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2011年3月

いつもだったら春うらら

「神様が

 いるのならなぜ

  こんなこと」

某新聞の川柳投稿欄で見つけました。神がいるのだとしたら残虐で非情ですね。

「こんなときに呑気なブログなんか書いて……ぶちぶち」と怒っていたひとも、呑気なブログを書くようになってます。ブログで自粛していたって仕方ない。ブログのみならず、自粛ばかりしていないで、元気の出ることをしましょう。

ちょっとぱかり鬱状態の私(テレビを見て精神的に崩れてしまったミュージシャンが、だらしない、弱すぎる、被災地の人々を考えろ、と非難されていましたねぇ)にとっては、下らないことを「書く」のが一番の元気の素なのですよ。

四月になったら小説自己解説も復活させよう。で、この前にこれです。呑気なネタをやってる場合か、と思われる方もいるのかなぁ(と、こういうことばかり考えるのが小心者でもあり、鬱期でもある証拠ですが)。

DQNな名前というサイトを見ていて、私の旧姓も相当に変わってるのを思い出し、ちょっと調べてみました。

「苗字の百貨店」というサイトを見つけ、第一表を検索。読み方は同じだけど字がちがうというのを発見。第二表に移行。あ、あった!!

父の出身地、香川県にいくらかあるようでして、これってみんな親戚じゃない? 昔、電話帳で探したら大阪にも一軒だけあって、そこも親戚でしたから。

「ここ(第二表)にあるのは全国で80人未満のごく稀な苗字ばかりで、どんなに珍しいと思われる苗字も大半は第一表にあります」

そっかー、やっぱり私の旧姓はごく稀なんだ。職場にあった「日本珍姓奇名字典」には載ってなかったもんね。今では結婚してその名前ではなくなっているのもあり、むしろ珍しいと嬉しいような気分になるのですが、昔は私も苦労しましたよ。

字自体は普通なのですが、読み方が変わってるというか。ストレートに読めば読めるのに、誰もが、そんな読み方はしないだろ、と思うのでしょうね。その上に、小学校一年生のときの担任に苗字をからかわれて、それ以来、コンプレックスになりました。

私はこんな変な苗字だから、私自身も変なんだ、先生にまで馬鹿にされて、クラスの子たちには笑われて、私って値打ちのない子なんだ。

誇張していえばそのようなショックを受けて、あのころの私は暗かった。母に児童相談所みたいなところに連れていかれていたのも、あの担任教師のひとことが引き金になったのではないかと……児童虐待教師、私の十歳くらいまでの日々を返せ。

とまあ、半分はジョークですけど、半分は本気です。子供のころから私はネクラなのですよ。

サイトで珍しい名前を扱っていて、それに対するコメントなども見ていると、私と同じような経験をした方がけっこういらっしゃるようです。姓ってものはどうしようもないのだから、どうしようもないけれど、つらいですよねぇ。

たとえば変わっていても、上品な名前だったらいいんですよねぇ。かっこいい姓だと名前負けするきらいはあるのでしょうけど、私の旧姓、はっきり言って品がないってか? 下品でもないけど美しくないってか? とにかく、なにかと同じ音なのでいやなのですよ。

姓はものすごく変わっていて、名前は普通だけど、当時はあまり使われていない文字でした(一時、わりと使われていたから、親は漢字の先取りをしたのかな)。その上に別の字とまちがわれやすい、ちょっと崩すとどっちだかわからなくなる。

学校では新学年になるたびに、先生がちゃんと名前を呼んでくれないから訂正ばっかりする。ひらがなで書くと五文字なので、続けて読まれてしまう。就職してからも電話で名乗ると「はぁ?」と怪訝そうに言われる。果ては親しくなった人にはからかわれる。

夫婦別姓が議論されておりますが、私は結婚したら大喜びで、平凡な夫の姓に変わりました。誰にも一度も問い返されず、自然に聞き取ってもらえる、日本の姓多いほうベスト10に入る今の姓はありがたいです。

夫なんかは生まれてからただの一度も、「あなたのお名前、なんて読むんですか?」と言われたことがないそうですから(そりゃそうだ。読めないのは小学校低学年以下だろ)、私の苦労は知らないの。私なんか結婚するまでは、百万回くらい言われたよぉ。

ですからね、苗字はしようがないけど、DQN名前はやめましょうよ。将来、子供に恨まれますよ、そこの若いお父さん、お母さーん。

その言葉

「被災地に勇気を与えたい」

特にスポーツ選手がよく口にする「与えたい」

んんん? 待ってよね。ものすごく傲慢な台詞じゃない?

かなり誰もが口にするので、私の知識がまちがっているのかと、広辞苑を引いてみました。

「相手の望みや出方などに対応するような物事を、相手に対して「してやる」」

「自分のものを相手に「やる」」

「仕事などをあてがう」

「現在では上の者から下の者への行為にいうが、「授ける」ほど大層なものではない」

だそうです。やっぱりそうですよねー。

言葉ってものは時代につれて変化するとは言いますが、「感動と元気を与えたい」なんていってる人たちは、意味がわかってますか?

「被災地のみなさまに感動していただきたい。勇気を感じてもらえるようなプレイがしたい」

言い換える言葉はありますよ?

「モテナイ系」(喪女ともいうんですってね。話はそれますが、若い女性にこんなにもデブスっているの? 自分で自分をそこまでこき下ろすか? という、喪女たちの呟きを読みました。自虐も持ち味だそうですが……すごい)の私は言葉にこだわってしまう。

mixiの日記をこのブログに設定している関係上、mixiネタも多くなるのですけど、ほんと、いろんなひとがいますねぇ。

ニュースからの日記の中には、「釣り」が流行っているとか。どんな精神構造をしたひとが書いているのか……私にはとても……コワイ。

とか言いつつ、そういう日記をつい読んでしまう私は……よく似たものなのでしょうか、そういう人々と。

北の地

東北や北海道は大阪からだと遠く、憧れているばかりで行くのはなかなかかなわず。

箱館戦争ゆかりの地でもある函館は、幕末好きの私の心をかきたてていました。だから、北の地ではじめて行ったのは函館。もう二十年くらい前だったでしょうか。一度行くとやみつきになって、何度も何度も行きました。

函館博物館の会員になって、事務局の方とメールのやりとりをして、会報に小説を載せてもらったりしていた時期もあります。

その函館が津波の被害で……。

東北も大好きだから、幾度かは行きました。仙台やら松島やら岩手の宮古やら。宮古のホテルでお話を聞かせて下さった方も、仙台で話しかけてきたおばあちゃんも、会津若松の白虎隊記念館でお話ししてくれた方も、お元気にしておられるでしょうか。

宮古のどこかに猫がいて、私が大阪弁で話しかけていたら、横できょとんとしていた女の子もいました。大阪弁全開の母の言葉がわからなかったらしき、旅館のお姉さんもいました。東北って大阪弁が通じにくいね、なんて、こっちは笑っていたものです。

北の土地でちょっとだけ触れ合ったみなさまは、お元気にしておられるのかなぁ。

大阪人にはなじみの薄い東北や北海道には、旅人として訪れただけですけど、あの地やこの地が……なんと言葉にすればいいのかわかりません。

昨日と一昨日は札幌ドームで、日本ハム対阪神のチャリティ試合。大勢のお客さんが来てましたね。札幌ドームには一度だけ行きました。三塁側がホームなんですよねー。

我らがタイガースがあのサイトーユーキを打ち崩したのはいい気持ちでしたけど、それよりも、やっぱり野球を見たい人は多いのだなぁと。

それで、なにが言いたいのかといえば、ですね。

自粛ムードばかりでは、ただでさえ景気の悪い日本全部が停滞してしまう。停電やら原子力発電の今後やらと、気がかりはたくさんありますが、動ける土地の人間やその他は目いっぱい動かなくては、と、呑気な大阪人はそう思っています。

追記

この文章の左にあるワンクリック募金、少なくとも私は毎日クリックしていますので、ほんのすこーしは募金できているはずなのですが、動きませんね。なぜだろ?

小説サイトのほうのカウンターも、少なくとも私は毎日アクセスしてるのに、ゼロって日もあります。こういったブログパーツってどうなってるのか、さっぱりわかりませんわ。

この一週間

まずはじめに、このブログに友人から教わったワンクリック募金のブログパーツを貼りました。クリックすれば一円の募金ができるそうです。無料ですので、私のブログを訪問して下さる方、ぜひご協力お願いします。

この形の募金でしたら問題はないと思われますが、万が一なにかありましたら、教えていただけると幸いです。

震災から一週間がすぎ、いろんないろんな情報が交錯して、特に原発についてなどは、どれを信じていいやらわからない状態です。

こんなときには被災していない土地の人間は、とにかく普通に日常生活を送り、経済活動を活発にしなくてはいけない、とも言います。それで思い出したのが阪神大震災。

大阪も相当に揺れました。あの朝のことは鮮明に覚えています。けれど、我が家のほうはただ揺れただけで、被害はありませんでした。

ほんのすこしの距離しかない神戸や西宮の方に申し訳なくて。もちろん言っていた人はいたのですよね。

「なんで大阪はああやってのんびりしてるの?」

でも、その反面、こう言っていた人もいたのだそうです。

「近い大阪ではみんな元気に、前のまんまに生活している。それを知ると我々も元気が出てくる」

そんな考え方もあるのだなぁ。

西宮には友達がいましたから、物資を持って訪ねていったりもしました。友人知人の安否を尋ねたりもしました。阪神大震災は大阪には直接の被害が少なかったとはいえ、とても近いところで起きた災害でしたね。

今回は遠いのがあって、もどかしさも強い。申し訳なさも強い。それから、大阪もいつなんどき……との恐怖も強い。大変な大変な状況の方々を思えば、関西人も我慢しなくちゃ、できることはしなくちゃ、との想いも強いのです。

けれど、あまりに自粛や我慢ばかりしていないで、経済活動をしないと……? デパートで買い物もしないと? そんな気になれませんけどね。

プロ野球セ・リーグは予定通り開幕するそうですね。プロ野球関係者に限らず、この震災で自粛を余儀なくされている人にも生活がある。死活問題でもある。

なのですから、なんでもかんでも噛みついたり非難したりしたくはない。批判するだけだったら誰にでもできる(自戒をこめて)。

だけどやっぱり、プロ野球は延期してもよくない? ナイターはやめてもよくない? 東京ドームってものすごい電力を使うのでしょ? 東京ドームでやれないのならやらない、って言いそうだなぁ。あの鍋じいちゃんが。

もうひとつ、どこかの都知事の「天罰」発言は、私はニュースでリアルタイムで聞きました。聞いた瞬間は「天罰」のひとことに反応して感情的にもなりました。

あとからつらつら考えるに、都知事さんはこう言いたかったのではないかな?

「この我欲にまみれた日本に天罰がふりかかったのだ。その犠牲になった被災地はかわいそうだけどね」

だとしても、作家でもある彼は「天罰」なんて言葉を使ってはいけない。「かわいそうだけどね」なんて、見下ろして他人事みたいに言ってはいけない。

彼の言葉は言ってはいけないことではあったけど(主義があって口にしたのならば、撤回するな!!)、感情的に判断しすぎるのはよくないなと、あの発言の数日後には思うようになりました。感情的な意見がブログなどにも満ち溢れていましたから。

そんな例もあり、なんでもかんでも娯楽的なことは自粛しなくてはならないとの風潮もあり、それはもちろん当然(停電やガソリン不足もありますからね)の部分もありますが……うーん、むずかしい、複雑。

「大阪人は呑気でいいね」

と言われるかもしれないとびくびくしながら、小心者大阪人はこんな文章を書いてみました。

猫のちぃ(十八歳と十ヶ月)がかなり老いてきておりまして、ついに老猫介護になりつつある、などという下らないネタは、しばらくは自粛します。

言い訳ですが

よその方々のブログは、震災一色。中にちらほらと、フィクションだったら今まで通りという感じでアップされている方がいらっしゃいます。

私も「あかねのブログ」はネタがあまりにノーテンキで、こんなときにアップする必要もない(どんなときでも必要ないでしょうけど)と決めたのですが、小説ブログはアップしています。

もともと読んで下さる方はきわめて少なく、私自身が楽しんでいるだけなのですけど、twitterと提携していて、見たくもなくてもタイトルだけが目に入ってくる方もいらっしゃるはずなのです。不愉快に感じておられる方がいるのかと……

すっごく悩みます。どうなのでしょうか?

呑気にブログをアップしていられるのも、平穏な大阪にいるからこそです。

有名ブログだったら、それを読むと元気になって楽しくなるって場合もあるでしょうけど、私のブログなんてなんの影響力もなくて、それでも? それだからこそ? やめるべきか続けていくべきか、迷ってます。

迷いつつも、書いたものは発表したいのがもの書きの習性でしょうか。誰も読んでもくれないのに、不快感だけを誰かに感じさせているのなら、やめたほうがいいのだろうか。

こんなつまらないことで悩んでいるのも、申し訳なく感じています。

一刻も早く、被災地のみなさまに平穏な日々が訪れますように。

震災から三日目

こちら大阪では、なんの変わりもない生活が営まれています。

東や北のほうの方々は、地震の被害その他諸々、次々と大事が持ち上がっていますね。お見舞いを申し上げますとともに、今後も……がんばって下さい、は変かもしれませんが、そうしか言えません。がんばって下さい。

停電などで大阪が東京の代理をしなくてはならなくなる事態もあるかもしれませんが、今のところは大阪市民は、おとなしくしています。

この下らないブログもしばらく自粛します。

小説のほうはアップしますので、現実を忘れてしばしつまらない世界に浸ろうか、というようなときにはお越し下さいね。

http://quianred.blog99.fc2.com/

とにかくとにかく、被災された東、北の方々、どうかなにとぞ……(←ここ、いろいろいーっぱいなので、……にしておきます)ですありますように。

108・青い鳥

「青い鳥」だの「ブルーバード」だのといったタイトルは、歌にも映画にも物語にもありますね。人間が追い求める幸せの象徴ですものねー。

今回はザ・タイガースの「青い鳥」です。

GSの歌を聴いていて、今さらながら発見しました。ジャニーズ系の歌なんかはハーモニーにはなっていなくてユニゾンですけど、ザ・タイガースはちゃんとハモってますよ。

ジュリーの甘い声、トッポの高く澄んだ声、サリーのバス。ハーモニーになってるではありませんか!! びっくりマークつけるなんて失礼かしら。

主人公は木村章。ここから113までは、彼らが二十四歳のある日のストーリィです。

いつだって先輩たちに叱られてばかりの章は、今日もすねてます。苛々ぶちぶちの章が公園を歩いていると、リーダーの兄の敬一郎と出会う。敬一郎の妻が作った太巻き寿司をごちそうになって、母を思い出す。

シゲもやってきて、彼の昔の恋は? などと章は思う。シゲさんってほんとにそんなにもてないの? 不憫な……などと、もてる章は思うのですね。十年後にはふたりの立場がどう変化しているかも知らずに。

そりゃそうだ。章が知るわけないけどね、といったストーリィです。

http://quianred.blog99.fc2.com/

ところでところで、苦手分野のひとつ、官能的小説にチャレンジしています。

他に苦手といえば、ミステリ、論理的SF、恋愛もの、シリアスなもの、バイオレンス……ほぼ全滅ですが、得意分野ってないのですが、とにもかくにもまずは官能的。

しかし、偏っているのですよね。

女(もしくは少年)が幼い、受身である。大人の女であっても内面が幼い。十八歳未満はロリロリの世界になりますので、相手が大人の男であれば、女は十八歳以上の設定です。

高校生同士や中学生同士も書かなくはないけれど、著者からは遠すぎて除外かも。大人の男同士……女同士、これは避けて通りたいので、若い女(二十代前半までの男でも可)と大人の男のカップルが書きやすいのですね。

まったく私自身は反映していない、と声を大にして言いたくなるのは、テレがあるからです。どうしても羞恥心が拭い去れないのは、ものを書く人間として失格なのですが、恥ずかしいのですよ。どうしてもどうしても。

恥ずかしいので言っておきますが、私の書く官能小説まがいには、著者は反映されていません。傍観者としての趣味がぱらっとふりかけられている程度です。

気を取り直しまして。

精神的な関係でも、上から目線の大人の男と、彼に甘えて頼ってなついて慕って、そのくせ反抗したりもする若い女か男、っていうのが現在の好みです。これもフィクションとしてですから、実際にそういうのを目の当たりにすると、年下のほうに意見してやりたくなったりするかも。

こういうのが好みっていうのも、その時々によって変化しますので、ただいまの趣味だと限定しておきましょうか。

つまりそういうわけで、そういうのを書いてるのが一番楽しいんですよね。官能的なシーンでも、カップルのポジション的にその路線になって、偏ってるなぁ、だからワンパターンなんだなぁ、と我ながら呆れたりするのです。

ただいま書いているそのたぐいの小説の中では、男性は乾隆也。彼ってまた、若い男や女を見下ろして、お説教したり叱ったり教え諭し導いたりってのがぴたりとはまる。そう思っているのは私だけ? 読んで下さった方も少数はいらっしゃるのでしょうけど、ご感想は聞けていませんので、それに関しても私の独断ですが。

「説教癖がありますからね、俺には。認めてはいますけど、俺の相手の女性を彼女にしたり彼女にしたりするのはやめてもらえませんか? フィクションの中のフィクションだからいい? 俺にとっての現実でも、あるではありませんか。幸生はまあいいとしても、彼だってジョークにとどめておいて下さいね。それ以外の男は断固として拒否しますからね。フィクションでもやめて下さいよ」
 
シリアスな顔をして隆也くんは言ってますが、まあまあ、母にまかせておきたまえ。

こんなものは官能まがいでもない、偏り小説かもしれませんが、完成しましたらアップしますので、拒絶反応を起こさない方は、よろしくおつきあい下さいませ。

セクシー、色っぽい、エロ、扇情的……語彙も表現もバリエーションも乏しいのですが、書きますよ~❤

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隣人

いわゆる長屋という形態の住宅に、かなり長く暮らしています。最初のうちは壁が薄いので、お隣の会話や様子や電話での通話や、いびきまでがよーく聞こえる状態だったのです。

ここへ引っ越してきた当初は、隣家には私の母と祖母くらいのお年頃の女性がふたりで住まっておられまして、彼女たちは母娘でした。

おばあさんが骨折して歩けなくなり、娘さんが退職してお母さんの世話をするようになり、おふたりはどこかに移っていかれ、親戚であるらしきお兄さんがそこで暮らすようになったのです。

独身時代の彼はひどかった。

夜中に友達を呼んできて大騒ぎする。「静かにして下さい」と叫んだこともありますが、ほとんど気にしてなかったみたいで、懲りてもいなかったみたいで、何度も深夜に騒いでいました。

ある日は朝から大音響で音楽が鳴り響き、近所の方も眉をひそめて、当時は若かった私に(ご近所は今ではほとんど老人です。当時は中年でした)「なに、あの音は? なんでずっと鳴ってるの? どうなってるの?」と尋ねました。

おそらくはラジオを目覚ましがわりに使っていて、彼は今日は家にいない。ラジオはそんなことは知らないから、止めてくれる人がいなくて鳴り続けている。

そうだろうと推理した私は、紙にその旨を大書して、隣家の玄関ドアにガムテープで貼り付けた。相当に頭に来ていたんですね。音楽は数時間、フルヴォリュームで鳴り続けていたのですから。

翌日には張り紙ははがしてありましたが、挨拶はなーんにもありませんでした。

ホテル勤務であるらしき彼は、やがて結婚して奥さんと同居するようになりました。彼の結婚に当たっても、お母さんがやってきてぶつぶつ文句を言っていたのが聞こえていたのですが、他人のプライバシーをそこまで暴露するのはやめましょう。ぷぷぷ。

結婚した夫婦には子供ができる。その子は癇の強い子であるらしく、しょっちゅう泣き叫ぶ。泣くとなかなか泣き止まない。ま、赤ちゃんはそんなものですから、いいのですけどね。

子供が成長すると、お父さんの口真似なのか「このバカタレーっ!!」と叫ぶ。家の並び方の関係で、我が家の物音は隣には響かないらしいのですが、むこうの音はよくよく聞こえるのですよね。

数年前に我が家は改築し、隣家の一家は引っ越していき、それからは隣が空き家になっていたので、気にしなくてもよかったのです。そもそも隣の一家は我が家にやたら騒音を聞かせていたという自覚があったようで、うちには一切干渉しない。もっとも、うちは静かなんですけどね。

そしてそして、去年、ついに隣家に人が引っ越してきました。私たちよりも年上と思えるご夫婦です。改築して壁が厚くなったので、以前ほどには物音は聞こえません。掃除機の音が遠くから伝わってくる程度です。

それはいいんですけど、お隣の男性はわりと細かい方のようで、ちょっとしたクレームをつけられて、ああ、今までは迷惑隣人と、長らく空き家だったのがあって、お隣に気を使うのを忘れていたな、と反省した次第です。

お隣の迷惑にならないように、おとなしーく生活しているのですが、内緒にしなくてはならないことがひとつだけあるのですよ。

うちの若いほうの猫が、私がベランダに出るとついてきて、つながっている屋根の上を歩く。隣とそのまた隣のあたりへは侵入していって、ドアを開けようとする。開かないと諦めるし、人の姿が見えるとぴゅーーっ!! と逃げてくるので、ばれてませんが。

「いやぁ、可愛らしい」と隣の奥さんは言ってくれましたが、ドアを開けようとしている猫を見たらなんと言われるか……網戸をつついてるみたいだから、爪痕が残っていないか……不安。

夏になったら猫をベランダに出すのをやめたほうがいいかもしれませんね。外には出していないくぅの、ささやかな外歩き大冒険なのに、かわいそうだなぁ。と、人よりも猫が大切な感なきにしもあらずのバカ……なのでした。

あと、裏手の家の奥さんはたぶんヒステリー性格。時々ものすごい音と怒号が響き渡ります。隣人にもいろいろありますねー。面白いけどね。

モテナイ系

能町みね子「くすぶれ、モテナイ系!!」を読みまして、この日本社会にはこんなにも私によく似た人種が生息していたのか!! と驚いた次第であります。

WEB上で連載されていたものが本になったのだそうで、四年前に書かれたものだそうですが、そんなに古くはなっていないみたい。この方、「ネクタイ時代」ってのがあったそうで、ネットで調べればどんな方だかわかるのでしょうけど、敢えて、はじめて著書を読んだひとってことのまんまで書きます。

二十代、三十代の「モテナイ系」だそうですから、そりゃあ、年代の差で音楽やらまんがやら(でも、大島弓子とか萩尾望都とかの名前も出てくるし、音楽もだいたいわかる。音楽はまったく私とは趣味がちがうけど)にはついていけません。

ファッションもちがいますが、みね子さんの言う「四十代以上はモテナイ系の未踏の地」ってのは、そうでもないと思いますよ。私の友人には近い人種がけっこういますから。

モテナイ系の定義

「もてるためになにかをすることにものすごく抵抗がある」

その通り。女っぽくふるまうだとか、世の中の女性がよく言う「オンナ力」だとか「オンナを磨く」だとかを「けーっ」と思っています。

「それでいてモテ子にちょっと憧れたり、逆に見下したり」

その通り。もっと内面を磨いたら? とか思ってる。

「天然ボケではなく、天然つっこみ」
 
まさしくその通り。議論を吹っかけて言い負かしたがる体質です。

「おたく体質」

腐女子体質が入ってます、私も。

「妄想完璧男子を作る」

私の好みはぁ……と理想を超えて妄想する。私の場合、それが高じて小説を書いてますから、その通り。昔は自分で創作したキャラに恋をしていました。

「言葉にこだわる」

その通り、その通り。
「……っス」みたいな言葉、大嫌い。ちょっとは使いますけど、顔文字も基本的には嫌いかな。2ちゃんねる用語だのネット用語だのは恥ずかしい。「カキコ」程度でも恥ずかしいです。

「ベストセラー嫌い」

その通りすぎる。。。。

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などなどなど、私にはあてはまらない特徴は除外したのですが、これくらいはあてはまりました。私が三十代独身だったりしたら愕然としたかもしれませんが、もはや現役はリタイヤしておりますので、たいへん楽しく読ませていただきました。

モテナイってのはいわゆる、異性にもてる、もてないだけではないのですが、こう決め付けられてしまうと、若い女性はがっくりするのかな? がっくりなんかしなくて開き直るからこそ、モテナイ系? あるいは、「ひと括りにすんなよ」と怒るのでしょうか。

この本は決して、「そういう人はこうこうしてモテ系になりましょう」ではなく、「一緒にくすぶりましょう」なのでした。なんとなく、テレビでおねぇキャラのタレントさんにぼろっくそに言われて、嬉しがっている女性視聴者に通じるところがあるような?

107・桜は桜

美江子・真次郎・隆也・英彦・繁之・幸生・章の順に視点が移り、全員が十八歳というパートと。

美江子(十九歳)・章(二十歳)・英彦(二十一歳)・幸生(二十一歳)・繁之(二十三歳)・隆也(二十五歳)・真次郎(二十六歳)のパート。

フォレストシンガーズは全員が三月生まれです。著者と同じ。こうも長く書いていますと、特に学生時代は学年と年齢の関連もあって、誕生月は特定しておかないと書きにくいのですよね。

その他にも理由はありますし、便宜上などなどもありまして、彼らは大学一年生といえば十八歳なのです。

一人称、今回は特に話し言葉ふう、というわけで、「俺の夢は……」、「私の夢は……」と語っていた、夢多き少年少女の終わりごろからスタートしました。

人の自称というものにもこだわりがありまして、私は大人の男性ならぱ「俺」が好きです。「オレ」が好きという女性もいますね。「オレ」だと私には幼い感じがして、「僕」は真面目か少年かって感じがして、フォレストシンガーズストーリィのメイン男性キャラたちは「俺」です。

中には「僕」も「私」もいますが、そういう人はある意味、特別なキャラなのです。酒巻くんだとか、みずき霧笛さんだとか、どっかのつまんなーい男とか。

女性は「私」が普通ですが、「あたし」の場合もあります。稀には「俺」と自称する女性もいます。自称ってものも日本語は面白いし、人それぞれにこだわりがあるんですよね。私は「わたし」と自称しております。

大学生になって夢を語っていた彼らは、現実の中で生きるようになる。彼らは歌って生きていきたいと願っていますので(美江子は彼らの協力者になりたい。これって全自力ではないだけに、じれったいだろうなぁ)、夢も特殊なのでしょう。

挫折したり別れたり、実現への第一歩を踏み出したり、でも、うまく行かないよな、って嘆いたり。そんな若い日を歩いていく彼らを書きました。

タイトルは谷村新司の歌より。終章は「桜は桜」として、再会です。

この感じでふくらませていった、長い長い物語も書きかけておりますので、完成しましたらアップさせていただきます。今後ともよろしくおつきあい下さいね。

茜いろの森です。

http://quianred.blog99.fc2.com/

アクセスして下さっている方が、おひとり、おふたり、くらいはいらっしゃるのでしょうか。作品を読んでいただけましたら、「拍手」をぽちっと押していただけますと、とってもとーっても嬉しいです。よろしくお願いします。

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EAGLES TOUR 2011

最初のうちは音が割れていて、ドームだからしようがないのかなぁと思っていました。ドン・ヘンリー以外は高い声が出にくいみたいだし、大丈夫か? ではあったのですが、時がたつにつれてパワーアップしていって難点を修整していくところなんかは、さすが大ベテラン。お見事でした。

イーグルスライヴ、at京セラドーム。この耳で生で「ホテルカリフォルニア」が聴けるなんて……やはり「ホテルカリフォルニア」は圧巻でした。

トランペット奏者に赤いスポットが当たり、哀愁を帯びた旋律が奏でられる。「この歌はなに?」と思っていたら、あのおなじみの「ホテルカリフォルニア」のイントロ。バックにはあの曲が収録されているアルバムのジャケット写真。感涙。。。

なぜか私はイーグルスって五人いたと思っていたのですが、四人だったのですね。

ジョー・ウォルシュ。
どういうわけか名前を度忘れしていたギタリスト。彼はアメリカンロックのギターの名手のひとりなのですよね?

素人にもわかりやすい、けれん味の漂う、派手で華やかなギター? 素人にはそう見えたのですが、この見方は正しいのだろうか? 私はズブスブ素人ですから、彼のギターは大好きです。たしかに彼は派手なパフォーマンスをするギタリストだと言われているそうで。

グレン・フライ。
リンダ・ロンシュタットの恋人だったのは彼でしょうか? 太ったようではありますが、貫禄もあってかっこいい。ライヴでは一番静かにしていたのは、バックミュージシャンまですべてを、出身地つきで紹介する大役があったから?

ティモシー・B・シュミット。
高く美しく力強い声で綺麗な歌を歌う。バラード担当なのでしょうか。髪が長くて痩せていて、いまだにかっこいいロックミュージシャンしてました。

ドン・ヘンリー。
やはり彼はイーグルスの中心人物なのでしょうか。リンダの彼氏だったのってこっちかな? まあ、どっちでもいいのですが、観客の声援も一番でした。

あのハスキーヴォイス……しみますねぇ。アンコールの二曲目、最後の最後にソロで「デスペラード」を歌って、too late……の部分でぐーっと声を張る。歌もうまいのですねぇ。

イーグルスは四人が四人ともにリードヴォーカルを取る。声がちがい持ち味のちがう歌を歌う。ハーモニーも美しい。たいていのロックバンドはヴォーカリストが特定されていて、それはそれでいいのですが、何人ものヴォーカリストがいて、彼らが全員水準を超えているのは強みですよね。私はそういうグループが好き。

MCも四人ともにやります。英語で長くお喋りされても、私にはところどころしか意味が通じてなかったけど、わかった人には楽しかったのでしょうね。

中には知らない曲もあったけど、知っている曲もいーっぱい。

「いかにもイーグルス!」のカントリーっぽいロック。ちょっぴりおどろおどろし感じの曲。しっとりしたロックバラード。ちょっぴりレトロなハードロック。おばさんにはちょっぴりレトロがいいのです。

ファンの年齢層はむろん高めで、おじさんたちが「ジョー!!」「ドン!!」と叫ぶ。叫ぶのはいいのでしょうけど、その中にひとり……あれが気になりました。

ステージに立っている人たちは六十二、三歳なのですから、ロックライヴとしては珍しい途中休憩もあったりして、曲と曲の間の時間がわりと長いのですね。そのたびに「COME ON!!」と叫んでいたおじさんがいたのです。

どういう意味なのか、私にはよくわからなかったのですが、「早くせえよー」だったのかな? どういう意味で叫んでいたのか、もしもこれを読まれていたら教えて下さいませな。ってさ、読んでるわけないでしょうね。失礼しました。

四年ほど前にはニューアルバムも出しているイーグルス。喧嘩したり解散したりもしたのでしょうけど、グレンがみんなを紹介したときには「1971年からの友人、ドン・ヘンリー!!」なんて言ってて、そこは私にもわかりました。

これからも長く長く続けていって、また来日して下さいね。

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