに、今度は女性と浮気して次男が産まれた。

 その後もなにをやっていることか。倫理的にはゆるい世界に生きているものの、アンヌも怒って吉丸さんをぶん殴ったと言っていたが、彼は全然こりない。

 竜弥くんは吉丸さんの次男の母、ほのかさんの同居人だ。ただのルームメイトだとほのかさんは言っていたが、真相はいかに? ミチはふたりの関係を突きとめたくてうずうずしているようだが、しらばっくれられてばかりいる。あるいは今も竜弥くんを攻めていたのだろうか。

「ところで、亜門くん、口説かれてただろ」
「……見てたんですか」
「誰に口説かれたの? 吉丸さん?」

 口説かれてただろ、と僕の知らない男の子に尋ねたのは竜弥くんで、吉丸さんに? と尋ねたのがミチだ。葉月くんは黙って煙草を吸っていて、僕も三人の会話に首を突っ込んだ。

「亜門くんっていうの? ゲイ?」
「名前は亜門ですけど、ゲイってのはちがいますよ。僕を口説いていたのは……」
「女のひとだよね」

 音楽業界人が大勢来ているパーティで、美男美女もいっぱいいた。そのうちのひとり、テレビ局勤務の二十代の美女に亜門くんが迫られているのを、ミチと竜弥くんが横で見ていたのだそうだ。

「あとでそぉっと抜け出しましょ、なんて言われてたよね」
「亜門くん、なんて返事したんだ?」
「なーんか真っ赤になってたよね。よけいに可愛いと思われたんじゃない?」
「ねえねえ、行くの?」

 ふたりがかりで訊かれて、亜門くんはぶるぶる頭を横に振った。

「いやです。行きません。だから僕は、男のひとしかいないって聞いたここに逃げてきたんですよ」
「亜門くん、彼女いるんだ」
「遊びに決まってるもんな。そういうのはいやだとか?」
「っていうか……」

 彼女はいない、遊びだからいやってわけでもない、と亜門くんは言った。

「僕は結婚するって決まった女性としか、そういうことはしたくないんです」
「へ?」
「は?」

 おー、楽しいジョークだね、と言ってやろうとしたのだが、亜門くんは真顔で続けた。

「結婚する前にそういうこと……不潔ですよ」
「それ、ママの教え?」
「実は女嫌い?」
「最近、セックスは面倒だとかいう男も増えてるんだそうだよね」
「あ、それ、聞いたことあるよ」
「そうではないんですけど……」

 ミチと竜弥くんがなんだかんだと質問しても、亜門くんはかたくなに言う。僕は婚約をかわしてからしか、女性と抱き合ったりしません、清らかな身体で結婚したいんです。

 前世期の思想、いや、前々世紀の思想だとしか僕には思えないが、現在にも女性にはたまさかいるらしい。そういう教育を受けるとそうなる場合も間々あるようで、純潔な女性としか結婚したくない、とほざく男も僕の身近にいる。そんなことを言う男のほうは、得てして経験豊富だったりして。

 アンヌの弟の貞光なんかは風俗経験豊富程度だろうと思うし、僕だってアンヌとしか経験ないし、ミチはひょっとしたら女性との経験はゼロかと思うのだが、結婚までは純潔でいたいという思想は持っていなかった。亜門くんはそんな教育をされたのだろうか。

「それってむしろ、女性には敬遠されそうだよ」
「亜門くん、その思想は褒められたものじゃないんじゃない?」
「……そう、ですか」

 すこしばかり主義が揺らぎそうになっていたらしい亜門くんに、今まで黙っていた葉月くんが言った。

「いや、正しいよ。男はそうでなくっちゃ」
「そう、ですよね」
「俺だって同じだよ。生涯ただひとりの相手だと決めた女としか寝ない。だから俺もきみと同じく、純潔な身なんだ」
「そうなんですか。同じ考えのひとがいて嬉しいです」

 ほんとかよ? 亜門くんはともかく、きみも? 僕は疑念をこめて葉月くんを見返す。
 二十代の半ばくらいだろうか。すらっとした植物的な美青年だ。もうじき彼の書いた曲がCDになるんだよ、とアンヌに紹介されたときから、僕はこいつが妙に気に入らなかった。

「そうよそうよ、素敵。感激だわぁ」
「こら、ここは男の部屋だよ。知可子は立ち入り禁止」
「アンヌだって覗き見してるじゃないのよ」

 中には入ってこないようだが、外で立ち聞きしているらしき女性の声がする。アンヌと、アンヌの友達のケータイ作家、知可子さんだった。

「感激だなぁ、あたし、亜門くんのはじめての女になりたい」
「亜門は玲子に口説かれて逃げてたんだ。てめえなんかに落とせるもんかよ」
「私だったらどう?」
「……ほのか。あんたまで? おーい、亜門、そこの窓から逃げろ。女たちがおまえを狙ってるよっ!!」

 青くなった亜門くんに、竜弥くんとミチが逃げろ逃げろと面白がって言う。彼の思想云々よりも、飢えた狼おばさんたちは亜門くんの美少年ぶりが気に入って襲おうとしているにちがいない。僕は窓を開けてやり、ミチと竜弥くんが手伝ってやって亜門くんが脱出していった。

「最近の肉食獣女は怖いね」
「……さっきのほんと?」
「さっきのって?」
「葉月くんも女性との経験がないって」
「俺、そんなこと言ったか?」

 ドアの外はしんとしているが、アンヌとほのかさんと知可子さんは盗み聞きを続けているはずだ。とぼけている葉月くんを追求するのも馬鹿らしくなっていると、女性たちの内緒話も聞こえてきた。

「え? そうなの?」
「あの歌、モデルは彼?」
「そうなんだ。あたしの……」
「うっそぉ!! アンヌらしくもない……似合わなさすぎる」
「あたしには笙と胡弓がいるからね」
「……信じられない」

 なんの話だろう? アンヌのあの歌のモデルは彼? 彼って誰? 葉月くん?

「アンヌって意外すぎるほどに純情なんだね」
「母になったせい?」
「よく言うよ。知可子だってほのかだって母だろうが。母になろうとどうしようと、性格は変わらねえんだよっ」

 それもそうね、と知可子さんとほのかさんは同意し、知可子さんが言った。

「あんな面倒そうな男がいいって、アンヌは趣味は変わったのかな」
「あたしには特に決まった男の趣味はないんだけど、めんどくさそうな奴は嫌いじゃないんだよ」
「ふーーん」
「ふーん」
「けど、一方通行だからね」

 知可子さんとほのかさんが歌を口ずさみ、僕ははっとした。

「出会ったのが遅すぎた
 月並みすぎる台詞がこぼれる

 生まれてはじめてさ
 こんな気持ち、俺にもあるとは知らなかった
 愛してる、なんて、誰かに言うことは
 一生ないと思ってた

 愛したつもりの女はいたさ
 けれど、まやかしだったんだ
 おまえに会ってはじめて俺は
 本当のラヴを知ったぜ」 

 月並みといえば月並みだけど、アンヌが作詞した「リアルラヴ」は素敵な歌で「桃源郷」の曲としてはけっこうヒットしている。アンヌは作詞もするんだ、すごいな、と尊敬を深めていた僕によけいなことを吹き込んだ女性がいて、この気持ちって実話? とひっかかっていたのだった。

 そっか、これはアンヌが葉月くんを想って書いた詞だ。気持ちは実話、だけど、どうやらアンヌの片想いらしい。
 心の浮気と身体の浮気、どっちが許しがたい? という議論がある。僕は心の浮気のほうがいやだ。気まぐれで寝たくらいだったらどうってこともないし、第一、僕はアンヌに寄りかかって生きている身だから、許すも許さないもありはしない。受け入れるしかない。

 片想い……心だけが寄り添い、相手の男はなんとも思っていない。アンヌはそんな恋をしているのか? 本人はそれをつらいとか苦しいとか思わずに、詞にして昇華したのか。さすが僕のアンヌ。

 なのだから、アンヌを尊敬し直し、惚れ直しはしても、怒ったり責めたりなんかできっこない。
 ただ、僕はこいつは嫌いだ。めったに人を嫌わない僕の一番嫌いな奴として認定する。葉月はアンヌの気持ちにも僕の気持ちにも気づいているのだろうに、薄笑いを浮かべて僕を見返す。この蛇みたいな目も大嫌いだ。

つづく


ガラスの靴22「疑心」

「ガラスの靴」

     22・疑心

 攻撃的でラジカルで過激で刹那的で破壊的。それが「桃源郷」の音楽だ!!
 なのだそうで、はっきり言って僕の趣味ではないロックをやるバンド、「桃源郷」で僕の妻はヴォーカルを担当している。

 趣味ではないっていうか、僕は芸術には興味はない。音楽にも美術にも文学にも、他の芸術にはなにがあるのか知らないが、知らないくらいなんだから興味はない。小学生のときから、音楽も体育も図画工作も嫌いだった。
 では、僕はなにが好き?

 漫画やアニメは嫌いじゃないけど、コミック本を読むのは面倒だ。息子の胡弓と一緒にアニメを見たり、ヒーローもののドラマを見たりするのは好きだけど、映画やドラマにも興味はない。
 きみの趣味は? と言われても首をかしげるしかない。
 ゲームだとかインターネットだとかも嫌いじゃないけど、はまるほどでもないし。

 主夫なんだから家で家事をやっていればいいんだろう。アンヌだってそう言う。料理も洗濯も掃除も育児も別に嫌いじゃないけど、開放されたら嬉しいな、という、世の大方のシュフと同じ感覚だった。

 ま、だけど、僕の奥さんは音楽で収入を得ていて、僕と胡弓を養ってくれる。その意味では「桃源郷」は大好きだ。
 たいていの曲はドラムの吉丸さんが作曲し、作詞はわりと何人ものひとがしている。吉丸さんも作詞もするが、彼の書く詞はシュールなので一般受けしないのだそうだ。

「出会ったのが遅すぎた
 月並みすぎる台詞がこぼれる

 生まれてはじめてさ
 こんな気持ち、俺にもあるとは知らなかった
 愛してる、なんて、誰かに言うことは
 一生ないと思ってた

 愛したつもりの女はいたさ
 けれど、まやかしだったんだ
 おまえに会ってはじめて俺は
 本当のラヴを知ったぜ」

 このたび、アンヌが作詞したナンバーが初にCDになることになった。アンヌは迫力あるハスキーヴォイスだが、もちろん女性だ。女性の声で男言葉を歌うってのは「桃源郷」にはよくあるパターンで、今回もそうだった。

「今度の歌、いいね」
「でしょ? ありがとう」

 桃源郷のファンだということで親しくなった、近所のマンションの住人、静枝さんが公園で話しかけてきた。彼女は三十歳だと言っているが、僕の見立てでは四十歳だ。僕は女性の年齢を言い当てるのが得意だけど、本人がごまかしたいんだったらごまかされておいてあげよう。

 三つになった胡弓と、静枝さんの娘の乃蒼ちゃんが砂場で遊んでいる。乃蒼と書いてノア。いまや珍しくもない今どきの名前の持ち主は五歳。胡弓をガキ扱いして上から目線であれこれ命令し、胡弓も嬉々として従う。胡弓もやっぱ、将来は強い女性と結婚して主夫になるのかな? それも男の幸せだよ、と思う風景が今日も繰り広げられていた。

「あの歌、アンヌさんの作詞作曲?」
「リアルラヴ? 作曲は吉丸さん、作詞がアンヌだよ」
「バラードってのは桃源郷には少ないでしょ」
「シングルカットは大衆受けを狙うんだって。たまにはバラードでばんっと大ヒットってのが目標なんだそうだよ」

 主夫? それってヒモと同じじゃないの、と決めつけるひとがほとんどの中で、静枝さんには理解があった。
 その上に彼女のモト夫はミュージシャンだったのだそうで、離婚にあたって慰謝料と養育費をがっぽりせしめてゴージャスなマンションを買った。静枝さんもデザイナーズブランドのショップで働いているものの、必死で働かなくても母と娘は楽に暮らしているらしい。

 この近所は豪華なマンションだらけで、裕福な夫婦が多い。夫婦ともに働いている所帯が半数以上だが、専業主婦もけっこういる。専業主夫は今のところ、吉丸さんの妻、ただし男である美知敏と僕だけのはずだ。
 
「あたしの元の旦那も、ああいう感じの詞を書いたことがあるんだな」
「静枝さんのダンナも作詞をしたの?」
「したみたいよ」

 今日は休みだから乃蒼と遊びにきたの、と言っていた静枝さんは、ものうい調子で続けた。

「あいつは有名な歌手のバックバンドでベースを弾くってのが本職だったから、有名人じゃないのよ。ああいう世界はあたしにはよくわからないけど、腕のいいミュージシャンは引く手あまたで収入もいいみたい。それに、もてるんだな。やたらめたらにもてるの」

 この話は初耳ではないが、はじめて聞いたみたいな顔をしてうなずいておいた。

「うちの離婚もお決まりの旦那の浮気よ。あいつはちっちゃい浮気だったら結婚する前から何度もしてたんだけど、これは本気だって……」

 彼女が口ずさんだのはこんな歌詞だった。

「とっくのとうに汚れちまった俺の
 ハートにちっちゃな宝石
 宝石のかけらが胸につきささって
 おまえみたいにきらきら輝く
 俺を浄化するそのきらめきが……」

 遊びで書いたようなものだからCDにはしない、誰かに提供するわけでもないけど、と言いながらも、元夫が歌っていたのを静枝さんは覚えてしまった。

「なんかね、切なそうな顔で歌うのよ。別にうまいってわけでもないんだけど、あいつは声がよかったからいい歌に聴こえた。胸にしみてくるんだ。なんかね、妻の勘とでもいうんだろか。それって実話? って問い詰めたらはぐらかしてたんだけど」

 ある日、元夫が静枝さんに真剣に告白した。

「好きになっちまったんだよ。おまえも知ってるだろうから言うけど、俺は今までにだって心の迷いってのはあったよ。美人とちょこっと飲みにいったりドライヴしたり、ホテルに行ったりもしたよ。けど、俺にはおまえもいるし、乃蒼だっている。よその女とは遊びだったんだ。でも、彼女だけは……」

 仕事で知り合ったその女性について、元夫は切々と語った。

「通訳なんだよ。若くはないけどすっげぇ美人で頭が切れて、なんでも知ってて仕事もできる。子持ちらしいからバツイチなんだろな。今は独身で仕事に生きてるみたいだ。俺の世界にはいなかった女なんだよな。なんかこう……輝きが異質ってのか。ちゃらちゃらした女ばっかりの俺の世界にはいない……掃き溜めに鶴ってのか……」

 まさか、その女、そこまで聞いた僕は口をはさんだ。

「その女の名前、知ってる?」
「知らない。聞きたくもないから聞いてないもの。それで、どうしたいのよ? って訊いたら、考えがまとまらないから時間をくれって言われたの。その通訳とつきあってるわけでもない、俺の片想いだ、なんてガキみたいなことを言うから、そんなら待ってやってもいいかなって思ったのよ」

 ところが、俺はやっぱり彼女には本気だ、静枝、別れてくれ、と元夫は言った。

「片想いなんて嘘だろうと思ったよ。つきあってるんだろうとは思った。アホじゃないかとも思った。でも、あいつの言い分を総合して考えたら、あたしってその通訳と較べられて思い切り下に見られてるわけじゃない?」
「そう……なるかな」
「こっちもアホらしくなってきて、マンション買ってね、乃蒼はあたしが連れていくからね、慰謝料払ってね、養育費も月々こんだけ……ってふんだくってやったの。あいつは文句も言わずに払ったよ。そんなにお金があったのにもびっくりだったけど、そこまでしてあたしと別れたいのか、乃蒼とも会えなくてもいいんだね、そんなにその通訳が好きなんだ、ってすーっと冷めていったんだ」

 夫の浮気で離婚した、とは聞いていたが、細かい事情ははじめて知った。

「片想いだったのってほんとかもね。再婚はしてないみたいだよ」
「へぇぇ」
「作詞をするような人間って、そのときの心情を言葉にするんだよね。まるっきりのフィクションだってひともいるけど、アンヌさんはどうなんだろ」
「……ん?」

 それって、その台詞って……つまり?
 桃源郷の新曲「リアル・ラヴ」が大ヒットしたらいいな。僕はその程度にしか考えてもいなかったのに、静枝さんに言われて心に疑惑の灯がともった。

つづく

フォレストシンガーズ・短歌俳句超ショートストーリィ2018/9

フォレストシンガーズ

俳句短歌超ショートストーリィ2018/9


 季節の先取りというのも、喫茶店のインテリアとしては大切かもしれない。夏はわりに暑い北陸の地にもちょっとだけ秋風が吹きはじめる九月、まゆりはカウンターの大きな花瓶にススキの束を挿した。

「あ、いらっしゃいませ」
「あら、銀色のススキ、素敵ね」
「ありがとうございます」

 今日、はじめてのお客は五十代くらいだろうか。ふっくら太った優し気な女性だった。彼女はコーヒーを注文し、まゆりに尋ねた。

「今日はご主人は?」
「会合がありまして、店に出るのは午後からになる予定なんですよ。主人にご用でした?」
「そうじゃないんだけど、うちと同じだなって思って……」
「同じ?」
「こちらの店主夫妻は年の差結婚でしょ。私の夫が来たらわかるわ。待ち合わせなのよ」

 それでおよそは察せられた。

 不思議な偶然が重なって、松原隼平が二十九歳も年下のまゆりに恋をしたと打ち明けてくれた。三十六歳の花嫁と六十三歳の花婿は去年、華燭の典を挙げ、夫が昔から営んでいる和風喫茶の「雲の通い路」でともに働いている。

 そういう意味で同じなのだったら、この女性の夫は七十代か八十代か。今どきの女性は実年齢よりも若く見えるほうが普通なのだから、彼女は意外と六十代だったりして。すると、どんな老人が店に入ってくるのか。夫とまゆりの将来像を見るようで、楽しみでもあり、ちょっぴり怖いようでもあるひとときがすぎた。

「お待たせ」
「そんなには待ってないわよ」

 ……絶句!! とはこのことだ。
 開店したばかりの店にはお客はたったひとり。平日でもあり、金沢の繁華街、香林坊のメインストリートからはすこし離れているので、お客はいつでもこんなもの。

 そこに入ってきた男性が、お待たせ、と声をかけたのだから、彼女の言っていた待ち合わせていた夫なのだろう。
 え? 嘘、お客にそんな顔を向けてはいけない。質問などもってのほか。平静を装っていないといけない。

「時間がないよ。悪いけど俺はお茶は……」
「そうね、ごめんなさい。ふたり分、コーヒー代をお支払いしますわ」
「いいえ、そんなのかまいませんから」
「そおお? 悪いわね」

 じゃ、と彼女は自分のコーヒー代を支払い、彼とともに店を出ていった。なのだから、ふたりの会話から推し量ることもできなかった。

 なんだか信じられないけど、そんなこともあるのでしょ。ほんとは母と息子なんだとしても、別にかまわないじゃないの。

 まゆりたちとは逆、夫が妻よりも二十歳以上は年下の夫婦。彼女は若く見積もっても五十代、彼は二十代にも見える青年だった。へええ、私はあれだったら、年上の夫のほうがいいな、とまゆりは肩をすくめた。

 「おりとりて はらりとおもき すすきかな」飯田蛇笏

END

 

ガラスの靴21「誘惑」

「ガラスの靴」

     21・誘惑


 積極的にことを起こした経験はない。女の子を好きだと思ったことはなくもないが、アンヌにだけ、僕が好きになって打ち明けた。けれど、そのあとはアンヌが妊娠して、子どもを産みたいから結婚しよう、笙、おまえが専業主夫になれと、完全にアンヌ主導で話が進んでいった。

 ほんとは子どもなんかほしくないんだけど、と言っていたアンヌも、ママというよりはパパふうにではあっても息子の胡弓を愛してくれているのだから、結果はこれでよかった。

 そんな僕なのだから、アンヌ以外の女性は知らない。今後の人生でどうなるかはわからないが、今のところはアンヌ一筋だ。なのに、このひと……僕だって好みのタイプの女性にだったら萌えたり燃えたりするのだろうが、乗らないなぁ。

「ここ、いいですか」
「え? あの……」
「待ち合わせた友達にドタキャンされちゃったんですよ。あなたは……」
「私も友達にドタキャンされちゃったみたい」

 名前は知っているが、知らないふりをする。ナンパはされたことはあるが、するのは初体験だった。

「成子っていうんです」
「セイコさんですか。松田聖子に似てるって言われません?」
「言われたことは……なくもないかな」
「似てはいるけど、成子さんのほうが可愛いかな。成子さんのほうが若いですもんね」
「え、ええ、まあ」

 お世辞を並べ立てても疑われるだろうからそのくらいにしておいて、僕との約束をドタキャンしたという男友達の話をする。今夜の僕はドタキャンはされていないのだが、男友達ってものはいなくもないので、適当に話を作った。
 成子さんのほうも女友達の話をしている。こっちは本当だろうから、みんな忙しいもんね、と相槌を打って、徐々に親し気な口をきくように持っていった。

「成子さんって独身なんじゃないかなって思ってたら、やっぱりそうだったんだ」
「やっぱりって?」
「結婚すると女のひとはくすんでくるから。独身女性は輝きがちがうもんね」
「そうかしら」
「だけど、成子さんはギスギスはしていなくて、ふぅわりやわらかで感じがいいよ」
「太ってるから……それに、若くは見えるんだろうけど、笙くんよりは年上よ」
「僕は……」

 顔を寄せていって囁いた。

「年上の女性は好きですよ」
「……ふざけてばっかり」
「今夜は楽しかった。またお会いできるといいですね」
 
 寄せた顔を即座に離し、あっさり言って微笑む。成子さんは呆けたような顔をして、潤んだまなざしで僕を見上げていた。

「この店にはよく来るんですか?」
「ええ、時々」
「じゃあ、またここで会えるかもしれませんね。楽しみにしてますよ」
「……」
「お支払いは僕が……」
 
 そんな……いけません、とでも言いたいのか、腰を浮かせる成子さんをやわらかく制した。

「楽しい時間をすごさせてもらったお礼ですよ」
「そんな……」
「成子さんも気をつけて帰ってね。ありがとう」
「そんな……私のほうこそ……ごちそうさま」

 さらっと言って向けた背中に、成子さんの熱い視線を感じながら支払いをすませて店を出た。
 ふぅ、僕、うまくやれたんだろうか。こんな古典的というか、ださすぎる手法で四十代の女性を落とせるんだろうか。もっとも、僕にはあれ以上は無理だから、あとは野となれ山となれ。

 妻のアンヌのロックバンド「桃源郷」はライヴツアーまっただ中で、この三ヶ月ほどはとぎれとぎれにしか家に帰ってこない。僕はアンヌの留守の日には胡弓を母に預け、成子さんをナンパした酒場に通った。

 この店でパパ友の美知敏がアルバイトをしていたので、彼と一緒に何度か来た。ミチはライアンの継母のようなものとはいえ、ライアンの父の吉丸さんとは同性なので結婚はできない。事実上は彼は夫のいる専業主夫なのだが、表向きは独身だ。

 なので、店でも僕はミチの独身友達ってことになっている。成子さんとこの店で待ち合わせてドタキャンした女性は僕に協力してくれたわけだ。

 偶然に二度ほど成子さんとこの店で顔を合わせ、それからは約束するようになった。僕は成子さんにはなんにもしない。したくもない。ただ、お世辞を言っていい気持ちにさせ、僕はあなたが好きだけど……だけどねぇ……と思わせぶりな態度をしているだけだった。

「笙、首尾はどうだ?」
「うまく行ってるみたいだよ。僕ってもてるんだね」
「当たり前だろ」
「なんで当たり前?」
「おまえは頭は空っぽだし、生活力もゼロだし、主夫としてもまあまあ合格って程度のアホだけど、鏡を見ろ。相手もアホな女だったらもてるんだよ」

 鏡を見ろ……アンヌのメールに書いてあった通りにしてみた。
 ふむ、顔か。僕は昔から変人だと言われて女の子とつきあったこともなく、男友達も少なかった。笙くんって顔はいいんだけどねぇ、だとか、私、笙くんの顔が好き、笙くんがもうちょっともうちょっとだったらつきあいたい、と言っている女の子はいた。

 もうちょっともうちょっとだったら? もうちょっとなんなんだよ?
 ではあるが、要するに、僕って人間を深く知ると、もうちょっと、じゃないとつきあいたくないのだろうが、表面だけを見る女にはもてるってことなのだろう。

 たまに帰ってきたアンヌには細かく報告して、これからどうするのかの指示を受ける。こんなおばさん相手じゃ萌えない、燃えないとぼやくと、アンヌは怒る。その反面、万一どころか一億にひとつもあのおばさんにその気になるはずもないとわかっているだろうから、嬉しそうでもあった。

 そんな気には絶対にならないとはじめからわかってて、僕にやらせてるんだろうけどね。

 性格もおよそは把握しているし、成子さんは僕みたいなタイプが好みだとも知っているのかもしれない。好みのタイプの若い男に甘く囁かれたら、独身のおばさんは弱いだろう。独身でなくても弱いだろう。ホストの手口ってのはこんなものかもしれない。

 しかし、僕は成子さんから金品を搾取しようとは思っていない。キスもしない。セックスなんかとんでもない。なにがほしいのかっていえば、彼女の心だけだ。

「……行きません?」
「……え……ええ」

 機は熟した、と見極めたところで、はじめてふたりで一緒に店を出た。これまではいつだって僕が先に出て、成子さんはどうしてた? と店にいる協力者に尋ね、切なそうな吐息をついていたよ、だとか、笙くんって私をどう思って……ううん、いいの、って言ってたよ、との返答を聞いていたのだった。

「……いいのかな」
「……い、いい……聞かないで」
「いいんだよね?」

 根は純情なのか、それとも、僕が好みのタイプすぎるのか、成子さんは堅くなってうつむいている。顎に指で触れると、彼女はびくっとした。

「やっぱやーめた」
「え?」
「じゃあね、バイバイ」
「え……え? へ?」

 ぽかっと口を開けて間抜け面になっている成子さんに、僕はべーっと舌を出した。
 あんたみたいな太ったおばさんに興味ないよ、って言うべきか? だけど、下手な真似をすると訴えられたりストカーになられたりしない? アンヌと相談して、ここまでで止めておくことにしていた。

 こんなのぬるいんだろうけど、やりすぎはよくないから。
 そもそもなぜこんなことをしたのかといえば、アンヌの提案だ。

「アマチュアなんだけど、あたしの仲のいいロックバンドがいるんだよ」
「なんてバンド?」
「笙は知らないだろうな。趣味でやってるようなバンドだからさ」

 そのバンドはおじさんがふたり、若い男性がふたり、子持ちのおばさんがひとり、という編成で、アンヌは紅一点の中年女性、晴恵さんと昔から親しかったのだそうだ。

「私、バンドをやめなきゃいけないかもしれないの」
「どうして? なにかあったのか?」
「私はパートで週に三日、働いてるじゃない? 正社員でないと預けられないって保育園ではないから、下の子どもたちは毎日通わせてるのよね」
「パートでも保育園に預けなくちゃ働けないよな」

 七つ、五つ、三つの子どもが彼女にいるとは、アンヌはもちろん知っていた。

「それがね、密告があったらしいの」
「密告?」
「私は仕事じゃなくて遊びのために子どもたちを保育園に預けてるって、私の友達……友達のつもりだったあの女が密告したらしいのよ」
「どういう意味だよ?」

 学生時代の友人とひょんなことで再会し、昔通りに親しくするようになったのは、友人が独身でロック好きだったからだと、晴恵さんは話した。

「彼女もずーっとロックが好きだったんだけど、聴くほう専門なんだよね。だけど、ほんとはバンドに入りたかったみたい。男ばかりのバンドの紅一点って、ロックファンの女の子の憧れかもしれないのよ」
「そういうの、あるかもな」
「だからなんだとしか思えない」

 お金にもならないのに、晴恵はなんだってそんなことをやってるの? 母親の本分は育児でしょ。子どもを預けて趣味をやってるなんて……と友人は晴恵さんを詰る。なにもあなたが怒らなくても、とばかりに、晴恵さんは彼女の詰問をはぐらかしていた。

「それで、あることないこと保育園に密告したらしいのよね。私が週に三日だけ働いてるってのも保育園は承知してくれてたのに、なんだか話が行き違っちゃって。近所に引っ越してきて子どもをふたり、保育園に入れたいってひとがいたのもあって、うちの子たちがやめなくちゃいけなくなったのよ」
「……それってその女のやっかみか?」
「そうとしか思えない」

 別の保育園が決まるまで、子どもを練習に連れてくれば? とバンドの仲間たちは言ってくれたらしい。ところが、それでは気が散って練習にならない。晴恵さんの夫も、だったらバンドを脱退するしかないだろ、と言い出したのだった。

「その女、成子っていうんだ。あたしはその女に復讐してやりたいんだよ。笙、手伝え」
「え? 僕が?」

 かくして、僕が燃えない、萌えないおばさんをナンパして彼女の心をもてあそび、一方的に去っていくという筋書きができたわけだ。とりあえず成功はしたけれど、後味がよくないような。

「ううん!! 僕は悪くない。あのおばさんの自業自得っていうんだよ。僕は正義のために闘ったんだもんね」

つづく

 

 

 
 


天災と人災と

なんなんでしょ、これは。
私の住む関西地方だけでも、地震に豪雨に台風。
近畿地方に近年まれに見る超強力台風が襲撃した二日後には、北海道を未曽有の大地震が襲う。
日本は地球に嫌われてるんでしょうか。

猛暑なんてのは大阪では慣れていますし、他にも二回襲ってきた台風はたいしたことはなかったにせよ、数年前までは大阪には台風はめったに来なかったのです。
来ても年に一度くらい。
暑さにしても、夏の大阪は亜熱帯だと言われますが、ここまでではなかったし。

今回の台風21号は、いつになく大阪市内にもかなりの被害をもたらしました。
その二日後に北海道で大地震って、マスコミもこうも立て続けに別々の場所での災害報道をした経験はないのでは?

個人的なことも書けば。

去年の春から、身内の誰かがかわるがわる入院していました。
私自身はいたって健康でなにもなく、ありがたい話ではありますが。

そして先日、今のところはやっとこれで誰も入院していない、となるお方が退院してきました。

老人だから仕方ないとはいえ、自分のことを全部身内に丸投げしてのほほーんとしていて、退院してきたら被害妄想に陥って、できるだけ一生懸命やっていた身内を悪く言う。

その身内、とは私なんですけどね。

人生の晩年に、人はどうしてこうなってしまうんだろ。
そうはならない老人もいるのだろうから、やっぱりそれって長い人生に積み上げてきたものが関係あるのか。そんなのまったく関係ないのか。

たぶん、人徳とやらは関係ないんでしょうね。

私はこうはならないように。
でも、血がつながってるんだから、なるんだろうな。
ああ、やだやだ。

災厄の話が卑近な話題に変わってしまいました。
北海道のみなさまが早く日常を取り戻せますよう、お祈りしています。

またもや台風が発生するとか言ってますし、今度はどこも被害をうけませんように、重ねて祈っています。
早く台風シーズンそのものが過ぎ去ってほしいですね。

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ガラスの靴20「素性」

「ガラスの靴」

     20・素性


 他の女はどう思うか知らないが……今どき、このタイプはもてるんだろか? とは思ったのだが、もてようともてまいとどっちでもいい。あたしの好みだ。
 とはいってもあたしは惚れっぽいほうだし、夫も子もいる身だし、そうでなくても軽率なふるまいはしない。じっくり観察しよう。

 打ち合わせで訪れていたレコード会社でそいつに出会った。自分で作曲した曲を持ち込んできている若い男。いい曲ではあるので、歌詞をつけてきみが歌ってデビューする? と打診すると、歌手になんかなりたくない、作曲家でないといやだ、と答えたのだそうだ。

 曲なんか持ち込んでも門前払いされるのが定石だろう。それを、歌手になれと言ってもらって断るとは。興味を持って彼を見にいった。

「葉月って苗字?」
「苗字は名乗りたくないんで、葉月とだけ」
「本名?」
「八月生まれの向日葵の花です」

 返答がずれ加減だが、アンニュイな空気をまとった彼には似合っていた。
 作曲家としての名前は「葉月」。中性的な男だからそんな名前も似合う。すらっと背が高くて男っぽさが少ない。世の中を斜めに見ているようなところ、若いくせに、たいしてなんにも知らないくせに、と苦労人の三十歳、主夫と幼児を抱えるロックヴォーカリストは思うのだった。

 一昨日おいで、と追い払うには、葉月の書いた曲が光りすぎていたらしい。会社の人間たちは相談中で、葉月は応接室に置き去りにされていた。なのであたしがかまってやってるってわけ。

「どんな曲? 歌ってみせて」
「新垣さんはロックのほうですよね」
「そだよ。桃源郷はハードロックバンド」
「俺の書く曲はあなたの好みではないだろうな」

 曲は好みじゃなくてもあんたは好みだ、とはあたしは言わない。あたしのポリシーは、あたしからは言い寄らない、である。女は男に告白されてなんぼだから。

 現扶養家族の笙だって、むこうからひと目惚れしたと言ってきた。子どもができたので結婚してやると言ったのはあたしだが、あれは特殊例だ。それまでにも何人もの男に告白され、あるいは、特に告白もされないで寝て、二度ばかり妊娠した。

 若いころには子どもも家庭も絶対にいらなかったので迷いもせずに中絶したが、三度目の妊娠はちょっとこたえた。二十六歳、もうそんなには若くない。三度も中絶したら子どもは産めなくなるかもしれない。子どもなんかほしくもなかったけど、二度と産めないとなると惜しい気もした。

 そうだ、発想の転換をすればいい。

 七つ年下の専門学校生、就職なんかしたくないそぶりの無気力美少年。あたしの過去のあれこれも知っていて、そんなアンヌさんってかっこいい、と本心から言う笙。
 ルックスがいいからと他のすべてに目をつぶって、女と結婚した男のミュージシャンはいくらでもいる。そのせいでじきに破綻したカップルもいるが、意外に長続きしている夫婦もいる。

 背が低いのはいやじゃないし、細っこいのも趣味に合っている。顔も好きなタイプ。その上に性格も、笙はあたしには合っている。こんな男と結婚したら云々と思うのは、彼を「夫」と見るからだ。

 出産はあたしがするしかないが、笙を主夫にすればいいではないか。笙は家事が得意ってこともないのだろうが、若くして結婚した女にはろくに料理もできないのは大勢いる。育児は慣れたら適当にできるだろう。笙を主夫にしてあたしが一般的な「夫」になればいい。

 そういう夫婦の形態を想像してみれば、笙がぴたっとはまった。
 可愛い顔をした可愛い性格の奴。ルックスだけでも好みに合えばラッキーなのに、性格だってあたしにはちょうどいい。あたしの金で浮気三昧、遊び放題だったら困るが、笙は顔のわりにもてないのでちょうどいい。女遊びをしない、過度な浪費はしない、のだから、多少のさぼりは大目に見てやる。

 年下の可愛い男と結婚して、あたしは寛大な妻になったのだ。
 その笙とだって、最初の告白は彼のほうからだった。今回は既婚者になったあたしの心を揺らめかせた男に、あたしのほうから告白なんてとんでもない。

 けれど、葉月はとてもとても気になる。
 こっちの仕事が終わったあとでも、葉月はまだ会社にいた。葉月を容易に手放したくはないが、どう扱えばいいのかわからない、会社サイドはそんな考えを持ったようだ。

「一応、保留にしておくんで、連絡したらもう一度来るようにって」
「そっか。じゃあさ、飲みにいこ。葉月の書いた曲、あたしにも聴かせろよ」
「だから、新垣さんの好みじゃなさそうだって……」
「うちの会社はジャズやクラシックのCDにも力を入れてるんだよね。おまえもそれでここを選んだんだろうけど、クラシックとジャズの両方のテイストを取り入れた曲だそうじゃん。あたしがロックやってるからって好みじゃないと決めつけんなよな。聴かせろ」
「……おまえって……」
「おまえ、年下だろ」

 不満そうに横目であたしを見る葉月の瞳に、くらっとしてしまった。

 ピアノのある店にしよう、俺の知り合いの店でいいかな、と葉月が言い、案内してくれた。
 「ハーフムーン」という名の小さなジャズバーとでもいうのだろうか。葉月はこの店で時々バイトするのだそうで、オーナーらしいのは中年女。凄艶な色気をたたえた目で葉月を見、敵意がこもっているような目であたしを見ておざなりな挨拶をした。

 しばらくふたりで酒を飲んで話していると、オーナーが声をかけてきた。

「葉月くん、この方はあなたのなに?」
「なにって……」
「そうよ、なに?」

 横から口をはさんできたのは、別のテーブルで飲んでいた若い女のふたり連れだった。他には客はいない。

「失礼だけど、このひと、葉月くんを呼び捨てにしたりおまえって呼んだり……」
「お仕事の先輩とかなの?」
「お客さんにこんなことを言うのもなんだけど……」
「下品ってか、女らしくないひとだよね」

 誰からでも言われるのであたしはなれっこだ。三人の女に葉月は苦笑を向けた。

「俺はこのひとのおかげでプロの作曲家になれそうなんだ。仕事のためになる女性だから、俺は彼女と結婚するつもりなんだよ」
「えーっ?!」
「そんなぁ……」
「ああ、そうなのね。でも、いいわ」

 こら、いきなりなにを言い出す、勝手に決めるな、と言いたい気分ではあったのだが、葉月にはなにしから意図があるのだろうから、あたしは静観していた。若い女たちは金切声をあげ、オーナーは訳知り顔でうなずいた。

「仕事のためにそれほど愛してるわけでもない女と結婚するのよね。あたしは二番目でもいいわ」
「……じゃあ、私、三番目」
「私は四番目?」
「っていうのか、葉月くん、他にも女がいるんじゃないの?」
「二番目は誰?」
「結婚してる相手だからって、一番とは決まったものじゃないよね」

 ふーむ、この女たちは本気で言っているのだろうか。葉月は謎めいた微笑を浮かべて席を立ち、ピアノに向かった。女たちが黙って葉月に注目する。
 細く長い指先が紡ぐのは、葉月のまとった空気にぴったりのアンニュイな曲。プロのロッカーが聴くと一般的な売れ筋ではなさそうだが、心に響いてくる曲だった。

「……いいね」
「しっ!! 黙ってよ」

 えらそうにオーナーに命令されて、あたしはひとことだけで口を閉じた。
 この曲には歌詞はないほうがいい。聴いたひとが好きに解釈してメロディとだけたわむれればいい。葉月に才能があるのはまちがいないが、声もルックスもいいから歌手にしたいと考えたレコード会社の思惑もわかる。それであちこちでもめて、プロにはなれずにいたのか。

「アンヌさん、行こうか」
「ん? ああ、いいよ」

 行っちゃうの? あたしも行ったらいけない? 女たちは一様に切なそうに葉月を見る。葉月はひとりひとりの頬にキスをしてから、店を出ていった。

「なんのつもりだ、おまえ?」
「いやぁ、素性って親に似るもんだよね」
「素性?」
「おいたちというのかな、成育歴みたいなもん。親父に似てきたなぁって我ながらおかしいんだよ」
「おまえの親父か?」
「うん」

 こんな話は外を歩きながらのほうがいいと呟き、葉月はゆっくり歩を進めていた。

「俺の親父はもてるんだって自分で言ってたよ。学生時代から何人もの女とつきあったのは、たいていがむこうから告白されたんだそうだ。そんな中、大学のときにはじめて親父が好きになった女が、イギリス文学の研究者。彼女には本気になって結婚したいと思ったそうなんだけど、逃げられた」

「イギリス文学なんか研究してたら、そりゃあイギリスに行きたいよな。彼女も留学したりもして、親父のプロポーズにうなずいてくれなかった。仕事のほうが楽しかったのもあり、実は親父みたいな男と結婚なんかしたくなかったのもあったのかもしれない。彼女につめたくされたのもあって、親父は別の女とつきあうようになったんだね」

「そっちの女はかなり年下で、子どものできない体質だったらしい。ちっぽけで哀れで愚かな女だと親父は言ってた。親父が本気で愛したイギリス文学の彼女に、結婚したいんだったらその女としろってそそのかされて、イギリス文学がちっぽけな女をたきつけたのもあって、結婚して下さいって言われちまったらしいんだな」

「ちっぽけな女を救済する意味で、親父は彼女と結婚した。イギリス文学の彼女ともつきあいは続けていたそうだし、他にも彼女ができたんだけど、妻をうまく言いくるめ、妻も反論もせず特に嫉妬もせず、三角どころか四角、五角くらいやってたそうなんだよ」

「そのうち、ひとりの女に子どもができた。その女はいわゆるキャリアウーマンで、不倫っちゃ不倫なんだけど、親父の奥さんも公認だし、奥さんも喜んでるし、結婚はしないで認知だけさせて、って形で出産したんだ。生まれた子どもが葉月だったんだよ」

「昔々だったら、二号の子ってところだよね。親父もおふくろも正々堂々としてて、俺は親父の奥さんにもたまには会ったよ。四人で遊園地に行ったこともある。小さい俺は親父の奥さんと下で見てて、親父と俺のおふくろがジェットコースターに乗ってた。葉月くんのお母さんって勇気あるわねって、おばさんが言ってたのを覚えてる」

「それからはおばさん、つまり親父の正妻には会うこともなかったんだけど、中学生ぐらいのときに会いにいったんだ。向日葵が咲いてたよ。私は太陽みたいな主人のほうだけを見て、一生懸命に生きてるこの花みたいなものよ、っておばさんは笑ってた。向日葵みたいな笑顔だった。それから俺は、向日葵は大嫌いになったんだ。俺は八月生まれだから葉月、夏は嫌いだな」

「ってな話を曲にしてみたってわけ」

「親父を軽蔑したとか、おふくろを複雑な目で見てたとかもあるよ。女性不信もなくはないけど、男性不信もあるな、引いては自分自身不信。そんな気持ちの人間も少なくはないんだろな」

「で、俺は親父と似た境遇になっちまった。親父はもてたっていうのとはちょっとちがうんだろうから、俺ももててるわけじゃないね。親父のナンバーワンって俺のおふくろなのかな。俺がおふくろと暮らしたマンションを出てしまって寄りつかないから、あの三人、他にもいるのかもしれない女がどうしてるのかも知らないんだけど、近くに住んで和やかにやってんのかもしれない」

「心底そんな境遇が平気な人間もいるのかもしれないから、いいんだけどね。大人になった俺に近づいてくる女はいっぱいいて、めんどくさいから、俺には好きな女はいるんだって答える。そしたら、二番目でもいいって女がけっこういるんだよね。そんな女たちとも何度かつきあってみたよ。俺って親父と同じようなことしてるな。なんて思うと可笑しくて笑うしかないんだな」

「けど、俺は結婚してないだろ。何人もの女と並行してつきあうんだったら、どれが一番、二番って順位はつけにくい。結婚してたら普通は、奥さんが一番だよね。そのつもりで、さっきの店ではああ言ってみたんだ」

 淡々と話す葉月の生い立ち。そんなのって本当かよ? 疑わしいと思ってしまうのだが、作り話だったらもっと上手にリアリティを持たせるだろう。
 すると、本当なのか。そんな想いのあれこれを、先ほど聴かせた曲にこめて作ったのか。

「めんどくせぇ男だな」
「ふふ」

 薄く笑っているだけの葉月にキスしたくなってきた。このあと、ホテルに行ってもいい気持ちにもなってきた。あたしには扶養家族がふたりもいるんだよな……そんな身で、昔の男だったら甲斐性だといわれたかもしれない行為をしてみる。それも一興かもしれない。

 夫と子がいる身だからではなく、あたしはそんな俗っぽい行為をしたくないという気持ちもある。どうせだったらこの気持ちを別のほうに表現したい。ロッカーとしてはそのほうがふさわしいはずだけど。

つづく


 

190「自己責任」

しりとり小説

190「自己責任」

 よそのうちと我が家はちょっとちがうとは思っていたが、漠然とした感覚だった幼稚園時代。小学校に入れば、花の家庭がよそとはまったくちがうとわかるようになった。

 母はふたりいる。最初のうちはどっちもが花の母かと思っていたのだが、ママと呼んでいる真智子が花の実の母親で、お母さんと呼んでいる奈江は大剛の産みの母だ。その事実も小学生になればわかるようになっていたが、大剛のほうは中学生にならないと、はっきりとは理解しなかったようだ。

 同居しているのは花と大剛、真智子と奈江。母がふたり、娘と息子。父の昇は時折訪ねてきては、母親たちの留守を託されたり、たまには子どもたちを遊びに連れていったりもしていた。

「結婚しようよ」
「え? 私と?」
「そうだよ。俺は今、目の前にいる花にプロポーズしてるんだ」

 一生懸命働いていた母たちは、娘も息子も平等に専門学校に進学させてくれた。大学に行きたいなら奨学金を借りてほしい、援助はするから、と母たちに言われて花はよくよく考え、実務が身に着く経理専門学校を選んだ。大剛のほうは、花がそうするんだったら俺も、と言って、花と同じ学校に進んだ。

 経理専門学校を卒業すると、大剛は小さいがしっかりした会社に就職し、花は専門学校の経理部に就職した。それから三年、二十三歳になった花にプロポーズしてくれたのは、去年からつきあっている専門学校講師の旭だった。

「まだ若いと思ってるだろうけど、ごたごたしてるうちには二十五になるだろ。ひと昔前にはそうやって若い若いって言ってるうちに婚期を逃した男女がたくさんいたんだ。今の四十代独身はそのなれのはてだよ。俺は結婚したいんだし、花は若くて可愛くて大好きだし、花だって俺が好きだろ」
「好きだよ」
「だったらなにをためらうの?」
「旭さん、うちの事情をちゃんと知ってる?」
「うちの事情?」

 四つ年上の旭とは結婚は意識していなかったので、家庭の事情は大雑把にしか話していなかった。

「お父さんはいないんだよね。お母さんと叔母さんと、叔母さんの息子さんと同居だって話だったろ? お父さんは亡くなったの?」
「生きてる。たまには会うよ」
「じゃ、離婚なさった? 両親が離婚したってのを気にしてるの?」

 離婚だったらシンプルでいいのだが、事情はずっと複雑だった。

「はぁ……そうなんだ。ちょっとびっくりだな。けど、それって花が生まれる前の大人の事情じゃないか。花にはなんの責任もないじゃないか。関係ないよ」
「旭さんがそう思ってくれるんだったら、結婚……うん、旭さんと結婚したい」
「そうだね。結婚しよう」

 なんの責任もない、と言われるというのは、よいことではないからか。よくはないことをした母……それについては一抹の不安があったのだが。

「花さんと結婚させて下さい」
「はい、私たちには異存はひとつもありませんよ」
「幸せになってね」

 順番からして花のほうが先だと旭が言うので、彼が母たちに挨拶にきてくれた。結婚せずに出産した母たちだが、花の結婚を祝福してくれた。同い年の大剛は、もう結婚すんのかぁ、早いんだな、と花を眩しげに見て、おめでとう、と呟いた。

「さて、次は俺んちだね」
「根回しはしてくれたの?」
「彼女を連れてくるとは話したから、お父さんもお母さんも姉ちゃんも、マジな顔してうなずいてたよ。意味はわかってるんじゃないかな。姉ちゃんは三十で独身だから嫉妬するかもしれないけど、気にすんなよ」

 小姑も気にならなくはないが、より以上に気になるのは我が家の事情だ。その根回しはしていないらしく、旭としては花が話せばいいと考えている様子だった。

「旭、可愛いひとじゃない? よかったね」
「あのね、ひとつだけお伺いしたいんだけど……」

 挨拶をした花に、旭の父は鷹揚に微笑んでみせた。姉はいささかイヤミったらしく可愛いひとだと言い、母親は言った。

「お父さんがいらっしゃらないとお聞きしてるんだけど、死別じゃなくて?」
「実は……」

 二十数年前、父の昇と母の真智子は恋人同士だった。結婚の約束はしていなかったが真智子が妊娠した。というのはありふれた話で、できちゃった婚は今も昔も珍しくもない。ところが、ひとつ問題があった。昇には他にも複数の恋人がいて、そのうちのひとり、奈江もまた妊娠していたのだ。

「奈江ママと真智子ママは話し合ったのよ」
「結婚はしなくてもいい、だけど、妊娠したんだから産みたい」
「そうよ、私も産みたかった。夫はいなくてもいいけど子どもはほしかったのよ」
「そこで相談したの」

 同じ男の精子で妊娠したふたりの女は、相談して結論を出した。
 すなわち、ともに胎内の子を産もう、出産したらふたりで協力して育てていこう。父親はいなくても母親がふたりいれば、育児は万全にできるはずだ。

 戸惑いはしたものの、昇としては反対もできなかったようで認知もし、多少は協力もした。そうして花も大剛もすくすくと成長して成人したのである。

「夫婦だと子どもが病気になったりすると、母親ばっかりが会社を休むことになりがちなんだよね」
「だけど、うちは交代で休みを取って看病したのよ。大剛が熱を出しても、花が風邪をひいても、どっちの子どもだって押しつけ合ったりせずに平等にやってきたの」
「女ふたりのほうが子どもはまっとうに育つかもね、って言ってたんだよね」
「そうそう、その通りだよ」

 あからさまな父親の悪口は言わなかったが、真智子も奈江も、大剛は昇くんに似てるけど、花は私たちに似てしっかりしてるよね、とうなずき合っていた。

「というわけで、戸籍上の父はいますけど、同居はしていなかったんです」
「すると、大剛さんっていうのは弟でも兄でもなくて?」
「母親違いの弟ではありますけど、姓は別々です。ややこしい家族なんですよね」
「そうなのねぇ。そんな男性と同居してたって……」

 そんな男性とは大剛のことであるらしい。旭の母は眉をひそめていたが、大剛のことは弟だとしか思っていなかったので、花はきょとんとしてしまった。

 その日は挨拶をすませて辞去したのだが、後日、旭が言った。

「お母さんは反対してるんだ」
「……ああ、そうなのね」
「きみが兄弟ではない男と同居して育ったのがいやだって言うんだよ」
「大剛は弟みたいなものっていうか、ほとんど弟だよ」
「そうなんだけどね……うーん……お母さんに言われると、そんな男と同居していたきみには問題ありかなって思えてこなくもなく……」
「なんなのよ、それは」

 色を成しそうになった花に、旭はしどろもどろになった。

「だって、花、俺の前にもつきあってた男はいるんだろ」
「高校のときにも専門学校のときにも、彼氏はいたよ。旭さんにだってモトカノはいるんでしょ」
「男と女はちがうじゃないか。そういうふしだらなお母さんの血を引いてる娘は……」
「ふしだら?」
「いや、お母さんが言うんだよ。姉ちゃんも言ってた。親の因果が子に報い……って意味わかんないけど、いや、お母さんじゃなくて大剛くんが……」

 言いわけめいているが、要は旭の母親が嫁候補の母親を気に入らないのだろう。姉も母に追従して反対している。反対意見を述べられると、旭も揺らめいてきたらしい。

「俺は花と結婚したかったんだけど、家族に反対されるような結婚はしたくないんだ。花、どうしたらいいと思う?」
「駆け落ちでもする?」
「そんなこと、できるわけないだろっ。だから非常識な親に育てられた子は……なんだよ、その冷たい目は……やっぱり無理だ。ああ、だけど、俺は花が好きだよ。どうしたらいいんだっ」

 とうとう泣き出した旭を見ていると、花の気持ちは冷めていく。

 悪いのは誰? 強いて悪者を探すとすればお父さんだけど、それでもそれでも俺は花と結婚したいっ!! との強い気持ちを旭に持たせることができなかった、私の魅力のなさもこうなった原因かな、と思う。ってか、こんな旭とは結婚なんかしたくなくなったけどね。

「他人の偏見にさらされたりもしたわよ」
「世の中って保守的だねってふたりで嘆いたりしたよね」
「そうよねぇ。でも、世の中は変わっていくよ」
「そうそう。花や大剛が大人になるころには、って思っていたの」
「花も大剛も結婚はしたかったらしたらいいし、したくなかったらしなくてもいいんだよ」
「花は結婚しなかったとしても、子どもは産んでみるべきだけどね」
「ま、無理に産めとは私たちは言わないよ」

 母たちの声が耳元に聴こえてくる。
 ね、ママ、お母さん、世の中の保守的さはたいして変わっていないみたいよ。旭のお母さんの偏見も、昔とちっとも変わってないんだね。でも、私、そんなのに負けないから。

 旭とはたぶん結婚しないだろうけど、誰が悪いのでもない。私が負けたのでもない。ふたりで話していたカフェの隅の席で、人目もはばからず泣きじゃくりはじめた旭を残して、花は席を立つ。世界中にはもうひとり、花と同じ立場の人間がいる。だからって大剛なんて役にも立たない気もするけれど、なんとなく心強くはあった。

次は「にん」です。

以前のしりとり小説の続編ですので、近未来が舞台です。
いらっしゃらないとは思いますが、前の読みたいな、と言って下さる方は、ぜひ私にご一報を。
お待ちしております。

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