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ガラスの靴8「育児」

「ガラスの靴」

     8・育児


「ミチ、笙も聞いてくれ」

 同じマンションの別の階に住む、吉丸と美知敏の事実婚カップルの部屋へ遊びにきていると、あるじの吉丸さんが帰ってきた。
 カップルとはいっても男同士なので正式に結婚はできないのだが、ミチは僕の数少ない専業主夫パパ友であり、吉丸さんは僕の妻であるアンヌの仕事仲間、ロックバンド「桃源郷」のメンバー同士だ。

 なになに、どうしたの? と僕らは顔を上げる。吉丸さんの息子の来闇と僕の息子の胡弓は、積木かなんかをして遊んでいた。

「DNA鑑定ってのの結果待ちだったんだけど、判定が出たんだよ」
「誰のDNA? 吉丸さんのお父さんとか? そんな疑惑があったの?」
「俺の親父じゃなくて、俺の息子だ」
「息子って、ライアン?」
「ライアンのときにも鑑定はしたよ。こいつはまちがいなく俺の息子だ」
「ええーっ?! 吉丸さん、他にも子どもがいたの?」
「笙はうるせえんだよ。おまえは部外者なんだから、証人として聞いてりゃいいんだ」

 叱られたので僕は口を閉じ、ミチとふたりして吉丸さんを凝視した。

「俺はゲイのはずなんだけど、女にも時々ふらっとなる。その気の迷いで前のヨメとも結婚しちまって、ミチと不倫したのが本気になって離婚して、落ち着いてるつもりだったんだよ。だけど、女も嫌いではないんだな。こういうのってミュージシャンの習性みたいなもんだし、勝手なことを言ってる俺を、ミチは寛大に受け入れてくれてただろ」

 まあね、僕は男だからね、吉丸さんが女と遊ぶのはちょっとぐらいだったら許してあげるよ、とミチが言っていたのは、僕も耳にしていた。

「それで、ちょこちょことはつまみ食いをしてた。その女のうちのひとりに西本ほのかっていう、通訳がいるんだ。彼女がアメリカのシンガーの通訳をやってたときに知り合って、意気投合して遊び相手になってたんだよ。んで、彼女が妊娠して出産して、俺の子だって言うのは疑ってたんだけど、鑑定してみたらほんとだったみたいで……」
「吉丸さんってそういう男だったんだ。見損なってたね」
「笙、おまえに言ってねえんだよ。おまえは黙ってろ」

 笙も聞いてくれって言ったくせにさ、僕はぶつぶつぼやき、ミチは言った。

「僕は見損なってはいなかったよ。吉丸さんってそういういい加減なところがあるって知ってた。僕とだって、結婚してるくせに不倫していたんだものね。男がどうとか女がどうとか言ってたけど、両方OKってひとなんだから、僕はそこらの浮気男の奥さんよりも大変だってわかってたんだ。わかっててあなたのものになったんだよ」
「うん、やりすぎってか……俺が知らない間に子どもを産んじまったんだからどうしようもないってか」
「子どもができるようなこと、したんでしょ」
「したよ」

 基本はライアンを吉丸にまかせっぱなしにしているが、躾にはきびしいそうで、吉丸さんはライアンを叱るときにはびしっとやるらしい。ミチも子どもっぽいところがあるので、ライアンと並べられて兄弟が父親に叱られるように、吉丸さんからお仕置きを受けることもあるのだと、なんだかとろけそうな顔でミチが言っていた。

 そんなときには凛々しい男なのだろうが、今の吉丸さんはしょぼくれている。隣の部屋ではなにも知らない息子のライアンが、胡弓とふたりしてきゃっきゃっとはしゃいでいた。

「それで、どうするつもり?」
「ほのかは結婚は望んでいないみたいだ。養育費さえくれるんだったら認知もしなくていいと言ってる。けど、礼儀としておまえには話しておくべきだろ。ミチ、ごめん」
「僕はあなたの正式な妻じゃないんだから、あやまってくれなくていいよ」
「出ていくなんて言わないよな?」
「いつか、言ってくれたでしょ」

 男ってのはこれだからね、僕の愛するひとは女でよかったな、と思っている僕の耳に、ミチの甘い声が聞こえてきていた。

「いつか、僕が悪さをして吉丸さんにひどく叱られたときに、嫌いにならないで、捨てないで、出ていけって言わないでって泣いたら、捨てるくらいだったら叱りもしないさ、って言ってくれた。僕はあのときにも、あなたに一生ついていくって決めたんだ。僕はあなたのミチで、ライアンのママがわりでもあるんだよ」
「ありがとう、ミチ、愛してるよ」
「僕も愛してる。だからね、ほのかさんに会わせて」
「あん? あっ、ああ」

 彼女のほうも承諾してくれたのだそうで、会う約束が整ったらしい。笙くんもついていって、とミチに頼まれ、まさかと思うけど、ミチがほのかに暴力をふるったりしないように、牽制してくれと吉丸さんにも頼まれたので、僕も同行した。

 有名な海外ミュージシャンの通訳をするほどだから、ほのかさんは有能なキャリアウーマンなのだろう。ミチや僕が伴侶と暮らしているマンションと同等程度の立派なマンションに住んでいて、どうやらお手伝いさんも雇っているようだ。部屋に通されると、お手伝いさんらしきおばさんが紅茶を出してくれた。

「あの、子どもってひとりじゃないの? 吉丸さんとの間の子どもと、他の子もいるみたい?」
「吉丸から聞いてないの? 彼との間の子は三人目よ」
「……そこまでは聞いてないよ」
「紹介するわ」

 お願い、と言われたお手伝いさんが出ていき、間もなく、赤ちゃんを抱いて戻ってきた。そのうしろからやってきたのは、大きいほうが白人、小さいほうは黒人とのハーフに見える可愛い女の子で、赤ちゃんは男の子だった。

「華子、佳子っていうの。ハーフだけど、純日本的な名前にしたかったのよ。三番目もお姉ちゃんたちに合せて、雅夫っていう正統派日本名をつけたわ。そういう名前のほうが、ライアンなんて名前よりも頭がよさそうでしょ」
「名前と頭は関係ないでしょ」
「関係あるみたいだけどね」
「ほのかってそんなに利口そうな名前じゃないよ」
「ひらがなだし、誰にだって読めるからいいのよ」

 会話をしているのは僕とほのかさんで、ミチはじーっと赤ちゃんを見ている。
 わりに背が高くてほっそりしていて、美人というほどでもないが、ほのかさんは現代的ないい女って感じだ。着こなしのセンスもよく、さりげなく高価な装いが決まっていた。

「三人とも、父親がちがうんだよね」
「見ればわかるでしょうに」
「上の子が華子ちゃんだよね。華子ちゃんのお父さんとは離婚したの?」
「私にはバツはついてないわよ」
「未婚の母で三人か。すげっ」

 なにか事情があったのかな、と僕は思うが、質問していいものかどうか。ほのかさんはけろっと言った。

「私は結婚はしたくなかったけど、子どもはほしかったの。女の子もいいけど、男の子もほしいなと思っていたときに、吉丸と寝たわけ。妊娠したんだから産む気になったわよ。男の子でも女の子でも、三人が限度だと決めていたら、ラッキーにも男の子だったのよね」
「おめでとう」
「ありがとう」

 華やかに微笑んでから、ほのかさんはお手伝いさんに、もういいわ、子どもたちを連れていって、と命じた。
 
「ライアンくんと、笙くんの息子さんは?」
「僕のお母さんは子どもが好きで、胡弓を預けると大喜びなんだ。今日はライアンも一緒にって頼んでみたら、喜んで引き受けてくれたから預けてきた」
「いいわね、無料のベビーシッターがいて」

 プレゼントくらいだったらしているが、お金を渡そうとすると、アンヌさんが稼いできたのに無駄遣いをしないの、あんたは主夫なんだから倹約しなさい、と母に叱られるのだ。

「美知敏くんはさっきからなにも言わずにしんねりしてるけど、大丈夫よ。私はひとりで子ども三人くらいだったら育てていけるの。できなかったら産んだりしないから」
「……ほのかさんが病気にでもなったらどうするの?」
「それも考えてあるから大丈夫。病気になったらなんて想像したら、吉丸だって同じでしょ。吉丸が働けなくなったら、美知敏くんはどうするの? そんなこと、心配してくれなくていいのよ。あなたに迷惑はかけないから」

 やっと口をきいたミチは、そうだね、と小声で言った。
 そのあとは、ひとりで子どもを育てるのはしんどいよね、といった、育児論になった。

「私は稼ぎのいいシングルファーザーみたいなもので、子どもたちは保育園やベビーシッターや、今のあのメイドさんにまかせてある部分が多いのよ。だけど、親は私ひとりなんだから、大変っていえば大変。三人の子の責任はすべてが私のこの肩にかかってるんだもの」

「専業主夫だっていうと白い目で見られるけど、僕だって一所懸命に胡弓を育ててるんだよ。アンヌが認めてくれてるから、僕は幸せだから他人の目なんかどうでもいいけどね」

「僕は男だから、シュフっていっても笙くみたいには、どっちのシュフだって言い切れないんだけど、ライアンと吉丸さんのためだったらがんばれるよ。吉丸さんは雅夫くんの生物的な父親ではあるけど、あなたが勝手に産んだんだものね。そればっかりはどうしようもないよね」
「言っておくけど、みたいに言わなくても大丈夫よ。私は雅夫は愛してるけど、吉丸なんか愛してないから」

 本音なんだかどうかはわからないが、こんな女性もいるんだな。ほのかさんと較べたらアンヌが平凡に思える。もっとも、僕のアンヌを誰かと較べる必要もないが。

 一時間ほど談笑して、ほのかさんが作ったというチーズケーキもごちそうになり、僕たちはマンションから辞去した。あれだったら僕はほんとに、心配しなくてもいいかな、とミチが言い、うんうん、そうなんじゃない? と僕が応えして歩いていると、うしろからお手伝いさんが追いついてきた。

「お買い物に行くんですよ。駅前のスーパーマーケットですから、ご一緒してもよろしいかしら」
「ああ、どうぞ」

 ぷくぷく太って背の低いおばさんは、男としては小柄なほうの僕らよりもぐっと小さい。僕たちの顔をかわりばんこに見上げて、卑屈にも見える笑みを浮かべた。

「まあまあ、通訳だかなんだか知らないけど、父親のちがう子どもを三人も産んで。しかも顔を見ただけで、人種もちがうってわかる子ですものね。それで悪びれもせずに、あのひとは宇宙人みたいなもんですよ。お給料がいいし、子どもたちもまだがんぜないからあの家で働いてるけど、うちの娘はあの奥さんには絶対に会わせたくもないわ」
「あのひと、奥さんじゃないでしょ」

 言ってみたが、無視された。

「あなたたちも今どきの若い男なんですね。専業主夫って……ご両親は嘆いてらっしゃるんじゃないの? そんなことをさせるために息子を育てたんじゃないって、私だったら泣きたくなるわ。今どきの若いのは、男も女も信じられないのばっかり。なんてまぁ、ふしだらな。ああいうのは病院に入れて頭の手術でもしたほうがいいんじゃないかしら。日本の女もあそこまで……」

 なおも言いつのろうとしているおばさんをさえぎるように、ミチが僕に質問した。

「笙くんはほのかさんのこと、どう思った?」
「ミチはどう思ったの?」
「一二の三、で言ってみようか」

 せーの、と呟いてから同時に言ったのは、かっこいいじゃん!! おばさんは口をぽかんと開けて、まさしく宇宙人を見るように、僕たちの顔を眺めていた。


つづく


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