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超短編小説(見本です)

桃色吐息

 壁に貼ったポスターにいたずらをしてみる。モノクロ写真の悠介のくちびるを、ピンクの口紅で彩ってみる。
「そっか、司さん、別れちゃったんだ」
 一度だけ会った野枝と、何度も会っている司の顔を脳裏に浮かべて、花穂はひとりごちた。
「司はバカだ」
 ひとことのもとに言い捨てた悠介のようには、花穂は思えない。あなたと私も長距離恋愛。これからどうなっちゃうの? このままでいいの? ロッカーは結婚して所帯じみてはいけない、と司は大真面目で言うし、悠介も結婚を望まない男なのはまちがいない。
 私は? 私もそう。ようやく軌道に乗ってきたドイツでの仕事を捨てて日本に帰って、悠介と結婚したいとは思わない。だけど、このままでほんとにいいの? は常につきまとっている。
 よし、悠介に会いにいこうと花穂は決めて、休暇を取るための算段をした。どうにかやりくりがつき、予告なしで悠介の目の前にあらわれるつもりで飛行機に乗った。
「よぉ、花穂」
 事前に調べてあった、グラブダブドリブが出演しているライブハウスの裏に回ると、ドルフ、ジェイミー、ボビー、メンバー三人が裏口あたりで煙草を喫っていた。
「しーっ!」
「あ、脅かしてやるつもりね。しー、だよ、みんな」
「おまえに言われなくてもわかってるって」
「花穂、元気してた?」
 口々に小声で言う三人に、悠介は? と目で尋ねると、常々大声のジェイミーがことさらに声を低めて答えた。
「中でギターを抱擁してるよ」
「彼は私よりギターを愛してるのよね」
「いや、同じくらいだろ」
 日本人がふたり、アメリカ人がふたり、イギリス人がふたり、がグラブダブドリブのメンバー構成である。外国人三人も日本語は堪能で、いつでも賑やかで、とりわけイギリス人のジェイミーは時としてけたたましいほどだ。ここで話していては悠介に気取られる。
 足音を忍ばせて中に入っていくと、三人と同様に煙草をくわえた悠介が、ギターを抱いているうしろ姿が目に入ってきた。振り向かないうちにと、花穂は悠介の背中にしがみついた。
「よ、いつ帰った?」
「驚かないんだ。つまんない」
「気配は感じてたよ。お帰り、花穂」
「悠介って落ち着きすぎよ。あなたがいきなりボンに来たときは、私は息が止まりそうなほどびっくりしたのに」
「そういうことを言われてもな」
「せっかく休みを取って来たのに、嬉しくなさそう」
「からむなって」
「からむ」
 いつの間にか外国人三人に司も加わって、悠介と花穂を遠巻きにしてにやにやしている。花穂はこほんと咳払いをして言った。
「終わるの待ってる。行きたいところがあるの」
「日本食か」
「食い気じゃない」
「じゃ、色気?」
 よけいなことを言うジェイミーが、ボビーに脛を蹴られて大袈裟に騒いでいるすきに、花穂は客席に回った。グラブダブドリブのライブも久々だ。CDは朝に夜に聴いているけれど、生で姿を見て生で歌を聴くのは格別だった。
「で、どこへ行くんだ?」
 仕事を終えてシャワーを浴びて、服を着替えてコートも羽織った悠介が、花穂の背中ごしに顔を覗き込んだ。俺たちは邪魔ものだから帰ろうっと、と言い合って、他の四人はひと足先に楽屋を出ていく。司にはなにも話しかけなかったが、花穂には想いを言葉にするすべはない。
「私ってエゴイストだね」
「なんの話しだ?」
「自分のことばっか考えてる」
「そりゃ仕方ない。人間はそういうもんだ。司は大人なんだから、てめえの気持ちの始末はてめえでつけるよ」
「悠介は察しがよすぎるの」
「いちいちからむんだな。司の話はどうでもいいよ。どこに行く?」
「前に行ったところよ」
「前にはいろいろと行ったじゃないか」
「そうでもないと思うな」
 多忙なのはお互いさまだし、日本にいたころからデートも頻繁にはできなかった。そんな中で花穂の記憶に強く焼きついているのは、春真っ盛りの植物園だ。
「植物園? 今ごろか? 寒いぞ」
「くっついてたら寒くない」
「わかったよ。仰せのままに」
 タクシーでたどりついたのは、とうに閉園時間もすぎた都会の植物園。正門から入るのは無理なので、塀を乗り越える。ちょっとしたその冒険は以前にもやったことで、だからこそ記憶にくっきり焼きついているのかもしれない。
「そのためのパンツルックよ。用意周到でしょ?」
「そのつもりで来たわけだな」
 もうひとつ、記憶に鮮やかなのは、植物園の中央広場に咲き誇っていた桜の大樹だった。むろん今は冬枯れで、花のかけらもない。
「ここ? なんで? 花のない桜が楽しいか」
「いいからすわるの」
 強引に桜の前のベンチに並んですわった。悠介の肩に頬を預けて目を閉じると、まぶたの裏に満開の桜が見える気がする。
「花のいろは、うつりにけりないたずらに」
「我が身世にふる、眺めせしまに? なにが言いたい?」
「女の容色が衰えるのはあっという間だってこと。「桃色吐息」って歌もあるじゃない? きれいと言われる時は短すぎて、ってね。ああ、虚しい」
「ばーか」
 小声で笑ってから、悠介は言った。
「いつも言ってなかったか。俺はおまえの容色に恋をしたわけじゃない。つまり、容色が衰えても関係ないってわけだ」
「複雑な気分」
「おまえの中身が好きなんだよ。俺は」
「私は悠介のルックスも好き」
「中身は?」
「大嫌いだけど大好き」
「どこが大嫌いでどこが大好き?」
「意地悪なところは大嫌い」 
 寒くないか? と悠介は訊くけれど、他人が聞けば辟易しそうなむつごとをかわし合っていればまるで寒くもない。花穂は悠介に堅く寄り添った。
「桃色吐息の歌詞にこんなのがあるのよね」
 咲かせて咲かせて桃色吐息、あなたに抱かれてこぼれる花になる、そこを口ずさむと、悠介が妙な目つきになった。
「ここで?」
「バカ言わないの。ただぎゅーっとしてくれればいいのよ。悠介、だ、い、て」
「了解」
 あたたかな腕の中で口ずさみ続ける。海のいろに染まるギリシャのワイン、抱かれるたび素肌、夕焼けになる……金色銀色桃色吐息、きれいと言われる時は短すぎて……悠介が耳もとで言った。
「ちょっと黙れ」
「黙らせて。どうやって? なんて訊いたら殴るからね」
 バカだね、なのか、可愛いな、なのか、悠介の表情は読みきれないが、後者だと善意に解釈しておくことにした。
 くちびるが近づいてくる。口紅が本気で似合う男性なんて、あなた以外にはいません。口紅のCMに出てくれませんか? 広告代理店づとめの花穂がはじめて悠介に向かって言った台詞だ。今でも口説き落としたい気分はあるが、出会いのときの台詞が、ふっと浮かんでふっと消えた。
 甘く熱く触れ合ったくちびる。閉じたまぶたの裏に、今度こそ本当に花が咲いた。
 大丈夫だよね、私たちは。じきにまた離れ離れになってしまうけど、きっときっとこのままいられるよね、花穂の無言の問いかけに悠介は答えないけれど、まなうらの花びらたちが賛同してくれている気がした。ピンクの吐息で咲いた、一面花、花、花の桜の精たちが。

E N D

   

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