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188「レンタルショップ」

しりとり小説

189「レンタルショップ」

 よその奥さんとつきあい続けて二十年、妻が夫の行状に気がつかないはずがないではないか。喜勢子は夫などよりも息子が命だったから、あんたは好きにやってりゃいいのよ、気分ではあった。とはいえ、不倫をお咎めもなしで許すのは片腹痛い。喜勢子はついに夫の康に告げた。

「あなたは好きにし続けてきたんだから、私も好きにさせてもらうわ」
「好きに……え? 喜勢子も誰か……」
「認めたのね。だけど、その方、亡くなったんでしょ。今さらなんのかんのと言う気もないけど、だからあなたも認めて。私、康文についていくから」
「ついていくって、香港に?」
「そうよ」

 結婚したとき、康は二十七歳、喜勢子は三十五歳だった。つきあうのはいいけど結婚はね、きみは八つも年上なんだからそんなの当たり前だろ、と言外に匂わせているような康の態度が悔しくて、策略を講じた。すなわち妊娠。妊娠してしまえばこっちのものなのだから、康には有無を言わせず結婚したのだ。

 なのだから、康は最初から喜勢子を愛してなどいない。遊びのつもりが子どもができて結婚せざるを得なかった、かわいそうな奴だと喜勢子も夫に同情していた。

 愛情を一心に注いで育てたひとり息子の康文は、幸いにも成績優秀だ。ルックスは残念なことに康ではなく喜勢子に似てしまったので、残念な外見の部類に入るのだろうが、バブル時代に言われた三高のうち、高学歴と高収入は手に入れている。二十九歳になった康文には恋人もいないようだが、会社から香港勤務の辞令が下った。

 大学院まで終了した康文が就職したのは、イギリス系の大企業だ。香港勤務は中でもエリートの就くポストである。喜勢子も香港には幾度か遊びに行って気に入っていたので、息子の赴任に同行しようと決めた。

「康文はいいって言ってるのか?」
「母さんが一緒に行ってくれたら、僕も助かるって言ってたわ」
「……それが三十前の男の台詞か。本心なのか?」
「本心に決まってるでしょ。あなたにごちゃごちゃ言われる筋合いはないのよ」
「康文ときみがいいんだったら、いいんだけどね」

 もひとつ幸いにも、喜勢子は英語が得意だ。康文よりも英語能力だけは上かもしれない。康文とて英語は話せるのだが、複雑な事柄になれば母さんがいてくれたほうが助かる、と言っていた。

 季節も春、かくして、母と息子のふたりきりの、外国での春のような日々が開始した。

 香港支社では新人である康文は多忙だ。母親にかまっている暇などないらしく、仕事にプライベートにと飛び歩いている。弁当を作ってやったら、香港では朝も昼も夜も外食が当たり前なんだよ、弁当なんてかっこ悪いことはやめてくれ、と言われたので即座に中止した。

 ひとりで行動することが多くなったので、喜勢子ものぴのびと外歩きを楽しんでいる。夫と同居していたって自由にふるまっていたのだが、半ばひとり暮らしのようになった今、しかも外国暮らしとなると、羽の伸び具合もひときわだ。行動範囲が広くなって、見知らぬ地域を探検してみたりもしていた。

「レンタルショップ……」

 慣れない者には裏通りは危険かもしれないのだが、鮮やかなチャイナドレスが展示された店に興味を惹かれて近づいてみた。チャイナドレスは太目寸胴体型の喜勢子には着られないだろうが、その隣にひっそりと建っているレンタルショップを覗いてみた。

 渋い容貌の痩せた長身の中年男。店内にいた彼は目を細めて喜勢子を見、日本語を発した。

「日本人ですよね?」
「ええ、そうです。あなたも?」
「私は香港と日本の混血なんですよ。昔、日本で暮らしたこともあります。観光ですか?」
「いえ、香港で仕事を……」

 息子がね、という部分をはしょって話すと、彼はふむふむとうなずいた。

「さぞかし仕事のできる女性なんでしょうね。憧れますなぁ」
「いえ、そんなことは……えと、このお店はレンタルDVDとか、レンタルCDとか……?」
「ええ、そういうのも扱っていますよ」

 はにかんでしまうなんて、何年振りの自分の仕草だろうか。その日はジャックと名乗った彼のオススメ、日本映画のDVDを借りて帰った。

 レンタルDVDなのだから、返さなくてはならない。三日後にはショップに返却に出向いた。

「こんな古い映画、話には聞いていても見る機会はなかったんですよ。最高でした。他にジャックさんのオススメ、あります?」
「これがお好きでしたら、こんなのは?」

 たまには息子も帰ってくるが、彼がマンションに滞在する時間はしごく短くて、ほとんど寝ている。喜勢子はジャックには、ひとり暮らしなんですよ、と申告していた。

「僕のオススメを喜んで下さって嬉しいですよ。喜勢子さんはまだお若いのに、古い映画もお好きなんですね」
「若くはありませんわ」
「僕とは近いかな」
「ジャックさん、おいくつ?」
「四十五歳です」
「そうね、同じくらいかな」
「そうですか。いやぁ、お若いですよ」

 お世辞も含まれているのだろうが、六十四歳の喜勢子が二十歳も年下の男と同年輩だと言ってもらえるとは、香港暮らしで若返ったのだと考えておくことにした。

「常連になって下さるんでしたら、会員登録をなさいませんか。サインひとつでレンタル品が借りられて、請求はまとめて月末にってことで。サービスもしますよ」
「それはいいかもしれませんね」

 お得意さま認定をしてもらったのだろう。喜勢子はジャックの勧めに従った。
 本当は毎日でも行きたいところだが、三日から一週間に一度、ジャックのレンタルショップに通う。小さな店なので相客と出会うこともめったになく、マニアックな古い映画をジャックに教えてもらって借りて帰り、見てから彼と感想を語り合う。喜勢子にとっては最上の楽しみになった。

「あら……今日はお休み?」

 定休日は特に決まっていないと聞いていたのに、喜勢子が訪ねたその夜、レンタルショップは閉まっていた。つまらないな、どうしようかな、と口をとがらせて、喜勢子が店を上から下まで眺めていると。

「喜勢子さん、いらして下さってたんですか。すみません」
「あ、ジャックさん」
「用事があって閉めてたんですけど、終わったんで、ここらへんを通りかかったんですよ。今夜はこのまま店を閉めておくつもりなんで、すみません」
「ご用はもうすんだんですか」
「すみましたから、食事をして帰ろうかと」
「でしたら、ご一緒してもよろしいですか」
「ええ、もちろん」

 思い切って言ってみたら承諾してくれたので、喜勢子は天にも昇る心持ちになった。

 ここはうまいんですよ、とジャックが案内してくれた、広東料理の店で食事をし、ホテルのラウンジに場所を移してカクテルを飲む。ホテルにいるんだから……とさりげなく喜勢子が誘うと、ジャックが手を取ってキスしてくれた。

「ここは私が……」
「ありがとうございます」

 年上なんだもの。レストランやホテル代くらいは喜勢子が払うことにした。

 夫だって不倫してたんだから、私もしてもいいわよね。ううん、夫なんて関係ない。正直、六十もすぎたら遊びの浮気だってもうできないかと思ってた。日本にいたころの私は初老の冴えないおばさんだったんだもの。香港に来てよかったわ。女の年齢を日本の男は気にしすぎるのよ。私はこっちでは魅力的なマダムなんだから。

 優しく紳士的なジャックの腕の中で、夢のようなひとときをすごし、喜勢子は満足した。ジャックに妻や子があるのかどうかは知らない。年齢からしても結婚している可能性のほうが高いだろう。
 
 でも、それでもいい。素敵な一夜をすごせたのだから、それだけでいい。
 つきあいたいだとか、まして、奥さんと別れてほしいだとか、私は言わないわ。ジャックさんが私に恋したのだとしても、私は大人の女らしく優雅に身をかわすの。

 そのつもりだったから、それまでと同じにレンタルショップに通い、DVDやCDを借りた。会員登録をしてから初の請求書を渡され、家に帰って開いてみると、やけに価格が高い。よくよく見てみると、末尾に高額なレンタル料が記載されていた。

「ジャック、十二時間、○○香港ドル」

 なお、ジャックのレンタル料は時間制、一時間○○香港ドル、との注意書きも添えられていた。

次は「ぷ」です。


 

 
 

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