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猫の物語

「ないしょのやくそく」

 そろそろ梅雨になろうという時期なのにあんなに寒かったのは、お熱があったからなんだよ、って、あとからちぃおばちゃんが教えてくれた。だけど、そのときのくぅにはなんにもわからなかった。
 静かで平和で楽しい、大好きなママのいたおうち。ここはおうちじゃないね? ちいさい足が踏んでいるのは湿った土。くぅがはじめて踏む地面。目が見えない。心細くて寒くて哀しくて、なのに声も出ない。なにより寂しいのはママがいないことだった。
 あったかなママのおなかにもぐりこんで、おっぱいを心行くまで飲んで眠りたい。ママ、ママ、ママ、ここはどこ? くぅはどこにいるの? ママはどこにいるの? 
 そのときにはまだ名前のなかったくぅは、ただ歩き続けていた。目が見えないからよけいになんにもわからない。目が見えたとしても、生まれてからほんの一ヶ月ばかりのくぅには、なんにもわからなかったかもしれない。
「なにか動いたよ」
「なになに? なにかいる?」
 どこかで人間の声がした。くぅのママのおうちには人間がいたから、くぅは人間を知っている。お姉さんの声だった。
「なんだろ。見てくる」
「あ、仔猫!」
 とっととくぅは逃げ出した。方向もわからないから闇雲に逃げた。お姉さんはふたりか三人かいる。くぅだって三までは数えられるんだよ。
「ちいちゃいちいちゃい仔猫だったよ」
「逃げちゃった」
「私、もう一回見てくる」
 大きな身体が近づいてくる。なんだか恐ろしくてくぅが隠れていたら、ふわっと抱き上げられた。
「ちっちゃいねぇ」
「あれぇ、なんかこの仔、おかしい」
「目がくっついちゃってる」
「鳴かないね。声も出せないのかな」
 三人のお姉さんたちが口々に言って、恐る恐るくぅの頭を撫でる。指一本で撫でる。
「この目は病気かな。誰かにいたずらされたのかな」
「生まれつきかな」
「どうする?」
「どうしよう?」
 寒いよ、おなかがすいたよ、くぅの喉からかすれた声が出た。
「あ、鳴いた」
「連れて帰っても飼えないよね、うちはマンションだし」
「うちも」
 しばしくぅには意味不明の相談をしていたお姉さんたちだったが、やがてひとりのお姉さんが決意したように言った。
「……とにかく連れて帰ってお母さんに見せる」
 抱っこされて連れていかれたのはどこかのおうち。
「なーんてちっちゃいの!」
 今度はおばさんの声がして、くぅはおばさんの膝に抱きとられた。くぅのママじゃないけど、くぅはとりあえず安心して膝にしがみついた。ママのおっぱいにちょっと似てて、ちょっとちがうミルクってものをもらって飲んで、おばさんとお姉さんがまたまた相談しているのを聞きながら眠ってしまった。
 目が醒めたのは猛烈におなかがすいたからだった。今朝もミルクを飲んだら、ピンクの小型のおうちに入れられて、自動車ってものに乗せられて、連れていかれたのはお医者さん。
「感染症ですね。治りますよ、たぶん」
 お医者さんもおばさんだった。目の中につめたいものを入れられたり、変なものに乗せられて、はい、500グラム、と言われたり、ちくんと痛いものを身体に射されたりして、おうちに帰った。
 目はまだ見えないけど、ここはくぅのおうち? ねんねするところもあるね。おなかがすいたら食べるものもあるね。でも、ママがいない。くぅはママのおっぱいがほしいの。ママのあったかな身体にくっついて眠りたい。ママになめてもらったり、すりすりしたりしてもらいたい。可愛いおちびちゃん、って呼んでもらいたいのに。
 おうちの人間たち……おじさんとおばさんとお姉さん……は昼間は出かけてしまうので、くぅはお留守番。お留守番のときはピンクのケージに入れられた。くぅがあんまりちっちゃいし、トイレを覚えないからなんだって。
 ここにはママはないけど、かわりにくぅと同類のおばさんがいた。二、三日したら目が半分開くようになって、おうちの中を探検もできるようになって見つけた。大きな大きな猫のおばさん。くぅのママよりずーっと大きくて怖い。くぅがそばに行くと怒る。ふわぁぁーっ!! って怒り狂う。こんな顔ははじめて見た。ふわぁぁーっ! なんてはじめて聞いた。しまいには猫パンチも飛んだ。怖い、痛い。
 人間はちっとも怖くないけど、ちぃおばちゃんは怖いよぉ。
 何度かお医者さんに行って、目の病気もほとんど治ってきてころだった。人間たちが留守のときに、くぅはおずおず猫おばさんに近づいていった。おばさんの名前はちぃ。本名はチェリーっていうんだって。ちぃおばちゃんは怖いから手の届かないところにすわって見てると、おばちゃんがちぃを呼んだ。
「くぅ、おいで」
 あ、ママを思い出す。
「いいの?」
「いいからおいで。おいでって言ってんの。早くおいで」
 つんけんした言い方だけど、目がちょっぴり優しくなったみたい。
「くぅはなんでここに来たのか知ってる?」
「よくわかんないけど……」
 だんだんとおぼろげになりかけている記憶をたどって話すと、ちぃおばちゃんはふむふむと聞いてから言った。
「公園に捨てられてたんだね」
「誰がくぅを捨てたの?」
「そりゃぁ飼い主だよ。おまえが病気になったから持て余して捨てたんだ」
「人間?」
「そう、人間。だけど、くぅを拾ったのも人間だよ。私もここのお姉さんとおばさんに拾われてここの猫になったの。あのころの私はおまえと変わらないほどちっちゃくて可愛かった」
「嘘ぉ」
「なにが嘘だよ」
 人間ほどじゃないけど巨大な猫おばさんも、昔は仔猫だったんだって。
「言っちゃ悪いけど、私は毛並みだっておまえみたいに黒に茶まじりのみっともないのじゃないし、顔はおまえとは大違いの美形だし、仔猫のころはそれはそれは可愛かったんだから。今は美人だしね」
「ふーん」
 そういえば毛皮がずいぶんちがう。くぅは黒にクリームいろと茶のまじったぐちゃっとした毛色で、ちぃはキジトラというらしい。はっきりした模様ではないけれど、黒っぽい茶色と白の縞だ。しっぽもくぅは黒、ちぃは先っぽに黒い縞しまがついている。
 なめらかでやわらかな毛をしたくぅ、ふわふわっとした感触のちぃ。猫にもいろんなのがいるんだ。ママのそばにいたころはくぅは赤ん坊だったから、そんなことは意識もしていなかった。
「……ママ……」
 みぃぃという声が出た。くぅはママを思って鳴いた。
「私なんてもう13歳にもなるんで、母親なんてものはとっくに忘れちまったけど、おまえだって忘れなくちゃいけないよ。猫は自立が早いんだから、普通はおまえくらいになると、ママのおっぱいに寄っていったらそろそろ追っ払われるころだ」
「だって、おっぱいほしいもん」
 眠くなるとくぅはママが恋しくなる。ママはいないから人間の指や腕をなめたり吸ったりして、代償行為がしたくなる。そうしているときがいちばん幸せかもしれない。
「このうちの人間は留守が多いから、留守のときにはくっつきにきてもいいよ。ただし、人間には内緒だからね」
「どうして内緒なの?」
「大人の猫はプライドが高いの」
 意味不明だけど、くぅはうなずいた。
 猫同士でお留守番しているときには、ちぃはしっぽでくぅと遊んでくれたりもする。寄り添って眠ったりもする。身体をなめてくれたりもする。くぅがじゃれかかっても怒らない。だけど、人間がいるとそんなことをしたらものすごく怒る。つい約束を忘れて飛びかかったらパンチが飛んでくる。
 そっか、大人の猫のぷらいどか。ぷらいどってなんなのか知らないけど、あれもきっとぷらいどなんだね。ちぃは人間に吸いついたりはしないけど、お布団に乗っかってもみもみして、ごろごろ喉を鳴らしてる。くぅがじっと見てると途中でやめる。
 ほんとはちぃとくぅが仲良しだってことも、ちぃがもみもみしてることも内緒だよね。約束だよね。くぅが人間にはわからない言葉で言ってみると、ちぃはふんっとそっぽを向いた。

 E N D

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