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ガラスの靴15「理想」

「ガラスの靴」

     15・理想


 業界のパーティに糟糠の夫を連れてきてくれるなんて、アンヌはなんて優しいんだろ。業界というのは音楽なので、時代の最先端を風を切って進んでいると僕には思われる、おしゃれな人々が群れていた。

「お久しぶりです」
「あら……ご無沙汰」

 太目のおじさんが太目のおばさんに声をかけているのを、僕は見るともなく見ている。僕はロックヴォーカリスト、新垣アンヌの夫ではあるものの、音楽にはあまり興味はない。知っているひとはちらほらいるけれど、アンヌが僕にかまってくれなくて暇だから、周囲の人間を観察していた。

 五十歳前後であろうおじさんもおばさんも、知らないひとではない。アンヌたち「桃源郷」が所属するCDレーベルの事務部門の男女だ。

「ゑ美子さん、お元気でしたか」
「ええ、まあね。沖永さんも?」
「僕は子どもたちに振り回されてますよ」
「奥さんが連れていかれたんでしょ?」
「そうなんですけど、会わせてはもらいますんでね。いつも一緒にいられるんじゃないんだから、会うといろいろしてやりたくなって、時間もかかれば金もかかるんですよ」

 世間話の内容からすると、沖永さんというおじさんは離婚したのであるらしい。子どもたちは奥さんが連れていき、彼は独り身になり、寂しいけれど清々しくて、だけど子どもは恋しくて、ということらしい。
 バツイチだかバツニだかは知らないが、離婚しているひとなんて珍しくもない。

 おばさんのほうはゑ美子さん。彼女は独身らしくて、喋りまくる沖永さんを迷惑そうにも、親身になってあげているようにも見える態度で相手をしてあげていた。

「沖永さん、ちょっと」
「……あ、はい。ゑ美子さん、あとでね」
「はいはい」

 他の人に呼ばれて沖永さんが離れていくと、ゑ美子さんは僕に気づいてそばに寄ってきた。

「アンちゃんのご主人よね」
「ええ、まあ、夫のことは主人って言いますもんね」
「アンちゃんだったらあなたをご主人だなんて言ったら怒るのかしら。アンちゃんのほうが主人で、あなたは男女中さんみたいだもんね」

 オトコジョチューって差別用語ではないのか? と思うのだが、専業主夫だというと差別したがる奴はけっこういる。他人がごちゃごちゃ言うのは気にしないと決めているので、僕はたははと笑っておいた。

「沖永さんってば、困るのよね」
「そう?」
「そうよ。あんなにアプローチされたって、私はあんなひと、アウトオブガンチューだっての」

 死語も死語、僕にはむしろ新しい響きのある言葉だ。アウトオブ眼中。

「彼、独身のころから私にはよくモーションかけてきたのよ。私はもてもてだったんだから、彼には興味なくていつだってつれなくしてたの、そのせいで彼は諦めて別の女性と結婚して、結果は離婚したのね。三人も子どもを作ったくせに、結婚してた時期にだって私に愚痴ばっかりこぼしてたわ」
「長年のつきあいだから」
「そうなんだけど……そうよ。こっちは彼を仕事のつきあいだとしか思ってないの。なのにね、彼ったらいまだに、私に気があるみたい。私はこの年まで独身で理想を追求してきたんだから、今さらあんなくたびれた中年なんか相手にするもんですか」

 鼻息が荒いとは、ゑ美子さんみたいな女性を言うのだろう。
 音楽業界人のパーティにも、異人種っぽい人々はいる。僕もそのひとり、専業主夫だなんて異人種きわめつけだろうが、事務系のひともちょっと人種がちがう。総務だか経理だか人事だかの仕事をしているゑ美子さんも、このパーティでは浮いていた。

「ゑ美子さんの理想ってどんなの?」
「まず年下。これは譲れないわ。かといって笙くんみたいな頼りない年下の男の子はごめんよ。三十代のエリートがいいな。私はいくつだか知ってる? 笙くんは知ってたっけ。あ、いい、いい、言わなくていいから」

 以前にも、私はいくつに見える? と質問されて、面倒だからお世辞も言わず、五十前、とずばり言い当てていやな顔をされた。ゑ美子さんも覚えているのだろう。

「四十代だっていやよ。二十代は子どもすぎるから駄目。三十代がいいの。背が高くて爽やかな感じのエリートがいいな。私は面食いではないんだけど、細身でイケメンってのが理想なのよ」

 人は自分にないものを求める。アンヌは気が強くて自活能力があり、独立独歩精神旺盛だから、僕みたいな真逆の男に惹かれたのかもしれない。僕も同じ理由もあってアンヌに恋をした。
 しかし、そうとも言えないので、ふむふむ、そうだねぇ、と笑っておいた。

「あれ? ゑ美子さんは?」
「……どっか行っちゃったよ」

 それから一時間ほどして、沖永さんが戻ってきた。ゑ美子さんはいつの間にか消えていたので、疲れて帰ったのかもしれない。いろんなひとの観察をしているのも飽きてきていたので、僕も帰りたいなと思っていたところだった。

「沖永さん、再婚したいの?」
「いや、当分はいいよ」
「ゑ美子さんに熱心だったじゃん?」
「ええ? 誰が? 冗談じゃないっての」

 こちらはゑ美子さんとは別部門の事務職員だったはずだ。僕はゑ美子さんについても沖永さんについても詳しくは知らないが、アンヌに紹介してもらったことはあった。

「再婚するんだったらもっと若いのがいいな。子どもはもういらないけど、どうせだったら若くて可愛い子がいいよ。最近は年の差婚って流行ってるだろ」
「僕の知り合いにも、二十四歳と結婚した六十五歳のおじいさんがいるけどね」
「だろ? 男にはそれが可能なんだよ」
「なのにゑ美子さんと熱心に話してたの?」
「彼女は僕のほうの事情も知ってるから、話しやすいからさ」

 勘違いおばさんというのはよくいるが、勘違いおじさんもいる。沖永さんは顎を撫でてにやけていた。

「彼女、僕のことをなにか言ってた? 改めて惚れられたかな」
「さあ、どうなんだろ」
「ゑ美子さんは昔から僕に恋をしていたらしいんだよ。僕が結婚する前には、まあ、遊び相手くらいだったらしてやってもいいんだけど、仕事の関係者だからな、って思ってたんだ。だけど、僕は結婚してしまった。ゑ美子さんは傷心だったのか、それっきり結婚しなかったもんな。悪いことしちゃったかな」
「かもね」
「昔は彼女ももててたよ」

 首をふりふり、沖永さんは嘆息した。

「若いころにはすこしくらい太っていたって、瑞々しくて可愛かったらまあまあもてるんだよ。彼女も高望みしないで、二十代のうちに結婚しておけばよかったのにね。もはや手遅れだね」
「そうなんだ」
「そうだよ。男はまだこれからどうにでもなるけど、女は賞味期限をすぎたらおしまいさ」

 きみも男なんだから、今の状況に甘んじていてはいけないよ、と重々しく僕にお説教をしてから、沖永さんはテーブルに残っていたサンドイッチを取りにいった。そのとき、アンヌがやってきた。

「酔っちまったよ。笙、帰ろうか」
「うん……あのサンドイッチ、まだ食べられるよね」
「もう腹いっぱいだよ。笙、タクシー呼べ」
「はーい」

 沖永さんがあんなことを言ってたよ、って告げ口したら、アンヌは怒るのだろうか、笑うのだろうか。僕もすこしは酔っていたので込み入った話をするのが面倒で、アンヌとふたりでタクシーに乗って帰った。
 
「ねえねえ、アンヌ、またパーティに行きたいな」
「しようがねえな、連れてってやるよ」

 そうそうは行けないパーティには、僕は憧れを抱いている。パーティというとアンヌが僕に服を買ってくれるし、晩ごはんの支度もしなくていいし、息子の胡弓は母が預かってくれて、母も喜ぶ。いいことづくめなのだから。
 それでもしょっちゅうとなるとアンヌに怒られるので、たまにだ。前にパーティに出席してからだと一年近くがすぎた今夜、アンヌと腕を組んで業界のパーティに出た。

 こんなパーティでは僕は部外者。アンヌは知り合いだらけなので、今日も僕はほったらかしにされる。だが、今日は誰かを観察するまでもなく、アンヌが僕を呼んでくれた。

「笙はこいつ、知ってたよな」
「えーっと、大城直也くんだよね」
「一度、紹介してもらったよね。こんばんは」

 一応はアンヌも芸能人なのだから、芸能人の知り合いもよくいる。そのうちのひとり、僕が中学生だった十年ほど前に、ヒーローものの主役を演じて一世を風靡した大城直也に紹介してもらったときには、うわぁ、本物だぁ!! と思ったものだ。

 本物とはいっても、彼は本物のヒーローではなく、かっこいい生身の人間だ。十年前にはアクション俳優だったが、その後転身して芸能プロダクションの社長になった。アイドル系の俳優なんてのはそのほうが利口だよ、とアンヌは言っていた。

「直也、結婚するんだってよ」
「あ、そっか、直也くんは独身だったね。おめでとう」
「それがさ、相手、誰だと思う?」
「モデルとかタレントとか、歌手とか女子アナとか?」
「そんなだったら当たり前すぎて面白くもないだろ」

 本人はただにこやかにしていて、アンヌは興奮気味だ。背が高くて爽やかなイケメン、彼に似合う女性ってどんなひとだろう。財閥のお嬢さまとか?

「あのおばさんのことも笙は知ってたはずだよな」
「おばさんと結婚するの?」
「おばさんとは失礼な。大人の女性って言ってよ、アンヌさん」
「おばさんはおばさんじゃんよ。このあたしがびっくりしたんだから、誰が聞いたってびっくりするさ。だいたいなんだって、あんなおばさんと結婚する気になったんだよ。てめえは変態かよ」

 ひでぇなぁ、と頭をかいてから、直也くんは言った。

「僕は五年くらいは芸能界で下積み暮らしだった。二十三の年に宇宙ヒーローのオーディションを受けて、人気が出たんだよ。笙くんも僕の番組を見てた、ファンだったって言ってくれたよね。子どもたちと、その母親にも人気があったな。いい気になって歌手だとかグラビアアイドルだとか、モデルの女の子とつきあったりもしたよ」

 でもね、と憂い顔になって、直也くんは続けた。

「上っ面ばかりの女には飽き飽きしたんだよ。男だって女だって外見がすべてではなーい。年齢だって恋愛には関係ないんだ」
「……かっこいいこと、よくもまあほざいてくれるよ。けど、おまえは実践するんだよな。リアリティはあるよな」
「そうだよ、アンヌさん。彼女はさ、三十代のエリートで外見もかっこいい男と結婚したいって言ってたんだ。僕の仕事はヤクザなものだからエリートじゃないけど、他はあてはまるから妥協してあげるわ、だってさ」

 きーきーっ、と冗談まじりみたいにアンヌが叫び、僕は思い当った名前を口にしてみた。

「もしかして、そのおばさんってアンヌのいるCDレーベルのゑ美子さん?」
「おっ、笙くん、鋭い。そうだよ」
「うわ……そんなことってあるんだ。ふたりして僕をだましては……いないよね」
「なんのために笙くんをだますの?」
「アホか、おまえは。なんでだまさなきゃなんねえんだよ」

 ふたりともに真面目な顔をしているのだから、本当なのだろう。こんなことって……奇跡は起きるんだ。今夜はゑ美子さんは来ていないようだが、もしもどこかで会ったとしたら、さぞかし勝ち誇った顔をしていることだろう。ゑ美子さんのその顔が見たいような、いや、それ以上に、沖永さんに感想を聞いてみたい気がしていた。

つづく

 

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