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ガラスの靴2「友達」

「ガラスの靴」

     2・友達


 二十歳と二十七歳で結婚してから三年、ひとり息子の胡弓はもうじき三歳になり、妻のアンヌがヴォーカルをやっているロックバンド「桃源郷」もまあまあ売れてきている。僕らの暮らしも経済的に楽になってきて、僕も結婚生活にはすっかり慣れてきていた。

「うちの吉丸、離婚するらしいんだ」
「吉丸さん? どうして?」
「吉丸の浮気」
「そっかぁ、ミュージシャンって遊び人が多いんだよね。アンヌさんは大丈夫?」
「あたしはおまえ一筋だよ」
「信じてるからね」

 「桃源郷」のドラマー、吉丸さんの話は一年近く前にアンヌから聞いた。吉丸さんと奥さんの間には胡弓よりも数か月遅れて生まれた男の子がいるから、僕もアンヌに連れられて、胡弓も連れて会いにいったことはある。気の強そうな美人の奥さんが、夫の浮気に耐えるはずもないと納得してしまった。

 養育費だの慰謝料だのでもめたらしいが、半年ほどして離婚が成立した。彼らの息子の来闇くんは吉丸さんが引き取り、主に吉丸さんのお母さんが育てているのだと聞いていた。

「笙、明日、吉丸が遊びにくるんだって。浮気相手を連れてくるらしいんだよね」
「浮気相手って、吉丸さん、再婚するの?」
「そこらへんはあたしはよく知らないんだけど、笙に紹介したいらしいんだよ」
「吉丸さんの奥さんになる女性なんだったら僕も会いたいな。吉丸さんは肉好きでしょ。焼き肉しようか」
「浮気相手も肉は好きだろうから、それでいいよ」

 浮気相手としか聞いたことのないその女性は、どんなひとなのだろうか。胡弓にはすこし手がかからなくなってきているのもあって、僕には余暇もできてきていた。そのせいで気になる。吉丸さんは離婚したのだから、浮気相手とばかり呼ばないで「彼女」って言ってあげたらいいのに。

 そう思っていたのだが、「彼女」とは呼べない理由があったのだ。
 約束の日に、吉丸さんがもと浮気相手、現恋人を連れて我が家にやってきた。がっしりと背の高いいかにもドラマーって感じの吉丸さんの恋人は、すんなりほっそり小柄で、どことなく僕に似た男の子だったのだ。

「は、はあ、きみ?」
「はじめまして。美知敏っていいます。笙くんは二十三なんでしょ。僕は笙くんよりもふたつ年下だけど、よかったら仲良くしてね」
「うん、こちらこそ仲良くしてね」

 虚を突かれたものだから若干あたふたしてしまったが、そうか、そうだったんだ。そりゃあ「吉丸の彼女」とは呼べなかっただろう。ロックミュージシャンって人種にはゲイがよくいると聞いたのは欧米での話かと思っていたのだが、日本にもいても不思議はない。

 女と浮気される以上に、男と浮気された奥さんって腹立たしいんだろうか。僕にはわかりづらいが、どっちにしたって吉丸さんのもと妻も、息子を置いて出ていってしまうくらいに怒っていたのだろう。

 最初のうちは胡弓も参加し、胡弓が眠くなってしまうと四人になって、肉を食べたりビールを飲んだりして話した。笙くんって料理がうまいね、焼き肉は料理ってほどでもないでしょ、なんて、当たり障りのない話をする。アンヌと吉丸さんは仕事の話をしていた。

「煙草、吸ってもよかったっけ?」
「子どもが寝てるんだから駄目だよ。あたしも吸いたいから外に行こうか」
「焼き肉の煙と煙草の煙は同じようなもんじゃないか」
「同じじゃねえんだよ」

 飲みすぎたから煙草を吸いがてら、ちょっと外を歩いてくると、吉丸さんとアンヌが外に出ていく。ふたりきりになったせいなのか、美知敏、ミチって呼んでね、と言っていた彼が口を開いた。

「プロポーズされたんだ」
「え? 吉丸さんに? だって……」
「わかってるよ。日本では男同士では結婚はできない。籍を入れるのは無理だよね。だから、事実婚ってのになるのかな」
「ああ、それだって結婚と同じか」

 正式に結婚するのと事実婚と、煙草の煙と焼き肉の煙の差程度のちがいだと僕には思えた。

「だけどね、吉丸さんには子どもがいるでしょ」
「うん、僕もライアンくんには会ったことあるよ」
「僕も会ったことはあるんだ。吉丸さんのお母さんは、僕を吉丸さんの年下の友達だとしか思ってなくて、ライアンくんも僕になついてくれて、可愛いなとは思ったんだよ」

 三十代の吉丸さんの母ならば、六十歳くらいなのか。息子が紹介してくれた男の子だったら、友達だとしか思ってもみないだろう。

「んでね、今日、笙くんに会わせてもらったのは、お手本になるからってのもあったんだ」
「きみも吉丸さんと結婚したら専業主夫になるの?」
「そのつもりだよ。僕は今はバーテンのアルバイトをしてるんだけど、高卒フリーターじゃまともに就職もできないし、吉丸さんがお嫁にもらってくれるんだったらそれもいいかな」
「嫁……まあ、お嫁みたいなものか」

 幸いにも僕はお嫁ではなくお婿にもらってもらって、専業主夫になれた。アンヌは女性だから、表向きは普通の夫婦だ。吉丸さんとミチは男同士だから夫婦にはなれないが、甲斐性のある男に嫁ぐ美少年ってのもアリだろう。

 高校を卒業して入学したアニメ系専門学校で、ロックが本職だけどイラストも学んでいるというアンヌと知り合ってつきあうようになった。彼女は別の男性との子どもを二度も中絶していたので、僕との間に身ごもった赤ん坊は絶対に産みたいと言い、僕にプロポーズしてくれた。

 父はかなり唸っていたのだが、母は僕が一般的な男の範疇には入らない息子だと知っていたようで、それで笙が幸せになれるのならば、と父を説得してくれた。僕は幸せなのだから、こうしてアンヌと結婚して専業主夫になれてよかったと心から思っている。

 こっちのカップルは正式な夫婦にはなれないので、将来に懸念はあるものの、僕と似たタイプらしいミチが、相手も男だとはいえ専業主夫になるのは正しい選択だと思えた。

「笙くんは主夫として、子育てをしてる苦労ってないの?」
「なくはないよ。公園に行くとよそのママに軽蔑のまなざしで見られたり、おばあちゃんやおじいちゃんに説教されたりもする。男は働いてこそだって言われるんだけど、僕は主夫業を仕事として働いてるんだし、アンヌさんも喜んでくれてるんだし、僕も外で働いたら胡弓の育児ができないんだし、これでいいんだよ」

 四歳になったら胡弓は幼稚園に入れるつもりだから、そうなると世間のお節介が激しくなる気もする。そうなったらそうなったときのことだと開き直っていた。

「女性の主婦にだって悩みはあるはずだし、夫が激務だったり不規則な仕事だったりしたら、しわ寄せは子どもに行くんだものね。僕は今の立場に満足してるよ」
「そっか。えらいね。だったらさ、吉丸さんと結婚したら、このマンションの近くに住むって条件をつけようかな。笙くんと胡弓が近くにいたら心強いもの」
「あ、それ、いいね」

 かねてからパパ友がほしかったのだが、主夫をやっている男なんて周囲にはいない。共働きで育児は分担していて、公園に子どもを連れてくるパパならばいるが、誰かから僕の噂でも聞いたのか、目が合うと白眼視されているのを感じる。なのだから話しかけもできないのだった。

「吉丸さんのお母さんには、彼が適当にうまいこと言ってくれるみたいだよ。吉丸さんのお母さんもライアンの育児には疲れてて、なんとかしてよって言われてるんだって」
「きみと再婚するって言うつもりなの?」
「それは言っても理解できないだろうから、僕と同居してライアンの世話をまかせるって言うつもりなのかな。吉丸さんも息子と暮らしたいみたいだしね」
「ミチくんさえOKだったら、ちょうどいいじゃないか」
「そだね」

 夫婦そろって満足しているというのに、それでも僕らにとやかく言う外野はいる。男同士の事実婚カップルには、さらに世間がうるさいかもしれない。けれど、僕がついてるよ、ミチ。これで僕にも待望のパパ友ができるんだから、無関係な他人はほっといて、お互いにがんばろうよね。

つづく

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