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ガラスの靴5「妄執」

「ガラスの靴」

     5・妄執


 黒髪に黒い瞳の彼と、プラチナブロンドにグリーンのカラコンを入れたアンヌが並んでいると、どっちが日本人なんだかわからなくなる。アンヌの実家に連れて行ってもらって、彼女はタイ人の血が四分の一のクォーターだと知ったのだが、それでもアジア人種だ。

 本物のヨーロッパ人の彼と一緒にいて、どっちが日本人? と首を傾げてしまう容姿をしているなんて、僕の奥さんはやっぱ日本人離れした美人なんだなぁ、と僕はアンヌに見とれてしまう。結婚してから三年以上たっても、僕は日々、アンヌに惚れ直す記録更新中だ。

 ロックバンドのヴォーカリストであるアンヌには友人がわんさかいる。不良奥さんなのでしょっちゅう仕事帰りに飲みにいっては、友人を我が家に伴ってくる。彼、フェレも昔からの友人だそうで、スペイン人、日本在住、日本語も自由自在だという超美青年だった。

「へぇぇ、ヴォーカルの先生?」
「そうなんだよ。フェレは若いころには日本でモデルをやったりもしてたんだけど、ちょいとおっさんになってきたら、そっちの仕事はなくなっちまったんだよね」
「僕はおっさんではない」
「もう三十だろ」
「二十九だ」

 ひとり息子の胡弓はベッドに入っているが、アンヌの稼ぎがいいおかげで広いマンションに住まわせてもらっているので、酔っぱらいが多少の大声を出しても平気だ。僕は夕食の残りものでおつまみを作り、アンヌとフェレと三人でウィスキーをちびちび、おつまみをちょびちょびやりながら話していた。

「日本ではカラオケがずっとずっと流行っているし、本格的に歌のレッスンをしたいと言う人もいる。僕は本当は歌手になりたかったんだけど、夢はかなわなかったから教室の先生になったんだよ」
「もてるでしょ?」
「当然だろ」

 スペイン人だってだけで日本では興味津々で見られるだろうし、おまけにこのルックスだ。背はそれほど高くないが、フェロモン満開というのだろうか。脂ぎった毛深いタイプではなく、日本の女性にもてそうな甘くさわやかな美青年なのだから。

「前に十代の女の子に迫られたんだよね、フェレ」
「ああ、あの子ね。かなり真剣に迫られたよ」
「それで、どうしたの?」
「僕はまったく興味なかったから、断った」

 そしたらさ、と含み笑いをして、アンヌが言った。

「彼女は諦めてはくれたらしいんだよ。教師と生徒の恋はご法度ですわね、先生の想いはわかっていますけど、タブーなんだから私が身を引くしかありませんわ、哀しいけれどさようなら……ぶぶっ」
「アンヌ、彼女に悪いよ、笑うなよ」
「彼女はいないんだからいいだろ」

 げらげら笑っているアンヌを見て、うへっ、とか言っているフェレにお願いしてみた。

「僕にも歌を教えてくれる?」
「いいけど、アンヌはプロのヴォーカリストなんだから、彼女に教えてもらったらいいじゃないか」
「アンヌさんはきびしすぎるんだもん」
「いかにもそんな感じだな。だけど、笙は専業主夫で子どももいるんだろ。胡弓はどうするの?」
「僕のお母さんが預かりたがってるから、ばあちゃんとこに置いてくるよ」

 アンヌも許してくれたので、一度、フェレの教室を見学しにいくと約束した。
 当日は孫と遊べるからと大喜びで父までが会社を休んだ。僕の両親は晩婚だったので、ひとり息子の僕が二十三歳という年齢のわりには年を食っているが、それでもまだ五十代だ。エネルギーが余っているようで、胡弓を預かりたがってしようがない。

 じいちゃんばあちゃんは胡弓とディズニーランドに行くと張り切っているし、アンヌも今日は遅くなるので夕食はいらないと言う。僕はゆっくりフェレの教室にいられるわけだ。

 今日は少人数の女性グループの指導だそうで、中年女性たちが整列している。僕の母の年頃に近いのから、もうちょっと若いかな、程度のおばさんたちも、フェレほどの美形に教えてもらって嬉しいのか。なんだか可愛い風情で歌の練習をしていた。

 目を閉じて聴いていれば、女性コーラスは綺麗だ。おばさんたちにすれば美声の「野ばら」かなんかをうっとり聴いて、さて、休憩となった。

「先生、お茶でもいかが?」
「ありがとうございます。だけど、みなさんと行かれたら? 僕は一服してきますよ」
「煙草ですの? 禁煙なさってないの?」
「やめなきゃいけないんですけどね。失礼」
「もう、先生ったら、瀧子のためにも禁煙して下さらなくちゃ」

 ひとりのおばさんが話しかけてくるのを適当にあしらって、フェレはひとりで教室から出ていってしまう。瀧子さんというのがこのおばさんの名前なのか。この年で自分で自分を名前で呼ぶ? 軽くびっくりしている僕の耳に、外に出ていったフェレと、他の女性たちが楽しそうに喋っているのが聞こえてきた。

「喫煙コーナーのある喫茶店ですよ」
「私、煙草の煙なんかへっちゃらです」
「歌う者は煙草で喉を鍛えたほうがいいって言ったの、先生じゃないの」
「勝手な理屈だけど、面白いわよね」
「へっちゃらだからみんなで行きましょうよ」
「煙草を吸ってもいいんだったらね」

 我が家は胡弓のために禁煙にしているが、アンヌも喫煙者だ。ミュージシャンには愛煙家が多く、お客も吸うひとが多いので、ベランダで吸ってもらっている。僕は煙草は嫌いでもないのだが吸わない。取り残された瀧子さんが不満そうに言った。

「恥ずかしがってるのかしらね」
「ええっと?」
「……あなたは先生のお友達ですよね。お茶でもいかが?」
「いいですよ」

 休憩時間には僕は暇だから、ひとりぼっちにされた瀧子さんが気の毒になったのもあってつきあってあげることにした。全席禁煙と書かれた喫茶店に入り、紅茶を注文する。瀧子さんはほっと小さく息を吐いて言った。

「私、独身なんですよ。いつくに見えます?」
「僕のお母さんと同じくらいの年かな」
「新垣さんって二十歳くらい?」
「二十三です」

 最初に紹介はしてもらっていたので、新垣笙という僕の名前は彼女も知っていた。

「すると、お母さんは四十五歳ってところかしら。私、そんな年に見えます?」
「僕のお母さんはアラカンですよ」
「……ま、私はそんな年じゃありません。失礼ね」
「そう? ごめんね」

 女性は若く見られたがっているのを知っているが、僕は正直に言うことにしている。それでおばさん世代が怒ったとしても、怒るほうがまちがっているのだから。

「いつもは三十代にだって見られるのに」
「まさか。五十代にしか見えませんよ」
「……今どきの若いひとって失礼よね。五十代に見えるなんて言われたことないわ。肌が綺麗で美人で、すらっとしていて頭もよくて、仕事もできて話題が豊富で、魅力的だって男性にも女性にも言われるの。もてる女は同性に嫉妬されるってよく言うけど、私は女性にも人気があるのよ」
「ふーん、よかったね」

 運ばれてきた紅茶を飲んで、にっこりしてあげた。

「もてすぎて結婚しなかった女の典型が私なんだけど、もういいかな。年貢の納め時って言葉があるでしょ」
「年貢って税金だっけ? 税金はちゃんとおさめないと、督促状とかが来るんだよ」
「そんな話じゃなくて、結婚して家庭を持ってもいい年頃になったってことよ。恋愛をして告白されておつきあいをしてプロポーズされて、手順を踏んで結婚したいの」

 それって二十代か、せいぜい三十代でやることじゃなかったっけ? 瀧子さんは五十代だろうに、遅きに失するってやつではないのだろうか。

「そこにあらわれたのがフェレ先生だったのね。彼、私を好いてるでしょ?」
「そっかな」
「あなたにはそうは見えなかった? そうなのよ、まちがいないのよ。あのそっけない様子は照れてるからなの。ふたりっきりだったらさりげなくアピールしてくれるのよ」

 勘違いじゃないの? と言い切れるほどには、僕は彼と彼女の仲を観察していたわけではない。そうなのかなぁ、と微笑んでおいた。

「人間にとっては若さなんて値打ちのないものよ。まして、三十をすぎれば五十でも六十でも同じじゃないの。フェレ先生はそのあたりがわかってるのね。私のグループの仲間たちは私よりは若いけど、美貌や知性では私がダントツなんだから、フェレ先生はその要素で私を選んでくれたの」
「そうなんだ」

 美貌ってのは若さよりも大切なのだろうか。僕には若さも美貌もあって、その分、知性は足りないようだけど、アンヌがそんな僕を愛してくれてるんだからいいんだ。僕にはおばさんにしか見えなくて、美人には見えない瀧子さんがつらつらと自らの想いを語るのを、僕はただ眺めていた。

「フェレって恋をしてる?」
「ええ? この男が恋なんかするのか? 誰に?」

 その次にフェレが遊びにきたときに僕が言い出すと、アンヌも乗ってきた。フェレは、恋ってなあに? 僕には「恋」なんてものは理解できないよ、と吹いていて、僕は瀧子さんのことをアンヌに話した。
 どうして今まで話さなかったのかといえば、フェレの顔を見るまで忘れていたからだ。他の意味はない。

「ほぉぉ、へぇぇ、笙の母さんみたいなおばさんがねぇ。フェレがそのおばさんに惚れてるのはまちがいないって、おばさんは確信してるわけだ。うん、美人のおばさんなんだろ。意外と似合いかもしれないよ。フェレってマザコンだろ。お母さんに会いたいな、なんて言ってるじゃん」
「遠い異国にいるお母さんに会いたいのは当たり前だろ。実のママにだったら会いたいけど、僕はマザコンじゃないよ。日本人はなんでもマザコンだって言いすぎだ」
「照れなくていいからさ。ほぇぇ、いいねぇ、フェレ、ほんとにそのおばさんに恋してるの?」
「瀧子さんはまちがいないって言ってたよ」

 いやな顔でもしたり、うげぇとでも言ったりしたらまだしも可愛かったのかもしれないが、フェレはクールに言い捨てた。

「僕も商売だからね。薄利多売の商売なんだから、使えるものはなんだって利用するんだ。僕にそういった妄想を抱いて、熱心に教室に通って金を落としていってくれるおばさん、ありがたいじゃないか。だから愛してるよ、その彼女も、あの彼女も」

つづく


 

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