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ガラスの靴18「内緒」

「ガラスの靴」

     18・内緒

 変人であることを誇りにしている人間がいるもので、僕のような凡庸な者が見ると、へーっ、ふーん、そうなんだぁ、ではあるのだが、アンヌにもその傾向はある。

 そのアンヌが、あたしはあの女にだけはかなわない、と感嘆する女、西本ほのか。
 通訳である彼女は、アメリカやイギリスの有名人ともときおり交流を持つ。おそらくはそうして知り合ったのであろう外国人男性の子どもをふたり、産んだ。子どもの父親はそれぞれ別で、有名英語国民なのだろう。

 見るからにハーフの女の子、ひとりは白っぽく、ひとりは黒っぽい。養子? ちがうの? え? ふたりともあなたが産んだの? お父さんは……誰だかわからない、へー、そうなの……絶句。

 事実を知ったひとのほぼすべてがこんな反応を示すのだそうだ。本人のほのかさんは子どもの父親を知っているはずだが、口にしない。認知もしてもらっていない、結婚ももちろんせず、ベビーシッターや家政婦を雇ってひとりで育ててきた。

 ふたりともに女の子なので、男の子もほしい、今度は日本人がいいと考えたほのかさんは、それを実行に移してまんまと男の子を産んだ。彼女の毒牙にかかったというか、自業自得だというか、の相手の日本人男性は吉丸さんだった。

 ロックバンド「桃源郷」のドラマーであり、僕の妻、僕の主人である新垣アンヌとは友人でもあり同僚のようなものでもある吉丸さんはバツイチで、息子がひとりいる。子どもを産んだのだから、前の妻は女性だ。結婚している間に男の子と浮気して離婚して、その男の子、美知敏と事実上の再婚をした。

 なのだからゲイかと思ったら、やはりバイセクシャルだったらしい。女と結婚して子どもを作って男と浮気して離婚して、男と再婚のようなことをして、またもや別の女と浮気して子どもを作る。ややこしくもせわしない男だ。

 勝手にやってりゃいい吉丸さんはいいのだが、彼の事実上の妻、彼の息子の継母のようなことをしている専業主夫のミチはかわいそうに……と思っていたのだが、彼も案外こたえていない。ミチはいつしかほのかさんと親しくなっているらしかった。

「ライアンと雅夫は兄弟でもあるんだし、佳子ちゃんと華子ちゃんとだって仲良しなんだから、たまにはライアンを連れて遊びにいくんだよ。笙くんも行かない?」

 誘われたので、ライアンも胡弓も連れて西本さんのマンションにお邪魔した。
 西本さんの子どもたち、華子、佳子、雅夫。吉丸さんちの来闇。うちの息子、胡弓。親の趣味が強く反映したネーミングだ。

 今日は休みだというほのかさんは、広い部屋で三人の子どもたちを遊ばせながら読書をしていたようだった。ベビーシッターも家政婦さんもお休みだというので、ミチがクッキーを焼き、僕が紅茶を淹れて八人でお茶の時間。ほのかさんも今日は穏やかに楽しそうだった。

「ただいまぁ」
「……ただいまって?」

 勝手に玄関の鍵を開けたらしく、そこに入ってきたのはすらりとした若い男。二十一のミチや二十三の僕と似た年頃に見えた。

「こんにちは、えーと、話は聞いてるよ。ミチ、ライアン、ショウ、コキュウ。僕は竜弥。よろしくね」
「あ、はじめまして、ミチです」
「笙です。ライアンも胡弓も挨拶しなさい」

 お兄ちゃん、お帰り、と華子、佳子がにこにこしている。雅夫は赤ちゃんなのでなにも言わないが、子どもたちの反応からしても同居しているのか。

「若い男性のベビーシッターとか?」
「いや、そういう役割もあるんだけどね……ね、ほのかさん?」
「そうよね」

 ほのかさんは三十代だろう。僕は女性の年齢を言い当てるのが得意なのだが、彼女は美容やおしゃれにもリキを入れているようなので、僕にもわかりづらい。もしかしたら四十代なのかもしれない。

 そんなほのかさんの……もしかして? 
 二十代から三十代にかけて、ほのかさんはかなり自由に生きてきたはずだ。収入もいいし、実家も裕福なのかもしれなくて、未婚で三人の子どもを産んで余裕で育てている。マンションだって持家らしく、かなり豪奢だ。

 仕事も恋愛も充実し、結婚なんかしなくても子どもを持ち、というのは、ある種の女性の理想なのかもしれない。旦那なんかいらない、子どもだけほしい、と言う女性もたまにはいる。

 が、四十歳前後の年頃になったほのかさんは、やり残していたことをしたくなった。すなわち結婚。もしかしたらもしかして、竜弥くんってそのお相手?

 うふふ、とミステリアスに微笑む美女と、かたわらにすわってクッキーを食べ、冷蔵庫から持ってきたコーラを飲んでいる竜弥くん。これで年下の美青年を手に入れたら完璧、とほのかさんが考えていてもおかしくない。お金と地位があれば女はなんでも手に入れられる。おまけにほのかさんには美しい容姿もあるのだから。

「どういう関係なのか気になるなぁ、教えてよ」
「ミチくんも笙くんも気になる?」

 うんうん、とふたりそろって首を縦に降ると、ほのかさんは言った。

「吉丸が妬きそうだからね」
「吉丸さんは関係ないじゃん。彼は生物的に雅夫の父親ってだけなんでしょ」
「そうなんだけど……」
「あー、ほんとはまだつきあってるの?」
「どういう意味で言ってるんだか知らないけど、男と女としてはつきあってないよ」

 妻の嫉妬なのか、ミチがほのかさんを詰問し、彼女はのらくらかわしている。竜弥くんは素知らぬ顔で子どもたちの相手をしていた。

「あの、ほら、家政婦のおばさん……」
「家政婦のおばさんがどうかした?」

 帰り道の電車の中、遊び疲れて眠ってしまったライアンを抱いたミチが、同じく眠っている胡弓を抱いた僕に内緒話をしかけてきた。

「あのおばさんだったら真相を知ってるんじゃない?」
「家政婦は見た、ってね。知ってそうだけど、それがどうか?」
「そのうち、こっそり聴き出そうかな、なんて」
「……そんなに気になる?」
「笙くんは気にならないの?」

 まったくならないわけでもないけれど、どっちだっていいじゃないか。アンヌが僕に言うような調子でミチに言ってみた。

「おまえ、主婦みたいだな」
「僕は主夫だもん。笙くんだって主夫じゃないかよ」
「僕のほうがミチよりは俗っぽさが少ないと思うよ」
「そんなのが自慢なの?」
「僕らの相手はミュージシャンなんだから、あんまり俗っぽいのって嫌われそうじゃない?」
「……そっかな」

 恨めしそうに僕を見返すミチの目は、笙くんの意地悪、と言っていた。これって僕の勝ち、ってことにしておこう。

つづく

 

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