ブログパーツリスト

counter

« フォレストシンガーズ・短歌俳句超ショートストーリィ2018/8 | トップページ | 190「自己責任」 »

ガラスの靴19「公認」

「ガラスの靴」

     19・公認

 クリエィティヴな職業の友人、知人がたくさんいるアンヌの友達である涼夏さんもまた、アーティストといっていい。僕もアート系の専門学校に通っていたのだが、才能どころか興味も乏しかったので、芸術的な仕事でごはんを食べてるってすごいなぁと思ってしまう。

 デザイン系アーティストの涼夏さんと、音楽系アーティストのアンヌ、ふたりの会話には僕はついていけないので、おとなしく紅茶のおかわりを淹れたり、果物をカットしたりしていた。

「涼夏も結婚して、一年くらいになるんだよね」
「そうよ。そういえばついこの間、結婚記念日だったんだ」
「祝いとか、しなかったのか?」
「記念日のお祝いなんて、ださいじゃん」
「……そっかね」

 うちでは結婚記念日はプライベートなお祝いだからと、アンヌと息子の胡弓と僕の三人水入らずで食事をしたり、内輪のパーティをしたりする。
 三年目の結婚記念日には僕の両親も呼んでお祝いをした。記念日の行事ってのは僕は大好きで、アンヌだって嫌いではなさそうだから、涼夏さんにださいと決めつけられてむっとしたらしい。

「そんな田舎者みたいなこと、うちではしないから関係ないの」
「あっそ。ま、あたしは田舎者だけどね」
「ダンナが結婚記念日を忘れてたとか言って怒る女、信じられない。ださすぎ」
「その話はいいけどさ」
「なにが聞きたいの?」
「噂によると涼夏とダンナって、特別な取り決めをしてるって話じゃない?」
「やだ、噂になってるの?」

 よく似た職種の男と涼夏さんが結婚しているとは聞いていたが、取り決めとはなんだろう? 僕も耳をぴくっとさせた。

「愛し合ってるんだから、互いの浮気なんかでは揺るがないって取り決めよ。ちょっとした遊び心の浮気なんかでぎゃあぎゃあ言うのは、相手を信用してないからでしょ」
「そっかもしれないね」
「アンヌのとこは駄目なの?」
「そういう機会はなかったんだけど、あたしは田舎者だから、涼夏ほどは割り切れないかな」

 最初で最後の女、アンヌ。僕にとってはそういう仲のアンヌが、あたししか知らないなんて笙がかわいそうだと言い出した。アンヌが浮気をしてみたかったのもあったのか、僕にだって好奇心はなくもなく、別の夫婦と相手を取り換えっこして楽しもうということになったのだ。

 けれど、僕はよその女に抱かれるなんて我慢できなくて、泣き出してしまった。アンヌもよその男を振り切って僕を救出しにきてくれたから、おかしな試みは成就していない。僕はアンヌだけでいいんだけど、アンヌはそうでもないんだろうか。

「で、実行したのか?」
「軽いのだったらしなくもないな。キスしたとか、ふたりっきりで飲みにいったとか、プレゼントをあげたとか、一度だけ寝たとか」
「創平もあんたも?」
「申告することもあるんだ。こんな女と遊んでみようと思うんだけど、プレゼントはなにがいい? って相談されたりね。でも、全部を聞いてるわけじゃないから、創平がなにをやってるのかはすべては知らないわよ」
「そりゃそっか」

 紅茶、おかわりお願い、と涼夏さんは僕に言い、アンヌに向き直った。

「私も結婚してからはふたりほど、よそ見してみたの。その男の子たちは年下で、可愛いだけの頭の悪い子だったから、じきに飽きて捨てたわ」
「へぇぇ」
「でね、今年になってから知り合った、取引先の男の子がいるのね」

 三十歳のアンヌと、涼夏さんは同じくらいの年頃だろう。創平さんは涼夏さんと同い年だそうだが、遊び相手には年下がいいらしい。逆に創平さんは年上の女性と遊んでいるのだそうだ。

「広告代理店の子で、アメリカで大学院まで出てるそうなの。だから二十六、七かな。男はそのくらいがいいよね。二十二、三なんてお尻の青いひよこよ」
「笙を見ててもそうだよね」

 ひどい言われ方だ。ぶっとふくれてみせると、両側から頬をつつかれた。

「エリートだし頭はいいし、超人気企業の花形営業マンなんだから、機転もきいて話術も巧みで、人当たりもいいのよ。その分、性格はちょっとゆがんでるのかと思ってたんだけど、そうでもなさそう。素直でまっすぐで可愛らしくて、なんか本気で恋しちゃいそうなの」
「おいおい、本気で恋したらまずいだろ」

 ってか、そんな男が誰かのお古を相手にするんだろか、失礼なことを言われたお返しに、僕も失礼なことを考えてみた。

「本気で恋するモードに入っただけだから大丈夫。創平と愛し合ってる間は、本気の本気にはならないよ。私がもてたのってアンヌも知ってるでしょ」
「もててたねぇ」
「勝手に言い寄ってくる男は数知れず。そういうのを適当にかわすのも得意だったけど、ひそかに目をつけた男を私に夢中にさせるのも得意だったのよ。自然に惚れられちゃうって言ったほうが正しいのかな。あの男、私に恋しないかな、って思ってたら、間もなくもれなくアプローチしてきたものね」

 一見は知的で仕事のできそうな、薄目の顔立ちの美人だ。背は高めで細めで、化粧がうまくてセンスがいい。アンヌだって美人だが、ロックミュージシャンというだけで敬遠する男もいる。その点、涼夏さんのほうが一般受けするだろう。いや、自分に自信のない男は寄ってこない、寄せつけもしなかったのかもしれない。

「なのにね、その彼、太郎くんって偽名にしておくけど、太郎くんは言いよってこないんだな」
「涼夏が結婚してるからだろ」
「そんなの関係ないわよ。結婚してからだって、私がその気になった男は全部落としたんだから、私の手腕は衰えてないの」
「あんたの手腕が衰えてなかったとしても、世間の常識に縛られてる男は既婚の女には寄ってこないって」
「そうじゃないのよ」

 ケーキやお菓子は太るから、果物にしてね、と最初から言われていた。涼夏さんは苺をフォークで小さくして口に入れた。

「草食系じゃなくて、絶食系っていうんだって」
「絶食なのかよ。女に興味ゼロってわけか?」
「仕事の流れで飲みにはいったの。なんだかんだと聞き出したところによると、どうやらそうらしいよ」
「牽制されてんじゃねえの? それとも、あんたとはその気にならないだけとか?」
「ちがうんだってば」

 すこし酔ってきた太郎くんは言ったのだそうだ。

「女性とプライベートなおつきあいをしたことはありません。友達だったらいーっぱいいますけど、性的な関心はひとかけらもない。男が好きとかロリコンとかってのもありませんよ。セックスの経験もありませんし、したくもないな。頭の中がそういうのでいっぱいで、いやらしい動画を観たりする男は汚らわしい……うーん、そこまで考えてはいませんよ。ただ、暑苦しくっていやなんですよね。やりたい奴は好きにやってればいいけど、僕にはおかまいなくって感じ? なまぐさいのや暑苦しいのは嫌いなんですよ。結婚なんかしたくありません。恋愛にも興味はありません。僕の好きなこと? ガーデニングかな」

 かっこつけてんだろ、とアンヌは嘲笑い、涼夏さんは頭を振った。

「ちがうのよ。彼はそれが自然の姿なの。誰にだってそう公言して憚らないんだから。あれはもう人間の男じゃないのかな」
「アンドロイドみたいなもんか?」
「そうかもしれない。なんか気が抜けちゃった」
「あんたは肉食だろ。これからもがんばれよ」
「そのつもりだけど……そうだよね。私はやっぱり、創平みたいな生身の男がいいわ」

 夫がいちばん、という結論が出たのならば、それはそれでいいのかもしれない。
 草食といえば僕もそっちの部類だろうが、最初にアンヌに告白したのは僕だ。アンヌとだったら抱き合うのも嫌いじゃない。でも、僕が稼ぎ手になってアンヌと胡弓を養うのは勘弁してほしい。僕には絶対に無理。

 僕から見ると太郎くんは枯れたお年寄りのようだ。うちのお父さんよりもさらりと乾いている。僕ももうすこし年を取ったら、太郎くんみたいになれるだろうか。ある意味、理想の老後だ。

つづく

 

« フォレストシンガーズ・短歌俳句超ショートストーリィ2018/8 | トップページ | 190「自己責任」 »

連載小説・ガラスの靴」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1286274/74128479

この記事へのトラックバック一覧です: ガラスの靴19「公認」:

« フォレストシンガーズ・短歌俳句超ショートストーリィ2018/8 | トップページ | 190「自己責任」 »

2018年9月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
無料ブログはココログ