ブログパーツリスト

counter

« ガラスの靴18「内緒」 | トップページ | Typhoon PARTⅡ »

189「プロの意地」

しりとり小説

189「プロの意地」

 チームとしてもファンとしても、優勝できなかったのだから最高のシーズンだとはいえないだろう。が、加瀬周治にとっては個人的には満足のいく年だった。

 少年野球チームのエースだったころから十年、大学を卒業してドラフト三位でプロ野球チームに入団した。当初はピッチャーだったのが外野手に転向してから三年、レギュラーに定着したのは二十六歳の年だったから遅いほうだ。それでも、一度も一軍に上がることもなく自由契約になる選手もいるのだから、周治は運にも実力にも微笑まれたほうだと思っていた。

 二十一歳でチームに入ってから七年、昨シーズンは完全にレギュラーとして、全試合に出場した。年俸も徐々に一億に近づいてきている。キャリアハイといっていいこのシーズンが来期も持続すれば、二年ほどつきあっている彼女にプロポーズしようかと加瀬は考えていた。

「加瀬さん、年が明けたら自主トレ、はじめるんでしょ」
「そのつもりだよ」
「どこでやるかは決めてます?」
「決めてるよ」

 郊外に二軍の寮がある。加瀬も入団してから三年ほど世話になった。なによりも食事にまったく困らないのがいい。仲間が大勢いるのは励みにも焦りにもなるだろうが、若い時期に寮で暮らして野球漬け生活を送るのもいいものだと、ひとり暮らしをはじめるようになるとなつかしく振り返っていた。

 むろんつらいことだってたくさんあるだろうから、加瀬はたまさか後輩たちを食事に連れていってやる。年末も近くなってきたこの時期には、忘年会と称して若い二軍選手たちを飲みに誘った。

 未成年もいるので、酒は二十歳以上だけだぞ、飲んでもいいけど度を過ごすな、帰ったら素振りやれよ、などと忠告してから忘年会開始。説教はすこしだけにして、今夜は無礼講だ。
 若い奴らと飲むの、好きなんだよな、俺も楽しいんだよな、という気分で飲んでいたら、佐賀修斗が話しかけてきた。

 高校を卒業して三年目、二十歳になった修斗も外野手で、成長すれば加瀬のライバルになる存在だ。去年、ようやく一軍の試合にはじめて出してもらったばかりだから、ライバルにはほど遠いが、ほど遠いからこそなのか、加瀬も目をかけてやっていた。

「目標は加瀬さんです」
「加瀬さんですか。意外な名前を出しますね」
「意外じゃありませんよ。加瀬さんはもうちょっとしたら大スターになるんです。僕はそうなった加瀬さんに追いついて追い抜くのが目標です」

 シーズンオフに地元のテレビ局が、若手選手にインタビューをしていた。加瀬もたまたま見ていたら、修斗が出演してそんなことを言っていた。
 テレビで若手が、目標は加瀬さん、と言ってくれたのは初だ。くすぐったくも嬉しかった。

 外野手にすればずんぐり目の身体つきで、修斗は加瀬よりも背もだいぶ低い。パワーはありそうで、チームとしては大砲に育てたい意向らしいとは加瀬も知っていた。

「俺も……連れていって下さいってあつかましいですか」
「あつかましいと言えばあつかましいな」
「……そう、ですか。すみません」
「でも、あつかましいくらいのほうがいいんだよ。俺もおまえに盗まれるほどの技術を身に着けよう」
「そしたら……」

 あつかましいと言われてしゅんとした修斗に、いいよ、ついてこい、と加瀬は言った。そう言ってやったら輝いた修斗の表情はまぶしいほどだった。

 元旦には実家の両親や弟とすごし、二日には恋人の野矢子と初詣に行った。神社の人ごみの中、あれ、加瀬じゃない? そうだ、加瀬だよ、と言う声が聞こえた。サインだの写真だのを所望されるとわずらわしかったかもしれないが、名前を囁かれるだけなら心地よかった。

 帰宅するとトレーニングをし、三日には一日中、母校の高校のグラウンドを貸してもらって汗を流した。一月五日からいよいよ自主トレスタート。ひとりで行くつもりだったのだが、佐賀も連れて高知県へと出かけていった。

 メディアが取材に来るほどのスターではないが、静かなほうがありがたいので、母の故郷のここを選んだ。祖父が村会議員をつとめていたのもあって顔がきく。加瀬周治はこの村では郷土の英雄扱いに近いので、さまざまなわがままも聞いてもらえる。ひっそりとみっちりと、トレーニングを積むには最適な土地だ。

「あけましておめでとう、じいちゃん、ばあちゃん」
「はじめまして。佐賀ですっ!! お世話になりますっ!!」
「ああ、がんばってな」

 孫も後輩を連れてくるようになったか、と祖父母は顔をほころばせ、迷惑がるそぶりはひとかけらも見せなかった。村のおばさんたちが汁ものやおにぎりを差し入れてくれたり、小学生たちが先生に引率されて行儀よくトレーニング風景を見学していたりする。
 
 地元のテレビが一度だけ取材に来たが、あとはのびのびと、加瀬と修斗は村の小学校の広いグラウンドでトレーニングに励んだ。若い修斗は加瀬の教えを吸収し、言わないことも自ら観察して見よう見まねで、めきめき成長していっていると見えた。

「加瀬さん、俺の身体のひねりってこれでいいんですかね」
「……人それぞれもあるからな」
「教えて下さいよ。ケチだな」
「ケチとはなんだよ」

 バッティングフォームについて話していて、修斗が軽口をきく。最初はひどく遠慮がちで恐縮していたのが、一週間でかなり親しみを増したようだ。そうだな、このほうがいいかな、と腰に手を添えてアドバイスしてやっていると、修斗はとてもとても嬉しそうだった。

「お、来たか」
「……どなたですか? このあたりの人だとは思えませんね。あ、もしかしたら加瀬さんの彼女?」
「彼女ってほどでもなくて、友達だけどな」

 その昔のプロ野球選手の伴侶にはスチュワーデス、現在は女子アナ、が流行りといっていい。サッカー選手だとタレントやモデル。プロスポーツの男性アスリートはあかぬけた美人がお好きらしい。

 大学時代には本当にただの友人だったのが、再会してつきあうようになった野矢子。彼女は一般企業勤務の一般職で、美人というほどでもない。けれど、こんな鄙びた場所にいるとやはり都会の女らしくセンスもよくてすっきりして見える。野矢子が手を振り、加瀬は彼女に手を振り返し、修斗は軽く頭を下げた。

「自主トレの見物に来ていいって言ったんですか」
「来てもいい? って訊かれたから、いいよって言ったよ」

 かまってはやれないよ、と応じたら、そんなの平気よ、と野矢子は笑っていた。

「女に来られると気が散りません?」
「意識しなくちゃいいんだよ。おまえにだって彼女くらいいるんだろ」
「いません。俺は女どころじゃありません」
「まあ、おまえはまだ若いけどさ。けど、ある程度になったらプロ野球選手は早く結婚したほうがいいよ。長く独身でいると悪い遊びに走ったりもするし」

 ウォーミングアップをしながら、修斗と加瀬は雑談のように話していた。

「できたらキャリアウーマンなんかじゃないほうがいいかもな。専業主婦になって家庭を守ってくれて、二、三人の子どもを産んできちんと育てる。うまくて栄養のバランスの取れた料理を作ってくれる。女子アナだのタレントだのモデルだのだと、自分のことのほうが大切だって気がするな。昔ながらの内助の功をつくしてくれる奥さんのほうがいいよ」
「加瀬さん、古いですよ」
「古いかもなぁ。修斗はどんな女の子が理想?」
「俺はハリウッドスターがいい」
「おお、大きく出たな。将来はメジャーに行ってハリウッドスターと結婚するんだな」

 ハリウッドにメジャーのチーム、あったっけ? 首をかしげる加瀬を、修斗は強いまなざしで見た。

「あのひとと結婚するんですか」
「プロポーズもしてないんだから、するとしても先だよ」
「そっか……俺には関係ないけどね」

 この村にはホテルもない。祖父母の家に泊めてもらうのは、婚約者でもないのに気が引ける。やや離れて加瀬と修斗のトレーニングを見守っていた野矢子は、夜にはいちばん近い街のホテルに引き上げることになっていた。加瀬もタクシーに乗って、野矢子を送っていった。

「彼のことは私は知らなかったけど、加瀬くんが連れてくるんだから将来有望なんだよね」
「そうだといいな。俺たちの仕事って将来どうころぶかわからないけど、有望は有望だよ。慕われると無下にはできないって、俺の性格、ノヤも知ってるだろ」
「慕われてる……そうねぇ。プロ野球選手って男っぽいのに、そういうのもあるんだ。男っぽいかどうかは無関係かな」
「ん?」
「加瀬くんは気づいてないんだね。私の気のせいかな」

 なにが言いたいのかさっぱりわからないでいる加瀬に微笑みかけて、ホテルにつくと野矢子はひとりで降りた。加瀬はそのタクシーで折り返し、祖父母のいる村に帰った。

「俺にだって意地はありますからね」
「プロ野球選手の意地かのぉ」
「そうです」
「なんやら私にはわからんけんど、がんばりや」
「はい。俺の望みはそっちは絶対にかなわないだろうけど、きっと加瀬さんに恩返しはします」
「うんうん、そうじゃのう」

 家に入っていくと、聞こえてきたのは祖母と修斗の会話。このふたりも一部、わけのわからないことを言っていた。

「そういうことってあるんやのぅ」
「おばあちゃん、気持ち悪いですか」
「いやいや。私は変人やとか言われるし、ちっとも気持ちわるぅないよ」
「よかった。俺のこと、いや、加瀬さんとのなんとかじゃなくて、応援してくれますよね」
「プロ野球選手として、周治と同じくらい応援するよ」
「ありがとうございます」

 なんだろう。修斗の言葉はかなり意味不明だ。なのにどうやら、野矢子も祖母もなんとなくわかっているらしい。すると、女にしか理解できないことなのか。ならば祖父に質問しても無駄だろう。

 気持ち悪い、とかいうフレーズがすこしだけひっかかったが、気にしないでおこう。俺にはわからないことなんだ。さ、明日からもっとがんばるぞ、俺にもプロ野球選手としての意地がある。先輩としては修斗以上の意地がある。あと十年はおまえには負けないぞ。加瀬はバットを持って、村の闇の中に出ていった。

次は「じ」です。

« ガラスの靴18「内緒」 | トップページ | Typhoon PARTⅡ »

しりとり小説」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1286274/74065442

この記事へのトラックバック一覧です: 189「プロの意地」:

« ガラスの靴18「内緒」 | トップページ | Typhoon PARTⅡ »

2018年9月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
無料ブログはココログ