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187「気になる彼」

しりとり小説

187「気になる彼」

 月忌命日には墓参りをするので、月に一度、美与は母の墓のある墓地に出向く。標高の高い場所にある墓地は見晴らしがよく、天気が良ければ眺望がすばらしかった。

 母が亡くなってから二年、毎月欠かさず墓参りをしてきた。祥月命日には父とふたりで、時には母の妹や親戚の者たちともここに来た。美与にとっては二十五回目の墓参りにやってきて、幾度かここで顔を見た男性とまた出くわした。

 二年前に六十一歳で急逝した母と同年配だろうか。白髪で長身のセンスのいい男だ。テレビ局で働いていた母の同僚? 葬式には参列していなかったはずだが、母の墓前では幾度か見かけている。友達や仕事仲間が墓参りをしてくれることもあるだろうから、知らないひととここで会っても声をかけたりはしなかったのだが。

 三回忌にも来てはいなかったはずの男性。なのに彼は何度も何度も母の墓参りをしてくれている。今日は彼と視線が合ったので、美与は軽く会釈した。

「娘さん……ですよね?」
「あ、はい、故人の娘です」
「お見かけするたびに、娘さんだろうと思ってはいたのですよ。筆子さんとよく似てらっしゃる」
「そうですか」
「ご挨拶もせずに失礼しました。私はこういう者で……」

 筆子とは亡くなった母の名前だ。彼がくれた名刺には、堺田康と名前だけが刷られていた。

「さかいだ、やすしさん……すみません、私は今日は名刺は持っていないんです」
「いえ、筆子さんの娘さんのお名前は存じています。美与さんでいらっしゃいますよね」
「そうです。あの……」

 あなたは母の……? なんと尋ねればいいのかと美与が戸惑っていると、堺田は言った。

「ちょうど昼どきですよね。あそこに見えるレストハウスでお茶なり、よろしかったら食事なり、しませんか」
「え、ええ」

 ほとんど知らない男ではあるが、母との関係を知りたいのもあって美与は誘いにうなずいた。

「私はシナリオを書いてるんですよ。お母さんとは一緒に仕事をさせてもらったこともあります」
「そうなんですか。そんな……感じですね」
「そんな感じとは?」
「テレビ業界人って感じ」
「テレビ業界人ってどんな感じなんだろう」

 明るく笑う堺田とは、初対面同然にも関わらず話が弾んだ。

 大学生のころにテレビ局にアルバイトとして入った母は、大学は中退してしまってADのアルバイトが本職のようになっていく。現在ほどにはテレビ局の社員規定などなどが厳密ではなかったらしく、四十年ほど前には大学中退の女性でも正社員になれた。

 ADからディレクター、プロデューサーと出世していき、六十五歳の定年まではまだ間があった母は、急逝の直前には編成局次長のポストにあった。母がディレクターの時代から、堺田とは仕事のつきあいがあったのだそうだ。

「そういう知人は母には大勢いました」
「そうでしょうね。僕もそういうその他大勢の知人のひとりで、お葬式に参列するような資格もありゃしない。けれど、時々はお墓参りくらいしたくなって、月命日にはやってくるんですよ。ここは景色もいいし、筆子さんのお墓と語らって、創作のヒントをもらったりもするんです」
「資格なんて……来て下さったら母も喜びましたのに」
「……ええ」

 伏せたまつげの影が濃い。堺田の陰影のある顔立ちを見ていると、なぜか美与の胸がどきっとした。

「知り合ったばかりのころには、筆子さんは今のあなたくらいのお年だったかな。すみません、筆子さんから聞いてますので、美与さんの年齢もおよそは知ってるんです」
「いいですよ。私、三十六歳です」

 二十五歳でテレビ局に出入りしていた事務用品会社の営業マンだった父と結婚し、二十七歳で美与を出産した母。産休は半年程度しか取らなかったから、美与は祖母に預けられ、祖母の家から保育園に通った。三十代半ばだった当時の母は仕事がたいそう多忙で、美与は祖母宅ですごす日のほうが多かった。

 休日には父に遊びに連れていってもらえたし、祖父母もかわいがってくれた。お母さんとお父さんが働いてくれるから、美与はおいしいごはんが食べられるんだよ、お母さん、えらいねぇ、と父も祖父母も言っていたから、美与は母を誇らしく感じこそすれ、寂しさや疎ましさなどはまったくなかった。

 テレビというものが好きだったからもあって、美与はそこで働く母を美しく想像していた。元祖キャリアウーマン。美与も将来は母のような、結婚していて子どももいる働く女になりたかった。

「私は働く女にはなりましたけど、結婚と子どもがね……」
「そうなんですね。美与さん、もてるでしょうに」
「もてませんよ。外見は母に似てるんですから」
「それは筆子さんに失礼でしょうに」

 想像の中の母は美貌のキャリアウーマンだったが、実際にはおばさん体型のもっさりした女だった。美与が中学生になると祖父母宅ですごすことも少なくなり、むしろ母と会う機会が頻繁になる。疲れて帰ってきた母を見て、想像とのギャップにがっかりしたことだってあった。

「母さん、もうちょっとおしゃれしたら? メイクも剥げハゲじゃん」
「そんな暇ないわよ。忙しすぎて服を買いにいってる暇もないのよっ」
「今度、買い物につきあってあげようか」
「ゆとりができたらね」

 そんな会話をかわしたこともある母が六十一歳で逝ってしまったのは、忙しすぎたからだろう。

「お父さんはお元気なんですよね」
「ええ。父は母の稼ぎのおかげで激務なんて経験したこともありませんから、のほほんと元気ですよ。父はとうに定年退職して、母が亡くなってからは主夫みたいになってます。月命日は忘れてしまってて、お墓参りも二ヶ月に一度くらいじゃないんでしょうか」
「美与さんはひとり暮らしですか」
「ええ、そうです。父も自立しなくちゃ」

 妻があんなにも多忙だったのだから、父はそれなりに家事もした。その意味では、妻を亡くしてもたちどころに困るということもなく、ひとり暮らしもきちんとやれているようだ。

「美与さんとお話しできて嬉しかったですよ」
「私も楽しかったです」

 お礼を言い合って、堺田とは別れた。
 また会えませんか? と美与のほうから言うのも変だろう。それに、来月にはまた母の墓前で会えるかもしれない。美与と 堺田が幾度か会ったのは決まって昼前の時刻だったから、翌月命日にも美与はその刻限に墓地に出かけていった。

「よかった、会えました」
「いらして下さったんですね」
「今さらですが、ご迷惑ではないんですよね」
「そんな、私も嬉しいです。母も喜んでいますよ」
「だといいけど……」

 そうして毎月、美与と堺田はこの場所で会うようになった。母もまじえて三人で話しているような気分で、墓地近くのレストハウスで毎回、昼食をとった。

「来月は四回忌……って言わないけど、三回目の命日の法要をするんですよ。今度こそ、堺田さんもいらして下さいな」
「いや、僕は……」
「どうして?」

 いつしか旧知の仲のようになり、日常生活についての会話もするようになった。五十八歳の堺田には妻と息子がいるらしいが、息子が海外勤務になって妻がそっちについていってしまい、気楽な独身みたいなものだと笑っていた。
 母の友人、美与にとっての堺田はそんな立場の男性のようで、それでいて、お年の割には素敵だな、との意識もしていた。

「お父さんとは顔を合わせたくないから……」
「どうしてですか? 母には男性の知り合いも大勢いますよ。堺田さん、父に会いたくないって、母となにか色っぽいエピソードでもあるんですか」
「そんなことはありませんよ」

 否定の仕方が素早すぎる。声も上ずっている。美与の心に疑惑が生まれたのは遅すぎたほどかもしれない。
 法要に誘うのはやめにして、それからも美与と堺田は月に一度の逢瀬を続けた。父にも他の誰にも、堺田の話はしなかった。きっかけがなかったとしたら、このままの仲が続いたのではないだろうか。

 秋が深まってきていた季節に、いつものように母の墓所で月に一度の逢瀬。堺田と言葉をかわすようになってからでも、二十回近くになる。突然の雨に堺田が美与の手を取り、レストハウスとは逆の方向に駆け出した。

「……美与さん、大丈夫?」
「私は大丈夫……堺田さんこそ若くないんだから、濡れると毒ですよ。堺田さん……? ちょっと……なにを……」

 大木の陰でいきなりがばっと美与を抱きしめて、堺田は呟いた。

「筆子……筆子って言いました? 堺田さん、母とやっぱりなにか?」
「やっぱり、って言うんだね」
「やっぱり……なの?」

 うつむいてから顔を上げ、いっそう強く堺田は美与を抱きしめた。

「不倫っていうんだよね。世間的にはそうだろうけど、僕は筆子さんを愛していた。美与さんは筆子さんの娘なのに……娘だから、なんだろうか。僕はなんて節操のない……」

 ううん、いいの、それ以上言わないで、との意味で、美与は自らのくちびるに指を当てた。それからその指をはずし、背伸びして堺田のくちびるに口づけた。

 世間一般的には母と堺田は不倫の関係だったのだろう。亡くなった愛人の娘とまたしても……? 道徳的な人々からは、なんとだらしない、ふしだらな、とうしろ指をさされても致し方ない。だが、美与にはまったく嫌悪感はなかった。
 大好きで尊敬していたお母さんが愛したひとを、私も愛してもいい? あの母ならばきっと、美与にあげるわよ、と言いそうで、怒ったりはしないだろうと美与は確信していた。

次は「れ」です。


いいわけ
186までは以前のブログにアップしていたのですが、現在のところ、新しくこちらにアップし直すほどの根性はありません。
タイトルしりとりですので、ひとつひとつは無関係で、どこから読んでいただいても意味不明ではないはずです。

根性復活しましたら、以前のしりとり小説もアップするかもしれませんが、今は187から、お暇があればお読みいただいて、ご感想などちょうだいできますと、望外の喜びでございます。


 

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