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190「自己責任」

しりとり小説

190「自己責任」

 よそのうちと我が家はちょっとちがうとは思っていたが、漠然とした感覚だった幼稚園時代。小学校に入れば、花の家庭がよそとはまったくちがうとわかるようになった。

 母はふたりいる。最初のうちはどっちもが花の母かと思っていたのだが、ママと呼んでいる真智子が花の実の母親で、お母さんと呼んでいる奈江は大剛の産みの母だ。その事実も小学生になればわかるようになっていたが、大剛のほうは中学生にならないと、はっきりとは理解しなかったようだ。

 同居しているのは花と大剛、真智子と奈江。母がふたり、娘と息子。父の昇は時折訪ねてきては、母親たちの留守を託されたり、たまには子どもたちを遊びに連れていったりもしていた。

「結婚しようよ」
「え? 私と?」
「そうだよ。俺は今、目の前にいる花にプロポーズしてるんだ」

 一生懸命働いていた母たちは、娘も息子も平等に専門学校に進学させてくれた。大学に行きたいなら奨学金を借りてほしい、援助はするから、と母たちに言われて花はよくよく考え、実務が身に着く経理専門学校を選んだ。大剛のほうは、花がそうするんだったら俺も、と言って、花と同じ学校に進んだ。

 経理専門学校を卒業すると、大剛は小さいがしっかりした会社に就職し、花は専門学校の経理部に就職した。それから三年、二十三歳になった花にプロポーズしてくれたのは、去年からつきあっている専門学校講師の旭だった。

「まだ若いと思ってるだろうけど、ごたごたしてるうちには二十五になるだろ。ひと昔前にはそうやって若い若いって言ってるうちに婚期を逃した男女がたくさんいたんだ。今の四十代独身はそのなれのはてだよ。俺は結婚したいんだし、花は若くて可愛くて大好きだし、花だって俺が好きだろ」
「好きだよ」
「だったらなにをためらうの?」
「旭さん、うちの事情をちゃんと知ってる?」
「うちの事情?」

 四つ年上の旭とは結婚は意識していなかったので、家庭の事情は大雑把にしか話していなかった。

「お父さんはいないんだよね。お母さんと叔母さんと、叔母さんの息子さんと同居だって話だったろ? お父さんは亡くなったの?」
「生きてる。たまには会うよ」
「じゃ、離婚なさった? 両親が離婚したってのを気にしてるの?」

 離婚だったらシンプルでいいのだが、事情はずっと複雑だった。

「はぁ……そうなんだ。ちょっとびっくりだな。けど、それって花が生まれる前の大人の事情じゃないか。花にはなんの責任もないじゃないか。関係ないよ」
「旭さんがそう思ってくれるんだったら、結婚……うん、旭さんと結婚したい」
「そうだね。結婚しよう」

 なんの責任もない、と言われるというのは、よいことではないからか。よくはないことをした母……それについては一抹の不安があったのだが。

「花さんと結婚させて下さい」
「はい、私たちには異存はひとつもありませんよ」
「幸せになってね」

 順番からして花のほうが先だと旭が言うので、彼が母たちに挨拶にきてくれた。結婚せずに出産した母たちだが、花の結婚を祝福してくれた。同い年の大剛は、もう結婚すんのかぁ、早いんだな、と花を眩しげに見て、おめでとう、と呟いた。

「さて、次は俺んちだね」
「根回しはしてくれたの?」
「彼女を連れてくるとは話したから、お父さんもお母さんも姉ちゃんも、マジな顔してうなずいてたよ。意味はわかってるんじゃないかな。姉ちゃんは三十で独身だから嫉妬するかもしれないけど、気にすんなよ」

 小姑も気にならなくはないが、より以上に気になるのは我が家の事情だ。その根回しはしていないらしく、旭としては花が話せばいいと考えている様子だった。

「旭、可愛いひとじゃない? よかったね」
「あのね、ひとつだけお伺いしたいんだけど……」

 挨拶をした花に、旭の父は鷹揚に微笑んでみせた。姉はいささかイヤミったらしく可愛いひとだと言い、母親は言った。

「お父さんがいらっしゃらないとお聞きしてるんだけど、死別じゃなくて?」
「実は……」

 二十数年前、父の昇と母の真智子は恋人同士だった。結婚の約束はしていなかったが真智子が妊娠した。というのはありふれた話で、できちゃった婚は今も昔も珍しくもない。ところが、ひとつ問題があった。昇には他にも複数の恋人がいて、そのうちのひとり、奈江もまた妊娠していたのだ。

「奈江ママと真智子ママは話し合ったのよ」
「結婚はしなくてもいい、だけど、妊娠したんだから産みたい」
「そうよ、私も産みたかった。夫はいなくてもいいけど子どもはほしかったのよ」
「そこで相談したの」

 同じ男の精子で妊娠したふたりの女は、相談して結論を出した。
 すなわち、ともに胎内の子を産もう、出産したらふたりで協力して育てていこう。父親はいなくても母親がふたりいれば、育児は万全にできるはずだ。

 戸惑いはしたものの、昇としては反対もできなかったようで認知もし、多少は協力もした。そうして花も大剛もすくすくと成長して成人したのである。

「夫婦だと子どもが病気になったりすると、母親ばっかりが会社を休むことになりがちなんだよね」
「だけど、うちは交代で休みを取って看病したのよ。大剛が熱を出しても、花が風邪をひいても、どっちの子どもだって押しつけ合ったりせずに平等にやってきたの」
「女ふたりのほうが子どもはまっとうに育つかもね、って言ってたんだよね」
「そうそう、その通りだよ」

 あからさまな父親の悪口は言わなかったが、真智子も奈江も、大剛は昇くんに似てるけど、花は私たちに似てしっかりしてるよね、とうなずき合っていた。

「というわけで、戸籍上の父はいますけど、同居はしていなかったんです」
「すると、大剛さんっていうのは弟でも兄でもなくて?」
「母親違いの弟ではありますけど、姓は別々です。ややこしい家族なんですよね」
「そうなのねぇ。そんな男性と同居してたって……」

 そんな男性とは大剛のことであるらしい。旭の母は眉をひそめていたが、大剛のことは弟だとしか思っていなかったので、花はきょとんとしてしまった。

 その日は挨拶をすませて辞去したのだが、後日、旭が言った。

「お母さんは反対してるんだ」
「……ああ、そうなのね」
「きみが兄弟ではない男と同居して育ったのがいやだって言うんだよ」
「大剛は弟みたいなものっていうか、ほとんど弟だよ」
「そうなんだけどね……うーん……お母さんに言われると、そんな男と同居していたきみには問題ありかなって思えてこなくもなく……」
「なんなのよ、それは」

 色を成しそうになった花に、旭はしどろもどろになった。

「だって、花、俺の前にもつきあってた男はいるんだろ」
「高校のときにも専門学校のときにも、彼氏はいたよ。旭さんにだってモトカノはいるんでしょ」
「男と女はちがうじゃないか。そういうふしだらなお母さんの血を引いてる娘は……」
「ふしだら?」
「いや、お母さんが言うんだよ。姉ちゃんも言ってた。親の因果が子に報い……って意味わかんないけど、いや、お母さんじゃなくて大剛くんが……」

 言いわけめいているが、要は旭の母親が嫁候補の母親を気に入らないのだろう。姉も母に追従して反対している。反対意見を述べられると、旭も揺らめいてきたらしい。

「俺は花と結婚したかったんだけど、家族に反対されるような結婚はしたくないんだ。花、どうしたらいいと思う?」
「駆け落ちでもする?」
「そんなこと、できるわけないだろっ。だから非常識な親に育てられた子は……なんだよ、その冷たい目は……やっぱり無理だ。ああ、だけど、俺は花が好きだよ。どうしたらいいんだっ」

 とうとう泣き出した旭を見ていると、花の気持ちは冷めていく。

 悪いのは誰? 強いて悪者を探すとすればお父さんだけど、それでもそれでも俺は花と結婚したいっ!! との強い気持ちを旭に持たせることができなかった、私の魅力のなさもこうなった原因かな、と思う。ってか、こんな旭とは結婚なんかしたくなくなったけどね。

「他人の偏見にさらされたりもしたわよ」
「世の中って保守的だねってふたりで嘆いたりしたよね」
「そうよねぇ。でも、世の中は変わっていくよ」
「そうそう。花や大剛が大人になるころには、って思っていたの」
「花も大剛も結婚はしたかったらしたらいいし、したくなかったらしなくてもいいんだよ」
「花は結婚しなかったとしても、子どもは産んでみるべきだけどね」
「ま、無理に産めとは私たちは言わないよ」

 母たちの声が耳元に聴こえてくる。
 ね、ママ、お母さん、世の中の保守的さはたいして変わっていないみたいよ。旭のお母さんの偏見も、昔とちっとも変わってないんだね。でも、私、そんなのに負けないから。

 旭とはたぶん結婚しないだろうけど、誰が悪いのでもない。私が負けたのでもない。ふたりで話していたカフェの隅の席で、人目もはばからず泣きじゃくりはじめた旭を残して、花は席を立つ。世界中にはもうひとり、花と同じ立場の人間がいる。だからって大剛なんて役にも立たない気もするけれど、なんとなく心強くはあった。

次は「にん」です。

以前のしりとり小説の続編ですので、近未来が舞台です。
いらっしゃらないとは思いますが、前の読みたいな、と言って下さる方は、ぜひ私にご一報を。
お待ちしております。

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