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2011年5月

115・ともだちになるために

例年になく早い梅雨入り、みなさまはいかがおすごしでしょうか。雨はなくてはならないものとはいえ、しとしととうっとうしいですね。

最近、コンタクトを取って下さった方がいらっしゃいまして、「茜いろの森」の小説を読んで下さった方が、ひとり、ふたり。嬉しいですねぇ。

読者さまが大変大変少ないブログですので、小説を読んで下さる方にはごろにゃーーん、ってすり寄っていきたくなります。しっしっしっ!! 寄るな!! って言わないで。

こんなにたくさん書いていますと、読んではいただいても飽きられてしまうのも無理ないと思うのですよ。技能もなんにもないから、ほんと、偏愛、ワンパターンですからね。

えっちゃんに目を留めて下さったあなた、真鍋さんが好きと言って下さったあなた、通ですね。うふふ。

さてと、気を取り直しまして。

幸生と章の「ともだちになるために」。これは118まで続く、誰かの部屋での出来事シリーズです。115~117は、ほぼ同じころ、フォレストシンガーズの誰かの部屋で。幸生と章は二十五歳。

「俺はもう成人男子じゃん」って、幸生は二十代半ばから再三、言ってます。「もう言っていい? 俺、大人の男でしょ」と何度も言い、でも、まだ言い切れないのかな、という感じ。

大人になんなかなりたくないと言う若者も多いし、私もその気持ちはわかるけど、否応なく大人になってしまった著者としては、大人にはなるしかないんだから、素敵な大人を目指してほしいなぁ、と思うのです。素敵な大人ってどんなの? 一生、その答えを追い求めて。

タイトルは子供の歌です。時としてタイトルに困ると、クラシックや子供の歌にまで目を向けます。

苛々が溜まっている章に、「人は友達になるために生まれてきたんだよ」と歌う幸生。それだけのストーリィですが。

http://quianred.blog99.fc2.com/blog-entry-252.html

よその人のブログにコメントって、つけにくいものなのですよねぇ。でもでも、どうかよろしく。コメントとまではいかなくても、できれば「拍手」など押していただけますと、とっても嬉しいです。

そういえばたまに、私のこのブログ記事をtweetして下さる方もいらっしゃるようで。どなたさまかは存じませんが、ありがとうございます。

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感謝とお願い

小説のようなものを書きはじめてから、ええとええと……もうそんなになるのかぁ?! と自分でびっくりしておりますが、もうそんなになるのですね。

書けない時期にはプチ鬱になったりもするので、小説書き依存症なのかもしれません。

「絵の才能のない者が絵を描くのは時間の無駄だと思われるかもしれない。けれど、あなたがそうして絵を描いていて、他のなにかをするよりも楽しいのだったら、それは才能なんだよ」

どなただったか忘れましたが、さるところで見た画家の方のお言葉です。正確ではないかもしれませんが、心にずっきんと来ました。「絵」を「小説」に置き換えたら、私のためにあるような言葉。

ほんのわずかな才能があるのだと仮定して(わずかだと前置きしても、私に「才能」があるとは、そう言うだけで傲慢だと自分では思います。才能じゃなくて「書きたい意欲」かな)、アマチュアレベルだったらいらない、などと考えてみたりもしますけど、やっぱり書くのは楽しいから、それでいいのですよ。

そして、何人かの方が読んで下さったら、これはもう、大喜び。

凝り性ですのでいくつもの物語を作ってきて、シリーズにしてきました。三年以上前から書いていますのが、茜いろの森に連載中のフォレストシンガーズストーリィです。

http://quianred.blog99.fc2.com/

これまた書けない時期もあったのですが、ネットで知り合った方々のアドバイスをいただいたり、お喋りでヒントをいただいたり、リアル友達との会話もネタになったり、読んで下さった方のご感想が励みになったり。

そうしてまた、書けるようになりました。現実の友達にも、ネット友達にも感謝fuji

物語の本編が200になったのもありまして、ここらでひとつ、年代記をと思い当たりました。

「The Chronicle」を茜いろの森にアップし終えて思ったのは、フォレストシンガーズをはじめて読んで下さる方は、これから入ってもらったらわかりやすいかなぁ、ってことでした。

しかし、「The Chronicle」は十一篇もありまして、これだけで一冊の本にできそうに長い。長い小説は敬遠されてしまう。

ではでは、というわけで、ショートバージョンを書きました。

これでしたら短いですので、ぜひぜひぜひぜひ読んでやって下さいませ。気に入っていただけましたら、「The Chronicle」十一篇全部なり、他のフォレストシンガーズなりも読んで下さいね。ごく短いのもありますから、お暇つぶしにどうぞ。

「茜いろの森」よりもこっちのブログのほうが、読者さまは多いようですので、こっちでも宣伝させてもらいました。

「The Chronicle・ショートバージョン」、別名「花物語」はこちらです。

http://quianred.blog99.fc2.com/blog-entry-411.html#end

遍歴

なんの? って、あのね。。。

短い人生(いや、まあ、地球が誕生してからだと、人類が誕生してからだって、短いじゃありませんか)の中で、わりに深く関わった同人誌は三つです。

「白いろうそく」

やなせたかしさんが監修しておられた「詩とメルヘン」という雑誌がありました。廃刊になってしまっているのでしょうねぇ。

小説を書きはじめる前は詩を書いていて、作詞家になりたいなどとだいそれた夢を見ていた私は、この雑誌は好きで購入していました。そして詩も小説も書くようになりました。詩のようなもの、小説のようなもの、そんな文章を。

記憶がやや不確かになってしまってますが、「詩とメルヘン」の「メンバー募集」に応募したのだったかなぁ。少人数で活動をはじめていた「白いろうそく」のコンセプトは「詩とメルヘン」ふうだったはずです。

あのころはまだワープロもなく、手書き原稿をローラーで印刷して……いつの話や? あんた、短い人生とちゃうかったん? 自分で自分に突っ込み。

若かったあのころ、怖いことだってあったけど、楽しかったね。もしかしたら近々、「白いろうそく」のメンバーたちと会えるかも、なんて話も出ています。

「茜倶楽部」

実はその前にも文学系同人誌をはじめると言った大学生と、一緒にやろうという話は出ていたのです。ところが、彼が大学を卒業して故郷に帰ってしまったので、話が立ち消えになってしまっていました。

白いろうそくで同人誌に目覚めた私は、別ジャンルの同人誌もやりたいと思った。それはSF。当時はSFが大好きだったのです。書くほうはファンタジック志向だったのは、科学的論理的頭がないからですが、タイムトラベルストーリィが特に大好きでした。

現在でも嘘話を書くのが大好きなのは、このころの名残ですね。旅行記などを書いていても、フィクションを加えたがる癖までがあります。

それはともかく、私も同人誌をやりたいと願い、またまただいそれたことに、私が主催者となってしまったのです。だから、名前は「あかねくらぶ」。

プロの小説家になりたい人たち、集まって。

そんな呼びかけに応えてくれた人が、最初はかなりたくさんいました。ほとんどが離れていって、しつこく書いているひと(もっともしつこいのは私かな)もほとんどいなくなっても、細々と会は続いています。

「碧血碑」

1974年発足。いえ、そのころは私は生まれてないって……嘘ですが、そのころは新選組なんてよくは知りませんでした。

「龍馬の妻・おりょう」という本を読んで幕末に目覚めた私は、そこから道がまがりくねって新選組のほうへと行ってしまった。新選組漫画や小説や研究書や歴史雑誌を読みあさり、古書店にまで出没するようになった。凝り性ですから。

なにかで見た「新選組同人誌・碧血碑」の名に強く惹かれ、ためらった末に代表者のK先生に手紙を出しました。K先生と「碧血碑」の名前を並べれば、知っているひとは知っているのですが、一応は仮名にしておきます。

快くメンバーにしていただき、K先生にはいろいろと教わって、原稿送れ、と言われるようになって、津々井茜の小説コーナーまで作っていただきました。なのにだんだんと新選組小説が書けなくなって、申し訳ございません。

碧血碑には著書をお持ちの研究家の方も大勢いらっしゃいます。有名な作家の方もメンバーになっておられるのですよね。そんな会の末端に加えていただき、小説も載せていただいて感謝しております。

凝り性なだけに遠ざかるとフェイドアウトしていってしまうのですが、新選組からは距離を置き気味とはいえ、興味をなくしてはいません。フォレストシンガーズ(私の書いている小説の主人公たち)は新選組の影響を受けているなぁ、なんて思います。

どこが? と質問して下さる方もいらっしゃるでしょうか。どこがというわけでもなくて、作者の中で彼らと彼らには似通った部分がある、あくまでも作者の中で、なのでした。

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

この年になっても趣味の話しのできる友達が何人かいるのは、同人誌をやってきたおかげがあります。職場の友達なんかは退職すれば遠くなるばかりですけど、趣味の友達はけっこう長く続くものですよね。

私の人生を明るくしてくれたのは、「小説を書くこと」です。それだけはまちがいありません。途切れてはいない同人誌友達のみなさま、今後ともよろしくです。

ブログを読んで下さるみなさまも、別の意味での書くことによるお友達? 私は勝手にそう思っていますので、今後ともよろしくお願いします。

番外41・Initial experience(後半は「新旧友達」)

「A girl meets a boy」シリーズ四つ目の番外編です。主人公は徳永渉。徳永くんの一人称なんだから、徳永くんらしい感慨を書こうと……らしくなってますか、本人のご感想は?

「勝手にやってりゃいいだろ。所詮、小説は小説、絵空事、フィクション、嘘っぱちだ」
「ってーことはだね、きみの存在そのものが嘘ってわけだよね」
「む? 男の声が聞こえる。おまえは誰だ?」
「小説はフィクションだとの前提のもとで、あれこれ考えるのも楽しいんだよ。女性とは真摯に交際するとの前提のもとで、あれこれ楽しむのもいいものだよね」
「俺は紳士じゃねえんだよ」
「無頼を気取りたがるのも、青い証拠かもしれないな」
「俺はおまえみたいな気取りたがりでもないんだよ。このかっこつけ野郎。おーい、木村、面と向かって言ってやったぞ」
「どうもありがとう。章に代わって礼を言うよ。それでだね……」

誰かが出てきて議論をはじめましたので、キャラたちは放っておきましょう。

「Initial experience」とは「初体験」という意味です。どうしてこんなタイトルにしたのかは、本文をお読み下さいね。初体験ねぇ……遠い目。っていうのか、「初体験」ったってさまざまな方面があるのですよ。はじめてのおつかいとか。ひとりでできるもん、とか。

ごく短くて気軽に手軽に読めますので、読んでやって下さいね。この前後の番外編も「A girl meets a boy」シリーズですので、よろしくお願いします。

http://quianred.blog99.fc2.com/blog-entry-251.html

話は変わりますが、GWの三日間で、友人七人と会ってお喋りしました。一ヶ月に一回ほど会っているひとたち、十年ぶりに会ったひと、一年ぶりくらいに会ったひと、はじめて会ったひとたち。

○十年も同人誌をやっていますので、手紙だけの知り合いが訪ねてきてくれて会う、といった経験は何度もしています。近年はメールだけの知り合い、サイト友達、チャット友達、と会うというふうに変わってきているのですよね。オフ会も各地で行われているようで。

その同人誌、もうひとつの同人誌(あかねくらぶのほうはこのブログとHPをリンクしてますし、メンバーのうちの何人かとは長く長く交流が続いています)も、完全に途切れてはいなかったのです。

昨夜、夕食時にスパークリングワインを飲んで酔っ払っていたら、その同人誌仲間のRちゃんから電話がかかってきました。なんと十六年ぶり。前に会ったのは阪神大震災の年で、別の同人誌仲間の被災された方のお見舞いに行ったのですから、記憶は正確なはずです。

酔っ払いのうだうだ話しにつきあってくれたRちゃんとも、近いうちには会えるかな。

長生きはするもんだ……ってほどの年齢ではないのですが、生きているといいこともありますね。今年の五月は新旧の友達といっぱいお喋りできて、嬉しかったのでした。

みなさん、本当にありがとう。ブログネタにもさせてもらって、どうもすみません(*^ー゚)b

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読書ノート5

①柴田よしき「朝顔はまだ咲かない」

高校時代のイジメが原因でひきこもりになったなっちゃんと、その友達の明るい女の子が、不思議な事件を解決していく。殺人なきミステリです。

なっちゃんを苛めていた女の子と再会して、ふたりで話す。彼女はイジメをやっていたことをまったく覚えていない。それを知ったなっちゃんはむしろ吹っ切れる。

シチュエーションは明野照葉「契約」と似ているのですね。しかし、こっちのほうが爽やかです。読後感もよい。私は「復讐」ってのが大嫌いなので、あっけらかんと忘れてしまうのが一番だと思っています。

十九歳の女の子が主人公にしたら、「ジーパン」だなんて言ってかなり古いけど、書いてる方のお年がお年ですからねぇ。アマチュアとはいえ、私も読んで下さる方にはそう思われるのかなぁ、と、我が身の反省材料に致します。

②重松清「あすなろ三三七拍子」
 
泣かせが上手だわぁ。って言われると、作家の方は気に入らないのですかね。それで思い出しました。

木原敏江さんのまんがの感想に「泣かせるのが上手ですね」ってのがあったそうで、木原さんが猛然と反論なさってました。「泣かせようと思って描いてませんっ!!」。そうなんですかぁ?

会社の社長がもと大学応援部主将。その応援部が存続の危機に陥り、なんの関係もない中年のおじさんが社長命令で大学に送り込まれる。学ランを着て応援部主将になることが仕事となった、四十五歳サラリーマン。

個性豊かな脇役キャラたちもみんな面白いのですが、主人公の娘の彼氏ってのが秀逸です。金髪ピアスの男子大学生を愛しい娘(高校生)のカレシだとして一応は認めるだけでも、お父さん、えらい!! 

この翔くんってのが、そばにいられたら私も怒るだろうけど、現代ふういい男ってのかな。私はこういう青年とお友達になりたいです。

③篠田節子「死神」

シニカルな人生観が漂うところとか、以前に新聞で連載していたエッセイに漂っていた彼女の性格とか、どこか私に似てるなぁ、と。似たタイプには嫌悪感を抱く場合もありますが、この方の小説は大好きです。

短編集ですのですべての感想は書きにくいのですが、たとえば「花道」。この物語の主人公の女性ケースワーカーの結婚観は身も蓋もないというか、それだけにリアリティにあふれていて、夢も希望もないというか、でも、こういう女性は強いんだよなぁと言うか。強いばかりの女は……ううう、複雑。

たとえば「緋の襦袢」、別の意味でのしたたかな女。たとえば「ファンタジア」、作家の女性もケースワーカーの女性も、私には身につまされます。

著者自身が就いていた職業、特にケースワーカーなんて仕事だと、自分の経験をフィクションにはできないのですね。

④柴田よしき「夜夢」

これも短編集で、ある世界に集った「人」が語る物語がつながっていく形になっています。

特に「願い」が印象に残りました。
たったひとつだけの願いがかなうのならば、「彼が永遠に私を愛してくれますように」。そう願った女がどうなったか。これはこれで幸せかもしれません。

篠田節子さん、柴田よしきさん、筆力のある中年女性作家の書くものは読みごたえがありますね。

⑤安本末子「にあんちゃん」

子供のころにダイジェストだか漫画だかで読みました。なつかしーくて、図書館で借りました。

昭和二十八年に佐賀県の炭鉱町の小学生だった女の子。「健全な貧しさ」なんて解説があるけど、当事者にしてみれば健全であろうとなんであろうと、貧しさなんていりませんよね。差別されていた立場の彼女も、無意識の差別を書いているし。

ああ、このころは貧しいほうが普通だったかな、と……いえ、まだ私もさすがに生まれていませんが、もうすこし後だったら知ってますから。

⑥平山夢明「他人事」

「ひとごと」と読みます。

人間としてしてはいけないこと、あってはならないこと、それがテーマだそうですから、いやぁなお話が嫌いな方はくれぐれもお読みになりませぬように。

ほぼすべてがえげつない短編集ですが、特に特にだったのはこのふたつ。

「仔猫と天然ガス」
四十代のひとり暮らしの女性の家にやってきた大学生男子たちが言う。
「俺たち、オバさんとプロレスがしたいんだよ」
うぎゃあ、悲惨。

「定年忌」
要するに、定年を迎えた年ごろの人間は、高齢化時代では不要なものとなるのです。SFにはある程度の年の人間は安楽死させるなんて発想の物語はよくありますが、この悲惨さは比類ない。よくもここまで書きますね。

といった調子の物語ばっかりです。読後感最悪。なのに、私はけっこうこういうのも好きなんですよね。

⑦田辺聖子「一葉の恋」

与謝野晶子や樋口一葉、吉屋信子や司馬遼太郎といったものを書くひとについて。博学で碩学で(そのくせ、ご本人はおっしゃるのですよ。浅学菲才だって。若い者は恥じ入るしかありませんね)ご高察も深い。聖子さんは私の尊敬する作家のおひとりです。

母に近い年頃の聖子さんの書く、昔の大阪の生活。いつも読みふけってしまいます。もっともっと、昭和初期の子供のお話なんかも書いて下さい。

⑧林真理子「グラビアの森」

グラビアアイドルの女の子をめぐる、周囲の人々それぞれの生きざま。
日本の男の子はオールヌードの女の子よりも、小さい水着をつけた美少女を好む。本当ですか? 真理子さんはこういうのを書くと達者ですよね。

⑨遠藤徹「姉飼」

第十回角川ホラー大賞受賞作。

「キューブガールズ」
これはぜひ、長編にしてもらいたい。こういうの、私も書きたい。ポップでいながらそこはかとない哀しみが漂う、これ、好きです。

他に二編入っていて、どちらも作風がちがっていて、それはそれでいいのですが、表題作は相当にすごい。エログロナンセンスってこんなの?

串に刺されて血を流している「姉」を祭りの夜に見世物として見た主人公は、「姉」に魅せられる。そうして人生を踏み外して……いったのか? 

地名や食べものや昆虫の名前のネーミングは、椎名誠氏みたいですね。影響を受けてますよね。
被虐だか嗜虐だか、そうではないのか、読みようは幾通りかあると思われますが。

ただね、「姉」ってなんなのかを明らかにしないでほしかったな。このラストで明らかにしているのか、そうではないのか。そこもわかりづらくて、こうして書いていると、なんだかいろんな読み方のできる物語だと思えてきました。

怪作であるのだけはまちがいないと思えます。

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このところあまり収穫がなくて、書けなかったのです。ちょっと久しぶりの読書ノートでした。

写真は本の花園……ではなく、浜寺公園の花壇です。

114・恋はみずいろ

数年前の梅雨どきに、彼はフォレストシンガーズを脱退しました。恋人に「できちゃったみたい」と告げられ、ならば結婚するしかないかと観念し、歌はやめて彼女の父親の会社に就職した。どこにでもころがっているありふれた話なのかもしれません。

主人公は小笠原英彦。歌はシャンソンのスタンダードナンバーといったところでしょうか。イージーリスニング、ボールモーリアの楽団などが演奏していて、甘く耳ざわりのいいメロディが、中学生ぐらいのころから好きでした。

どこにでもころがっている話ではあるものの、ヒデの歌への想いは断ち切りがたく、彼はこれから五年ぐらいは暗い冥い場所を歩き続けます。未練がましい男、女性には嫌われそうだけど、アホな子ほど可愛いので、私はヒデも大好きなんですよ。

「あんたが生み出した子なんやきに、そりゃあ、わしはアホちや」

なんちゃって土佐弁? でヒデが怒っております。

彼は別に坂本龍馬がモデルってわけでもないのですけど、昨年の大河ドラマで土佐弁は耳になじみのいいものになりました。アクセントが関西弁に近く、親しみやすくて、関西人には入っていきやすいというか、聞き取りやすいというか。

もちろん幕末の土佐弁と、現在の高知弁はかなりちがうのでしょう。大阪弁だって祖父母の時代とだと相当にちがってますものね。

土佐弁につきましては、さるソフトのお世話になりました。「よさこい龍馬くん」ありがとうございま~す。

ストーリィは、元来は陽気なヒデが一時的に饒舌でえっちで明るい彼を取り戻すってもの。

繰り返される妻との喧嘩に疲れ、小さな娘もあまり可愛いとも思えず(愛しいとは思ってるけど……不器用な父なのですね)、毎日に倦んでいるヒデが、休日に外へひとりで食事に行く。

フレンチのレストランに入ってしまって、げげっと思っているヒデの前に、フランス人留学生のソフィがあらわれる。「ございます」口調で喋る美人のソフィは、昔のヒデを遠くから見ていたことがあった。とまぁ、これもありがちですが。

このストーリィを書く前に、著者はパリをつまみ食いしてきました。そこでわずかに触れ合ったフランス人が、物語に反映しているかもしれません。

二十四歳シリーズラストの「恋はみずいろ」はシゲのストーリィと同じ日、シゲとヒデは奇しくも東京と茨城で同じ夕陽を見上げ、あいつ、元気かな、と考えているのです。おまえもがんばれよ、ってね。

Paris

12月のparis

あたちは19歳

獣医さんに言わせると、今どき19歳ぐらいは珍しくもないのだそうですが、我が家にそんなにも長く同じ猫がいたことはないので、老猫……しみじみしてしまいます。

最盛期には体重は5キロ近くありました。女の子にすれば骨太でたくましい身体つきをしていたので、太ってるってほどではなかったのかな。そのころの写真を見ると丸々して、貫禄あるおばさん猫してます。

「ちぃは戸を開けるってことをしないのよね。猫のくせによー開けんのやろか」

そんな話をしていると、つかつかっとテレビに歩み寄り、テレビ置きの台の引き戸をぱかっと開けてみせた。

「人の話を聞いてる。会話の意味がわかってる。化け猫やぁ」

なんて言っていたものです。玄関のドアに取りついて、ノブを回そうとしていたこともありました。

今では体重は三キロもなさそう。抱くととっても軽い。たぶんほとんど目も見えず、耳も聞こえず、触角と嗅覚のみで生きてます。台所で道に迷って、「うがーお」と鳴いていたりもします。

写真はパソコンと福島県の日本酒と、うちのちぃです。

いつもくぅの写真ばっかりで、くぅの話題ばっかりでしたので、今日はちぃ。老いたりといえども、あたちも可愛い? 

「そんなんもうどうでもええわ。可愛かろうと憎たらしかろうと、それがなんぼのもんじゃい」
 
ちぃはそう申しております。

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113・かりそめのスゥイング

ひきずってきた悲しみも、生きてきた虚しさも、私にはそんなものはない。そこまで生きてもいないのだから。

二十四歳の美江子にこう言わせたくて、選んだタイトルです。

曲は甲斐バンド。主人公は山田美江子

フォレストシンガーズストーリィではもっとも重要な女性キャラだというのもあって、美江子のストーリィはコイバナが多いのです。やっぱ私も偏見を持ってるのかなぁ。「女は恋だ」なんて?

そんなふうに思っているわけではなくて、ラヴストーリィは女性視点のほうが書きやすいという、単純な理由なのですけどね。

美江子は恋多き女性なのでしょうか。二十四歳にして恋は六度目くらいだから、多いのか? 少なくはないと私は思いますが、もっともっともーっと多い人もいるのでしょうね。恋は数ではなく濃度だとも、私は思ってます。濃い恋がいいってわけでもなく、こればっかりは人それぞれ。私なんかは濃すぎる恋はごめんですし。

オフィス・ヤマザキでマネージャー修行をはじめた若い美江子。まだフォレストシンガーズ専属でもなくて、ベテランシンガーさんのもとで研鑽を積んでいます。

新米だからドジをやったり、フォレストシンガーズのみんながそばにいないと寂しいと感じたり、寂しいと感じる弱い自分を叱咤して、強くなりたいと願ったり。

そんな美江子を守ろうとするフォレストシンガーズのみんな。こういうのって女心をくすぐるのかなぁ。世の中の女性たちの気持ちをくすぐるほどに、上手な描写がしたいです。

新しい恋をしたつもりが、あっけなくも終わってしまって、クラブで自棄になって踊って、帰り道で本橋くんに電話をかける。そして、元気を取り戻した美江子は明日に向かって歩き出すのでした。と、かいつまんでいえばそんなストーリィです。

小説を書いているとふっと思う。

こんなのってなにか意味がある? 意義がある? ストーリィになってる? ただの時間の無駄じゃないの?

いえいえ、そんなことを考えていたらアマチュアは小説なんて書けないのですよ。自分が楽しくて書いていて、ブログにアップして、なにかの拍子に私の小説に目を留めて下さるひとがいたら、ほんのちょっとだけでも読んでくれるひとがいたら。

中にはたったひとりでも、続けて読んで下さるひとがいたら。それだけで無上の喜びです。無常に嬉しい。ま、世の中は無情ですが……苦笑。

http://quianred.blog99.fc2.com/

あかねのブログのほうは更新すれば、十人前後の方が訪問して下さっているようです。みなさま、「茜いろの森」のほうも、なにとぞよろしくお願いします。

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二泊三日旅行記・omake

11.5.5

急遽決めた関東旅行のひとつの目的は、東京に住む友人に会いたいってものでした。しかし、見事に行き違い、彼女は京都に行くと言うのです。

そこで相談して、私が旅行から帰ってから、京都にいる友人に会いにいくことにしました。会うのはたぶん十年ぶり近く。ほんっとに久しぶりだよねぇ。うんうん……しみじみ。

会えば話がはずみます。四条河原町はものすごい人で、カフェなんかには入れないから、飲みものとおやつを買って円山公園まで行きました。八坂神社前のローソンは、幕末のころにはたしか祇園の会所だったはず。ここから新選組が池田屋へと出動していったのだ。って、彼女も私も好きなんですよ。

「白虎隊のドラマで大晦日に総司と歳さんが、八坂神社に来てたよねぇ」
「おけら詣りだったかな。あのときに総司を演じた中川勝彦って、亡くなったらしいよね」

そのような会話をしながら歩いていて、気がつく。京都も人出が少ないんじゃない? ああ、欧米人の姿がほとんどないんだ。狭い日本、すべてが放射能に……なんて思っている外国人が多いのでしょうね。私は京都はお正月以来で、GWにはめったに来ないけど、これだけ人の少ない五月五日の京都は珍しいんじゃないでしょうか。お正月には倍は人がいましたよ。

円山公園でいっぱいお喋りをして、高台寺から四条へと歩き、京都名物にしんそばを出す「松葉」で早めの夕食にしました。ここは文久創業だそうですから、新選組の誰かが店に入っておそばを食べたりもしたかもね、なんて。

加茂川の夏の風物詩、等間隔ですわるカップルってのもいます。川に張り出す川床もすでにやっている。夕方になるとすこし冷えますので、まだ人は少ないようでしたが。

11.5.8

おまけのおまけ。今日は大阪。

女性が四人と男性がひとりで、いつもの喫茶店でお茶を飲んでお喋り。文学少女と文学少年の成長した姿ですので、本の話が多いのです。

長く改修していた大阪駅が新しくなって、大阪ステーションシティってのができているのですね。梅田にいる人たちはそっちに流れていってしまっているようで、私たちのいる喫茶店のあたりは人通りが少ない。

今年のGWは思いがけなくも、旧友やネットでだけの知人と会うことができまして、この日も古い古い友達が大阪に出てきてくれました。私たちって何年、こうして集まってお喋りしてるの? 途切れてしまったり、会えなくなったりしたひともいるけれど、何人かはここに集まってくるから、思い出して来てくれるひともいる。

思えば○十○年前に、私が「SFマガジン」で呼びかけたのがきっかけだったのですよね。

人数はぐっと少なくなっても、続いているのは気の合う証拠なのかしら? 若かった私たちがお……以下自粛、となっても、そこに「あ」とか「い」とかが加わるようになっても、ずっと続いていってお喋りできるといいなぁ。

ふとセンチメンタルになりつつも、旅行記はこれでおしまいです。ご愛読いただきまして、まことにありがとうございました。GWに会ってくれた七人の方にも、感謝をheart04

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花のない円山公園のしだれ桜と加茂川夕景。

二泊三日旅行記・tokio

11.5.4

震災の影響で開幕が遅れたプロ野球の中でも、特に楽天、西武、巨人は本拠地で試合ができなかったのですよね。5/3にようやく、東京ドームでの試合がはじまった。相手は我らが阪神タイガース。その試合についてのニュースを見ました。

「二十六年前のあの伝説が蘇った!!」

ってさ、逆だったら見たくないぞー、だったのですが、逆ではなかったのですね。要するに、阪神のクリンナップが続けてホームランを打ったと。だけど、伝説のホームランは甲子園のバックスクリーン三連発なのですから、東京ドームでは伝説になりません。ボールが変わっても、やっぱり東京ドームは東京ドームだわ。やれやれ。

野球に興味のない方にはつまらない話題からスタートしまして、どうもすみません。

昨夜は寝つきが悪くて、ちょっぴり寝不足。でも、今日は行きたいところがあったので、ホテルをチェックアウトしてしゅっぱーつ。

ホテルは築地から近かったので、できれば築地の市場に行ってお寿司を食べたかったのですけど、先にこの荷物をなんとかしなくっちゃ。家を出たときよりも1.5倍くらいの重さになってるのはなぜ? 横須賀カレーとかシュウマイとかを買っただけなのに。

重い荷物を持っていては身動きが取れませんので、東京駅に預けにいきました。とはいってもGWですから、コインロッカーはどこもここもソールドアウトだぁ。え? コインロッカーはソールドアウトって言わない? そうですね。

どうにかたったひとつ見つけた、大きなコインロッカーを確保。私の荷物はたったひとつなのに、600円って……でも、しようがない。他にはないのですから。

「明日は谷中に猫を見にいくの」
「へええ、ずいぶんマイナーなところに行くのね」

お台場ではそんな会話をしたのですけど、GWの谷中は人出が多いのだそうですよ。日暮里駅の書店で買ったわかつきめぐみさんの「やにゃかさんぽ」って漫画にも書いてありました。この漫画は「チーズスイートホーム」を思い出すようなほのぼの系です。

谷中ぎんざでお昼を食べて、猫の絵のついた黒い日傘を買う。これだけの人では猫は出てこない。遭遇したのは三匹だけでした。

根津神社に行ってから谷中の墓地にも行きたいと思っていたのですが、地図も見ずに人の流れに従って歩いていたら、森鴎外住居跡というところに出てしまいました。それからさらに歩いていく。ここはどこ? ありゃ? 右手に見えてきたのは上野動物園? ここもものすごーい人だ。

来てしまったものは仕方がないので、不忍池の近くでちょっと休憩。次なる目的地は浅草ですので、上野に出たのはちょうどよかったのでした。

地下鉄に乗って浅草へ。どひゃっ!! なんだっ、このすさまじくもすさまじい人はっ?!

テレビでは浅草は観光客が減ってると言っていました。たしかに欧米人の姿は激減しているようですが、日本人はいっぱい。仲見世通りになんか入ってもいけません。私の目的と同じ人が多かったのかな? そう、スカイツリーです。スカイツリーはばっちり見えました。

あまりの人に疲れ果て、絵葉書を買って再び地下鉄に乗る。人の少ないところに行きたい。マクド(こっちではマックですね。大阪ではマックなんて言うと、「なに気取ってんねん」なので、私はどこにいてもマクドです)のフライドポテトを買って、公園で食べたいなぁ。

ってわけで、新宿まで行こう。都区内フリーパスっていうのを買ってありましたので、JRで行けるところを検討してそう決めました。

新宿御苑ってのはJRの新宿駅からは遠いのですね。そしたら都庁にしよう。このあたりにはマクドもなんにもなくて、ただただ歩いていると「ふれあい広場」とかいう場所に出ました。緑の風の吹く高い場所で、お茶だけ飲んでデジタルウォークマンで音楽を聴く。このあたりは人も少なくて静かで、とってもいい気持ち。

そうしていると寒くなってきましたので、下に降りていくと、ワンコインバスってのが走っていました。これに乗ると新宿御苑にも行けるらしいのですが、マクドを探していたのもあって、西口のほうへとバスに乗りました。

なぜかマクドがない。マクドってやつは探しているときに限ってない。しようがないから早めに夕食にして、早めに東京駅に戻ることにしました。

東京駅へも山手線で行きまして、山手線は全制覇。我が家ではお酒大好きな同居人が待っていますので、東北のお酒を買いました。宮城県の「日輪田、純米」。

「うまい。最高!!」だそうです。

行きあたりばったり東京散歩、これにておしまい。明日は京都に行きますので、おまけとして続きを書きますね。

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写真は、谷中の猫(屋内)、谷中「ねこあくしょん」で買った日傘、不忍池、新宿高層ビル。

二泊三日旅行記・hama

11.5.3

宿泊したホテルは横浜関内にありました。横浜スタジアム(道行く人もフルネームで呼んでいた。「ハマスタ」なんて言うのは野球好きだけ?)や中華街や馬車道の近くです。

東京や横浜の地名は全国的に有名ですが、どんな場所なのか、この目で見て歩いてみないと実感が湧きません。そんな場所のひとつ、馬車道を歩いてきました。

島田荘司氏のミステリシリーズの名探偵、御手洗潔が馬車道に住んでいたんじゃなかったかなぁ。本牧だの伊勢崎町だのって、歌にも出てきますよね。横浜には何度も行ってますけど、馬車道ははじめてです。

あてもなく歩き回り、関内の駅に戻ってからハマスタへ。5/6からは阪神戦があって、見たいなぁ、と思いつつも通り過ぎて中華街へ。ハマスタには数年前に巨人戦を見にきたことはあります。

中華街ではお土産を買い、フカヒレ焼餅ってのも買って、山下公園へ。先回の旅行記にも書いた幸生くんが、私の小説の中で山下公園でデートしてるんですよ。乾くんもひとりで山下公園を歩き、猫とデートしていました。

私はひとり、海や氷川丸を見て、フカヒレ焼餅(おいしかった)を食べて、マンウォッチングもしていました。そんな私を人々がじーっと見る。なぜ? 私、なにか変? なんでなんで? 見ないでっ、というか、どうして私を見るの?

はっと気づいて振り向くと、私の真後ろにウサギがいました。みなさん、ウサギを見てたのね。びっくりさせないでね。

午前十一時半に観光船が出ると聞いて、乗ってみました。みなとみらいを海上から見られるクルーズです。横浜ベイブリッジもいろんな角度から見られました。

午後にはJR横須賀線に乗り、東京へ。東京は暗い。駅が暗い。エスカレータがほとんど動いていない。ホテルのある駅は地下深いようで、地上に出る階段がすごーく長い。重たい荷物を持ってひいひい、ふうふうでした。

そして、本日はプチオフ会? ネットでだけの知り合いであるIさんとお会いする約束ができてました。Iさんは私のこのブログにも登場してくれたシンガーソングライターさん。メールやチャットでお話もしたし、声もお顔も知っていたのもあって、初対面だとは思えない。

プチオフ会になったのは、Iさんがもうひとりの方を誘ってくれたからもあります。その方も含めてお台場で、お茶を飲んで食事をしていっぱいお話してきました。

雨に煙るはじめてのお台場、ゆりかもめに乗ってレインボーブリッジを見て、それも楽しかったけど、お話もとっても楽しかったです。

千葉の方であるIさんと、東京の方であるoさんの地震体験話だとか、小説の話だとか、共通の知り合いの話だとか、スワローズの本拠地、神宮球場はどこにあるの? だとか。なぜか関西の人間は、神宮球場の場所を正確に把握していないのです。

はじめての人と会うのは、話がはずまなくて気まずくなったらどうしよう? なんて不安があるものですが、IさんもOさんも人柄がよくて楽しくて親しみやすくて、お会いできてよかったです。なにかとお世話になりまして、ありがとうございました。

十時ごろにはホテルに帰り、お風呂に入ってベッドに入る。隣室の人が時々、ガタン、ドスン、バタン、と物音を立てる。昨夜の睡眠時間が長すぎたせいもあって、私は眠れない。

「隣の部屋、うるさいなぁ。なにやってんのかな。ええと……えとえと……隣には部屋なんかないんですよ。誰もいませんよ? うぎゃぎゃ、そういうことを考えないのっ。あほあほあほぉ……早く眠くなあれ。茜ちゃん、ねんねしようね」

そんなふうに、ちょっぴり不気味な夜でした。

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写真は、馬車道、山下公園から望む曇天の海、フカヒレ焼餅です。

二泊三日旅行記・suka

2011.5.2

掛川駅に不審者が侵入したとかで、新幹線が名古屋寸前で止まりました。それからもやけに徐行運転が多かったりして、新横浜到着もだいぶ遅れた。波乱含みの幕開け?

別に波乱はなかったのですが、横浜、横須賀、浦賀、東京、二泊三日のひとり旅のスタートです。新幹線がスッカスッカ。満員の半分も乗車していないという、GWなのにこはいかに? でありましたが。

新横浜に到着して関内にあるホテルに荷物を預け、京浜急行で横須賀方面へと。関西の人間は「え? 京阪?」と思ってしまうのですが「京都、大阪」」ではなく「東京、横浜」なんですよね。東京は「東の京」なんですものね。

まず、浦賀。ペリーが黒船に乗って鎖国を解けと迫りに来た土地ということで、一度は行ってみたかった。しかし、浦賀駅付近には特になんにもないのですね。久里浜へ行くべきだったのかもしれません。

では、信楽寺(しんぎょうじ)に行こう。

このお寺には坂本龍馬の妻、おりょうの墓がある。去年の大河ドラマでおりょうさんも知名度アップしてますよね。私が幕末に興味を持ったきっかけはおりょうさんでしたので、昔からずっとファンです。おりょうさんの最後の夫だった男性が、「坂本龍馬の妻、龍子の墓」と墓所に刻んだとも知っていました。

そのお墓が京浜急行大津にある。「龍馬とおりょうさんのまち」なんてPRして、そのポスターの横に福山雅治のポスターが貼ってあったりして。そりゃあもう、使えるものはなんでも使え。どんどん使え。

史跡らしいものもひとつは見られたので満足して、横須賀中央に向かいました。

だいぶ前に車で横須賀には来たことがあるのですが、横須賀とは京浜急行「横須賀中央」とJR「横須賀」が中心だとまでは知らなかった。横須賀ってけっこう広いなぁ、と当然のことを認識しました。

横須賀は私の愛する小説キャラ、三沢幸生の出身地なのです。私の中に生まれた幸生が「俺の故郷? 俺はスカボーイじゃーん」って本当に言ったのですよ。幸生が生まれてきて以来、横須賀に行きたくて行きたくて、ようやく実現しました。

小学校の下校時間でしたから、やんちゃそうなこまっちゃくれた感じの男の子が歩いていく。横須賀弁で喋ってる。幸生はこんなふうだったのかなぁ……って、実在の人間じゃないのに、おりょうさんは晩年はこのへんにいたのかなぁ、と同時に妄想してしまいました。

お昼ごはんを食べそびれてしまって、今夜はひとりだし、スーパーマーケットでワインとお惣菜を買って帰ろうと決めました。

食料を買いにいった横須賀のスーパーも、あちこちの駅も、節電で暗いのですね。話には聞いていましたが、大阪人にはぴんと来ていなかったので、目の当たりにして実感。やはり関東は被災地が近いのですね。

三日間の旅行でしたので、三回に分けて旅行記のようなものを書きます。よろしくおつきあい下さいね。

本日の写真は。

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お墓には真新しいお供えがしてありました。私はなんにも持っていかなくて、おりょうさん、ごめんなさいね。

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