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FSいろは小説part2「ん」

フォレストシンガーズ

いろはシリーズpart2

「ん」

 外国のロックバンドなどが来日すると、妻子どころか恋人同伴だったりする場合もあり、誰もが当たり前と受け止めている。日本人だとそういうときにはこっそりやっていたりするのだが、フォレストシンガーズ内では、繁之の家族が楽屋を訪ねてきたりする程度はなんら問題なかった。

 最初のうちは繁之も恐縮していたのだが、みんなが恭子を歓迎してくれ、息子の広大や壮介も可愛がってもらっているのがわかる。社交辞令などではないのも、長年のつきあいなのだからしっかりわかっていた。

「へぇぇ、ママとしりとりをするのか」
「うん、パパがおるすで、おるすばんの夜にはしりとりするの」

 一歳にもなっていない次男の壮介は、幸生に抱っこされてあやしてもらっている。隆也は広大に話しかけ、真次郎は思い出した。新幹線の中で幸生がしりとりしようと言って、俺の尻をいきなりつかんだっけ。ああいうのを話すと広大の年頃だと喜びそうだけど、真似したら親が困るから黙っていよう。

 十八歳から知っている幸生は、若いころにはいたずらばかりしていた。二十歳を過ぎても章とふたりでやっていたが、三十代になってすこしずつ大人になってきている。ま、当然だが。

 そうなんだよな、俺たち、三十代半ばの大人の男になったんだ。俺も結婚し、シゲは二児の父になった。幸生も章も乾もしっかりしろよ、と真次郎は思う。乾、おまえ、そうやって広大と話していると親父にだって見えるぞ。幸生だってそうやって壮介を抱いていると親父に見える。章がいちばん、人の親には見えないな。

「あ、こんにちは。シゲさんちの坊やなんですね」

 そこに挨拶しにきたのは、近頃名前が売れてきた若いシンガーだ。沖縄出身の彼はタンザニア人の母と沖縄人の父を持つシンガーソングライターで、民族音楽ティストの曲を歌って人気が出てきていた。

「恭子さんですね、はじめまして、上原です」
「はじめまして。上原さんって本名ですか?」
「そうです。沖縄っぼくないねって言われるんですけど、沖縄には上原はけっこうあるんですよ。上原伸輔です。よろしくお願いします。正確には宮古島の出身です」

 宮古島といえば、さきほど、広大が言っていた。「ん」ではじまる言葉はないから、しりとりは「ん」で終わったらいけないんだよ、と。隆也は上原に質問した。

「宮古島には「ん」ではじまる言葉や地名があるんだって?」
「方言だったらありますよ」

 たとえば、んみゃーち、んむ、んじ、んまーんま、んまりずま。

「ようこそ、芋、どれどれ、おいしい、生まれて育った故郷の島、ですね」
「んまーんまって、壮介も言ってるよ」
「そうだね、赤ちゃん言葉みたいだね」

 地名もあるの? と尋ねた幸生に応じて、上原がメモに書いてみせてくれた。「荷川取」。

「これ、なんて読むの?」
「にかどり、です」
「ん、じゃなくない?」

 子どもに好きでもない章は、広大や壮介には近寄っていなかった。上原の話には興味を引かれて質問した。

「それも方言か」
「そうなんです。にかどりを地元の方言で発言すると「んきゃどぅら」なんですね」
「んきゃどぅら?」
「そうだよ。広大くん、上手だね」

 褒めてもらった広大は嬉しそうな顔をし、上原は言った。

「僕の母の故郷には、ンゴロンゴロって地名がありますよ。全世界の首都で唯一「ン」で始まる地名、ン・ジャメナってのもあります。さて、ここはどこでしょう?」

 アフリカには「ん」ではじまる地名ってけっこうあるらしいよな、と真次郎が発言する。リーダーは地理にも詳しいから、ン・ジャメナがどこの国だか知ってるのかな、と幸生は真次郎を見やる。章がスマホを取り出そうとして、それ反則、と上原に言われていた。

「ンゴロンゴロってタンザニアの地名なんですね。そうなんだ、ママ、知らなかったな。広大、そしたら今度は地名しりとりしようか。広大の知ってる地名って少ないだろうから、子供向けの本でも買って覚えるとか?」
「広大くんは電車は好き?」
「大好き」
「そしたら駅名で覚えるのもいいね」

 フォレストシンガーズは無名の存在ではなくなったが、個々人となるとこの上原伸輔よりも知名度が低いはずだ。よって、ひとりでならば電車にも乗れなくはない。恭子と広大のふたりだけならば、地下鉄に乗っても平気だろう。三歳になった広大を見つめて、隆也も思う。

 こんな小さな身体の小さな頭の中に、広大はこれから無限の知識を貯め込んでいく。たったの三歳なのに、ン・ジャメナってどこの国? との質問に、アメリカ? フランス? と知っている国名を出していた。

「本橋は知ってるんだろ?」
「乾も知ってるんじゃないのか?」
「まあね」

 うん、乾さんと本橋さんはさすがだ、と幸生は思う。悔しいな、この間どこかで見たはずなんだけど、思い出せない、スマホでヒントを得られたら、と章は思う。しかし、スマホを手に入れてからさしたる時間はたっていないのに、最近はだいぶ依存している。あまりスマホにばかり頼るのもよくないかな、と章が反省していると、繁之が広大に耳打ちした。

「……チャド!!」
「ピンポーン!! 広大くん、すごいっ!!」

 みんなで拍手すると、広大は得意げに言った。

「パパがおしえてくれたんだよ。パパがすごいんだよ」
「そうだよね。広大のパパはすごいよねぇ」

 恭子が息子を抱き上げて頬ずりする。繁之は壮介を抱き上げて、広大と握手させる。もういいだろ、と章はスマホ歩取り出し、チャド共和国か、そうだそうだよ、と呟く。上原は微笑まし気に四人家族を眺め、楽屋の中は和やかな空気に支配される。

 呼応するかのように、壮介が叫んだ。

「んまんまーっ!!」

END


追記

FS(フォレストシンガーズの略称)いろはシリーズは、2014/2より、「茜いろの森」で連載していました。
part2を一篇だけアップしていませんでしたので、こちらでアップしてpart2終了とします。
part3もぼちぼちアップする予定ですので、よろしくお願いします。

Photo


イラスト:たおるさん

たおるさんのキャラの忠くんと、フォレストシンガーズのシゲです。


 

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